第3章 セカンド転移門編

第54話 新たな転移門(1)

 薫たちを案内してから三ヶ月が経過した。その間に幾つかの仕事をこなした。ドロ羊の捕獲も、その中の一つである。


 今でも、薫とは頻繁に連絡を取り合い、二人で神紋術式の解析と新しい神紋術式の開発を行っている。


 例えば、『魔力変現の神紋』の<変現域>を利用した<炎杖フレームワンド><缶爆マジックボム><閃光弾フラッシュボム>を正式に付加神紋術式として構築し、呪文で発動する応用魔法として安全に使用出来るようにした。


 しかも、<缶爆マジックボム><閃光弾フラッシュボム>の二つは時限信管の機能も追加し、投擲してから設定した時間が経過すると自動的に爆発するように改良した。


 開発した付加神紋術式は、それだけではない。『流体統御の神紋』の応用魔法も幾つか開発し実験を終えている。<渦水刃ボルテックスブレード>と<旋風鞭トルネードウイップ>の二つである。


 <渦水刃ボルテックスブレード>は、ウォータージェット切断の応用が失敗した後に考えついた応用魔法である。ウォータージェット切断を利用した魔法はあまりにも射程が短すぎた。


 水を音速を超えた速度で吹き出すのには成功した。ただ、その速度を維持可能なのは二十センチが限度で、それ以上は空気抵抗により急速に速度が落ち、水も拡散するようになった。一応<水刃アクアブレード>と命名し応用魔法として記録したが、攻撃魔法としては失敗作だ。


 その失敗の対策を考えながら思いついたのが、<水盾アクアシールド>の改造である。この応用魔法は水に回転運動を与え円盤状の盾を形成する魔法である。


 その回転運動を音速を超える速度まで高速化し『時空結界術の神紋』の結界で包むと、製材所で使う丸鋸のような形状になる。


 ゴォーッと低い唸り声のような音を発しながら回転する水の刃は、驚異的な切断力を持っていた。実験の為に用意した鉄の棒を簡単に切断した時は、我ながら凄い魔法を開発してしまったと感じた。


 水で形成された丸鋸を渦水刃と名付け、魔法名も同じとした。渦水刃は<水盾アクアシールド>で使用される付加神紋術式を利用しているので、射程は長くない。精々が二メートル前後で、それ以上離れると渦水刃が崩壊する。


 もう一つの<旋風鞭トルネードウイップ>は、螺旋状に渦巻く空気が鞭のように伸び、圧縮され高密度となった空気の先端が敵の身体に穴を開ける。


 ただ、元が空気なので威力はそれほどでもない。その代わり射程は一〇メートルほどと<渦水刃ボルテックスブレード>よりは長く、使い勝手が良い魔法だ。


 二つの応用魔法は対照的で、<渦水刃ボルテックスブレード>は魔力消費量が多く高威力・短射程、もう一つの<旋風鞭トルネードウイップ>は魔力消費量が少なく低威力・中射程となった。

 ここまでの応用魔法は、俺の為に開発したものだ。


 その後、薫はミリアやルキの為にも幾つかの応用魔法を開発した。これは早過ぎると止めたのだが、早めに用意するだけなら問題無いと押し切られた。


 応用魔法を使うには、元になる加護神紋が必要だ。ミリアとルキは『魔力袋の神紋』しか授かっていないので、他の加護神紋を授かるまで応用魔法は使えない。そう言ったのだが……


「ちゃんと考えてるから……二人が次に手に入れようとする加護神紋は、『魔力変現の神紋』か初級属性魔法の加護神紋よ。ミコトさんが『魔力変現の神紋』を手に入れるように助言すれば、きっとその通りにする」


