第43話 樹妖族とコボルト(1)

 魔法使いの杖を使い始めてからの薫は凄かった。

「前方から、ゴブリン二匹」

 俺の声に弾むような声で薫が応える。右手に持つ杖を振り回しながら、

「任して!……<風刃ブリーズブレード>」


 ヒュンと空気の刃がゴブリン目指して飛び、右側に居る小鬼の首を刎ねた。

「もう一丁、<風刃ブリーズブレード>」

 その掛け声とほとんど同時に、もう一匹のゴブリンが胸から血を吹き出し倒れる。


 それ以降、目にしたゴブリンは薫の魔法によって、次々と倒された。これほど魔法を連発すれば通常なら魔力が尽きるはずだが、魔物を倒す度に魔粒子を吸収する事により補充されているようだ。元々<風刃ブリーズブレード>の魔力消費量が少ない故に可能な状況だった。


 第一階層の終点まで来た時、薫は風刃乱舞のレベルが上がったのを感じた。今までよりスムーズに魔法を放てるようになり、魔力制御も精密さを増す。


「これで<豪風刃ゲールブレード>と<三連風刃トリプルゲール>が使えるのね」

 まだまだやる気でいる薫に、俺が待ったを掛けた。

「ちょっと待って、杖を休ませなきゃ駄目だよ。魔晶玉が熱を持ってるんじゃないか」


 薫は杖に付いている魔晶玉に指を近づける。熱い……魔晶玉から熱が放射されているのを感じた。

「水で冷やすとかしちゃ駄目なの?」

「駄目、急に冷やすと魔晶玉が割れるよ」


 杖の魔晶玉は、魔力の波長を揃える働きが有る。そうする事により魔力制御が容易になるのだ。だが、波長を揃える時に魔力の一部が熱となってロスし、魔晶玉を加熱する。


 魔晶玉が加熱した状態のまま使い続けると、魔力制御が出来なくなり思わぬ大事故へとつながる。これは魔法使いの杖ばかりではなく、魔道具全般に言える事で、神紋術式の誤動作が起こる一番の理由が熱によるものなのだ。


 第二階層へ降りる。この階層ではスケルトンとしか出逢っていないが、血吸蝙蝠ちすいこうもりも居る。隙有れば背中に貼り付き血を吸おうとする蝙蝠の牙には毒が有り、近寄らせるのは危険だ。


 効率よく始末するには、魔法が最適であり、薫の<風刃ブリーズブレード>に期待したい所だが、杖は冷却中で小休止状態にある。


血吸蝙蝠ちすいこうもりが出たら、俺の<風の盾ゲールシールド>で叩き落とすか」

 それを聞いた薫が慌てたように。

「待ってよ。杖がなくても魔法は使えるわ」


「もう少し練習してから、本番で試すべきだよ」

「そうでござる。出番のなかった我らにも戦わせてくだされ」


 伊丹が使う武士言葉は、王国の近衛騎士が使っていた古い言葉に翻訳されるようで、伊丹がミトア語を話す時も、ミリアが変な顔をする時がある。しかし、年配の騎士の中には未だに古い言葉を使う者も居るのでギリギリセーフなようだ。


 今回の第二階層は、スケルトンより血吸蝙蝠ちすいこうもりが多いようだ。五、六匹の集団で現れては、我々を襲って来る。

「おっと、後方から蝙蝠の集団が接近中」


 俺の言葉に振り返った薫と伊丹が、体長三〇センチほどの蝙蝠を確認する。バサッバサッと言う羽ばたき音が聞こえて来る。精神を集中し頭の中に有る<風の盾ゲールシールド>のトリガーを引く。


 左の拳から魔力が放出され、周囲の空気を包み込み渦を巻き始める。魔力が渦に浸透し淡い緑色に輝く円盾を形成し始めた。遠目から見れば左手に円盾を持っているかのように見える。


 俺は左の拳を引き付ける事で魔法の盾を手前に寄せてから左拳を突き出した。淡い緑色に輝く盾は前方に飛び出し、蝙蝠の身体に叩き付けられる。その衝撃で蝙蝠は地面に落下。


「よし、シールドバッシュ成功だ!」

 驚いた事に、落ちた蝙蝠に止めを刺したのは、ミリアだった。ミリアの手にはミコトのホーングレイブが握られており、蝙蝠に対して突きを放つように命じられていたのだ。


「ヤッター! お姉ちゃんしゅごい!」

「この調子でドンドン行くぞ!」

「了解でしゅ」

 俺はミリアを鍛える為に、ホーングレイブを持たせていた。


 伊丹の剣も鋭さを増していた。蝙蝠とすれ違い様に虹色の剣が抜かれ、その胸を撫で切る。空中を移動する蝙蝠を倒すには、剣は短過ぎる。敵が近寄って来るのを待って攻撃するしかない伊丹は、投擲用のナイフでも用意すれば良かったと愚痴る。


