第36話 鎧豚の森(1)
躯豪術を伝授してから数日が過ぎた。集中的修業で、伊丹は魔力の制御を習得しドリルスピアを使い
その点、薫はいい。調息は出来るようになり、魔力の制御もある程度は可能となったがマスターしたとまでは言えない。俺の時と同じだ。
それでいいんだ薫、親しみを込めて『カオルン』と呼んでやろう。俺の心の中で『薫=カオルン』が確定した。
朝、朝練を済ませてから、今日の予定を話し合う。
「さて、今日からの予定だが、大剣甲虫の狩りに向かう。往復四日の旅になるので食糧はタップリと用意した」
「いよいよ化け物クワガタか。筋肉痛が治って良かった」
躯豪術の修業による筋肉痛が回復し爽やかな朝を迎えた薫が、弾むような声を上げる。
「大剣甲虫が棲息する鎧豚の森は、樹海の第一層だけど、オークと鉢合わせする可能性がある場所だから、気を引き締めてくれ」
「オークは強いのか?」
伊丹がドリルスピアの手入れをしながら尋ねる。この人段々武士みたいになってく気がする。
「オークは個体差が激しい種族なんだ。ある意味人間と似ている」
「面白い、手応えのある奴と一戦交えたいものよ」
今の伊丹さんだとゴブリンじゃ物足りないか。軍人オークとでも
「私、ドラゴンを見てみたい」
薫の発言に眉を
「駄目、この世界のドラゴンは凶悪なんです。アッと言う間に殺されて食べられてしまいます。ドラゴンに限らず、俺が危険だと判断し撤退の合図を出したら、すぐに逃げて下さい」
「ミコトさんは、ドラゴンを見た事あるの?」
「ドラゴンは無いけど、ワイバーンなら見たよ。無茶苦茶怖くて体が
「ワイバーンか。プテラノドンみたいな奴なのかな」
薫が中生代白亜紀に生息した翼竜の名前を出したが、違うと否定する。
「ワイバーンは魔物、亜竜だけどドラゴンの一族なんだ。恐竜とは別物だよ」
俺は説明出来なかったが、ワイバーンの出す威圧感や凶暴性は、リアルワールドに存在する生物とは一線を画すると感じていた。
準備と点検が終わり宿を出ると一旦ギルドへ向かう。鎧豚の森で達成可能な依頼を受ける為だ。
薫と伊丹は簡単な依頼を八件ずつ達成しているので、後二件達成すれば条件をクリア出来る。
ギルドの依頼票ボードに条件に合致する依頼が二件有った。
・鎧豚の森に生えるツレツレ草の採取
・鎧豚の鎧皮採取
俺が『鎧豚の森に生えるツレツレ草の採取』を取り、もう一つに手を伸ばそうとした時、横から奪われた。
「えっ!」
俺より少し歳上の若いハンター四人が、依頼票を手に取り相談していた。
「こいつにしようぜ」
ニキビ面のひょろりとした若いハンターが仲間に提案する。
「薬草採りなんか、ダサくてやってられねえからいいかもな」
俺が手に持っている依頼票をチラリと見てから、一番体格のいいガテン系の奴が返答する。
「鎧豚の森か、食糧や薬はどうする」
魔導師らしいローブを着た青白い顔のハンターが尋ねる。
「ディン、ちょっと来い」
ニキビ面が、誰かを呼ぶ。近づいて来たのは、顔見知りだった。迷宮都市に来た日に知り合った少年だ。
「何、どうした」
「鎧豚の森へ行く。お前も付いて来たいなら、食糧を準備する金を出せよ」
偉そうに命令するニキビ面と違い、ディンの方には気品がある。不良少年の集まりみたいなパーティに一人だけ優等生が居る感じだ。
「どれほど必要?」
ディンが巾着袋から銀貨数枚を出しながら訊く。ニキビ面がディンの手に載っている銀貨をすべて奪う。
「こいつを借りとく。鎧豚で儲けたら分前をやるからな」
ガテン系のハンターがニヤリと笑って、仲間を促し外へ出る。
「ディン、こいつを受付に出しといてくれ。俺たちは準備をしてくるからここで待ってろ」
ニキビ面が依頼票をディンに押し付けた。
一人残されたディンは、自分を見詰めている少年に気付いた。
「あれっ……何処かで?」
俺は苦笑した。
「ミコトだ。忘れたのか」
「あっ、すまぬ。忘れておった」
ディンが素直に謝った。
「学生だって言ってたけど、ハンターになったのか?」
「おお、漸くハンターに成れたぞ。先ほどの仲間たちに頼んで保証人になってもろうたのだ」
ディンが笑顔で応える。
あの連中が、親切心で保証人を引き受けるとは思えない。
「保証人を頼んだ時に、お金を渡したのか?」
「うむ、金貨五枚を渡したら快く引き受けてくれた」
こいつ間違いなく世間知らずのボンボンだ。……良い奴なんだが。
「ディン、ハンターになるのを反対してた爺さんはどうした?」
「祖父は王都に行っておる。一月程は帰らん」
「そうか……」
俺たちは受付に行き、依頼票を提出する。
