第58話 幕間 猫は頑張る 見習い編(1)
ミコトたちと別れた後、ミリアとルキはハンターとなる決心をした。リカヤとネリは荷物運びを続けた方が良いと助言してくれたが、ミコトたちのような人達がもう一度現れるとは思えなかった。
「ミコト様がハンターににゃっても、やっていけると言ってくれたでしゅ」
「ルキもヒャンターになりゅ」
ルキがピョンピョン飛び跳ねながら宣言する。
「ルキもハンターにするつもり?」
リカヤが心配そうにミリアに尋ねる。ハンターになるには、ルキが幼すぎるのを心配しているのだ。だが、ルキは家で大人しく待っているような子ではない。一人で森に出かけでもしたら、それこそ危険だ。
「ハンターは年齢制限にゃいのでしゅよね」
「ええ、身分証代わりに登録証を持たせる子供の親もいるくらいだからね」
ミリアたちはハンターギルドへ行き、受付の若い女性に登録を願い出た。対応してくれたのは縮れた赤毛の綺麗な女性だった。
身分証として迷宮荷物運びの許可証を出す。荷物運びをしている者が全員持っている許可証だが、身分証としても使えるものだ。
「ハンターになりますと、この許可証は使えなくなりますが宜しいですか?」
「構わにゃいでしゅ」
ハンターギルドの規則で荷物運びの兼業は禁止されている。
カウンターで待っていると、木製の登録証を持った受付嬢が戻って来た。
「お待たせしました。これが序の口ランクの登録証になります」
ミリアとルキは登録証を受け取り、キラキラした眼で確認した。とは言え、二人は文字を読めなかった。
「私が代わりに読んであげるよ」
一緒に付いて来たネリが声を掛けた。あの部屋に住む四人の中で文字を読めるのはネリだけなのだ。
「お願いしましゅ」
ネリが登録証を読み上げ、間違いのない事を確認する。
「凄いね。ネリ、私にも文字を教えてくれる?」
平民の中で読み書きが出来る人口は二割だと言われている。更に猫人族の中だと一割を切る。識字率が低いのは貧しい生活環境に原因が有るのだが、悲しい事に、猫人族にはそれを改善する手立てがない。
ネリはそんな現状を少しでも改善する為に猫人族の学校を建てたいという夢があるのだが、実現には程遠いのが現実だ。だから、友人であるミリアが文字の読み書きを教えてくれと言った時、ニコッと笑って頷いた。
ハンター見習いになったミリアとルキは、リカヤとネリとパーティを組む手続きをお願いした。リカヤたちと一緒に仕事をしながらハンターについて学ぼうと考えての事だ。
ミリアたちのパーティ手続きを引き受けた赤毛の受付嬢モレラが手続きを開始しようとした時。
「ちょっと待ったぁ~!」
大声と共に現れたのは、猫人族の少年マポスだった。今日のマポスは安物の革鎧を着け腰にショートソードを帯びていた。
荷物運びの少年がハンター見習いに化けている。マポスの背丈は普通だが、ガッシリしておりミリアたちより革鎧が似合う猫人族の少年である。
リカヤが一つ年下のマポスを値踏みするように見てから問い質す。
「マポス、その格好は何だ? まるでハンターににゃったみたいじゃにゃいか」
「みたいじゃにゃい。オイラも今日からハンターだ」
ミリアが小首を傾げながら尋ねる。
「あれっ、マポスは国一番の荷物運びににゃるのが目標じゃにゃかったのでしゅか?」
マポスが耳をピョコッピョコッと動かしてから視線を逸し。
「荷物運びにゃんて、オイラには役不足にゃんだ」
それを聞いたリカヤが呟く。
「どうせミリアがハンターににゃると聞いたからだろ」
マポスがリカヤをキッと睨んでから。
「このパーティにオイラも加わりたい」
女だけのパーティより男が加わる方が攻防のバランスは良くなる。パーティとしては喜ばしいが、加わるのがマポスと言うのが問題だ。この少年はうっかり八兵衛的な性格なのだ。
リカヤたちは相談した上で、マポスをパーティに参加させる事にした。ハンターには力仕事が付き物だからだ。
パーティの手続きを済ませた後、次は受ける依頼を選ばなくてはならない。依頼票ボードには、見習いが受けられる依頼は少なかった。
ポポン草やモシャク草などの薬草採取、ゴブリンの討伐、長爪狼の討伐などの常駐依頼と薬草鶏の肉採取、跳兎の肉採取、コブリナ草の薬草採取など。
