第51話 宝珠の間(1)
魔粒子を吸収する時に起こる発熱が収まるのを感じた。完全に魔粒子が拡散してしまったようだ。周りを見渡すとホブゴブリンの死骸が散乱している。
結構グロい光景なのだが、見慣れてしまった自分を自覚する。それは伊丹も同じようで平気な顔をしている。薫とミリア、ルキは少しだけ顔を顰めているが、リアルワールドの普通の女性なら悲鳴を上げるような光景なので慣れてきているのだろう。
「あの罠……ちょっと危なかったんじゃない?」
薫が爆風で傷を負った俺に問い掛ける。確かに危険な罠だったが、効果は期待以上だった。薫が心配そうな顔をしているので申し訳なく思う。
「そうだな。もう少し岩を多くして頑丈に作るべきだったかも……」
「伊丹さんに治癒魔法を掛けて貰ったら」
その言葉を聞いた伊丹が、俺に魔法を掛ける。すぐに傷が塞がり完治する。
「さて、剥ぎ取りましょう」
倒したホブゴブリンから剥ぎ取りを行う。体の部位で換金出来るのは魔晶管と角だけである。角は解毒剤の原料になるらしい。今回期待出来るのはメイジの二匹、こいつらの魔晶管を確認すると魔晶玉が見つかった。
装備品も回収しチェックする。革鎧、剣、ナイフ、槍が集まり、その中で回収する価値の有るものは、鎧豚革鎧と鋼鉄製のロングソード一本、それに銀製らしいナイフである。
剥ぎ取りが終わった後、階段に向かう。途中、鎧豚に遭遇した。体長二メートル、推定体重一三〇キロ、背中から側面にかけての皮膚が硬質化し鱗のようになっている。
腹側の皮膚はピンクで白い短毛が生えている。鎧部分の色は黒く光沢が有った。大まかな外見は豚なのだが、鎧の所為で猛々しく見える。
鎧豚の森へも行ったというのに、この魔物とは初めて遭遇した。これまで縁が無かったのだろう。この魔物は非常に美味しいと言う話なので、俺としては興味が有った。
「ふん!」
気合一閃、伊丹の剣が鎧豚の首を下から薙ぎ払う。鎧豚は悲鳴を発することも出来ずに倒れた。ポーン級上位の魔物が、一太刀と言うのは凄まじい。
倒れた魔物の剥ぎ取りはミリアとルキに任す。悪戦苦闘しながら皮を剥ぎ、魔晶管を取り出し、ロース・ヒレ・バラ肉を切り分ける。
本当は一匹全部を持ち帰りたいが、体力的に無理なので、美味しそうな部位だけを回収する。
「にゃへー、豚さんは美味しそうだけど大変でしゅ」
階段に到着し降りる。第七階層は寒々とした荒野だった。天井まで五〇メートル以上有る空間に小さな岩山が無数に連なっていた。進む道は岩山の間に出来上がった谷底で、これが迷路のように入り組んでいる。
そして、現れる魔物はアンデッド限定だった。スケルトン、
「うわっ! 左からスケルトン二体」
この階層でのエンカウント率は高過ぎる。一時間しか経過していないのに五度目の敵襲である。俺と伊丹さんが駆け寄り、スケルトンと斬り結ぶ。俺はスケルトンの首を刎ね、落ちた頭蓋骨を踏み砕く。
「また、光の玉が来ましゅ」
ミリアの叫びで、皆の視線は上を向く。右上方にバレーボールほどの光の玉が浮いていた。ゆらゆらと揺れる怪しい光が、俺たちの頭上から襲い掛かる。
薫が<
「ハアハア……走るぞ!」
倒したスケルトンをそのままにして、俺たちは逃げ出す。薫とミリアがルキの手を引き走りだす。伊丹さんが後方に目を配りながら
レイスの攻撃は憑依である。憑かれると動けなくなり、他のアンデッドに殺される。魔法攻撃は有効なようだが、倒す為には威力の大きい応用魔法での攻撃が必要なようだ。近寄ろうとするレイスを<
