第63話 幕間 猫は頑張る 見習い卒業編 (1)

 猫人族のハンター見習いパーティとして活動を開始したミリアたちは、地道に依頼や狩りを行い、まだ『魔力袋の神紋』を授かっていない三人の取得費用を貯める事を優先した。


 一ヶ月ほどで、三人が『魔力袋の神紋』を授かった。その後も順調に狩りを続けランクアップに必要な費用も程なく貯め、ハンター見習いの全員がランクアップし序二段9級の正式ハンターとなった。


 正式ハンターとなって間もないある日の朝、太陽が地平線から顔を出すと同時に目覚めたミリアたちは、冷たい井戸水で顔を洗い、着替えてから近くの丘に登る。


「お姉ちゃん、お空が青くちぇキレイでしゅ」

 早起きに慣れたルキは、元気一杯と言う感じで上り坂をポテポテと登る。幼児体型のルキは手足が短く、不安定な身体を懸命に動かしている感じだ。それが可愛らしく見ているだけで、ミリアたちは微笑んでしまう。


 ミリアとルキ、リカヤとネリが丘の頂上に到着する。準備運動をしながら少し待っていると、寝癖で髪の毛を逆立てたマポスが駆け上がって来た。


「遅いぞ。マポス」リカヤの叱咤の声。

「ハアハア……ごめん、寝坊した」

 マポスがまたやってしまったと申し訳無さそうに謝る。


「明日はちゃんと起きろよ。さあ、始めるぞ」

 リカヤの一声で朝の訓練が始まった。最初は素振りから始める。この一ヶ月で、リカヤとネリの武器が短槍に変わっていた。


 ゴブリンとの戦いでショートソードを壊し、ミリアの助言で双剣鹿の剣角を使った槍をメイン武器に変えたのだ。マポスだけは剣にこだわりがあるのかメイン武器を変えようとはしなかった。


 槍の素振りは、攻撃系の直突き・回し突き・すくい突き・打ち込み・薙ぎ払いの五基本と防御系の巻払い・振り回しなどを中心に行う。


 伊丹が学んでいる槍術の基本だ。名前は異なるが、ほとんどの槍術には似たような技があると伊丹が教えていた。


 マポスは細い丸太を使ってひたすら立ち木打ちをしている。幕末に数多くの達人を排出した薩摩藩の示現流にも同じ練習法が存在する。


 達人ともなると立ち木に打ち下ろした時に煙が上がったと言われるほど激しい打ち込みを行うらしい。


 素振りの後、型稽古を行う。十八手の基本的な型だ。ルキも短めの棒を手に取り、型をゆっくりと繰り返している。


「敵の攻撃を想定しにゃがら、相手の得物を払うように巻払い……しゅかさず突き!」

 ミリアが説明しながら型を演武すると、それを真似してリカヤとネリが槍に見立てた棒を振るう。まだまだぎこちない動きだった。それでも一つ一つの動きには力が込められ、十分な戦闘力が有るのが判る。


「ハッ」「エイッ」「シャー」「ふにょ」

 最後の変な気合はルキのものだ。ルキの型は正確さに欠けていたが、六歳児にしては力強く穴兎くらいならば倒せそうだ。


 最後に二人組みになって組手を行い朝練を終える。その頃になると丘から見下ろす家々から朝食の支度をする煙が立ち上る。貧民街なので小さくボロい家々だが、その一軒一軒には懸命に生きている人々の生活が有る。