「『鎧豚の鎧皮採取』をお受けになるのは『黄金の
受付嬢が厳しい顔をしている。
「はい」
「『黄金の
ディンの顔から血の気が引いている。
「ディン、あの連中とは別れた方がいいんじゃないか」
「そうだな、今回の依頼が終わったら、考えるとしよう」
おっとりしていると言うか。危機感が全くない。心配だが、こちらも大仕事を抱えているので他人の世話を焼く余裕はない。俺はディンと別れ、待合所で待っている薫と伊丹の下に戻る。
「よう、何とか言えよ。こんなむさいオッさん何かと別れて、俺たちのパーティに入りなよ」
いつの間にか、薫の周りに三人のアホな不良ハンターが群がっていた。確かに薫は美少女なので目立つ存在なんだが、普段なら伊丹の存在があんな奴らを遠ざけていた。
薫が不快そうに顔を
伊丹は何をしているのか、伊丹の傍にも一人のハンターが居た。
「オジ様、凄いわ。この分厚い胸板、オーガのようにたくましい腕。ちょっと触ってもいいかしら、いいわよね。……もう~~~たまらない。……抱いて!」
金髪のロングヘアーに、濃い目の化粧を施した顔、女性の魔導師が好んで着ている赤のローブ、一見女性魔導師に見えるが、声は男だった。―――あっ、よく見ると髭を剃った跡が有る。
「よ、寄るな。
珍しく伊丹が慌てている。言葉遣いも可笑しい。伊丹さん、益々武士化が進んでる。自分の事を拙者とか言ってるし。伊丹さんは日本語で叫んでいるので、相手は理解していないだろう。
取り敢えず、伊丹さんは放っておいて薫を救出しよう。
「カオルン、お待たせ」
俺は不良ハンターたちを押し退け、薫の前に立つ。当然、アホたちが騒ぎ出す。薫はホッとした顔をする。
「何だお前、こいつの連れか」
赤毛にはアホが多いのだろうか。三人共長い赤毛を後ろで三つ編みにしている。
「カオルンは、俺の仲間だ。変な誘いは無用に願いたい」
ハンターギルドの方に居る若者は、
この連中も
「偉そうに言ってんじゃねえよ。俺らは『
幾つかのパーティが集まりクランという集団を作る事がある。『
「ほう、お前たちもオーガを倒したのか?」
「も、もちろんだ。俺たちもオーガと戦ったんだ」
雰囲気から下っ端だと思っていた連中が、オーガを倒すほどの実力者だとは意外だった。
「それにしてはランクが低くないか。
「じ、実力は有るんだ。それをギルドの奴らが認めないだけだ」
アホたちの顔色が悪い。明らかに嘘を言っている。
「ギルドに強さを認めさせるなんて簡単だろ。強い魔物を倒せばいいんだから……それにオーガを倒したんだろ。
「オーガたちとの戦いの時は乱戦だったから、誰がどのオーガを倒したかはっきりしないんだ」
アホたちの武器を見ると、鉄製のロングソード、斧、槍だった。そんな武器ではオーガを仕留められない。攻撃が当たったかもしれないが、浅い傷を負わせるのが
「丁度いい、俺たちはこれから大剣甲虫を狩りに行くんだが、お前たちも来るか。大剣甲虫を倒せば、ギルドも認めてくれると思うぞ」
周りが静かになった。俺たちが騒いでいるのを周りも聞いていたらしい。静かになった次の瞬間、ざわめきが広がる。
「大剣甲虫だって……ルーク級下位の魔物だ」
「だけど、あいつの防御力はルーク級上位に匹敵すると聞いたぞ」
「あんな小僧たちに狩れるのか」
「もしかして高ランクのハンターなのか」
アホたちの顔が青褪めている。ちょっかいを出す相手を間違ったと思い始めたのだ。
「吹かすんじゃねえよ。大剣甲虫狩りなんて嘘だろ」
俺が言い返そうとした時、横からアホたちを止める声がした。
「そうでも無さそうだぞ。お前たち」
鍛え上げられた身体、太い腕、戦争蟻の外殻を使った鎧、使い込まれた感じの剣、どれもがベテランハンターに相応しい。顔は普通だが、短く刈り込まれた金髪や、太い眉毛は精悍な野生児という感じだ。
「モリスさん、どうしてハンターギルドに」
アホたちの知り合いらしい。
「オーガの生き残りの件でちょっとな……それより、そいつに絡むのは止めとけ。そいつの鎧は槍トカゲの特異体から剥ぎ取った革製だ。かなりの実力者だぞ」
青くなったアホたちは、こそこそ逃げようとする。
「ちょっと待て、こいつも持っていけ」
俺は伊丹さんに言い寄るニューハーフの人を押し付けた。
「イヤ~~、何すんのよ。ちょっと待って。オジ様ぁ~~」
「済まない、後輩たちが迷惑を掛けたな」
「ちょっとウザかっただけだから問題ない」
「お嬢さんも済まなかったな」
薫にも謝っているのは理解出来た。
「みょんだい無いです」
薫のミトア語は辿々しいものだった。それを聞いた俺は、ある魔道具を用意した方がいいと思い始めた。
