第50話 ホブゴブリン

「また、助けて貰ったな。感謝する」

 ディンが礼を言った。地面に落ちているホーングレイブを拾い、ディンへ渡す。俺たちと一緒に作ったものだ。


「ディンは三段目8級に成れたのか?」

 ディンが悔しそうに首を横に振った。俺たちと別れてから、一人で依頼をこなし頑張ったが、知識や経験が圧倒的に不足していた。


 それに加え、太守館を抜け出し行方不明になる時間が長くなり過ぎ、祖父が教育係兼警護として残した者たちが、監視するようになったそうだ。


 その監視を潜り抜け町に出て来れたのも三日ぶりだという。

「残念だ。迷宮都市にりながら迷宮に潜れぬとは……」


「さて、俺たちは空き地に行くけど、ディンはどうするんだ?」

「空き地? 何をするんだ。跳兎でも狩るのか?」

「槍術の修業だよ。伊丹さんが教えてくれる」


 伊丹が学んだ古武術は、武士が修業したと言われる武芸十八般の中から、弓術・馬術・槍術・剣術・抜刀術・短刀術・手裏剣術・薙刀術・組討術・棒術を体系化し、現代の格闘技の知識も加味したもので十分実戦的なものだ。


 その中の槍術は、止めの突きと同様に叩くという攻撃方法も重要視していた。敵の武器や腕を上から叩き、刃で薙ぐ。ダメージを与えた敵に止めの突きを放つ。


 最初の攻撃である叩きをいかに素早く威力の有るものにするか工夫を凝らす。その為の修業も徹底していた。修業は先が太くなった重めの棒で行う。これを振り回す事で威力を養う。


 ディンも興味が有ったのか。空き地まで同行を申し出た。空き地に到着し、伊丹が修業用の棒をミリアとルキ、それと俺に渡す。一応、俺も槍術を習う。この先、どこまで自己流が通用するか不安だからだ。


 伊丹は叩き・薙ぎ・突きの基本技を徹底的に教え込んだ。体捌き、腕の角度、筋肉の使い方まで細かく教える。さすがに薫の師匠として雇われただけはある。


「ミリア、もう少し腰を落として」

「ミコト殿は、振りが大き過ぎる。それじゃあ、敵に付け込まれるぞ」

「ルキは……」


「ほにゃ……ふふゃ……へにょ」

 ルキが棒の重さにフラフラしながら修業している。用意した棒が重過ぎたのだろう。伊丹さんがルキに近寄り、棒の持つ位置を中心寄りに変えさせると、少しマシになった。


 ルキ用にはもう少し軽い棒を用意すべきだな。

 ミリアとルキは楽しそうに修業している。何かを学ぶと言う経験の少ない彼女たちは、苦しい修業でも何か楽しく感じてしまうようだ。


 俺も真剣に棒を振る。伊丹の教えを受けた叩き・薙ぎ・突きの攻撃動作が鋭さを増し、大気を引き裂く音が迫力を帯びるようになる。


 気が付けば、ディンが修業に参加していた。ホーングレイブを振り回している。貴族のお坊ちゃんだと思うのだが、家庭教師とか雇っていないのだろうか。ディンは自分から身分をバラす気は無いようなので、訊かないようにしている。何か事情が有るのかもしれない。


 型稽古に移る。基本となる型を伊丹が教え、俺たちが繰り返し練習する。その後、二人一組になって受け流しや体捌きの練習を行う。俺はディンと組んで練習する。修業も終わりに近づいた頃。


「ミコト様、友達が私とルキと一緒に修業したいと言ってましゅ。どうしたら良いでしょう?」

 俺はちょっと考えてから答えた。


「躯豪術に関係する修業は、今まで通り二人だけでしてくれ、その他は一緒でも構わない。……それでいいだろ、伊丹さん」

「拙者は構わんでござる」


 伊丹が教える槍術は、俺の鉈術にも応用可能な技術が幾つか含まれていた。特に腰の使い方と体の捻りを利用した技術を躯豪術と融合すれば鉈を振り下ろす速度と威力が飛躍的に増す可能性がある。


   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 翌日、俺たちは『勇者の迷宮』第六階層に来ている。薫たちにとって最後の迷宮だ。中心部まで到達した俺たちは、ホブゴブリンの為に罠を用意する。


