第66話 討伐者の実力

 迷宮都市に到着した時点で今回の依頼を達成した事になる。俺と伊丹は北門から街に入ろうとして身分証となるハンターギルド登録証を持っていないのを思い出した。だが、門番をしているオッさんは俺の顔を覚えていてくれた。


「何っ、登録証を盗賊に盗まれただと。間抜けな奴だな」

 これは昨晩打ち合わせていた嘘だ。登録証がない理由を訊かれる事は判っていたので、伊丹と口裏を合わせる事にしたのだ。


「街に入ればギルドで再発行出来るんだ。今回だけは通してくれないか」

「ん……規則が……」

 ぶつぶつと呟く門番の手が不審な動きをしている。俺は彼の手に銀貨五枚を握らせた。


「おお……身分証は確認した。通っていいぞ」

「はあ、ありがとうごぜえやす」


 俺は時代劇で見た小悪党風に礼を言ってから街に入った。伊丹が呆れたように溜息を吐いているが、このくらいは小役人の役得というものだろう。


 取り敢えず、登録証を再発行する為にギルドへ向かう。ギルド通りで替えの下着を二枚ずつ買う。盗賊のアジトに下着も有ったが、使う気にはなれなかったのだ。


 ギルド内に入ると普段と変わらない景色が目に入る。ハンターたちが受付に並び、ギルド職員が忙しく働いていた。


 ただ、二階に上がる階段の所に完全武装した四人の騎士たちが立ち塞がっていた。騎士たちは家紋の入った金属鎧を装備し腰には剣を帯びている。


 ギルド二階の執務室では、シュマルディン王子が緊迫した空気に耐えられず席を立った。

「王子、何処へ行かれるのですか?」


 痩せた四〇歳ほどの貴族、エルバ子爵が王子に声を掛けた。王子より絢爛豪華な衣装を身に着けており、小狡こずるい狐のような印象を与える。


「外の空気を吸ってくる。ここでジッと待つのも飽きたのだ」

 ダルバルが顔を顰めたが、彼自身もこの雰囲気に息が詰まっていた。

「では、護衛を」


「要らぬ。ここは町中だ、必要なかろう」

 王子は部屋を出て階段を降りた。階段の下には騎士たちが立っていた。無視して騎士の脇を抜けると待合所に顔見知りの者が居た。


「ミコト、久し振りだね」

 少し前に一緒に狩りをし魔法を習ったハンターのミコトと伊丹だった。ちょっと見ない間に見窄みすぼらしくなっている。


「ディンじゃないか。やっぱり大貴族だったんだな」

 ミコトの言葉に自分の着ている服を確認した。絹地に綺麗な刺繍を施したシャツに上着も金貨数枚は必要なほど高価なものだった。典型的な高位の貴族の衣装だ。


「バレちゃったか。僕は迷宮都市の太守なんだ」

「ええっ!」「なんと!」

 ミコトと伊丹が驚いた顔をする。だが、他の人々とはちょっと違った反応を示す。王族や貴族に出会った平民は顔におそれを浮かべるが、二人の顔に浮かぶのは純粋な驚きだけだった。


