第55話 新たな転移門(2)

 俺たちは御島町三丁目にある倒産した工場跡に来ている。転移門の場所は、廃工場の工作機械が並んでいたと思われる場所で、屑鉄や錆びた機械部品が散乱していた。

 転移門と繋がる場所だけが綺麗に清掃され、その周りに自衛官が待機していた。


 時間が来た。転移門が起動し、周囲に震動と発光現象が発生する。東條管理官たちが転移門の中に消え、彼らが着ていた服だけが地面に落ちた。


「さて、行こうか」

 俺は伊丹に声を掛け転移門に入る。その瞬間、意識が途絶えた。


 意識が戻った時、周りは真っ暗だった。耳を澄ますと東條管理官たちや伊丹の息遣いが聞こえる。

「東條管理官、大丈夫ですか?」

「うぅ……、大丈夫だ」


 一人ひとり確かめる。加藤と宇田川、伊丹も怪我とかは無いようだ。

「真っ暗で何も見えん。ミコト、何とかしろ」


 ハゲボスの声だ。俺が魔法が使える事は、この前バレてしまった。ちょっとした不注意で依頼人の前で魔法を使い、ハゲボスに報告された。無茶苦茶怒られた。―――密告者に天罰を。


「フォトノス・ジェネサス……<冷光コールドライト>」

 俺の左掌が青白い光を発し始めた。蛍光灯に似た光で熱は感じられない。


「おっ!」「あっ!」「きゃー!」

 東條管理官たちが光る手に驚いたようだ。下着姿のオッさん三人と少年、それに若い女性が、その光で闇から浮かび出た。


 この魔法は、薫がミリアたちの為に開発したものだ。『魔力変現の神紋』を基盤にしているので、俺も使えるのだ。


 周囲は石の壁で、大きな空間だった。教会の礼拝堂に雰囲気が似ている。右手の奥に出口らしきものが見えた。そちらに移動し、出口から外を見ると通路が伸びていた。


「風が吹いている」

 空気の動きを感じた俺たちは、風が吹き込んでくる方へ向かう。十五メートルほど進むと外の明かりが見えた。岩をり貫いて作られたような通路から、外へと出る。


 前方には雑木林が広がり、真上には大小二つの月が輝いていた。間違いなくバルメイトだ。


 たきぎを集め、通路の傍で焚き火をする。明かりが出来たので、<冷光コールドライト>は解除した。

「これが異世界か」


 感慨深げに馬面の加藤が呟く。その目は上を向き、二つの月を眺めている。宇田川は少し寒そうにしている。季節的には春の終わりが近いが、夜は冷える。皆下着姿だが、異世界用の特別製だ。


 厚い生地で作られたステテコのようなパンツと半袖シャツ。転移門が下着と認めるギリギリのものだ。これ以上布地が多いと下着とは認められず裸で異世界へ飛ばされる。


 これが夏の日本ならば、外にいても違和感を持たれない服装だ。しかし、異世界では不審に思われるだろう。


 俺は<魔力感知>を使い索敵を行った。索敵範囲は周囲二〇〇メートル、基礎能力である魔力が上がり当初の五〇メートルほどから四倍に伸びている。


 雑木林の中に幾つか野生動物と魔物の反応がある。でも、こちらに気付いてはいないようで、近付いては来ない。微かに潮の香りがする。


「喉が渇いた。ミコト、水はないのか?」

 ハゲボスめ、我慢という言葉を知らないのか。

「水は夜が明けたら探しに行きます」


「魔法で出せばいいだろ」

 確かに魔法で水を作れるが、今魔法は使いたくなかった。もし魔物が襲って来た時、武器は魔法しか無いからだ。出来るだけ魔力を消費したくない。だが、ブチブチとハゲボスに文句を言われるより、要望を聞く方が俺の精神的に負担が少ない。


 雑草の中に里芋の葉っぱに似た大きな葉が有ったので、それをむしり取り幾つか即席のコップを作った。そのコップを全員に配り、呪文を唱える。


「ミゲルス・フォロコル・カジェスタム……<飲水製造ウォーター>」


 魔力が空気の流れを作り、その中から水分を抽出する。何もない空中から透明な蛇口を捻ったかのように水が現れ流れ落ちる。ちょろちょろと湧き出す水を各人が即席のコップに溜め喉を潤す。


