第44話 樹妖族とコボルト(2)
もしかしたら樹妖族かもしれないと<魔力感知>を行ってみた。結果は違った。迷宮に生えている時点で普通の樹木とは異なるのだろうが、魔物の反応とは明らかに違う。
階層全体がピンク色の光で覆われていた。迷宮の地面がピンク色に輝いているのが原因だろう。
「何か馴染めそうにない階層だな」
俺の感想に伊丹と薫が頷いた。
「ミリア、どっちに進んだらいいんだ?」
「このまま直進して突き当りを左に行きましゅ」
俺たちは歩き始めた。俺はここと第四階層の地図は購入していない。ミリアから道筋を知っていると聞いたからだ。そして、第五階層以降はギルドでも地図を販売していない。理由は色々有るが、地図が役に立たないから販売していないと聞く。
しばらく進んだ所で、迷宮をフラフラと歩く樹を見付けた。体長は二五〇センチほど、
「あの椰子の実のようなのが頭でござるか」
「あれが頭かどうかは分からないけど、中に魔晶管が有るようだ」
俺は頭の部分に魔晶管が存在するのを感じていた。
「だったら、椰子の実を切り落せば倒せるのね」
「一体のみでござれば、試してみては」
伊丹の武士言葉による提案に俺と薫は賛成した。
伊丹さんが本格的に武士化している。リアルワールドに戻った後が心配でござる。
正面に伊丹、その後ろに薫、俺は樹妖族の後ろに回り込もうとしていた。伊丹が樹妖族の間合いまで近付くと枝のような手を振り回して攻撃して来る。頭を狙って振るわれた枝を滑るようなステップで伊丹が躱す。虹色の剣は抜かれ下段に構えられている。
樹妖族の連続攻撃が伊丹を襲う。左右交代で振るわれる枝を躱し続けるのは至難の業で、伊丹ほどの達人であっても顔や腕に
その時、薫の<
俺は伊丹さんと薫が注意を惹いてくれている間に、奴の後ろに回り込んだ。近くで見ると、足は樹木の根が歩けるように進化したようだ。また、頭の天辺から花の蕾のようなものが伸びている。俺の目ではどちらが正面なのか判別出来ないが、俺の回り込んだ方には眼のような器官は無いようで気付かれていない。
俺は躯豪術を発動しホーングレイブに魔力を流し込む。一瞬、その魔力に気付いたのか、樹妖族が俺の方へ振り向こうとする。その動きが終わる前にホーングレイブを頭と胴の間に滑り込ませ振り切る。椰子の実がポーンと跳ね跳んだ。
樹妖族がビクリと体を震わせ、ドサリと倒れる。
「やはり、頭を切り離すと死ぬようでござるな」
伊丹の言葉を聞きながら、薫は地面に落ちた頭を見ている。
「その椰子の実の中にはジュースが有るのかな」
薫の一言で頭を割ってジュースを飲む自分を想像する。――いやいやいや、椰子の実じゃないから。
「ジューシュは無いでしゅ。樹妖族の頭には白い実と魔晶管が入っていましゅ」
ミリアが教えてくれた。頭を鉈で割って魔晶管を取り出す。ミリアの話に拠れば、白い実は薬の原料になるそうなので、ミリアの持つ採取袋に入れる。
次も樹妖族が一体現れた。今度は『魔力変現の神紋』の<炎杖>を使い樹妖族に炎を浴びせた。胴体部分は少し焦げただけだった。しかし、頭は炎に包まれ燃え上がった。猛烈に暴れだした樹妖族が、迷宮の壁や灌木に枝を打ちつけながら藻掻き苦しんだ末にバタリと倒れた。
辺りには焦げ臭い匂いが充満し、ミリアとルキが鼻を押さえている。
もちろん、魔晶管も白い実も焼けたので回収出来ない。
「樹妖族が火に弱いのは分かったけど、<炎杖>はなるべく使わないで倒そう」
薫と伊丹、それにミリアとルキも頷いた。
第三階層の迷路を半分ほど進んだ頃、犬の遠吠えが聞こえて来た。一匹や二匹ではない。少なくとも十匹以上は吠えている。幅四メートルほどの入り組んだ場所を進んでいると、前方が騒がしくなる。
「コボルトの登場だ。ミリアとルキは後ろへ。カオルンは二人の警護を頼む」
六匹のコボルトが目を輝かせ近付いて来る。
