第64話 幕間 猫は頑張る 見習い卒業編 (2)

 素直に戻ってくるルキが担いでいるホーンスピアに、コルセラが注目した。

「ルキちゃん、その槍を見せて」


 ルキはちょこっと首を傾げてから、ホーンスピアをコルセラに渡す。手にしたホーンスピアの刃の部分をじっくりと調べたコルセラはミリアに確認する。


「この刃は魔物の角ね?」

「そうでしゅ。小刀甲虫の刀角を使ってましゅから緑スライムの酸でも傷みません」


 緑スライムは最も数多い魔物である。そのスライムがうようよ居る野外で生活する魔物の多くは、緑スライムの酸に負けない武器を発達させたものが多い。


 その後、ネリがスライムを倒すには魔晶管を攻撃するしかない事、酸飛ばし攻撃をする前にプルッと震える予備動作が有るので、それを見たら用心する事を教えた。


 生徒たちは少し遠くから、緑スライムの体内に魔晶管が存在するのを確認して先に進む。その後も足切りバッタの群れに遭遇して大騒ぎし、また、跳兎から不意打ちされ二人ほどが軽傷を負うが、生徒たちだけでなんとか倒すのに成功する。


 スライム以外は、あらかじめ魔物の気配に気付いていたのだが、モウラから生徒たちに警告するのを止められた。痛い思いをするのも実習なのだそうだ。モウラが学校の備品である傷薬などを十分用意していたので、生徒たち自身で傷の手当を行わせた。


 太陽が頭の真上に来た頃、目的である折り返し点に到着した。木々の少ない草地である。生徒たちは自分の気に入ったの場所に座り込んで休憩と軽い食事を取り始めた。


 ミリアたちも手早く食事を済まそうと座り込む。そこにコルセラを含む猫人族の生徒が近づいて来た。

「一緒にいいでしゅか?」

 コルセラが尋ねると、リカヤが頷いた。


「いいわよ」

 それぞれが自己紹介をし、猫人族の二人の少年が、オテロとダキトだと知る。オテロとダキトは商人の息子で三男と四男らしい。商家である実家は長男が継ぐので、ハンターにでもなろうと初等学院に入学したと言う。


 コルセラは学院近くに在る剣術道場の一人娘だった。だが、道場主である父親が病死した後、道場は閉鎖された。母親と二人で細々と暮らすだけの蓄えは有ったが、その蓄えが尽きれば道場を売り払うしか道はない。


 父親の形見とも言える道場は手放したくない。そこでコルセラはハンターになる道を選び初等学院に入学した。


「私も、リカヤさんたちみたいにゃハンターににゃりたいにゃ」

 リカヤが照れたように耳をピコピコと動かす。

「あたしたちはハンター見習いから、やっと正式ハンターににゃった駆け出しよ」


「そうでしゅ。私たちじゃ無くミコト様みたいにゃハンターを目指す方がいいでしゅ」

「ミコト様?」

 コルセラが首を傾げる。ミリアはミコトたちとの出会いと如何いかに凄いハンターであるかをコルセラたちに語った。


「本当に凄いでしゅ。たったの一〇日足らずで勇者の迷宮の第六階層に辿り着くにゃんて」

 ミコトたちが褒められると、ミリアとルキは自分たちが褒められたように嬉しくなった。


「そうでしょ。今度ミコト様が迷宮都市に来た時に魔法について教えてくれると言っていたから、しゅごく楽しみにゃのでしゅ」

うらやましいにゃ、ミリアさんたちだけじゃにゃく、私にも教えて欲しい」


 ミリアの話を聞いていたのは、コルセラたちだけでは無かった。傍に座っていたモウラも話を聞き、ミコトたちに興味を持った。ミリアたちにハンターの基本を教えた人物に、教師としての才能を感じたからだ。


