第45話 迷宮の沼
たぶん翌朝、迷宮では昼夜の区別がつき難いので、寝て起きたら朝という事にしているらしい。昨夜は晩飯を食べるとミリアとルキ、薫は寝てしまった。
俺と伊丹さんで交代しながら見張りをしていたが、魔物が近付く気配もなかった。薫も見張りに参加すると言ってくれたが、魔法の連発で疲れているようなので寝るように言い渡した。
「おはようございましゅ」
起きたミリアが挨拶する。ルキはまだ寝ている。薫は立ち上がって伸びをし眼を
ミリアがルキを起こそうと体を揺する。やっと上半身だけ起こしたが、座った状態でボーッとしている。ルキは朝に弱いようだ。
朝食前に、皆で体を
迷宮内の空気は魔粒子が濃いので調息の訓練には丁度いい。ミリアとルキは急激に魔粒子を蓄積し、その影響で魔力酔いを起こした事も、魔力を発生させるコツを掴ませる手助けとなったようだ。
朝食は干し芋とスープである。スープは宿で作って貰ったものを水筒に入れて来た。干し芋は美味しいが、正直飽きた。他の迷宮探索者は堅パンなどを携帯食として持ってくるそうだが、あのパンは硬過ぎて薫から文句が出た。
薫から一日くらいなら普通のパンでもいいんじゃないかと言う意見が上がった。だが、普通のパンは
俺もアイテムボックスのようなスキルや魔道具が有れば普通のパンを選んだだろう。
「『宝珠の間』か……見付けたら挑戦してみるかな」
俺が小声で呟いたのを、薫が聞き付け。
「その時は、私も挑戦する」
「やめときなされ、『宝珠の間』に出て来る魔物は滅法強いらしい故、薫会長の腕では危険でござる」
伊丹が薫を
「『宝珠の間』は浅い階層には、ほとんど出現しないよ。探すとしたら宝箱だな」
薫は成る程というように頷いた。
「やっぱり迷宮と言えば、宝箱か。帰るまでに一つくらい宝箱をゲットしたいな」
俺は地上に戻ったら、宝箱が出現する階層を調べようと頭の中にメモする。
食事を終えてから階段を降りる。第四階層は全体が沼地で、水草やヨシのような背の高い植物が生い茂っていた。この階層に出て来る魔物は、朱毒蛙と大水蛇、虹色トンボの三種類である。
沼地に存在する道は、ほとんどが
「デカいトンボだ。数は四匹」
「キレイ、キレイ、お羽が虹色に光ってる」
ルキが無邪気に喜んでいる。
体長八〇センチ、一つの羽の長さも同じ位の巨大トンボが頭上から襲って来た。薫が<
「何で避けられるの?」
薫は透明な空気の刃を避けるトンボを納得出来ず、疑問を口にした。襲い掛かろうとしていたトンボたちも薫の魔法攻撃で慎重になったようだ。一旦上空に逃げ、俺たちの周りを旋回し始めた。
薫が何度か<
「何故よ、私の魔法がポーン級のトンボに避けられるなんて……」
さらに魔法を放とうとした薫を伊丹が止めた。
「魔力の無駄遣いは止めなさい。同じことを繰り返してどうするのでござる」
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「工夫するのでござる。あのトンボは空気の流れを感じ取るようでござれば、やりようはいくらでもござろう」
師匠でもある伊丹に注意され、薫は考え始めた。
トンボが俺の頭目掛けて急降下してきた。ホーングレイブを突き出す。剣刃がトンボに急接近するが、スッと上昇して逃げられた。奴の素速さは予想以上だ。
別の一匹が、俺たちを避けミリアたちの方へと翔ぶ。俺は躯豪術で右足を強化すると、ミリアの下へ跳ぶ。一歩で七メートルほどを跳躍し巨大トンボの背後に迫る。
躯豪術を連続で駆使し左足で踏み切り上へと跳び上がる。目の前にトンボの尻尾が見えた。ホーングレイブを振り下ろす。強化された腕により繰り出された一撃は空気を切り裂きトンボの胴体を真っ二つにする。まずは一匹。
