第59話 幕間 猫は頑張る 見習い編(2)

 マポスとミリアは剥ぎ取りも問題なく出来るようだ。ゴブリン三匹で銅貨十五枚の収入になる。一日分の食糧費には十分だが、五人パーティの収入としては少ない。


 ミリアたちは跳兎を探して雑木林の奥へと進む。しばらく進んで跳兎二匹を発見した。草叢に座り込んだ兎達が雑草をんでいる。それを確認したリカヤたちが飛び出そうとするが、ミリアが止めた。


「これで跳兎を仕留めましゅ」

 ミリアがパチンコを持ち上げた。

「そんな玩具みたいなもので大丈夫なのか?」


 マポスが疑わしげに質問を挟んだ。やっと出番が来たルキが張り切って口を出す。

「ルキとお姉ちゃんにまかしぇにゃさい」


 ミリアとルキはパチンコに鉛玉をセットし、跳兎の頭を狙う。動き回る的に当てるのは難しいが、大人しく食事をしている的に当てるのは容易かった。魔力を込めて引き絞られたパチンコから鉛玉が発射された。


 次の瞬間、『ガチッ!』『ドスッ!』と命中した音が響く。

 左の跳兎は額に穴が空き、右の跳兎は首から血を流し地面に倒れ伏す。


「えっ……何?」「ウソッ!」「おっ!」

 リカヤとネリ、マポスは驚いた。兎とは言え、魔物は魔物である。それを一発で仕留めるなど、玩具のようなものが秘めている威力に目を見張る。


「ヤッちゃ―!」

 ルキが歓声を上げている。あまりの嬉しさに両腕を振り回し変な踊りを舞いながら倒れた獲物の方へと歩き出す。他の四人は、そんなルキの仕草を見てほっこりとした気分になった。


「ミリア、そのパチンコというのは凄い威力にゃのね。あたしでも使えるの?」

 リカヤの問いにミリアが残念そうに応える。


「パチンコは魔力を使いましゅ。だから、リカヤにはまだ無理でしゅ」

「魔力か……『魔力袋の神紋』を授かれば使えるようににゃれるの?」

「それだけじゃ駄目でしゅ。ミコト様に奥義を習うか、『魔力発移の神紋』を授かる必要がありましゅ」


「でも、その人は迷宮都市を離れちゃったんでしょ」

「うん、だから『魔力発移の神紋』が必要でしゅ」

「ミリアが、その奥義を教えられないの?」

「駄目でしゅ。本当は奥義の事も教えちゃいけにゃかったの。リカヤだから特別」


 『魔力発移の神紋』は本来汎用性の高い神紋である。魔力を体外へ放出可能になると言う事は、魔力を制御する補助神紋さえ有れば様々な魔法が使えるようになる。汎用性の高さで言えば『魔力変現の神紋』に匹敵する。


 だが、この神紋の付加神紋術式はあまり開発されていない。この神紋が強化剣との組わせで使われる事が多く、『魔力発移の神紋』と言えば強化剣と言うのが常識化していたからだ。


 後日、この『魔力発移の神紋』に興味を持った薫が、その詳細を解析し数々の付加神紋術式と魔道具用の補助神紋を開発した。但し、ほとんどが便利魔法と呼ばれるものだったので、魔導師ギルドは興味を示さなかった。


 だが、興味を示した者たちも居た。ミリアから、その便利魔法の存在を知らされた猫人族である。数年後、『魔力発移の神紋』や『魔力変現の神紋』を授かる猫人族が増え、魔導師ギルドが驚く事になる。


 二匹の跳兎を仕留めた後、ミリアたちは次々に跳兎を狩り、合計で十一匹分の肉を手に入れた。跳兎一匹分の肉は自分たちの食糧として残し他はすべて精算する。合計で銅貨九〇枚になった。