 薫は空中を飛び回る蝙蝠にホーングレイブで攻撃しているようだ。だが、成果は少ない。

「ああっ、ちょっと、何で避けるのぉ~」

 魔法無しの薫は期待しないでおこう。


 『流体統御の神紋』の<風の盾ゲールシールド>を何度か使う内に、この魔法への理解度が深まった。それがどのようなものかと言うと、一度<風の盾ゲールシールド>が完成すると魔力を切らない限り消滅はしないというものだ。


 盾の維持に必要な魔力消費量は、それほど多くはないにしても、現在の魔力保持量から計算すると一時間が限界である。但し、同時に二つの魔法は使えないので、戦いで躯豪術を使いたい場面では<風の盾ゲールシールド>を解除するしかない。


 蝙蝠と戦いながら、重要な事を何か忘れているような気がして仕方がなかった。それが何なのか気付いたのは、第二階層から下へ降りる階段に到着した後だった。


 それはパチンコの存在だ。蝙蝠相手には最も有効な武器を失念していたのだ。

「こ、これはいい修業になったから、良かったのだ……そ、そういう事にしておこう」

 この事は企業秘密として、外部には絶対漏らさないと決めた。

 

 今回はスケルトンがほとんど現れなかった。二体だけ遭遇したのだが、伊丹が瞬殺してしまう。とは言え、楽な階層ではなかった。スケルトンの代わりに、嫌と言うほど血吸蝙蝠ちすいこうもりが現れたのだから。


 俺たちは階段近くに在った安全な小部屋で休息。腹具合から推察して遅めの昼食となる食事を取り、迷宮の地面に座って身体を休める。


「ここで少し休憩してから、下へ降りる」

 薫は杖の魔晶玉をチェックし、十分に冷却したと報告する。


「第三階層で遭遇する魔物は何?」

「コボルトと樹妖族が出て来ましゅ」

 俺に代わってミリアが答えた。ミリアは第四階層まで行った経験が有るらしい。


「犬と樹でござるか。どちらが強いのでござろう?」

「戦う者の武器や使う魔法によるようでしゅ。コボルトは集団戦に強いので範囲魔法が使えるパーティにゃら容易に倒せましゅ。樹妖族は火を嫌うと聞きましゅ」


 範囲魔法か、最悪<缶爆>を使えばなんとかなる。火は<炎杖>があるし大丈夫だろう。


 リアルワールドではコボルトは有名な魔物である。初めて捕獲された魔物がコボルトだからだ。アメリカ人に捕獲されたコボルトは、ブルドッグが人型の魔物に進化したような奴だった。


 前に秋田犬が人型に進化したような犬人族を見てコボルトと勘違いしたのは痛恨の出来事だが、紛らわしいのだから無理もない……と思って欲しい。


 階段を降りる前に、ミリアとルキに躯豪術の初歩である調息を教えようと思い立つ。

 その前に二人には一つの約束をして貰う。


「この技は特別なものだから、他の人達に教えては駄目だ。それだけは約束してくれ」

「創世神ゴゼバルメス様に誓い、お約束しましゅ」

「ルキも約束らぁ」


 調息による魔力の蓄積と魔物の魔粒子を吸収する事の違いは何か、調べた事がある。魔物の魔粒子を吸収する場合、身体の表面から魔粒子を吸収する。その魔粒子は体表に近い筋肉【アウターマッスル】を変異させ魔導細胞化する。


 それと較べ、調息は大気中の魔粒子を吸い込み身体内部の筋肉【インナーマッスル】と一部の内蔵を変異させ魔導細胞化する。


 基礎能力における筋力の増加は、アウターマッスルの魔導細胞化が大きく関係し、調息は心臓などの筋肉も魔導細胞化するので持久力の向上に関連するようだ。そして、重要な発見が有った。インナーマッスルや内臓に蓄積された魔粒子は容易に魔力に変換されると言う事実だ。


 躯豪術は主にインナーマッスルの魔粒子を魔力に変換し使用するので、『躯力強化くりょくきょうかの神紋』による強化よりも即効性が高い。


 躯豪術は猫人族と相性がいいようだ。少しの訓練でミリアとルキは腹部に魔力を感じられるようになった。

「ああ、感じましゅ。身体の真ん中が温まっていましゅ」

「ルキも、ポンポンが熱い」

 薫が喜び、ミリアとルキの頭を撫でている。撫でられた二人は、尻尾をピンと立て嬉しそうに笑っている。


「よし、第三階層へ行こう」

 第三階層の構造は、第一階層と似ていた。違うのは全体に灌木が生い茂っていると言う点だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る