「そうすると、ディンは王子様なのか?」

「ああ、王の第三子シュマルディンである」

 ミコトと伊丹が変な顔をして顔を見合わせる。


「ここは、片膝とか突いて畏まらなきゃならないのか。俺たち外国から来てるんで、ここの礼儀とか知らないんだが」


「今までのままでいいよ。ミコトは魔法、伊丹は槍術を教えてくれた先生だから」

 伊丹がちょっと残念そうな顔をしている。


「そうでござるか。少し時代劇風にやってみたかったのでござるが」

「ジダイゲキ? 君たちの国の礼法か何か」

「……」返答に困る質問だった。


「それより、太守としてギルドに来ているって事は何か有ったのですか?」

 ミコトが疑問を投げかけた。


「ミコトは知らないのか。このギルド支部に王命が下ったのだ」

 王子がモルガート王太子の毒殺未遂事件と解毒するのにビショップ級以上の魔晶管が必要だと説明する。


「それで上級ハンターのパーティ三組が魔物討伐に向かったのだが、一組目は雷鋼竜の返り討ちに会い、二組目はコカトリスを取り逃がし、最後の三組目に期待している処だ」

「期限は何時までなのでござる?」


「明日までに手に入らねば、王命を果たせぬ。迷宮都市の太守としては責任をまぬがれない」

 その一言にミコトは驚いたようだ。


「太守の責任……ディンが処罰されるのか?」

「期限までに手に入らねば、僕は迷宮都市から追い出されるだろう……結構気に入っていたのだが」

 ディンが寂しそうにしている。


「王都に戻りたくないのか?」

 ミコトの質問に、ディンが首を振って応える。

「宮殿は、僕には合わない。血の繋がった兄弟でさえ敵と考える場所に、愛着など湧くものか」


 王都において無条件に信用出来るのは、母親と妹だけだった。祖父であるダルバルでさえ、孫を手札の一つのように考えている。


 ディンの顔に暗い影が差したのを感じ、ミコトが謝る。

「済まん、変なことを訊いてしまった」


「いいのだ。僕のことより、ミコトたちはどうしておったのだ。この街を離れていたのであろう」

「薫を親元に帰してから、少し旅をしていたんだ。今もエヴァソン遺跡の方から戻って来た処だ」


「へえっ、あの遺跡は古代魔導帝国エリュシスのものだろ。遺跡の調査でもしていたのか?」

 ミコトは日本人特有の曖昧な笑みを浮かべる。

「まあ、遺跡調査の為の準備といったところかな」


「ふむ、何か有ったのか。少し服装が変わっているが」

 ミコトと伊丹は苦笑いして。

「これは、持ち物を盗賊に盗まれたんだ。その御蔭おかげで登録証の再発行を申請に来た」


 王子が『えっ』と驚く。

「その盗賊たちはどうしたんだ。僕の名で盗賊退治の依頼を出そうか?」

 伊丹が必要ないと断った。


「盗賊どもは、悪行の報いを受け、化け物に殺されもうした」

「化け物?」

 ミコトが頷き。

「バジリスクだよ」


「何だってぇーーー!」


 シュマルディン王子の大声が響き渡ると同時に、ギルドの入り口から騒ぎが伝わってきた。

「『雷光の祝福』が戻って来たぞぉーーー!」

 その叫びを聞いた二階の支部長が、物凄い勢いで階段を駆け降りて来た。


「どけどけ……『雷光の祝福』は何処だ!」

 入り口からボロボロの姿になったハンターたちが入って来た。鎧に裂け目やヒビが入り、折れた槍を手に持つハンターの姿も有った。


 二階から国王の使者であるエルバ子爵とダルバルも降りて来た。騎士たちがエルバ子爵を護衛する形で取り囲み、ギルドの入り口に向かう。

 エルバ子爵は、心の中で舌打ちし最後に帰って来たパーティが依頼を失敗している事を願った。


「貴様等どけぇー!」

 騎士の一人が強引に入り口に集まっているハンターたちを押し退ける。ハンターたちが入り口から身を引き道を作る。『雷光の祝福』のリーダーらしい屈強な剣士がアルフォス支部長の前に進み出た。


