第49話 ディンとの再会

 翌朝、太陽が地平線に顔を出すと同時に、ミリアは目を覚ました。身支度をした後、ルキを起こす。なかなか目を覚まさない妹に手を焼く。起きたルキを着替えさせ、外にある井戸で顔を洗う。


「さあ、ルキも顔を洗って」

「お水、冷たいから、やー」

「じゃあ、お姉ちゃんだけ練習に行くけど、ルキはおるしゅ番ね」


 ルキがイヤイヤする。そして、頬を膨らませながら顔を洗う。二人が練習場に選んだのは、近くに在る丘の上である。一〇分ほどで頂上まで登り、小さな空き地で準備体操のストレッチから始める。

「にゃひょ……ふはっ……にょほっ」

 ルキから変な気合が漏れる。


 素振り、調息、躯豪術の復習を行い。最後にパチンコの練習をする。

「ヤッター、お姉ちゃん、ちょんだよ」


 どうしても出来なかった魔力の制御が、今朝は少しの練習で出来るようになった。昨日は疲れていて集中力が切れていたようだ。ルキは小石を次々に樹の幹に当てていく。しかも……。

「うっ、にゃんで私より命中率がいいの」


 練習が終わり、部屋に戻る。リカヤとネリが朝食の準備を済ませて待っていた。

「おはよう、朝練か。私たちも参加したいんだけど駄目かな?」

 ネリがミリアとルキに声を掛ける。


「ちょっと待って下さい。練習には秘密にしゅると約束した技術も含んでいるでしゅ。だから、ミコト様に聞いてみましゅ」

 ミリアが済まなそうに応えるとネリも納得したようだ。

「そうか、分かった」


「さあ、朝食にしよう」

 リカヤが皆を促しパンと燻製肉、香草茶の食事をする。香草茶はリカヤたちが雑木林から採取し保存が効くように干したものを使っている。


「今日も迷宮なのか?」

 リカヤが尋ねるとルキが元気一杯で応える。

「ちぇがうよ。今日はおやしゅみで、イタミおじさんからしょう術をにゃらうの」


 リカヤがミリアに視線を向ける。通訳の依頼である。

「今日は休養日で、イタミ様から槍術を教えて貰う約束をしていましゅ」

「ミリアたちがうらやましいよ」


   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 一方、俺たちは何をしていたかというと、宿の部屋でホブゴブリン対策の作戦会議を開いていた。色々な意見が出たが、最後に伊丹が秀逸な提案した。


「ミコト殿、奴らには『釣り野伏』が有効かと……」

 『釣り野伏』とは戦国大名の島津家が得意とした戦法で、わざと負けたふりをして逃げ、追撃してくる敵を待ち伏せで倒す戦法である。伊丹は『釣り野伏』について俺たちに説明してくれた。


「でも、俺たちは三人しか居ないんだよ。人数が足りなくない?」

「そこは魔法で代用が可能でござる。ミコト殿の<缶爆>、薫会長の<三連風刃トリプルゲール>で通常ホブゴブリンを殲滅し、残ったメイジどもを血祭りにいたす戦術なら、勝利は確実でござる」

 その後、伊丹の提案を煮詰め、詳細な段取りを決めた。


 作戦会議が終わり、一息入れる。薫が椅子の上で伸びをしてから、きっぱりとした口調で宣言した。

「次が最後の迷宮探査にします」


 俺は少しホッとする。迷宮を体験したいという依頼人の要望は叶えられた。途中から、猫人族の子供たちを鍛えるという依頼が追加されたが、こちらはサービスの範囲なので余力で対処した。ちょっと猫人族に肩入れし過ぎた気もするが、猫人族は俺のお気に入りなので仕方ない。