 木の枝を利用し数十本の杭を作成する。その次に岩を『コの字』となるように積み上げる。見た目は即席のかまどのようになる。


 その竈の焚口に当たる部分は、ホブゴブリンのいる地点へと繋がる獣道に向いている。その即席竈の焚口に作成した杭を積み置く。これで罠が完成した。


 罠の近くに薫とミリア、ルキを残し、俺と伊丹が奥へ向かう。俺は竜爪鉈だけを持って音を立てないように歩き、階段が見える場所まで来た。


 <魔力感知>は、ホブゴブリンメイジに気付かれる恐れが有るので使っていない。木陰を利用して近付く、ホブゴブリンの姿が見えた。一匹、二匹、三匹……一〇匹、ホブゴブリン八匹、メイジ二匹。この前より一匹増えている。


「ムッ、見つかった」

 敵の<魔力感知>を感じて身構える。すぐにホブゴブリンたちが騒ぎ始めた。メイジの一人が俺たちの潜んでいる方向を指差す。ゴブリンより迫力のある叫び声を上げ、ホブゴブリンたちが駆け出した。


 俺と伊丹さんはクルリと方向転換し逃げ出す。

「全力疾走するなど、若い時にしかないと思っていたでござる」

 伊丹さんが変な事を言い出した。

「大勢の魔物に追い駆けられれば、誰でも全力疾走だよ」


 俺たちが走る後ろをホブゴブリンたちが追い掛けて来る。獣道を走る俺たちは尋常な速さではなかったと思う。


 前回の登録証更新で調べた基礎能力は、成人男性の三倍を超えていたから、少なくともオリンピック選手並みのスピードは出ていたはずだ。基礎能力の高い俺が一歩リードし、罠を仕掛けた近くまで辿り着いた。


 即席の竈のような罠が見えた瞬間、木陰から薫の<三連風刃トリプルゲール>がホブゴブリンたちを襲う。一つ目の風刃が先頭のホブゴブリンの頸動脈を切り裂き真っ赤な血を吹き出させた。


 二つ目、三つ目の風刃はホブゴブリンの革鎧に傷を付けただけで終わる。この魔法攻撃の奇襲でホブゴブリンたちが混乱する。だが、ホブゴブリンメイジだけは、即座に<炎弾フレームスフィア>で反撃を開始する。火の玉が薫が潜む木に当たり炎を撒き散らす。


 一時的に混乱し立ち止まっていたホブゴブリンたちが追撃を再開する。薫の攻撃は十分に役割を果たした。俺たちが罠の傍に到達し、俺の最も威力の有る魔法<缶爆>を創り上げる時間を稼いだのだから。


 <缶爆>は自分以外の魔力を感知した時、爆発する。このまま、ホブゴブリンたちに投擲しても剣で弾き飛ばされる確率が高い。そうなると爆発せず無駄に消えて無くなるだろう。


 伊丹さんが『魔力変現の神紋』の<湧水ファウンティン>を使い、魔系元素の水を竈の内側に流し込む。この時、ホブゴブリンたちは、すぐ傍まで迫っていた。


 伊丹さんは先に罠から離れる。俺は<缶爆>を竈の端に乗せ、その場を五メートルほど離れた。即座に『流体統御の神紋』の<風の盾ゲールシールド>を発動しシールドバッシュの要領で、罠目掛けて突き出す。<風の盾ゲールシールド>が<缶爆>を押し竈の内側に落とす。<缶爆>が溜まった魔系元素の水に接触した瞬間、爆発が起きた。


 爆発で発生した爆風のほとんどは上方に抜けたが、一部は積み上げられた杭の束を吹き飛ばす。数十本の杭がランダムに飛び、ホブゴブリンたちの肉体に突き刺さる。


 四匹のホブゴブリンが杭により重症を負い、二匹が軽い怪我をする。そこに薫の<三連風刃トリプルゲール>が襲う。


 俺は爆発の衝撃で押し倒されたが、大した怪我は負わなかった。竈の岩と<風の盾ゲールシールド>により、爆発の威力を弱められたからだ。俺が立ち上がった時、立っているホブゴブリンは四匹。


 それも何が起きたか分からず右往左往している。俺と伊丹さんはホブゴブリン二匹に襲い掛かり切り倒す。残ったメイジの一匹が俺に向けて火の玉を放つ。


「うわっ!」

 俺は横っ飛びに跳躍し躱す。起き上がった時、そのメイジは伊丹さんに切り倒されていた。即座に<風の盾ゲールシールド>を発動し、もう一匹のメイジを突き飛ばす。盾の使い方が間違っているように思うが、シールドバッシュで倒れたメイジを竜爪鉈で仕留める。


 隠れていた薫とミリア、ルキが姿を現し、倒れているホブゴブリンたちに止めを刺す。濃密な魔粒子が空気を満たし、俺たちの身体に吸収されていく。


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