 マポスたちがそうだったように、迷宮の荷物運びや何らかの日雇い仕事をして小銭を稼ぎつつましい暮らしを送る。そんな人々の町がミリアたちの故郷なのだ。


 朝練を終えたミリアたちは、朝食を済ませるとハンターギルドへ向かった。依頼票ボードの前に集まり依頼票のチェックをする。


「えーっと、ゴブリンの・う《・》・ば《・》・つ《・》・い《・》・ら《・》・い《・》?……あっ、常駐依頼のゴブリン討伐でしゅ」

 ネリから文字を習ったミリアだが、まだ上手には読めないようだ。それでも苦労しながら依頼票の一つ一つを確認していく。


「あっ、これ! ネリ、この依頼はクラウザ初等学院からの依頼でしゅ」

 クラウザ研究学院から薬草採取や魔物捕獲の依頼が出されるのは珍しくないが、その附属学校であるクラウザ初等学院からの依頼は珍しい。


 クラウザ研究学院にあこがれているネリは、この学校関連の依頼はなるべく引き受けたいと日頃から言っている。


「ふんふん、新緑期実習のサポート役を募集しているのね。正式ハンターにゃら引き受け可能だから、引き受けようよ」


 ネリがリーダーのリカヤにお願いした。リカヤは冷静に判断を下す。初等学院の低学年生たちのおりは厄介だが、報酬もそこそこ有るので引き受けても問題ないだろう。期日は五日後で学校関係者との打ち合わせも有るらしい。


 マポスとミリアにも意見を聞いたが、リカヤに任すと言う答だった。ルキは……

「じっちゅう? たのしちょうだから、ルキもやる」


 リカヤたちは新緑期演習の依頼を引き受けた後、ゴブリン討伐を行った。


 その五日後、迷宮都市の南門に集まったハンターの数は十五人。初等学院ハンター養成クラス生の数は四十五人、教師が三人と言う大人数となった。


 教師の一人が生徒たちに新緑期実習について説明した。三つの班に分かれた生徒たちが、雑木林の中の指定地点まで行き南門まで戻って来るまでが実習である。


 もちろん、魔物と遭遇すれば生徒たちが戦う事になるが、弱い魔物しかいないと言われる雑木林であっても、偶に強い魔物が迷い込んでいる場合がある。


 そんな時はサポート役のハンターたちの出番である。生徒たちを守りながら戦って倒すか、生徒を逃がすかするのが役目だ。


 当日の朝早く、生徒たちは三つの班に分かれミリアたちと合流した。ミリアたちと行動を共にする生徒は、人族九人と猫人族三人の合計十二人である。


「何だよこれ、僕たちをサポートするのは、こんな亜人共なのか」

 人族の生意気そうな少年が大きな声を上げた。声を上げた少年は、十二歳くらいでショートソードを腰に下げている。ちなみに、他の生徒たちも十歳から十二歳ほどの少年少女で、革鎧と剣や槍、メイスなどを装備している。


「ナザル、失礼ですよ。この人達は正真正銘ハンターなのよ」

 引率役の教師であるモウラ・ニベルディスは、生徒を叱りながらルキの方に視線をチラリと向ける。


 立場上、生徒を叱ったが、ナザルの言葉に共感する。本当に生徒たちの手に負えないような魔物と遭遇した時に対応出来るのか不安だ。


「でも、こいつら何か頼りない。そう思わないか、皆」

「そうだな。俺たちとあんまし歳も変わらないし、武器も変だ」

 ナザルの友人らしい少年が同意した。少年たちは同じような意見のようだ。だが……


「ちょっと、この可愛い子は別として、年上に向かって失礼よ」

 一人の猫人族の少女がミリアたちの味方に回った。ルキの可愛い姿に好感を持ったようだ。


「コルセラ、同じ猫人族だからって依怙贔屓えこひいきするな。どう見ても弱そうだろ」

「外見だけじゃ分からにゃいわよ。本当は凄く強いかもしれにゃい」

 生徒たち全員の視線がミリアたちに向く。


 非常に居心地の悪い状況の中でリカヤが口を開く。

「あたしはリカヤ。このキャッツハンドの代表よ。そちらの少年が言ったように頼り無さそうに見えるのも事実だわ。実際ハンターとしては駆け出しだけど、この雑木林についてにゃらよく知っている。この雑木林をみ家としている魔物の中で強敵にゃのは、ゴブリンやぶちボア位だから、心配無いわ」