 薫は『魔力変現の神紋』を基盤とする応用魔法をミリアとルキ用として開発した。



   ◆◆◇――◆◆◇――◆◆◇


 俺の仕事場であるビルのトレーニングルームからデスクのある部屋へ戻ると懐かしい顔が待っていた。二ヶ月ぶりの再会になる伊丹さんだ。


 三ヶ月前に護衛役兼助手の申請書をハゲボスこと東條管理官に提出し、その一ヶ月後に受理されて以来、研修を受けていたのだ。


「ミコト殿、お久しぶりでござる」

 リアルワールドにおいて、この言葉遣いで話し掛けられると非常に違和感がある。だが、これも開き直った伊丹さんの個性だと思えば許容範囲だ。


「研修が終わったんだ。これからバッチリ働いて貰いますよ」

「望むところでござる」

 研修中もこの調子だったんだろうか? 他人の目がちょっと心配だ。


 午後二時になり、俺たちは応接室に向かう。東條管理官から次の仕事の依頼人を紹介される予定になっている。


 応接室に入ると東條管理官が正面のソファーに座り、その後ろに警備部のバッジを付けた警護官二人が立っていた。部屋中を見回すが他に誰も居ないので、依頼人はまだ来ていないのだろう。


「依頼人はまだのようですね?」

 東條管理官が俺の顔を睨む。何で睨むんだ? 予定の時間の二分前だ。遅れちゃいない。

「とっくに来とる」

「えっ! でも……」

 もう一度周囲を見回すが、依頼人らしい姿はない。


「私が依頼人だ!」

 東條管理官の大声が部屋に響く。俺は理解出来なかった。いや、正確には理解したくなかった。

「……」


 俺は回れ右をして部屋から出ようとした。

「何処に行くつもりだ。ミコト!」

「ちょっと気分が悪くなったので、医務室へ」

「お前が健康体だというのは報告を受けている。……いいから二人共座れ!」


 仕方なく、ソファーに座る。伊丹さんも隣りに座った。

「東條管理官は、お金持ちだったんですね。プライベートで異世界旅行をするなんて。しかも、俺の転移門を選ぶなんて勇気ありますね。目的は迷宮ですか」


 転移門管理委員会管理官であり、第二地区転移門管理課の課長でもある東條は、管理官と呼ばれるのを好んだ。警察庁出身の元警察官僚だからだろうか。


「プライベートだと……仕事に決まっているだろう。二人共、御島町三丁目で発見された転移門については知っているだろう」


 先日、御島町三丁目で未使用の転移門が発見され、自衛隊により封鎖された。この転移門は、転移門管理委員会でどうするか協議され、まず、何処に繋がっている転移門なのか確かめる仕事が、東條に任された。


「今回の依頼は特殊なものだ。発見された【Jb5転移門】はゲートマスターが決まっていない貴重な転移門だ。そのゲートマスターに私と後ろの二人、加藤君と宇田川君が就任する」

 後ろに立っていた二人は、警護官ではなくゲートマスター候補だったようだ。


 加藤と呼ばれた男は、元機動隊の逞しい男性で空手か柔道の段持ちだろう。ガッシリした身体、馬面うまづら、短い髪、堅物かたぶつそうな雰囲気、友達にはなれそうにない。


 もう一人の宇田川と呼ばれた女性は、元警視庁警備部のSPで合気道、杖術を習っているらしい。スラリとした体型の美人だ。


「三人がゲートマスター候補なら、何故、俺が呼ばれたんです?」

「ミコトには、転移先の位置を特定して欲しい」

 ようは転移先から人が住む町まで行き、そこが何処の国の何という地方なのかを調べるのが、今回の依頼らしい。


「そうすると、初めに三人が転移門を使い、帰還した後、俺たちが転移して依頼を遂行するという手順で良いですか」


「違う……それだと私たちが転移先で困るだろう」

 困ると言われても、ゲートマスター候補が三人なら、最初の転移を行うのは、東條を含む三人だけという事になるはずだ。


 俺が理解出来ないという顔をしていたからだろう。東條管理官が説明を始めた。それに拠ると、初めに候補者三人が転移し、その直後に俺と伊丹さんが転移するのだと言う。転移門の稼働時間は、約十五秒ほどあり、その間なら転移が可能なのだ。


「質問です。それだと俺たちもゲートマスターとなる可能性が有るじゃないですか?」

「その可能性もある。その検証も仕事の内だ」


 結局、自分たちだけで異世界に行くのは危険だと判断したのだ。次に転移門が起動するのは二日後、その次は五日後。異世界に滞在するのは三日間だけになる。


 もちろん、三日間だけなのは東條管理官たちだけで、俺たちは転移先の位置を確認する為に調査する期間を一〇日間ほど予定している。


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