何やら考えていた薫が、頭上を飛ぶトンボ目掛けて<
薫が何をしたか。トンボが空気の乱れを感知して避けるなら、空気が乱れないような風刃を作ったのだ。空気の刃を極限まで薄く形成し放つ。今までの空気の刃が斧なら、最後に放ったものはカミソリだった。
もちろん、刃を薄くした事で威力は減少したが、あのトンボならカミソリで十分だ。自分の意志で初めて魔法を制御した。この経験は薫が魔導師として成長する重要な一歩となる。
トンボは残り二匹になって、同時に伊丹に襲い掛かった。虹色の剣が一匹を断ち割った。だが、もう一匹が伊丹の頭に取り付く。四本の足で伊丹の頭や顔を掻きむしる。伊丹の顔が血で真っ赤になった。
「うおっ! 誰か!」
俺は慌ててホーングレイブを投げ出し竜爪鉈を取り出す。噛み付こうとするトンボの首に鉈の刃を滑り込ませスーッと引いた。頭がポロリと落ち、同時にトンボの胴体も落下する。
真っ赤な顔の伊丹が、落ちた頭を踏み潰す。
「ミコト殿、かたじけない」
「大丈夫なのか?」
伊丹は返事をせず、自分自身に『治癒回復の神紋』の応用魔法である<
「カシュマイド・ギジェクテオ・ムセルシュマ……<
伊丹の治癒回復はいつの間にかレベル2になっていたようだ。程なく出血は止まり、傷口にピンクの皮膚が再生され始めた。
「ミコト殿、水を頼む」
「水? ああ、血を洗い流すのか」
俺は魔力変現の応用魔法である<
「酷い目に遭ったでござる」
「伊丹さん、大丈夫なの?」
薫が心配そうな顔をしている。
「ご心配を掛けましたが、この通り大丈夫でござる」
倒したトンボから魔晶管と羽を剥ぎ取った。羽は工芸品の素材となるようだ。
少し休憩してからそのまま進み、沼地の中心まで来た時、ミリアが全員を止めた。
「気を付けて下さい。その先に朱毒蛙と大水蛇の沼がありましゅ」
前方には深そうな沼が二つ在り、その中間に終点へと続く道が伸びている。道幅は二メートルほどですぐ傍が沼となっている。
「まずは、俺が偵察に行ってくるから、待っててくれ」
俺は沼の手前で薫たちを待たせ、二つの沼に近付いた。沼の水面をじっくりと観察する。時折、波紋が広がり水中に何かが居るのが分かる。
そこで<魔力感知>を発動する。俺を中心に『感知の風』が放出される。沼の表面を撫でるように広がった『感知の風』は沼に潜む魔物の魔力を感知する。
「右の沼に四匹、いや五匹。左の沼に六匹か。多いな」
魔物の存在を確認出来た俺は、一旦戻って皆に報告する。
「ミリア、前に来た時は、どうやってあそこを通り抜けたんだ?」
ミリアが首を横に振り。
「駄目でした。蛙の毒攻撃で一人が倒れ、大水蛇に一人食べられたので引き返しました」
「……なるほど。ここが正念場か」
「どうするの? ミコトさん」
「水中に爆弾を叩き込んで魔物を気絶させる」
俺は久々に<缶爆>を使おうと決めた。この魔法は危険なので好きじゃないんだが、他に有効な手段が無い。
「魔物が気絶したら、走って通り抜けるから用意しといて」
俺は荷物を伊丹さんに預け、沼に近付くと<変現域>を起動し爆弾を創り出す。一リットルのペットボトルほどもある<缶爆>を右の沼に投げ込んだ。ポチャリと落水した<缶爆>が水面に浮く。その場所は魔物が居ると思われるポイントだった。水面がゆらりと揺れ、何かが<缶爆>に噛み付いた。
その瞬間、凄まじい爆音が響き渡る。水面が津波のように立ち上がり周りに爆風が広がる。両腕で爆風を防御しながら耐えていると水飛沫が全身を濡らした。
