第53話 迷宮都市からの帰還

 地上へ戻った俺たちは、迷宮ギルドで報告と精算を済ませ宿に戻った。ミリアとルキには、金貨二枚と銀貨一枚を渡す。


 『時空結界術の神紋』『神意文字の知識』の換金価格が不明なので、その分を金貨二〇枚ずつと考え計算した結果だ。


「でも、『知識の宝珠』は、換金しにゃかったのに、貰ってもいいのでしゅか」

「もちろんだ。『知識の宝珠』はもっと価値があるんだが、今回は金貨二枚で勘弁してくれ」


「ありがとうございましゅ」

 鎧豚の肉は売らずに半分をミリアとルキに渡した。残りは宿の主人に渡し料理して貰う予定だ。


 ミリアとルキが帰った後、俺は薫に神意文字の知識を書き出してくれるように頼んだ。ついでに前回の迷宮で手に入れた謎の金属板についても解読を頼む。


「ええっ、最後は観光しようと思っていたのに」

「昼間は観光でも何でもしてくれ。夜の時間を俺にくれ」

「寝不足はお肌に悪いんだけど、仕方ない」


 謎の金属板に書かれていたのは、神紋術式で使われる神印紋だった。神紋術式を記述する場合、神意文字だけでは術式にならない。


 神意文字には動詞が存在しないからだ。動詞の代わりをするのが神印紋で、数式の記号のような形で使用される。


 金属板には基礎的な神印紋三十二種類とその説明が書かれていた。もちろん、動詞の存在しない神意文字だけでは説明不可能なので、所々にエトワ語が使われていた。


 神意文字の種類は、どれほど存在するのか解明されていない。『知識の宝珠』に記録されていたのは二千文字程度でしかなかったが、基本的な魔法を構築するには十分なものだった。


 薫は残りの時間で神印紋の解読と五百文字の神意文字を解説付きで書き出してくれた。そして、『知識の宝珠』については俺たちだけの秘密にしようと言う。薫には何か考えがあるようだ。



 この迷宮都市を離れるに当たり、最後に登録証の更新も行った。


 結果は……


【ハンターギルド登録証】

 ミコト・キジマ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:三段目

 <基本評価>筋力:28 持久力:22 魔力:35 俊敏性:27

 <武技>鉈術:3 槍術:2

 <魔法>魔力袋:3 魔力変現:3 魔導眼:3 流体統御:2

 <特記事項>特に無し


【ハンターギルド登録証】

 カオル・サンジョウ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:三段目

 <基本評価>筋力:17 持久力:12 魔力:22 俊敏性:12

 <武技>剣術:2 槍術:2

 <魔法>魔力袋:3 魔力変現:2 風刃乱舞:2

 <特記事項>特に無し


【ハンターギルド登録証】

 モトハル・イタミ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:三段目

 <基本評価>筋力:25 持久力:21 魔力:17 俊敏性:21

 <武技>剣術:3 槍術:3

 <魔法>魔力袋:3 魔力変現:2 治癒回復:2

 <特記事項>特に無し


 俺の基礎能力は、筋力が+5、持久力が+2、魔力と俊敏性が+5伸びていた。不思議なのは、時空結界術が認識されていない事だ。『知識の宝珠』で得た加護神紋は認識されないのだろうか?


 薫は筋力が+6、持久力が+2、魔力が+9、俊敏性が+3伸びていた。さすが魔導師を目指す薫らしく魔力の伸びが著しいのは驚異的だ。


 伊丹は筋力が+5、持久力が+4、魔力が+6、俊敏性が+5伸びていた。平均的に伸びているが、持久力は俺とほとんど同じだ。もう少しで追い越されそうである。



 伊丹は残りの時間、ミリアとルキを鍛えるのに使ったみたいだ。二人とお別れの言葉を交わした時に、ルキに盛大に泣かれた。薫は可愛くて仕方がないというようにルキを抱き締めていたが、別れの時間は来た。


「ミリア、ルキ。私は絶対この街に戻って来る。それまで待っててね」

「はい、待ってましゅ」

「かおるぅ、じぇったいだぉ」


 二人と別れ、俺たちは樹海へと向かった。転移門の洞窟に到着し、門が起動する時間を待った。

 伊丹さんが洞窟の前に立っていた俺に近付き、静かな声で訴えた。


「ミコト殿、お願いがござる」

「神妙な顔をして、何です?」

「拙者をミコト殿の助手にしてくれぬか」


 案内人は、護衛役兼助手を任命する権利がある。もちろん、給与は転移門管理組織JTGから出るが、かなり薄給だ。不足分は案内人のポケットマネーから支出される。


 人気の有る転移門の案内人は、サービス次第で多くのボーナスを得る事も可能だった。しかし、悲しいかな俺の転移門は不人気だ。出口が樹海の中と言うのが人気のない原因である。


 俺も助手は欲しい。でもポケットマネーが……

「拙者、金は要らん。こちらの世界で暮らせるだけで十分だ」

「分かりました。ボスに申請してみましょう」


 話を聞いていたのだろう。薫が大きな声を出す。

「伊丹師匠だけズルい。私も助手になる」

「……未成年者は資格がありません」

 薫がガックリと肩を落とした。


 案内人に年齢制限がないのに、助手に制限があるというのは納得出来ない。だが、案内人は転移門のマスターである必要があるので、仕方ないらしい。


 夜の八時頃、その時は来た。少し耳鳴りがしたかと思うと洞窟全体が震動を始め、転移門が輝き始めた。荷物や武器、鎧などは、奥の隠し場所に仕舞い準備は出来ていた。


 不思議な事に、転移門は生物、それも生きているものしか転移出来ない。それも下着までなら許容するという条件で稼働する。もし、持ち物も転移出来たなら、リアルワールドで大金持ちになる案内人が大勢誕生しただろう。


