第57話 エヴァソン遺跡

 ミミックがバラけてしまった。こうなった以上、加藤と宇田川にも戦って貰わねばならない。小さい奴が二匹だから二人でも対応出来るだろう。

「加藤さん、宇田川さん、その二匹を頼む」


 俺は一刻も早くデカいミミックを仕留める為に全力を傾ける。槍をミミックの背中に突き入れるが、宝箱のような外殻で撥ね返された。


 弱点だと思われる首関節を狙ってみるが、ミミックは素早い動きで、その攻撃を躱す。

「チッ、ここは定石通り足関節を攻撃するしか無いか」


 迷宮では、竜爪鉈を持っていたので簡単に仕留めたが、今の武器は粗末な槍と棍棒だけ。俺は槍でミミックの足関節を狙う。一方、ミミックは鋭い顎と強力な足で獲物である俺を捕まえ殺そうと突撃して来る。


 絶え間ないミミックの攻撃は、俺から呪文を唱える時間を奪った。俺は躯豪術で強化した力でミミックの足関節を潰していく。俺の猛攻でミミックが後退。素早く周囲の状況を確認する。


 伊丹は、戦いを優勢に進めもう少しで決着が着きそうだ。宇田川は慣れない魔物との戦いで苦戦しているが、俺が足関節を潰しているのに気付き、棍棒で同じ箇所を狙い始める。


 加藤は必死で棍棒を振り回しているが、腰が引けている。何でこんな奴がゲートマスター候補に選ばれたんだろう。ハゲボスの弱みでも握っているのか?


 俺は四本目の足関節を潰し、ミミックの動きが鈍った所で首関節に槍を突き立て仕留めた。ほとんど同時に伊丹の決着も着いたようだ。伊丹は素早く宇田川へ駆け寄り共闘し始めた。

 俺は仕方なく、加藤と戦っているミミックの後ろから襲い掛かり、程なく仕留めた。


 宇田川と戦っていたミミックも仕留められ、巨大空間に静寂が戻る。一個だけ動かなかった宝箱は、すでに死んだミミックのようだ。


 加藤と宇田川は、体力と精神力が尽きたようで地面に座り込んでいる。東條管理官は、苦い顔をして加藤を睨んでいる。俺は東條管理官に近付き、少し話があると二人から遠ざかった。


 声が届かないと思えるだけの距離を置き、東條管理官に質問した。

「宇田川さんはともかく、あの加藤さんはどういう基準でゲートマスター候補に選ばれたんですか?」


「私が選んだ訳ではない。奴は加藤大蔵の三番目の息子だ」

 加藤大蔵? 聞いたことが有るような。

「加藤大蔵?」

「与党の大物代議士の名前くらい覚えておけ。防衛省出身の傑物だ」


「もしかして、大物代議士に頼まれたからゲートマスター候補にしたんですか?」

「今回の実験的試みは準備時間がほとんど無かった。だから、候補者が宇田川君一人しか集められず、そこに付け込まれた。政治的圧力に屈するようで不愉快だが、転移門管理委員会の決定だ」


「だったら、期日を伸ばせば良かったのに」

「それは駄目だ」

「何故です?」

「何故だと……お前の報告が有ったからだ」

 えっ、俺の報告って何だ?


「軍人オークが転移門を探していると報告しただろ。異世界側の人間や魔物の中から転移門のゲートマスターが生まれるのは……非常にまずい。未使用の転移門を発見したら即座に所有権を確保しろと言うのが政府の決定だ」


 思い出した。あの軍人オークか。あいつら何か問題を起こしたんだろうか。ハゲボスの表情を窺うと、それ以上の情報は聞き出せそうにない。


「話は戻りますが、加藤さんと宇田川さんは案内人になるんですか?」

「それは決まっていない。異世界でのサバイバル能力や適応力を確認し本人の意志が有れば可能性はある」


 座り込んであえいでいる加藤の様子をチラリと見る。

「加藤さんには、サバイバル能力や適応力のどちらも無さそうですけど」

「それは以前から分かっていた。警察でも問題児扱いで、色んな部署をたらい回しにされたようだ。最後に機動隊に入れ鍛え直そうと試みたが無駄だったと聞いている」


「これからどうするんです?」

「加藤か……奴の後ろには父親が居るからな。排除は無理だ。奴には人間の形をした鍵として働いて貰う。数人の監視役兼助手を付けてやれば何とか成るだろう」


 げっ、ハゲボスがブラック化している。加藤に付く監視役兼助手の皆様、ご愁傷さまです。


「それより加藤大蔵だ。奴は自分の手駒を各地区に送り込んで情報を集めている。私の地区に送り込まれたのが、あんなボンクラ息子なのは舐められている気がする。だが、こちらとしては好都合だ」