「凄い、ゴブリンやぶちボアを倒せるんだ」

「本当かよ」

 生徒たちがリカヤの言葉に感心する。彼らにとってポーン級中位のゴブリンであっても強敵だったからだ。


「さあさあ、皆。実習を始めますよ。先生が指示する方向へ進んで下さい」

 普段は植物学を教えているモウラは、生徒たちを南東へと向かわせた。周りを見回すと他の生徒や教師たちの姿は消え、残っているのはモウラの班だけだった。


 リカヤは他のメンバーに指示を出す。

「ミリアはあたしと一緒に先頭へ。ネリとマポスは殿しんがりに着いて。ルキはミリアの後ろでいいわ」


 先頭を行くモウラと一緒にリカヤとミリア、ルキが歩き始める。雑木林の中に入り少し進んだ所で、数匹の緑スライムに遭遇した。


 スライムはほとんど音を立てないので耳の良い猫人族と言えども遠くからは発見出来ない。

 生徒が騒ぎ始めた。スライムを見付け興奮しているのだ。

「よし、僕が退治してやる」


 ナザルとその友人たちが、先頭に出て剣を抜いた。初等学院の生徒たちは中流階級以上の家庭で育った子供がほとんどで、装備もそれなりのものを身に着けている。


 ミリアが心配しモウラ先生に尋ねる。

「止めにゃくて良いんですか。鉄製の武器で緑スライムを攻撃すると武器が駄目ににゃりましゅよ」

 モウラは溜め息を吐き、頭を振る。


「その事は授業でキチンと教えているはずなのです。魔物と遭遇して忘れたようですね。少し様子を見て……」

 そう言い終わらない内に、ナザルと二人の少年がスライムに向かって突撃した。


 滅茶苦茶に剣を振り回し、スライムを切り刻む。だが、スライムの魔晶管にはカスリもしなかったようだ。切ったはずの傷跡は瞬時に消滅し元通りとなり反撃を開始する。


 一匹の緑スライムがプルッと身体を震わせ強力な酸の塊を飛ばした。その速度は速くはない。それでも不意を突かれたナザルは慌てた。


「うわっ!」

 慌てて回避するが、革鎧に少し掛かってしまう。ジュッという音と共に革鎧の一部が変色しボロボロになる。

「ああっ、買って貰ったばかりなのに」


 ナザルが半べそになる。そして、ピカピカだったショートソードがスライムの酸に因って変色しているのに気付いた。


「しまった!」

 他の二人もスライムを切った剣が腐食しているのに気付き悲嘆の声を上げる。

 その様子を見ていたマポスが偉そうに笑いながら。


「馬鹿にゃ奴らだ」

「何言ってるでしゅ、マポスも同じ事したじゃにゃい」

「うっ……あの時は慌てていたから……」


 ミリアの指摘に、マポスはリカヤの後ろに隠れるようにして小さくなった。猫人族のマポス、ちょっと残念な少年である。


 ナザルたちが戻ってくると、モウラの厳しい声が生徒たちを叱る。

「自分たちが間違いを犯した事に、やっと気付いたようですね」

「モウラ先生……判っていたのなら止めてよ」


 ナザルが泣き言を口にする。後ろの二人も賛同するように声を上げた。

「それじゃあ、実習にならないでしょ。こういう経験も実習の一部なのよ」

 モウラが突き放すように言った。ナザルは悔しそうに唇を噛み締める。


「モウラ先生、ハンターならどうするべきにゃんですか?」

 猫人族のコルセラが質問する。モウラは少し考えてからリカヤに丸投げする。

「それは本職のハンターさんに聞いてみましょう」


 急に振られた質問にリカヤが驚き困ったという顔をする。困った顔をしている友人を見てネリが声を上げた。


「リカヤの代わりに私がお答えしましゅ。ほとんどのハンターはお金ににゃらにゃいスライムは無視して進む。でも、スライムの酸が効かにゃい武器を持つ者は、スライムの魔晶管に素早く止めを刺して戦いを終わらせるのが普通かにゃ」


 何故か出番が来たと思ったルキが声を上げる。

「ルキがおちぇほんを見せて上げりゅ」


 以前に、お手本と言いながら、楽しそうにスライムと戦う薫の姿を思い出したようだ。トコトコとホーンスピアを担いで駆け出したルキが緑スライムに向かってホーンスピアを一薙ぎする。ホーンスピアの刃が魔晶管を切り裂き仕留める。スライムは形を失い地面に広がった。


「おおっ」「凄え」「あんな小さい子が」

 驚きの声に気を良くしたルキが他のスライムを仕留めようとするが、ミリアが止めた。


「ルキ、駄目よ。私たちの出番はポーン級中位以上の魔物が出てからよ」

「は~い」


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