 身体のあちこちに血がこびり付き、今回の狩りが相当厳しかった事を推測させる。

「アルフォス支部長、『雷光の祝福』只今戻りました」

 支部長は『雷光の祝福』のリーダーであるダロイスの姿に不安を覚えた。

「ご苦労だった」


 エルバ子爵が不機嫌な顔で口を挟む。

「挨拶などしている場合か。貴様等、魔晶管は手に入ったのか?」

 支部長がムッとし、ダロイスが頭を垂れる。その仕草から依頼が失敗に終わったと察せられた。エルバ子爵が思わずほくそ笑む。それは一瞬だけで厳しい表情に戻った。


「貴様、王命を何だと心得る」

 国王の使者という肩書を笠に着て、エルバ子爵が叱責する。

 『雷光の祝福』の魔導師らしい女性が抗弁する。


「我々は懸命に探したのです。しかし、運に恵まれず見付けたのは、独眼巨人サイクロプス。ナイト級上位の魔物ですが、何とか倒し魔晶管を持ち帰りました」


 エルバ子爵は心の中で薄ら笑いを浮かべ、アルフォス支部長に視線を向けた。

「彼らにちゃんと説明したのだろうな、支部長。王太子に必要なのはビショップ級以上の魔晶管。1ランク下のナイト級上位のものなど捨ててしまえ!」


 この暴言には、見守っていたハンター全員が怒りを覚えた。命がけで手に入れたものをゴミクズのように言う貴族に、多数の殺気が放たれた。


 この殺気に反応し騎士たちが剣を抜いた。それを見たハンターの中には自分の得物に手を掛ける者も現れる。


 この様子を見たアルフォス支部長が慌てて止めに入る。

「待て、騎士の方々も剣を収められよ」


 アルフォス支部長は騒ぎが大きくならぬように、ハンターと騎士の両方に声を掛ける。だが、一旦激怒したハンターの興奮は収まらず、ハンターと騎士の睨み合いが続いた。


 ディンが肩を落とし項垂れている。

 黙って見守っていたミコトは、ディンを待合所の隅に連れて行き、自分たちがバジリスクを倒した事を打ち明けた。ディンは素直に喜んだ。そして、ミコトたちが止める間もなく避けたいと思っていた行動に出た。


 タタタッとハンターと騎士が睨み合っている中心に駆け寄ると大声で叫んだ。

「皆、聞いて。ミコトと伊丹殿がバジリスクを倒したんだ!」

 辺りが一瞬で静かになる。


 ………………


 その後、先程以上の騒ぎが起こった。

「バジリスクだと!」

「ビショップ級の魔物じゃねえか!」

「ミコト! イタミ! 誰だそりゃ!」

「その前に、この子供は誰だよ!」


 俺は自分が犯した失敗に肩を落とした。ここでビショップ級の魔物を倒した事が知れ渡ると、案内人としての仕事がやりづらくなる。


 自分たちの名が知れ渡り、何をするにも人の耳目が集まれば、一緒に行動する依頼人にも注目が集まる。それは避けたいと思っていたのだ。


 ダルバルがディンに歩み寄り確認するように問い質す。

「それは真ですか、王子」

 エルバ子爵も王子に詰め寄る。


「ミコト殿と伊丹殿とは誰です。聞いたこともない人物ですが、そのような者が本当にバジリスクを倒したのですか」


 王子がキョロキョロと視線を動かし、出入口から外に出ようとしているミコトと伊丹を見付けた。

「ミコト、伊丹殿、こっちに来てよ」


 その後、ダルバルとアルフォス支部長、そしてエルバ子爵の三人から質問攻めにあった。俺は苦虫を噛み潰した様な顔をしながら、適当に嘘を混ぜながらバジリスク討伐の顛末てんまつを語った。但し、転移門の存在や『時空結界術の神紋』については隠す。


