第56話 転移門の遺跡

 長爪狼の一匹が正面から飛び掛ってくる。冷静に間合いを計算し構えていた棍棒を狼の頭に振り下ろす。ブンという風を切る音がし、狼の頭に棍棒の先端が減り込み頭蓋骨が陥没する手応えがあった。


 一匹目、手応えあり。次は……。

「うわっ……た、たすけてくれ」

 狼が加藤の身体の上に乗り喉笛を噛み切ろうとしている。

 何が落ちぶれちゃいないだ。


 急いで駆け寄り狼の腹を蹴り上げる。狼は吹き飛び、口から大量の血を吐き出す。最後の一匹が右から襲い掛かる。ステップして躱し、棍棒を狼の首に叩き付ける。ゴキッという音で首の骨が折れたのを確信した。


「どうだ、加藤さん。俺も少しはやるだろ」

 ヘンジガナイ…シンデイルヨウダ……嘘です。加藤は気を失っているだけだった。


 加藤を見ると身体のあちこちから血を流している。長爪狼の爪で引っ掻かれたようだ。一つ一つの傷は浅く、どれも致命傷ではない。


「だから、隠れていろと言ったのに」

 俺は加藤を背負い皆が待っている方へ戻った。血だらけの加藤を見て東條管理官が騒ぎ始めた。


「一体どうしたんだ? 何かに襲われたのか?」

「狼の魔物です。伊丹さん、頼む」

「心得た」

 伊丹の傍に加藤を横たえる。伊丹が呪文を唱え始める。


「カシュマイド・ギジェクテオ・ムセルシュマ……<治癒キュア>」


 伊丹が伸ばした手に魔力が集まるのを感じた。次の瞬間、魔力は金色の光に変わる。その輝きが加藤の体を包む。ゆっくりとだが出血が止まり、傷が塞がり始める。


「おおっ!」「まあ!」

 東條管理官と宇田川の驚きの声が響く。今更何を驚いているんだ。伊丹が『治癒回復の神紋』を授かっている事は、東條管理官には報告しているのに。


「素晴らしい、生で見る魔法は違うな」

「伊丹さん、凄いですね」

 俺が<冷光コールドライト>や<飲水製造ウォーター>を使った時に見せた反応と少し違う。伊丹を見る目に尊敬の念がこもっている。


 ムッ、俺も『治癒回復の神紋』を選べば……いやいや、うらやましくなんか無いよ。


 俺は魔系元素の水を作り出し、加藤の身体を綺麗にする。薫がミリアとルキ用に開発した二つ目の応用魔法で、『湧水術の神紋』の応用魔法<洗浄ウォッシュ>と同じ機能を組み込んでいる。


 使える応用魔法の数で魔導師の力量が判ると言われているが、俺も数だけなら魔導師クラスだ。但し、半分くらいは小魔法と呼ばれる便利魔法なので、他人に誇れるものではない。


「ううっ……あ、あれっ、狼はどうした?」

 加藤が目を覚ました。ここはビシッと言っておこう。

「狼は、俺が倒した。今度から指示には従ってくれ」


 加藤が悔しそうな顔をする。

「クッ……今回は油断しただけだ、次は実力を見せてやる」

 この人、学習能力がないの? 次は死んじゃうかもしれないのに。


「伊丹さん、ありがとうございます」

 加藤が伊丹が治療してくれた事を知らされて礼を言う。武芸者らしい貫禄を持つ伊丹には、素直に感謝するようだ。


「礼には及ばぬ。だが、無理は禁物でござる」

「……ござる?」

 武士言葉を聞いて、加藤は戸惑っているようだ。東條管理官と宇田川も同様だ。


「伊丹さんは、『平成の武士』を目指しているんだ。これも個性だと思ってよ」

「そ、そうなのか」

 この問題に関してはフォローが難しい。


 再び、水と食料を探しに雑木林に分け入る。今度は一人だ。間もなく湧き水を発見し水を確保した。食糧は山芋二本を掘り出し、黒い兎を仕留めた。兎は魔物ではなく普通の動物らしい。

 帰り道で木の上に小刀甲虫を発見した。てんとう虫種だ。<旋風鞭トルネードウイップ>を発動する。


「フォジリス・メルバラム・クウォジェル……<旋風鞭トルネードウイップ>」


 右手の先から、螺旋状に渦巻く細長い空気の鞭が生まれ、それを小刀甲虫目掛けて振る。しなりながら伸びていく鞭の先端に空気が圧縮されてゆき高密度で硬い球体が誕生する。

 その球体が小刀甲虫の背中に命中する。小刀甲虫は弾かれ地面に落下する。


 腹部を上にして落ちた小刀甲虫が足をバタバタと藻掻もがく。すかさず旋風鞭を手元に戻し再度小刀甲虫へ向け振る。


 スルスルと空気の鞭が伸び、先端が球体ではなく円錐状に変化し小刀甲虫の腹を貫く。旋風鞭の先端は球体と円錐の二つの形に変え攻撃する機能を備えていた。


 仕留めた小刀甲虫から、小刀角を剥ぎ取る。魔晶管は小さ過ぎるので採取しない。小刀角は剥ぎ取りや獲物の解体にも使うので、もう少し欲しい。<魔力感知>で樹上に居る魔物を探し、小刀甲虫を狩る。合計で四本の小刀角を手に入れた。