 一方、スライムの一件で恥をかいたナザルたちが汚名を返上しようと相談していた。

「今度魔物が出たら、俺たちだけで倒してしまおうぜ」

 ナザルが威勢のいい声を上げた。それに友人のカムリスが口を挟む。


「ゴブリンとかだったらまずいぞ」

「ポーン級中位だろ。跳兎と大した違いはないさ」

「そうかな?」

 ミリアたちが知らない所で、フラグを立てた少年たちは帰り道に備えて準備を始めた。


 休憩を終えた生徒たちが、モウラの号令で歩き始めた。迷宮都市の住人が雑木林呼んでいる地域は、南北十数キロ、東西八キロほどの広大な未開拓地だ。


 昔、ここを開拓して農地にしようという試みが有ったが、樹海から魔物が絶えず流入して来る為に計画は頓挫したようだ。


 折り返し地点から五〇〇メートルほど進んだ時、リカヤの耳がピクッと震えた。

「何かが近付いて来るわ……別の班の生徒たちかな?」

 その声でミリアたちも耳を澄ます。


「違う。ゴブリンの集団だ。数が多い」

「どうしてかしら、こちらに気付いているみたい」

 マポスとネリが気付いた事を告げる。まずい状況だった。ゴブリンの足は速く、生徒たちでは逃げ切れそうにない。


 ミリアが周囲の地形を確認し、リカヤに進言する。

「あそこに木立ちの少にゃい場所が有るわ。パチンコで先制攻撃しゅるには最適な地形でしゅ」

「よし、生徒たちは奥の木の陰に隠れていて貰おう」


 リカヤはモウラにゴブリンの集団が近付いて来ている事を話し、生徒と一緒に隠れているように指示を出した。生徒たちが不安な様子で指示に従い木立ちの陰に隠れる。


 準備が整いミリアたちが藪に身を潜ませた直後、ゴブリンの集団が現れた。緑色の醜い小人たち、ほとんどが腰布だけで手には剣や槍、棍棒を持っている。ミリアが素早く数えると九匹のゴブリンが居た。


 ミリアとルキは藪に隠れながらパチンコを取り出し鉛玉をセットする。狙いは先頭を歩く二匹のゴブリン。躯豪術の呼吸法で魔力を制御しパチンコに魔力を流す。魔導ゴムを引き絞り姉妹で呼吸を合わせ同時に鉛玉を放った。


 二個の鉛玉がヒュンという音を響かせて宙を翔び二匹のゴブリンの額に当たった。

「ゴチッ」「ガチッ」

 頭蓋骨に穴を穿つ音がしてゴブリンが倒れた。その途端、ゴブリンの驚きと怒りの声が周囲に響き渡る。その声に生徒たちが怯えた顔をする。


 ルキはその場に残り次の鉛玉を取り出す。ミリアとリカヤ、ネリとマポスはそれぞれの武器を抱えて突撃を開始した。その姿を見付けたゴブリンが騒ぎ出す。


 ミリアたち四人と残りゴブリン七匹の戦いが始まった。

 まずマポスと槍を持つゴブリンとがぶつかった。ショートソードを上段に構えたマポスが、ゴブリンの槍を払い懐に踏み込む。


 ゴブリンが力任せに槍を振り回しマポスの肩を払う。その攻撃をショートソードの根本で受け止め力比べとなった。


 次にミリアが参戦する。棍棒で殴り掛かる敵の足元を薙ぎ払い、ゴブリンを転ばせ、その後ろにいるもう一匹に掬い上げるようにホーンスピアの穂先を上げながら右足を踏み込む。槍の穂先がグゥンと伸び敵の喉を突き刺した。


「グギャー!」

 転ばせたゴブリンが気合を発しながら起き上がり、再び棍棒を振りかざす。ミリアはクルリとホーンスピアを振り回し棍棒を受け流す。


 リカヤとネリも参戦し戦いは混沌としたものになった。そこにミリアたちの背後から甲高い気合の声が上がった。


「助太刀だ!」「うおおおおっ!」「おおっ!」

 剣を抜いた生徒三人が戦いの場に参加しようと駆けて来る。

「あっ、駄目、戻りなさい!」

 モウラの叫び声が上がる。


 ゴブリンの中で一匹だけ戦いに加わらず様子を見ていた奴が居た。そいつは他のゴブリンとは異なり武器として杖を持っていた。その杖が振り上げられた。


「後ろの奴の魔法に気を付けて!」

 ゴブリンの杖に気付いたミリアが警告の叫びを上げた。


 ゴブリンの放った魔法は、風の刃となって三人の生徒たちに襲い掛かった。リカヤが厳しい声で命じる。

「横に飛べ!」


 ぎりぎりで魔法に気付いた生徒三人が慌ててリカヤの命令に従う。風の刃がナザルの頬をかすめ地面を掘り返す。大きな土煙が上がり魔法の威力を見せつけた。三人の生徒は顔を青褪めさせ震え始める。


 ゴブリンメイジがもう一度杖を振り上げる。

「ルキにお任しぇ!」

 ルキのパチンコが再び鉛玉を撃ち出した。鉛玉は十五メートルほどの距離を飛翔し、ゴブリンメイジの右目に吸い込まれるように命中した。ルキの大手柄である。


 戦況は一気にミリアたちの有利に傾く。マポスが力比べの末にゴブリンを袈裟懸けに切り落とし、リカヤのホーンスピアが敵の喉を切り裂く。そして、ネリのホーンスピアが相手の腹を穿つ。

 後は短時間で残った敵に止めを刺し戦いを終わらせた。


 休む間もなくゴブリンの剥ぎ取りを行い、ゴブリンメイジからは魔晶玉を得た。

「凄い、魔晶玉を取り出す所を初めて見た」


 生徒たちが騒ぐ中、あの三人組だけはモウラから説教を食らっていた。

 戦いの直後は指示に従わなかった三人を怒っていたリカヤたちだったが、初めて自分たちの力で魔晶玉を手に入れ、怒りも霧散する。


 ゴブリンとの戦い以後、ミリアたちのサポートが必要な事態は起こらず、無事に南門に戻り着いた。


 ミリアたちのパーティは、この依頼で評価を高め期待の新人パーティと呼ばれるようになる。そして、知り合った教師や生徒たちを通じて、学校関係者との親交を深めた。


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