「あまり美味い水じゃないな。魔法の水だから物凄く美味いのかと思った」

 ハゲボス、殴りたい。伊丹が我慢するように眼で合図を送ってくる。大丈夫、これくらいじゃ切れないよ。


「でも魔法凄いですね。私も使えるようになりたいわ」

 宇田川が優しい言葉を投げ掛けてくれる。うんうん、こういう言葉を俺は待っていたのだ。


「しかし、研修で習った情報に拠ると、覚えられる魔法には制限が有るようじゃないか。水を作るとか手を光らせる魔法なんかじゃなくて、攻撃魔法を習得した方が有益だったのに」


 加護神紋と応用魔法を混同している。それに加藤の言葉には俺を馬鹿にするようなニュアンスが含まれていた。

「加藤さん、あなたの認識は間違っています」

 加藤がムッとした表情を見せ、俺に鋭い視線を向ける。

「何処が間違っている?」

 俺は加護神紋と応用魔法の違いについて説明した。


「覚えられる数に制限が有るのは加護神紋です。先ほど使った<飲水製造ウォーター>の魔法は、『流体統御の神紋』を基盤とする応用魔法です。元々は<風の盾ゲールシールド>や<水盾アクアシールド>などの防御をメインとして使われているものですが、魔導師ギルドは<飲水製造ウォーター>という便利な応用魔法も開発してるんです」


「防御魔法か、無駄とは言わんが、やはり攻撃魔法を選ぶべきだったな」

 この馬面ムカつく。強力な攻撃魔法も応用魔法の一つとして開発した事は絶対に教えてやらん。


「それより、ミコトは幾つの加護神紋を持っている」

 東條管理官が尋ねた。本当は五つだが、『時空結界術の神紋』は秘密にしてるので、

「四つです。俺の神紋記憶域だと後一つか二つが限界でしょう」


 『時空結界術の神紋』を取得した直後、頭の中にある神紋記憶域が七割ほど埋まったのを感じた。『時空結界術の神紋』を収めるのに必要な容量はかなり多かったらしい。


「その中で攻撃魔法として使えるのは幾つだ?」

 加藤がしつこく訊いて来る。コイツ絶対にモテないぞ。

「加藤殿、他人の授かった加護神紋について質問するのは礼儀に反しますぞ」

 伊丹が助け舟を出してくれた。さすが俺の護衛役兼助手だ。


 翌朝、明るくなって周囲を確認した。ここは何かの遺跡らしかった。大きな岩山を階段状に削り、巨大な段々畑のような地形になっている。


 その削り取られ平らとなった土地に、倒れた石柱や崩れた石壁が散乱し、それを雑草や樹々が覆い隠している。


 樹々の切れ目から前方に海が見えた。潮を含んだ風が海から吹き上げてくる。通路の出口から広がる土地は、十数段ある階段の二段目に当たる土地で、下の方には砂浜が見える。


 俺は食糧と水を探しに雑木林の中に向かう。どうしても一緒に行くと言い張る加藤も同行している。はっきり言って足手纏あしでまといなのだが、子供だけで行かせるのは駄目だと言う。


 出発する前に、魔法で木の枝を五本切って棍棒の様なものを作成し、皆に配った。攻撃魔法としては失敗だった<水刃アクアブレード>だが、工作用の魔法としては使えるようだ。魔力消費も<渦水刃ボルテックスブレード>に比べれば少ないので重宝ちょうほうする。


「この林には魔物が居る。気を付けてくれ」

 俺が加藤に注意を促す。一応、加藤は頷くが、軽く考えているようだ。

 林の奥へ進み、水を探す。索敵を行いながら、用心深く足を進めた。<魔力感知>が魔物を捉える。


「魔物が三匹来る。木の影に隠れていて下さい」

 俺の言葉に加藤はムッとしたようだ。強い口調で俺に反発する。

「いや、俺も戦う」


「大丈夫ですか?」

「子供に心配されるほど落ちぶれちゃいない」

 その数秒後、三匹の長爪狼と遭遇した。奴らは低い唸り声を発しながら襲い掛かってきた。


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