ミリアたちのパーティ『キャッツハンド』は跳兎一〇匹の肉採取を選んだ。南門を出てすぐの雑木林へ行く。
キャッツハンドには魔法の索敵能力を持つ者は居ないが、それに匹敵する能力が有った。猫人族の耳である。
人間族と比して数倍の聴力を持っているミリアたちは、耳に神経を集中する。風の中に紛れ込んだ魔物が立てる微かな音を聞き分け、その位置を特定する為に三角形の耳をピコピコと動かす。
「左前方に魔物の気配がしましゅ」
ミリアが呟くと、マポスとリカヤが。
「こいつは、跳兎じゃねえぞ」
「ゴブリンよ。二匹……いや三匹だわ」
リカヤとネリの二人でパーティを組んでいた時は、逃走を選択しているケースだ。しかし、今は人数が増えている。ミリアたちは戦闘態勢を取り、ルキを後ろに隠す。
ミリアとルキの装備は革鎧にホーンスピアとパチンコ、リカヤとネリの装備は革鎧にショートソードである。リカヤとネリの二人も漸く赤蔓アーマーを卒業出来たのだ。
間もなく木陰から三匹のゴブリンが現れ、ミリアたちに気付いた。
「マポスとミリアは、二人で左の一匹をお願い、私は真ん中の奴を、ネリは右よ」
ハンター経験が最も長いリカヤがリーダーとして指示を出す。ミリアはホーンスピアを片手に駆け出した。
「リカヤ姉ちゃん、ルキは?」
ルキが駆け出したリカヤに尋ねる。彼女が振り返って大声で叫ぶ。
「隠れていにゃさい!」
「しょんにゃ~」
逸早くマポスがゴブリンに駆け寄り、ショートソードを叩き付ける。力任せの単純な斬撃はゴブリンの棍棒で受け止められ弾かれた。体勢を崩したマポスにゴブリンの棍棒が襲い掛かる。
「うわっ!」
マポスの叫び声に応えるように、ミリアがホーンスピアでゴブリンの棍棒を受け止めた。ゴブリンの力は成人男性の平均より強い。普通なら槍を弾き飛ばされてもおかしくない。
だが、ミリアは『魔力袋の神紋』を授かり筋肉細胞の一部が魔導細胞に変化可能となっている。しかも、ミコトたちと一緒に戦い大量の魔粒子を浴びる事で強靭な魔導細胞が急増していた。
しっかりと棍棒を受け止めたミリアは、そのまま棍棒を弾く。今度はゴブリンが体勢を崩した。
「マポス、今でしゅ!」
ミリアの指示に弾かれたように、マポスが斬撃を放つ。ショートソードが肩口に当たり血が吹き出す。しかし、致命傷ではなかった。すかさずミリアのホーンスピアがゴブリンの胸に突き刺さり止めを刺す。
マポスがホッとして動きを止める。そこにミリアが、指示を出す。
「リカヤを助けて、私はネリを。いいわね」
「お、オウ!」
戦闘を開始した時から、見違えるように活き活きとしているミリアに、マポスは驚いたようだ。
ネリが苦戦していた。
相手をしているゴブリンは、錆だらけの槍を持っていた。槍とショートソードでは、リーチの差がある分だけ槍が有利となる。ゴブリンが振り回す槍を躱しながら、防御だけで手一杯になっているネリ。
その時、ネリはかなり焦っていた。ゴブリンの持つ槍が絶え間なく襲い掛かり、それを何度も躱す。猫人族特有の
「もう少し粘っていれば、必ずリカヤたちが助けてくれる」
そう信じて防御に徹する。
そこへミリアが参戦した。ゴブリンが振り回す槍に、ホーンスピアを突き出し受け流す。伊丹に習った基本技に従い、受け流すと同時にホーンスピアを捻り、刀身と逆側の先端にある石突きをゴブリンの下腹に送り込む。
ゴブリンは慌てて飛び退いた。連続攻撃を止めたミリアは、気合を発しゴブリンを追撃する。ホーンスピアを上段からゴブリンの肩口目掛けて振り下ろす。槍の柄で受け止められるが、そこを押し込み跳ね返される力を利用して穂先を
ザシュッと音を立て、ホーンスピアの刃がゴブリンの右腿を切り裂いた。但し、払う速度と力がそれほどでもなかったので傷は浅い。ゴブリンは悲鳴を上げ地面をのた打ち回る。
ネリが待っていたかのようにショートソードを突き出し止めを刺した。
「ミリア、やるじゃないか」
もう一匹のゴブリンを仕留めたリカヤが、ミリアの腕前を賞賛する。
「いえ、まだまだでしゅ。ミコト様たちなら一瞬で仕留めてましゅ」
この戦いで、ミリアはハンターとして十分に戦える事を示した。
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