しばらくすると爆風が収まり、静かになった水面に体長九〇センチほどの蛙が腹を上にして浮いていた。数えると五匹居る。背後で驚きの声を上げる仲間たちの気配がした。
「よし、もう一発」
左の沼にも<缶爆>を投げ込み、同じ様に爆風と水飛沫に耐える。左の沼に浮かんだのは、全長が五メートルほどの大蛇だった。それも六匹。
「走れ!」
俺が合図を送ると皆が走りだした。蛙はピクリともしない。一方、大蛇は全身をピクピクと震わせている。気絶している内に走り抜けるのが正解のようだ。
朱毒蛙の毒袋は解毒剤の原料になるので割と高値で買い取られると聞いている。大水蛇も皮が防具に使われるので人気の素材のようだ。俺たちにもう少し余裕が有れば、大水蛇に止めを刺しすべてを剥ぎ取れたのだが。今回は安全優先なので仕方ない。
第五階層へ降りる前に、最後の確認を行う。これから先はミリアも未経験の階層になるのでギルド職員と資料室から得た情報だけが頼りとなる。
「第五階層は戦争蟻の巣になっている」
「蟻でござるか。……外殻が非常に硬いと聞く、我が剣で切り裂けるであろうか?」
「躯豪術で強化すれば、歩兵蟻なら大丈夫かな。軍曹蟻以上は関節や外殻の継ぎ目を狙うしか方法が無いでしょう。でも、第五階層は歩兵蟻のみと聞きますから」
伊丹が納得したように頷く。そして、薫が真剣な顔をして訊いてきた。
「私の魔法はどう?」
「<
「応用魔法か、呪文の詠唱が必要だから後衛でミリアたちを守りながら戦うわ」
「そうしてくれ」
階段を降りる。そこは一〇畳ほどの空間が在り、目の前には三つのトンネルが存在した。ギルド職員から聞いた情報では、真ん中のトンネルが正解らしい。
但し、情報もそこまでで、蟻どもは今なおトンネルの拡張工事を行っているらしく、上下左右に入り組んだトンネルは、地図を作成しても時間が経てば役に立たなくなる状況のようだ。
真ん中のトンネルを選んで進む。幅三メートルほどのトンネルがずっと先まで続いている。<魔力感知>を試してみた。入り組んだ閉鎖的な空間は、この手の魔法には不向きなようで十数メートル先までしか探知出来ない。
この階層はマッピングが必須のようだ。メモ帳に簡単な地図を書き込んでいく。周りの壁は石壁ではなく土のようで、これなら蟻が自由に掘り進める。二〇〇メートルほど進んだ時、二股に分かれている場所に
「どちらを選ぼうか?」
「左にしましょう」
薫が即答する。迷った時は左を選ぶというジンクスを持っているのだそうだ。俺としてはどちらでも良かったので左に進む。次に二股に別れる地点でも左を選ぶ。それからも幾つかの分岐点で左を選んで進む。階段を降りてから一時間ほど進んだ所でトンネルが途切れ前方に大きな空間が広がるのを発見した。
そこは崖の中間に空いた穴のような場所で、その先には高さ三〇メートル、縦横一〇〇メートルほどの大きな空間が存在した。
何か、『金剛戦士』の連中に落とされた穴を想い出すぜ。段々悪い予感がしてきた。
下を覗くと急斜面になっており、その先には三〇匹以上の歩兵蟻がウロウロしている。この下に落ちれば、歩兵蟻の餌食となってしまうだろう。
「何、ここ。蟻の運動会なの?」
「うわーっ! たくさんの蟻でしゅ」
薫とルキが叫び声を上げた。下にいる何匹かの蟻がこちらの方に顔を向ける。
「げっ、気付かれた。引き返すぞ」
俺は皆に声を掛け、来た道を引き返そうとする。だが、その判断は遅かったようだ。一つ手前の分岐点から巨大な蟻二匹が現れ、俺たちの進路に立ち塞がった。
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