モリスは、思った通り
「ミコトは、迷宮には潜らないのか?」
「今回の狩りの後、潜る予定だ」
「そうか、勇者の迷宮に潜るなら、質の良い魔晶玉を持っていた方がいいぞ」
「何故だ?」
「勇者の迷宮には、『宝珠の間』というのが現れる。何階層に現れるのかは分からない。その部屋には祭壇が有り、そこに魔晶玉を捧げると魔物が現れる。そいつを倒して得られるのが、『知識の宝珠』だ」
「『宝珠の間』か、モリスさんは入った事が……」
「残念だが、無い。『宝珠の間』に
俺が使った『知識の宝珠』は、『宝珠の間』で得られたもののようだ。
◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇
私、三条薫が異世界に行こうと思ったのは、クラスメイトの一言が切っ掛けだった。平凡な中学校に通う私は、幾分平凡ではない。
年商二十二億円のIT企業のオーナーであり、業界では謎の天才ハッカーと呼ばれている。因みに、ハッカーとはコンピュータ技術に詳しい知識を持つ者の事で、犯罪とは関係ない。
その頃、世界中で異世界の事が話題になっていた。アメリカのオハイオ州で行方不明になった青年が、突然戻って来た。戻って来ただけなら大きな話題にはならないが、彼は異世界で捕獲したと言うコボルトと一緒だった。
このニュースはネット上で話題になり、コボルトの映像は世界中に配信された。事実を確認したアメリカ政府は、異世界について隠蔽しようとしたが、次々と異世界からの帰還者が現れ、政府は公式に異世界の存在を認めた。
日本でも騒がれ、異世界にある迷宮について噂が流れる。
クラスメイトがその噂を教えてくれた。
「迷宮に隠されていた宝箱に、誰でも魔法が使えるようになる秘宝が入っていたらしいの」
それを聞いた私は、胸が震えた。小さい頃、魔法使いの絵本を読んで貰って以来、魔法使いに憧れるようになっていたのよ。もちろん、魔法少女もののアニメはすべて見た。
一〇歳の頃、パソコンに
私は本物の魔法使いが居る異世界の情報を集め、異世界へ行く準備を始めた。
そして、今異世界のハンターギルドに居る。案内人のミコトさんが依頼を探している間、待合所で休んでいると、軽薄そうな若いハンターが近づいて来た。
何か話し掛けてくるが理解出来ない。それにジロジロとこちらを見る視線が気持ち悪い。困って伊丹さんに助けを求めようとしたが、彼もある意味危険に迫られていた。
あまりにしつこく話し掛けて来るので、だんだん怖くなる。そんな時、ミコトさんが助けてくれた。私の前に立ちふさがり守ってくれたのは嬉しかった。
ちょっと気になったのは、私をカオルンと呼んでいる事だ。小学生の頃、友人にカオルンと呼ばれていたのだが、彼は何故知っているのだろう?
ミコトさんが若いハンターたちを追い払ってくれた。正直ホッとする。モリスと言うベテランハンターと知り合い、情報交換をしていたようだが、ミコトさんは何か驚いていた。
ギルドを後にし迷宮都市の西門から外へ出た。驚くほど身体が軽い。背負い袋には四日分の食糧と着替え、小物などが入っており重いはずなのだが。
ミコトさんの話によると『魔力袋の神紋』の效果により筋肉の一部が魔導細胞というものに変異し、それが高効率の筋肉細胞である為だという。
登録証を発行した時に計測した筋力は4、一般人より少し強化された程度だと言っていたが、少し心配になった。腹筋が割れてきたらどうしよう。
迷宮都市から鎧豚の森へ行く道中、何回か魔物の襲撃を受けた。ゴブリンや長爪狼などだ。ココス街道から樹海へ入り一〇キロほど進んだ所で、日が傾き始める。
樹海の中の野営は初めてだ。ミコトさんが野営に適した空き地を見付けたので、そこに荷物を置き薪拾いに行く。ミコトさんと一緒に乾いた枯れ枝を集めるのが、何故か楽しい。
集めた薪にミコトさんが魔法で火を着けた。魔法は不思議です。しょぼい魔法でも心が踊る。
それにしても驚くほど周りが暗い。様々な光源に囲まれて生活している日本人には、馴染みのない闇を感じる。この闇が魔法を生み出すのかもしれない。
翌朝、顎が痛くなるほど硬いパンを食べ、鎧豚の森へ向け出発する。今までとは比べ物にならない頻度で魔物と遭遇。
馴染みのゴブリンはもちろん、大小様々な魔昆虫や
その時、ミコトさんが急に立ち止まり視線を後ろに向けた。
「後を付けられている。俺たち以外のハンターだ」
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