 東條管理官が冷たい笑いを浮かべ、加藤を見詰めている。

 普段は我儘わがままなオッさんだが、それはハゲボスの一面でしか無い。鋭い分析力を持ち、冷徹な判断力で職務を遂行する実力の持ち主なのだ。


 敵に回したくはない人物だ、経験値が違い過ぎる。未成年の俺には太刀打ち出来そうにない。

「ミコト、私も『魔力袋の神紋』が欲しい。時間を作るから準備をしておけ」

 うわーっ、東條管理官がパワーアップする気だ。


 東條管理官から聞いた情報を整理しようとしたが、頭が働かない。精神的に疲れたようだ。それにしても加藤代議士は何を狙っているんだろう。俺に政治なんて解る訳がない。まあいいさ。


 ミミックから魔晶管の剥ぎ取りを行う。大きい方のミミック二匹からは魔晶玉を回収した。さすがに長生きして大きくなっていただけは有る。


 更に、一匹だけ死んでいたミミックから金貨五枚と銀貨十二枚が見つかった。この一つだけは正真正銘の宝箱だったようだ。


 それから三日目の夜まで何事も無く過ぎた。ミミックの一件以来、加藤も少しおとなしくなったようだ。


 二つの月が重なり、転移門が起動した。東條管理官と加藤、宇田川が転移門の方に進み始める。

「あっ、東條管理官。一つ疑問があるんですが」

 この仕事で、疑問に思っていた事を尋ねた。色々忙しくて聞き忘れていた事だ。


「何だ言ってみろ」

「何故、管理官がゲートマスターに志願したんですか?」

「管理官の中でゲートマスターの称号を持つものは一人も居ない。すなわち私が最初のゲートマスター兼管理官となるのだ」


「えっ?」

 もしかして、仲間内で自慢したかっただけなのか。いや、俺の知っている東條管理官は、そんな事の為に危険を犯す人物じゃない。まさか、加藤を見張る為に付いて来たのか?


「そんな事より、ここの場所を特定しろ。……それからアドバイスを一つしてやる」

「アドバイス? 何でしょう?」


「迷宮都市に拠点を作れ。稼いでいる案内人は、依頼人が快適に過ごせる宿泊施設を手に入れている。それくらいのサービスを考えないと客は増えないぞ」

「……頑張ってみます」


 東條管理官たちが転移門の向こうに消え、俺と伊丹だけが残された。

「拠点か……大金が必要だな。何か考えるか」


「薫会長が言っておられました。『ラッキーお宝亭』は良い宿屋だけど、風呂なしと硬い寝具では長期滞在は勘弁でござると」

 俺は異世界の宿に慣れてしまったので苦痛とは思わない。けど、依頼人は違うようだ。


   ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 翌朝、俺たちは遺跡を下へと移動し砂浜に辿り着いた。人間の足跡一つ無い砂浜に小さな蟹が走り回っていた。白い波が波打ち際を往復し、走り回る蟹を海に引きずり込もうとしている。波の音が心地よい響きを奏で、俺の体全体を包み込む。


 波音を聞いていたら腹の音が聞こえた。朝食を抜いているので空腹だ。ちょっと向こうの岩場から釣り糸を垂らせば大物が釣れそうに見えるんだが。


 迷宮都市は海に近いのに関わらず、住民はほとんど魚を食べていなかった。屋台のオヤジに聞いたのだが、海の漁は危険だからだそうだ。海の魔物は貪欲で、釣り糸や網に掛かった魚を横取りしてしまうし、釣り人や漁師を襲うらしい。


「この海に凶暴な魔物が居なけりゃ、海に潜って魚を捕るんだけど」

「魚でござるか……刺し身、焼き魚、煮付け……ああ、醤油が手に入らん」

「醤油か……案内人の中で醤油を開発した人は居ないのかな。今度調べてみよう」


 伊丹が足元をちょろちょろしている小さい蟹を捕まえ、目の前に持ち上げ観察する。味噌汁に入れればいい出汁が取れそうだ。蟹が懸命にバタバタと足を動かし逃げようとしている。