 転移門の前で俺たち三人は手を繋ぎ門に入った。


 転移門が強く輝き、俺たちは意識を失った。



   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 目の前になんとなく見覚えのある天井が有る。転移門管理組織JTGの第二支局ビルの医務室だ。

「おう、ミコト。やっと起きたな」


 見たくもないハゲボスの顔が、どアップで目に入る。四角い顔に太い眉、つぶらな瞳がチャームポイントの四十四歳のオッさんだ。


 寝ていたベッドから身体を起こす。異世界では体中に漲っていたエネルギーがすべて抜け落ちたかのように身体が重い。医者の話だと、リアルワールドでは、魔導細胞に蓄積している魔粒子が不活性化するのが原因だろうと言う。


 俺は下着だけの姿で床に立ち、着る物を探す。椅子の上にボストンバッグが有り、その中に入っていたジーンズとシャツを着る。


「依頼人は満足してるんだろうな?」

「もちろんです。『勇者の迷宮』の第六階層まで攻略しました」

「それは凄い事なのか?」


 迷宮に潜った経験のない者には、あの場所の過酷さは分からないだろう。

「第五階層を攻略すれば、初心者卒業と言われますから」


 ハゲボスが俺にノートパソコンを渡す。JTGのマーク入りの備品だ。

「検査を受けながら報告書と精算書を作っておけ」


「……了解です。依頼人は検査ですか?」

「ああ、初めて異世界から帰った者は徹底的な検査を受けるのが規則だからな」


   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 二日後、俺は自宅アパートに帰った。部屋には大型液晶テレビとブルーレイレコーダーが目立つだけでガランとした部屋だった。この部屋は、録画したテレビ番組を見るか、寝るのにしか使っていない。

 荷物を置いて外に出る。行き先は少し前まで住んでいた児童養護施設だ。


 歩いて五分ほどの距離に児童養護施設はあった。途中、コンビニでスナック菓子を幾つか買ってから施設に到着した。門から入って庭の方へ歩いてゆく。


「あっ、ミコトお兄ちゃんだ!」

 後輩の子供たちに見つかった。五、六人の子供がザザッと集まり俺を取り囲んだ。小学生低学年から高学年までの子供たちだ。目聡い少年の一人がコンビニ袋を見付け。


「それお土産でしょ。何? お菓子なの?」

 俺が頷きコンビニ袋ごと渡すと、満面の笑顔で俺に礼を言う。

「皆で分けるんだぞ」「分かってるよ」


 少しの間子供たちと話してから建物の中に入り、世話になったオバさんに挨拶する。

「久しぶりじゃないか。仕事が忙しかったのかい?」


「そうなんだ……香月師範は?」

「年少組の相手をしているよ」


 俺は施設の東奥に有る広い部屋に行く。幼稚園児ぐらいの幼児たちが積み木やおもちゃで遊んでいた。その中に、一見いっけん太って見えるが筋肉の塊である中年が、天使のような幼女に寄り添っていた。

 幼女の瞳は青く美しく、その瞳が機能していないとは思えない。オリガが俺の方に顔を向ける。


「ミコトお兄ちゃん」

「おっ……何で分かった」

「何となく……」

 たぶん俺の足音を聞き分けたのだろうと思うが、オリガは自覚していないようだ。


 オリガは短く白い杖を持っていた。その杖で床を探りながら近付くと床に座った俺に抱きついた。

「お兄ちゃん、やっと帰って来た。オリガは良い子にしてたよ」


「そうか、ご褒美にたくさん本を読んであげるからな」

「うん」

 オリガが嬉しそうに笑い、俺の首をギュッと抱きしめた。


 俺の妹。血は繋がっていなくとも水崎みさきオリガは、俺の妹だ。絶対に幸せにしてやる。



   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 徹底的な検査を終えた薫と伊丹は、薫の会社と自宅が在る横浜に戻った。今回の異世界旅行は、学術調査や魔物捕獲という何らかの成果が期待出来るものではなかった。


 だが、薫の得た神意文字の知識は、異世界の成り立ちを知る上で貴重な資料となり、これを応用すれば様々な神紋術式を構築する事が可能となる。


 リアルワールドでは魔法が使えない。それは魔力の元となる魔粒子が不活性化し魔力として活用出来ないからだ。だが、例外は在る……異世界に存在する『転移門』は、この世界にも干渉可能なのだ。


 もしかして……転移門を研究すれば、この世界でも魔法が使えるようになるかもしれない。


 薫は自宅の高性能パソコンに、神意文字の知識を入力し、それを活用して神紋術式を構築・シミュレーションするソフトの開発を始めた。


 このソフトが完成すれば、異世界の魔導師が数十年掛けて構築する神紋術式が数日で作成可能になるだろう。


 近い将来、薫が経営する会社は世界で唯一つの魔法を販売する企業となる。世界は驚愕し、人々はこぞって魔法を求めた。魔法は世界的なヒット商品となり、世の中に大きな影響力を持つに至る。


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