「ハンターって、思っていたより儲かるんだ」


 マポスが見当違いな言葉を発し、リカヤが苦笑いをする。迷宮とは違い、都市の周辺で狙った魔物と出会でくわす確率は、それほど高くないからだ。


「今日は幸運だった。けど、明日もそうだとは限らにゃいよ」

 そう思っていた時期もありました。でも、それは魔物の習性を知らず、闇雲に狩りをしていたからだと気付かされる。


 次の日、空がどんよりと曇り風が強かった。ミリアたちはギルドへ行き依頼をチェックする。

「今日も昨日と同じでいいんじゃねえか」


 マポスが軽い感じで言う。リカヤもそれでいいかもと考えた。

「駄目よ。今日は風が強いから、跳兎は巣穴から出て来にゃいと思うの」

 ミリアが反対する。ミコトから魔物の習性を幾つか聞いていたからだ。


「そうにゃのか。だったら、何にするんだ」

「こういう日には、ぶちボアがいいでしゅ」


 ぶちボアと言うのは、猪の魔物で体長一五〇センチほど、黒い毛並に白い斑がある。本来、ハンター見習いには荷が重い魔物だ。


「無茶だよ。ぶちボアの毛皮や肉は高く売れるけど、あいつの突撃は危険だわ」

 今まで敬遠していた獲物なのだ。当然、リカヤが反対する。

「心配無いでしゅ。ぶちボアは罠で仕留めましゅ」


 取り敢えず試す事になった。雑木林で獣道を探し出し、そこにぶちボアの毛が落ちているのを確認した。

「ここの木の枝を利用して罠を作りましゅ」


 ミリアはミコトに習った通り、木の枝に丈夫な蔓を結び付け、枝の弾力を利用した釣り上げ式の罠を完成する。獣道には蔓で作った輪っかが隠され、罠の周辺に餌となる木の実がミリアたちの手でばら撒かれた。


 罠を仕掛けた場所は、水場とどんぐりに似た木の実を付ける樹が多い場所とを繋ぐ所で、かなり頻繁にぶちボアなどの魔物が通る絶好のポイントだ。


 ミリアたちが木の上で二時間ほど待った頃、漸く獲物が現れた。体重一三〇キロほどのぶちボアで、獣道に落ちている木の実をむさぼりながら罠に近付いてゆく。


 鋭敏な嗅覚を持つぶちボアは、鼻をヒクヒクさせ周囲の臭いを嗅ぎながら警戒しているが、風下に居るミリアたちには気づかない。


 ミリアたちはジリジリする気持ちを抑えながら、少しずつ罠に近付くぶちボアを見守っていた。

 ついに罠の上にぶちボアが到達した時、リカヤがナイフで蔓を切断した。罠が作動しぶちボアの後ろ足をしっかりと捕らえ、しなっていた枝が反動でぶちボアを釣り上げる。


「ブギャッブギャッ……」

 ぶちボアが騒がしい声を張り上げるが、完全に罠に掛かっている。逆さ吊りされているぶちボアを確かめると、ミリアたちは木から降り、ぶちボアに近付く。


「お姉ちゃん、この豚さんは美味しいのでしゅか?」

 昼時が少し過ぎている。ルキは空腹のようだ。


「美味しいでしゅ。でも、これは売るから駄目よ。昨日の跳兎が残っているから、それで我慢してね」

「分かっちゃ」


 ルキの眼がぶちボアに釘付けとなっている。それを感じたぶちボアが一瞬怯えたような眼をしたが、見間違いだろう。


 先頭はマポスで、ニコニコしながら不用意に近付く。

「マポス、仕留めるまで不用意に近付くにゃ」

 リカヤが注意したが遅かった。


「大丈夫だ……ギャッ!」

 逆さ吊りされたまま暴れたぶちボアの前足が、マポスの頭を叩いていた。不安定な状態での一撃だったので、それほど威力は無かった。ただ、マポスは涙目になり、もう少しすれば頭にデカいコブが出来るだろう。

「言わんこっちゃにゃい」


 ぶちボアを仕留めたミリアたちは、死骸をギルドで借りた荷車に乗せ少し離れた場所へ移動し解体する。毛皮を剥ぎ、魔晶管を取り出し、内臓を綺麗に抜き地面に埋める。


「どうしようか。もう一匹狙う?」

 リカヤが皆に尋ねた。時間的には余裕があるが、雨が降りそうな空模様だ。

「雨ににゃりそうだから、今日は帰ろう」


 ネリの冷静な意見にミリアとリカヤが賛成し戻ることになった。

「もう一匹くらい仕留めてからでも遅くないのに」


「マポス、無理は駄目よ。一匹でもこれだけの獲物だから、相当な収入ににゃるわ」

 ネリの言葉に、不満顔のマポスが頷く。


 順調に狩りをこなす猫人族たちは、ハンターとしての経験を積み実力を養ってゆく。時折、迷宮都市を訪れるミコトから、狩りの知識や応用魔法の知識を学び、短期間で序二段9級へランクアップした。


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