第52話 宝珠の間(2)

 石碑から吹き出た魔粒子が変化を始め、渦巻き一つの形を成そうとしていた。漆黒の骨が出現。それが幾つも組み合わされ巨大な馬の骨格が形成される。


 次に人型の上半身が形成される。最終的に生成されたのはケンタウロスの黒骨兵だった。その両手には一本ずつ巨大な柳葉刀が握られている。


 ガチャッ、ガチャッ、巨大な蹄が迷宮の地面を引っ掻く度に耳障りな音を立てた。俺たちは武器を構え襲撃に備える。黒骨兵から巨大なプレッシャーが放たれた。ミリアとルキが怯えて下がる。


「お姉ちゃん、ちょわいよ~」

「だ…大丈夫よ、ミコトさんがにゃんとかしてくれましゅ」

 ミリアは俺を過大評価しているような気がする。

「伊丹さん、全力で倒すぞ!」

「心得た!」


 黒骨兵の馬体高は一五〇センチ、その上に人の上半身が乗っているので、二メートル半近い高さから見下されている。伊丹目掛け、巨大な柳葉刀が空気を引き裂く音と共に振り下ろされた。


 伊丹が躯豪術を使い辛うじて躱す。柳葉刀の斬撃が空気を切り裂いた衝撃で、ヴォンといううなりが生じた。


 一瞬の躊躇ためらいが死に繋がる斬撃だ。俺は躯豪術を駆使し一瞬で鉈の間合いまで飛び込む。すかさず馬体の肩口に竜爪鉈を叩き込む。当たったと思った瞬間、その軌道上にスッと柳葉刀が現れ、竜爪鉈が受け止められた。


 もの凄い力で竜爪鉈が弾かれる。竜爪鉈を飛ばされそうになり自分から後ろへ跳ぶ。もう一本の柳葉刀が俺を追撃して来る。


 ヤバイ! 俺は瞬時に<風の盾ゲールシールド>を起動し防御する。柳葉刀が<風の盾ゲールシールド>にぶつかり斬撃の速さを鈍らせた。押し負けて<風の盾ゲールシールド>が消えるが、命拾いする。


 敵の意識が俺へ移ったのを感じた伊丹が、黒骨兵の胴に斬撃を放つ。伊丹の剣はオレンジ色に輝いていた。刃が黒骨兵の背骨に傷を負わせる。


 黒骨兵は怒り狂ったように馬体を竿立ちさせ前足の蹄で伊丹を踏み潰そうとする。蹄は避けようとする伊丹の脇腹を掠める。伊丹は叫び声を上げ後ろへ飛ばされた。


 恐ろしいほど頑強な骨の身体を黒骨兵は持っていた。魔力を込めた武器でも浅い傷しか負わせられない。


 薫が詠唱を終え全力の<豪風刃ゲールブレード>を解き放つ。黒骨兵が二本の柳葉刀を交差して巨大な風刃を受け止める。ギシッギシッと黒骨兵の骨が鳴る。魔法を武器で防ぐなど非常識だ。奴の剣は特別製なのか?


 俺は躯豪術の連続攻撃を開始する。地面を踏み砕くような一歩で黒骨兵に跳び、オレンジ色に輝かせた竜爪鉈を馬体の背骨に叩き込む。


 続け様に馬体の上へと跳躍し、不気味な頭蓋骨の脳天へオレンジ色に輝く刃を振り下ろす。クルリと後ろを振り向いた頭蓋骨の歯が竜爪鉈の刃をくわえて止めた。


 黒骨兵の頭蓋骨に空いた眼窩の奥に闇が見えた。その闇を覗き込んだ俺は、ブルっと寒気が走る。竜爪鉈を引っ張るがビクともしない。


 俺の脳味噌は極度の集中力でキリキリと痛み始めた。それでも躯豪術を続け、魔力を右足へと導く。右足が跳ね上がり、足の甲を黒骨兵の首へと叩き込む。咥えていた竜爪鉈が離れ、バランスを崩した俺は馬体から振り落とされる。


 薫の<豪風刃ゲールブレード>は消滅していた。伊丹は自分に<治癒キュア>を掛け傷を癒やす。痛みを堪えて起き上がり、敵を見る。俺が馬体から振り落とされる瞬間だった。黒骨兵はチャンスとばかりに暴れ回る。柳葉刀を縦横無尽に振り回し俺たちを攻撃して来る。