「納得出来ん。本当にバジリスクを倒したのなら、証拠となる素材を持ち帰ったはず。それを見せてみろ」

 エルバ子爵の威圧的な声がギルドに響いた。


 仕方なくバジリスクの爪を使った鉈を取り出して、エルバ子爵ではなくアルフォス支部長に渡す。

「バジリスクの爪です。確かめて下さい」


 アルフォス支部長は鉈を受け取りしばらく見詰めてから、近くの柱に切りつけた。直径二十五センチほどの柱が、スパンと真っ二つとなる。

「おお~っ」

 と言うどよめきが周りから湧き起こる。この切れ味にアルフォス支部長も満足したように頷く。


「カレラ、ちょっと来てくれ」

 受付をしている縮れた赤毛の若い女性職員を呼んだ。彼女は魔物の素材に詳しいギルド職員で、素材の鑑定などもしている。


「この鉈の鑑定を頼む」

 アルフォス支部長の傍に来た女性職員は、二十前後の魅力的な女性で理知的な顔をしていた。カレラは、鉈を受け取り慎重に鑑定し結果を告げる。


「間違いなくバジリスクの爪です」

 アルフォス支部長はニコリと笑い礼を言う。

「ありがとう」


「どういたしまして……それから柱の修理代は支部長の給料から天引きしますから」

 支部長がバカ面を晒す。ハンターの間に小さな笑いが起こった。


 エルバ子爵が執拗しつように疑いの目を向けてくる。その顔には目論見が崩れ、無念の表情が浮かび上がっている。

「待て、儂は納得しておらんぞ。下級のハンターなんぞにバジリスクが討伐出来るはずがない。こいつらは嘘を言っているに違いない」


 俺は痛い所を突かれ苦しい言い訳をする。

「先程も言ったように、俺の取って置きの魔法を使って倒したんです」

「貴様位の歳だと第二階梯神紋までしか持っておらんのだろう。そんな神紋でバジリスクが倒せるものか」


 こいつ、俺の個人情報を大声で。公式には第二階梯神紋しか持っていないが、第四階梯神紋も手に入れているんだぞ。


「第二階梯神紋でも付加神紋術式しだいで強力な魔法となるんです」

「見せてみろ。儂の目の前で強力な魔法とやらを」


 これには、ハンターたちも顔を顰め、俺に同情の眼を向ける。ハンターが決め技や奥の手を隠すのは、当たり前の事。それを見せろというのは非常識だった。だが、相手は国王の使者、断るのは難しい。


「エルバ子爵、ハンターにそのような事を」

 アルフォス支部長が子爵をなだめようとするが、子爵は強硬な姿勢を崩さない。


「分かりました。魔法の威力を見せればいいのですね。また、柱でも切りましょうか」

 俺が仕方なく折れた。悔しいが国に喧嘩を売る訳にはいかない。


「いや、そこの騎士、鎧を脱げ」

 子爵に指名された騎士が顔を青褪めさせる。

「か、勘弁して下さい。これは家宝の鎧なのです」


「ムッ、ケチ臭い事を。それなら儂の剣で威力を見せてみろ」

 子爵が腰に帯びた剣を抜き、俺の目の前に持って来た。俺は受け取った剣をテーブルに突き刺し、精神を集中する。


「クリファル・モニファス・イブモノタウス……<水刃アクアブレード>」


 研磨剤を含んだ魔系元素の水が生成され、それを高圧で圧縮。そして、右手の指先から吹き出す水刃をテーブルに突き立つ剣に振る。


 ギャンという不快な音がして、鋼鉄の剣を超音速の水が切り裂き、勢い余ってテーブルまで切り裂いた。ガチャンと音を響かせ、斜めに切り裂かれた剣の上半分が床に落ちた。


「すげえ!」「鋼鉄の剣を」「あいつ何の神紋を持ってるんだ」

 唖然と真っ二つになった剣を見ていた子爵が、俺に怒りの視線を向ける。おい、見せろと言ったのは子爵じゃないか。何で俺を目の敵にするんだ。


「これで子爵も納得されましたか。時間がないので魔晶管を剥ぎ取りに行きましょう」

 『時空結界術の神紋』は秘密にしたので、バジリスクの死骸は倒した場所にそのままおいてある事になっている。面倒だが隙を見て、戦った場所にバジリスクの死骸を戻さねばならない。


「支部長、俺は先に行って死骸を確認しておくから、伊丹さんの案内で解体職人を連れて来てくれ」

「何故先に、一緒に行けばいいではないか?」


「バジリスクに使った罠を片付けて置きたいんだ。他の奴には見せたくないからな」

 支部長が頷き了承した。


 支部長は解体職人十人を集め、伊丹の案内で常世の森に向かった。俺は一足先に行き、あの坑道前の荒れ果てた場所で、圧縮されたバジリスクの死骸を元に戻した。


「あああ、面倒臭い事になったな」

 巨大なバジリスクの背中に座って待っていると、ガヤガヤと騒がしい声がして来た。

「デカい、こいつは普通のバジリスクじゃねえぞ」


「おいおい、こいつをたった二人で仕留めたのか」

「ミコト、凄いじゃないか」

 剥ぎ取りに来た一行の中には、シュマルディン王子を始め、ダルバルとアルフォス支部長、そしてエルバ子爵の姿も有った。


 アルフォス支部長がバジリスクの背中に駆け上がり周りを見渡す。バジリスクに折られた樹木の残骸や掘り返された岩などが散乱している。


「激闘だったようだな……知らなかったとは言え、君らは困難な王命を果たした。この働きは必ず報いるからな」

「ありがとうございます」


「よし、職人たちよ。解体してくれ」

 まず、職人たちがミスリル製刃物を使って魔晶管を取り出した。一升瓶程も有る魔晶管の中には、もちろん魔晶玉が入っており、俺はニンマリした。


 その笑顔を突き刺すような視線で見ているエルバ子爵に気付いた伊丹は、ミコトに知らせなければと考える。


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