 気付くと太陽が真上に昇っている。朝食抜きなので腹に力が入らない、東條管理官たちも腹を空かしているだろう。俺は急いで、昨晩野営した場所へ戻った。元気になった加藤と宇田川が口論している。


「やっぱり案内人のランキング一位は、第一地区の豪剣士ですよ」

「そうじゃない。一位は第十四地区の魔導マスターで決まりだ」

「豪剣士こと伊達徹だてとおるさんは、一人でオーガを倒すほどの剣の達人です」


「魔導マスターの山崎公彦やまざききみひこは、<氷槍アイススピア>一発で軍曹蟻を仕留めた。国の魔導騎士団からもお呼びが掛かったと聞いたぞ」


 それまで黙って聞いていた伊丹が口をい開く。

「ミコト殿は、何位くらいでござろう?」

 駄目だ、伊丹。それは禁句だ。───東條管理官が俺の顔を見てから告げる。


「日本に案内人が何名居るかは機密事項だから教えられんが、仮に三十名だとすれば二十七位くらいかな」

 ガックシ、真ん中くらいだと思ってた。


「まあ、高校生くらいの案内人に仕事を頼む依頼人は少ないから」

 宇田川が俺のフォローに回る。でも、それはフォローになってるの?


「若くても実力が有れば評価されるはず。現に、ハンターギルドのランクも三段目8級止まり、これでは、異世界での人脈も期待できん」


「拙者からすれば、ミコト殿も十分に凄いと感じたのでござるが……」

 転移門に転移させられた被害者は全部で三八二人、その中で生きて帰って来れたのが数十人。運も有るだろうが、行動力・判断力に優れた者がリアルワールドに戻り案内人となったはずだ。


「俺も十分凄いと思っているんだけど」

 東條管理官が無慈悲に告げる。

「まだまだだ。精進しろ」


 兎を解体し肉を串焼きにし、山芋は焚き火の灰の中に埋め蒸し焼きにする。物足りない食事だったが、食べた事で皆が精神的に回復したようだ。


「あの転移門が将来的に使えるかどうか確かめる必要がある」

 東條管理官の言葉に不吉な予感を覚える。

「確かめるって、具体的にはどうするんです?」


 俺の質問に、東條管理官がニヤリと笑い通路の奥を指差す。

「この中に危険がないか調べる」


 通路の奥、つまり遺跡を調査するのは構わない。だが、東條管理官たちが自分も行くと言い出したのには慌てた。三人の足手纏い付きで探索するのは正直勘弁して欲しい。


 泣く子とハゲボスには勝てぬ。俺たちは遺跡の調査に向かう。武器は小刀角で作った二本の槍と棍棒だ。槍は俺と伊丹が持つ、加藤が欲しそうにしていたが、断固断った。


 まずは転移門の有る部屋を調査した。天井まで七メートルほどのかまぼこ型空間で、朽ち果てた椅子の残骸と祭壇跡のようなものが有った。転移門は祭壇部分に置かれている。


「この部屋には危険なものはないようでござる」

「通路の奥へ行ってみましょう」


 通路は出口と奥の二方向へと伸びており、俺たちは奥へと向かう。六畳ほどの小部屋を二つ発見したが、特に危険なものは無かった。そして、一番奥に大きな空間を見付けた。


 そこは瘴気が漂う陰々滅々とした雰囲気を持つ巨大空間で、体育館を三つ並べたような広さが有った。壁は青白く輝いていた。一見、迷宮に似ているが、この光はこけの一種で『月光苔』と呼ばれるものの光だった。


 その巨大空間の一番奥に四角い箱のような物が幾つか見つかった。 

「あれは何でしょう?」

 宇田川が最初に気付き歩み出す。俺たちは宇田川に付いてゆく形で動き始めた。

「おおっ……あれは宝箱だ!」


 叫んだ加藤が駆け出した。釣られて宇田川と東條管理官も歩みを速める。俺と伊丹は迷宮の宝箱について思い出す。ここは迷宮では無いはずだ。でも嫌な予感がする。


「ちょっと待て、それに近付くんじゃない!」

 俺が大声を上げ制止するが、加藤は止まらない。素早く大きな宝箱に駆け寄り、蓋を開けようと手を伸ばした。


 不意に宝箱の下から蜘蛛の足に似たものが飛び出し、加藤に襲い掛かった。顔面に体当たりを受けた加藤がひっくり返る。


 宝箱の側面から亀の頭のように頭部が飛び出し蜂に酷似した顎で加藤の首に噛み付こうとした。

「危ない!」

 伊丹の槍がミミックを撥ね飛ばす。五つある宝箱の中で四つから足が生え、俺たちに襲い掛かる。


『ギチッギチギチ……』

 ミミックが一斉に鳴き声を上げ始めた。ミミックの大きさはうり坊サイズから猪の成獣サイズまで。うり坊サイズのミミック二匹が東條管理官たちの方へ向かい、成獣サイズの二匹は俺と伊丹に狙いを定めたようだ。


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