 突如、ザパーッと波を掻き分け海の中から巨大な蟹が現れた。

 体長二メートル、巨大なハサミを持った焦げ茶色の蟹だ。真っ黒い眼で俺たちを睨んでいる。伊丹が捕まえている蟹が助けを求めるように暴れ始めた。


「あの蟹の魔物は、何故我々を睨んでいるのでござろう?」

「伊丹さん、その蟹は放した方がいいと思うな」

「えっ」

「きっと父親か母親じゃないかな」

 伊丹が慌てて蟹を放すが、手遅れだったようだ。巨大蟹がブクブクと泡を吐きながら砂浜に上がって来る。


 俺たちは戦闘態勢を取り巨大蟹を迎え撃つ。巨大蟹の甲羅は、ミミックの外殻以上に頑強そうだ。俺の槍程度ではダメージは与えられそうにない。


 巨大蟹が素早い動きで、俺たちの周りを回り出す。巨大なハサミが、バチッバチッと打ち鳴らされ、俺たちを威嚇する。ハサミが俺に向かって伸びて来た。


 棍棒で受け流しを試みるが、蟹の剛力で身体が弾かれる。九割の力を受け流せたと思うのだが、恐ろしい力だ。


 伊丹が巨大蟹の足関節に棍棒を打ち付ける。躯豪術で強化された打撃だったが、強靭な甲羅に弾かれた。棍棒では関節部分であってもダメージを与えられない。

 蟹がハサミで反撃した。伊丹が横っ飛びに避ける。


 武器による攻撃が駄目なら魔法しか無い。俺が持つ魔法で、あの甲羅を貫けるものは<水刃アクアブレード>か<渦水刃ボルテックスブレード>しかないだろう。だが<水刃アクアブレード>は射程が短過ぎて実戦では使えない。選択肢は<渦水刃ボルテックスブレード>一つに絞られる。


 都合の良い事に、ここには水が豊富にある。魔系元素の水でも<渦水刃ボルテックスブレード>に使えるのだが、魔系元素の水では製造可能な量が限られる。それでは<渦水刃ボルテックスブレード>の大きさが制限されるので威力が落ちる。


「伊丹さん、魔法を放つ時間を稼いでくれ」

「承知した」


 伊丹が前面に出て蟹に猛攻を加える。狙いは蟹の眼だ。そこならダメージを入れられる可能性がある。蟹は初めて逃げ腰になりハサミを使って眼を守る。

 俺は精神を集中し全身から魔力を絞り出しながら呪文を詠唱する。


「クリファル・キゼノス・デジェメロム・カウスマギカ……<渦水刃ボルテックスブレード>」


 俺から大量に放出された魔力が海水を吸い上げ、空中で渦を巻き始める。渦は高速化し結界に包まれた。大気と切り離された渦は音速を超えた時点で八〇センチほどの円盤状に変化し鈍い唸り声を上げる。


退いて!」

 伊丹が後方に飛び退くと同時に、渦水刃を蟹目掛けて飛翔させる。


 音速を超えた水の刃である渦水刃が巨大蟹の甲羅を切り裂き始め、瞬時に甲羅を切断し腹側まで貫いた。蟹が盛大に泡を吹き出す。ピクピクと痙攣した蟹の巨体が、ついには崩折くずおれた。


 巨大蟹から魔晶管を剥ぎ取るのに苦労した。残念ながら魔晶玉は無かった。

「これは食えるかな?」

「焼いてみてはいかがでござろう?」


 蟹の足を切断し焼いてみた。恐る恐る食べてみると、口の中に蟹肉の旨味と甘味が広がり陶然とするほど美味い。ここ数日、碌なものを食べていなかった反動だろうか、俺たちはむさぼるように蟹肉を口へ詰め込んだ。


 俺たちは遺跡の周辺を調べ、海岸沿いの地形や山並みから大体の場所を特定した。遺跡は迷宮都市近くに存在するエヴァソン遺跡だと思われる。


 迷宮都市クラウザから東へ進むと『常世の森』と呼ばれる常緑樹の森が広がっている。ここを更に東へと進むと三本足湾の真ん中の指に当たる海へと到達する。遺跡はその海岸付近に存在するのだ。


 もちろん、これで依頼達成とはならない。迷宮都市まで行き、この場所が本当にエヴァソン遺跡だと確定するまで調査は終わらない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る