 俺がホッとしているのを感じたのだろう。薫が案内人という仕事に興味を抱いたようだ。

「案内人の仕事は楽しい?」


 俺が案内人として契約したのは、政府の役人のしつこい勧誘に根負けしたのが大きな原因だ。その後、案内人を続けているのは、色々な理由が有る。


「楽しいことばかりじゃないよ。俺は孤児だから、頼れる人間が居ない。だからかな。少しでも安心が欲しくて、金を貯めてた。色んなアルバイトをして、最後には案内人だ」


「お金の為だというの? ……でも、こちらの世界なら、案内人にならなくても生きていけるでしょ」

 俺はちょっとだけ顔を顰めてから、

「俺には、リアルワールドと決別する覚悟はないよ。案内人を辞める事は、転移門が使えなくなると言う事だ」


 転移門は政府が管理をしている。転移門周辺は自衛隊が封鎖しているので、ゲートマスターであっても許可無く近づく事は許されない。


「でも、向こうには身寄りも何も無いんでしょ」

「おいおい、俺はボッチじゃないぞ。少ないけど友達も居るし、妹のように可愛がっている女の子だって居る」

「ミコトさんはこちらの世界の方がいきいきしているようだけど」


 俺は苦笑いして、後頭部をポンポンと叩き。

「この異世界は気に入っている。だけど、見たい映画やテレビ番組、食べたい料理、観光したい場所、リアルワールドにも魅力を持つものは一杯ある」


 リアルワールドに絶望した人なら、こちらに永住するのもいいだろう。但し、異世界はそれほど快適な世界じゃない。


 江戸時代並みのトイレ事情、起きた時に腰を痛めそうな寝具、薄味で調味料不足の料理、娯楽の少ない生活など、現代人なら一ヶ月もするとホームシックになってしまうだろう。


 もちろん、金持ちはそれなりに快適な生活を送っているかもしれない。だが、金を稼ぐのも楽じゃない。


 午後になりミリアたちが宿に来た。伊丹から槍術を習う為だ。二人の手にはホーンスピアが握られている。カリス工房に寄って受け取って来たのだろう。

 皆で雑木林へ向かう。ルキが出来上がった自分の槍を嬉しそうに擦り、振り回し、突きの真似をしたりしながら歩いて行く。

「ルキ、止めなさい。危ないでしゅ」

「は~い♪」

 新しい槍を手にしたルキは余程嬉しいようで叱られても笑顔を変えない。修業場所として使っている空き地に近付いた時、人の話し声が聞こえた。


 空き地に居たのは、鎧豚の森で一緒に戦ったディンと『黄金の戦人いくさびと』パーティのメンバーだった。ギルドで要注意パーティに指定された『黄金の戦人いくさびと』は相変わらずのようだ。


「おい、ディン。無視するんじゃねえよ」

 かつて仲間だったメンバーに取り囲まれたディンが、怒りの表情を見せている。

「貴様ら、よくも僕の前に姿を現せるものだな」


 ニキビ面の男が馬鹿にするように鼻で笑う。

「フン、この前みたいに助けが来ると思うな」

 いきなりガテン系の逞しい槍使いの男がディンに突きを放つ。ディンは反射的に突きを避けるが、バランスを崩してしまう。ニキビ面の男がディンの隙をつき腹を殴る。


「まだまだだな。お坊ちゃん」

 ディンが苦しい表情の中に怒りを見せる。


 そこに薫がホーングレイブを杖のように突きながら姿を現した。薫はディンを痛めつける男たちを一睨ひとにらみして。

「イタさん、ミコさん、やっておしまいなさい」

「承知」


 伊丹はノリノリで走りだしたが、俺は幾分脱力気味でトボトボと歩いて向かう。―――誰がミコさんだ。越後の縮緬問屋のご隠居じゃないんだぞ。


「あっ」

 『黄金の戦人いくさびと』の連中は、俺たちに気付いて驚いたようだ。驚く暇があれば逃げれば良かったのだ。槍使いは伊丹に捕まり、肩の関節を外されてのた打ち回る。魔法使いは詠唱途中で俺に捕まり髪の毛を掴んで引き回した上で顔面に膝蹴りを叩き込んで気絶させた。


 最後に残ったニキビ面が逃げ出そうとした処に、薫の<風刃ブリーズブレード>が襲い掛かった。もちろん、殺すつもりのない薫は、威力を落としている。


 倒れているこいつらをどうしようか考える。

「こいつらはどうすればいいかな?」

 俺がディンに問いかける。ディンはちょっとだけ考えてから、ニキビ面の近くまで行き、その耳元で何かを伝えた。途端に、ニキビ面が青褪めガタガタと震え始めた。


「離してやってくれ。もう悪さは起こさぬであろう」

 俺は睨み付けてから、大声で命令する。

「消えろ!」

 『黄金の戦人いくさびと』は這うようにして逃げ出した。


 薫が、その様子を腕を組みながら眺めていた。何だか楽しそうだ。

「ふふふふ……世に悪の栄えた試しなし」


「……なし?」

 ルキがちょこんと首を傾げ、説明を求めるように姉を見る。ミリアは黙って首を振る。ミリアにも意味不明である。


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