俺と伊丹さんが立ち塞がるように前へ出る。襲って来たコボルトは、やはりブルドッグ顔だった。身長一五〇センチほど、茶色と白の斑模様の有る毛並で、腰布と革鎧を装備し、手には短槍を持っていた。
『グルルルルゥ』『ウォッ!』『ガウッ!』
騒がしく吠えながら、三列に並んだコボルトが俺と伊丹を襲う。右端のコボルトが槍を突き出す。ホーングレイブで槍を払って、懐に飛び込み躯豪術で強化した足で奴の首に回し蹴りを叩き込む。小柄なコボルトは仲間を巻き添えにしながら吹き飛んだ。
混乱するコボルトたちに一瞬の隙を見出した伊丹が、左端のコボルトに下から擦り上げるような斬撃を放つ。虹色の剣は胸を引き裂き断末魔の悲鳴を上げさせた。
後方に居たコボルトが前に出ようとする。俺はホーングレイブを槍投げのように持ち、躯豪術で強化した腕で投げつける。至近距離で投げられたホーングレイブが中央のコボルトの首に突き刺さる。
俺は竜爪鉈を抜き、残った三匹のコボルトを睨み付ける。蹴りを叩き込んだコボルトは首の骨が折れたようだ。コボルトの一匹が、槍に体重を乗せ伊丹に体当りするように攻撃する。
伊丹は体を捻って槍の穂先を躱し、敵の足首を払うように右足を送り込む。コボルトが宙を舞い、顔面から地面に激突する。そこに駆け寄った薫が、ホーングレイブで止めの一撃を放つ。
残り二体となったコボルトは、慎重になったようだ。自分から攻撃に出ず、間合いを気にしながら俺たちを睨んでいる。それは最悪の戦術だった。
「ファルゲン・イゼリスタ・ヴァロス……<
睨み合う俺たちの後方で、薫が呪文を詠唱し初めての<
応用魔法は呪文の詠唱を必要とするので、コボルトに気付かれるかと心配したが、運良く気付かれなかった。
「カオルゥ、しゅごい!」
ルキが飛び跳ねながら喜んでいる。
「うっ、最後の最後でカオルンにいい所を持って行かれた」
俺と伊丹さんは、ちょっと不完全燃焼な感じに
手早く剥ぎ取りを開始する。六匹分の魔晶管をゲット。短槍と革鎧を集めて調べる。槍二本が鋼鉄製と分かったのでお持ち帰りとする。
革鎧はほとんどボロボロだったが、一つだけ比較的新しい
その後、コボルトの集団に二度遭遇し、それを撃退した。コボルトの槍には持ち帰る価値の有るものはなかったが、革鎧は
「これ持って帰る?」
薫が革鎧を持ち上げる。傷が有るので、防具屋で売っても二束三文で買い取られる品物だ。
「いや、止めておこう。荷物になる」
それを聞いたミリアが
「ミコト様、要らにゃいのにゃら私に下さい」
このお願いに、返答したのは薫だった。
「これを修理して自分用にするつもりなら必要ないのよ。ミリアたちには新しい防具を買うつもりだから」
薫はミリアたちに防具も買い与えるつもりだったようだ。
「いえ、そんな贅沢は駄目でしゅ」
俺は見習い時代にボロボロの革鎧を着て走り回っていたのを思い出した。あれに比べれば、目の前の革鎧は立派なものだ。
俺はミリアに許可を与えた。ミリアは大事そうに革鎧を袋に仕舞う。それから一時間ほどで第三階層の終点に辿り着いた。
下へ降りる階段の近くで、休憩出来る小部屋へ通じる通路を発見する。幅一メートルの通路で、十五メートル奥へ行くと、石壁に囲まれた十二畳ほどの空間がぽっかりと広がっていた。
「今日は、ここで野営する」
ルキが力尽きたように地面に座り込んだ。余程疲れていたのだろう。
「私たち、ルキちゃんに無理させちゃったかな」
薫が心配そうにルキを見守りながら呟く。
最後の方はフラフラしながら歩いていたので、俺がおんぶしてやると言っても首を横に振るだけだった。
「一時間ほど休憩してから、食事にしよう」
俺の言葉を聞くと、ミリアと薫がルキの傍に座り込む。ルキは横になって眠ってしまったようだ。俺は荷物から厚手のシャツを取り出しルキの身体にかけてやる。
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