 口惜しいが黒骨兵の方が強いようだ。俺たちは逃げ回りながらチャンスを窺う。薫の<豪風刃ゲールブレード>も何度か放たれたが、致命傷にはならない。


 振り落とされた時に傷を負った俺は、ポケットから治癒魔法薬を取り出し傷口に振り掛けようとした。その時、黒骨兵の斬撃が、俺に向かって放たれた。


 大慌てで横っ飛びに避ける。手に持っていたびんから魔法薬が溢れ、黒骨兵の右足を濡らした。ジュッと変な音がして、魔法薬で濡れた部分の骨が灰色に変色する。


 額に汗を浮かべた薫が、もう一度<豪風刃ゲールブレード>を放つ。偶然、黒骨兵の防御をすり抜け右前足の付け根に命中する。灰色に変色した部分である。ビキッ、足の骨にひびが入る。


「あの足を集中攻撃だ!」

 頭痛のする頭を酷使し躯豪術でオレンジ色に輝く竜爪鉈を足に振り下ろす。ビキッ、ひびが大きくなった。伊丹が敵の胴へ斬撃を送り注意を逸らす。


 俺は残った力を振り絞り、もう一度躯豪術を駆使する。魔力を送り込まれた竜爪鉈が、内蔵する源紋を励起され切れ味を増す。黒骨兵が柳葉刀の突きを放つ。


 紙一重で躱し鉈を振り下ろす。黒骨兵のひび割れた右足に、刃が吸い込まれ、漆黒の骨を粉砕しながら切断した。


 黒骨兵の巨体が地響きを立て倒れる。素早くポケットから魔法薬を取り出し、黒骨兵の頭に投げつける。魔法薬のびんが頭蓋骨に命中し割れ、漆黒の髑髏しゃれこうべに魔法薬が染み込んだ。


 漆黒だった頭蓋骨が灰色に変わった。そこに薫の<豪風刃ゲールブレード>が叩き込まれた。空気の刃は灰色の頭蓋骨に食い込み、半ば両断し止めを刺す。巨大な骨の塊が震え、ガチャガチャと五月蠅い音を立てた。だが、数秒後、静かになった戦場に俺たちの荒い息遣いだけが響く。


 濃厚な魔粒子が放出され始めた。俺たちが吸収した魔粒子は僅かなものだ。ほとんどはどこかに拡散し、残りは祭壇の上に凝縮する。よく見ると石碑が怪しい光を放っている。魔粒子の放出が終わった時、黒骨兵の遺骸は完全に消えていた。


 俺たちはぐったりと地面に座り込んだ。体力が回復した後、皆で祭壇に登る。報酬を回収する為だ。予想通り祭壇に『知識の宝珠』が有った。


 しかも二つ。ミトア語の宝珠でない事を祈りながら、魔導眼で確かめる。『神意文字の知識』と『時空結界術の神紋』だった。俺たちは運が良いらしい。俺自身は運が良いとは思えないので、幸運の女神は薫かも知れない。


 俺が宝珠の中身について皆に知らせると、薫が興味を持った。依頼人との契約により、異世界で共同して手に入れた金銭や宝物は、案内人が六割、依頼人が四割の所有権を持つと決められている。


 案内人が一人、依頼人が一〇人でもその比率は変わらない契約だ。従って宝珠の一つは俺のものだ。


 依頼人の中には不平等な契約に不満を訴える者も居た。だが、未知の異世界で案内人なしの行動は危険過ぎる。ほとんどの依頼人は、最終的にこの契約を結ぶ。


「ミコトさんは、どっちを選ぶ?」

「俺は『時空結界術の神紋』だな。仕事に役立ちそうだ」

「良かった。私は神意文字に興味が有るの」


 結局、『時空結界術の神紋』は俺が使い、『神意文字の知識』は薫が使った。俺の精神内に<遮蔽しゃへい結界>と<圧縮結界>と言う魔法のトリガーが生まれた。


 この神紋は二つの魔法が加護神紋だけで使えるようだ。<圧縮結界>と言うのはよく分からないが、<遮蔽しゃへい結界>は防御用結界らしい。レイス対策として使える。


 休憩し完全に疲れが取れてから扉を試す。予想通り簡単に開いた。外に出るとすぐに<遮蔽結界>を張る。俺を中心に半径三メートルの結界が生じた。この結界は、レイスを寄せ付けずスケルトン一体くらいなら攻撃を撥ね返す力を持っていた。


 第七階層を出発点へと戻り、そのまま第六階層へ登る。そして、迷宮を脱出した。薫たちの最後の迷宮探査は危険も多かったが、得るものも多かった。


 『時空結界術の神紋』と『神意文字の知識』は魔導寺院では買えないもの。その価値は計り知れない。


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