「ちくしょう! 『光明術の神紋』も用意すべきだった」
俺は後悔の叫びを上げる。光明術はレイスなどの邪悪な霊に有効な魔法が使える神紋なのだ。
レイスから逃げ惑っている間に、俺たちは谷間のどん詰まりまで到達したようだ。前方には比較的高い岩山が聳えていた。周りを見渡すが逃げ道がない。
「はあふゃふへっ……あっ! あちょこに扉が有るでしゅ」
荒い息をしながらルキが甲高い声を上げた。岩山の麓に不自然な扉が有った。石の扉で表面に複雑な神紋が刻まれている。
「フウフウ……滅茶苦茶…怪しい扉じゃない」
「ハアハア……怪しいでござる」
薫と伊丹も怪しさに気付いている。もちろん、俺も不審に思う。
だが、俺たちの背後にはレイスとスケルトンが迫っていた。皆、体力的に限界が近い、一時的にでも休める場所が欲しかった。
俺たちはかなり疲労していた。このままでは誰かが死ぬ危険もある。ここは一か八か運を試すべきだろう。
「扉を試すぞ」
俺は扉に手を掛けた。その瞬間、扉が光輝き横にスーッと開く。同じタイミングでレイスが三匹現れ襲い掛かる。俺たちは扉の中に飛び込んだ。全員が中に入ると扉が自動的に閉まった。逸早く気付いた薫が扉を開けようとしたが無駄だった。
「閉じ込められたみたい」
「ここは、どういう場所なのでござろう?」
扉の内側は、縦横三〇メートルの大きな部屋だった。全面がゴツゴツした岩壁で、中央には石造りの台、その上には石碑が立てられていた。台の高さは二メートルほどで階段が付属している。
「もしかして祭壇かな」
俺がポツリと言う。次の瞬間、その言葉に苦いものが混じっていたかのように顔を顰める。
「祭壇……えっ、宝珠の間なの?」
部屋を見回すと朽ち果てた
扉の向こうのレイスもこちらには来れないようだ。他に出口がないか全員で探す。隅々まで調べたが、どこにも出口は無かった。俺と伊丹さんで、もう一度扉を開こうと試すが開かない。
「駄目だ、外へ出られない」
俺の言葉で、皆が力が抜けたように、その場に座り込む。自分自身と仲間たちの息遣い、そして迷宮特有の低い雑音だけが空間を支配する。
「……チリン…チリン…」
鈴の音に似た音が聞こえた。俺は祭壇に目を向ける。祭壇の方から聞こえた気がしたのだ。
―――突然、俺の周囲から完全に音が消えた。誘われるようにゆっくり立ち上がり祭壇に向かう。階段の前まで来て少し躊躇う。
自意識が薄れ、夢遊病者のように頼りない足取りで階段を登り石碑の前に立つ。身体がふわふわして酩酊感を覚える。目線は石碑に向けたまま、リュックからホブゴブリンメイジの魔晶玉を取り出した。
後ろの方で何か声がしたような気がするが、精神が霧に包まれているようで意味を読み取れない。無視して魔晶玉二個を石碑の上に置く。
『勇気ある
俺の頭の中に重々しい声が響く。
石碑の神紋から濃厚な魔粒子が噴出され、俺を祭壇から弾き飛ばす。人を跳ね除けるほど濃密な魔粒子など前代未聞だ。地面をゴロゴロと転がる途中で霧に覆われていた精神がスッキリと晴れ正常な状態を取り戻す。
「な…何だ? 何が起こった!」
駆け寄る薫が、心配しているような怒っているような顔をしている。
「やっと正気に戻ったのね。一体どうしたのよ?」
「その疑問は後でござる。今は戦闘準備を!」
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