第35話 躯豪術伝授

 迷宮都市に到着してから四日目の朝、いつもの通り朝練を始める。あまり時間が取れないので、素振りと型稽古、躯豪術を使って舞うように動く訓練だけを行う。


 最後の訓練は『躯豪舞くごうまい』と呼んでいる。見た目は太極拳の練習のように見える。躯豪術を使い体中の各筋肉を活性化させながら、ゆっくりと動く。


 それを行うと躯豪術による魔力制御が鍛えられると気付いてからは、毎朝行っている。その動きについては見た通り太極拳の動きを真似ている。ゆっくりした動きというと太極拳しか思い浮かばなかったからだ。


 俺を真似ている訳ではないが、依頼人二人も朝練を始めた。伊丹さんが指導しているので、俺と同じ練習メニューではない。


 二人は問題なくゴブリンを倒せるようになったので、『魔力袋の神紋』を授かれば序二段9級へランクアップ出来る。薫は剥ぎ取りを苦手としているが、慣れて貰うしかない。


 俺たちは魔導寺院に来た。薫と伊丹が『魔力袋の神紋』の扉を試す。思った通り反応する。魔導師ギルドの職員に二人分の銀貨を払い、大地の下級神バウルの部屋の前でギルド職員が蝋燭を用意して来るのを待つ。ローブを着たオバさんが蝋燭を持って現れた。


「どなたから入られますか?」

 オバさんの言葉を翻訳すると、伊丹が前に出る。

「私が先に試そう」


 薫が珍しく緊張しているようだ。顔色が悪い。

「大丈夫、経験者の俺が断言します。蝋燭を壁際の燭台に置いて、神紋付与陣を見詰めるだけでいい」


 蝋燭に火が灯され、伊丹が部屋に入る。待っている間、薫が話し掛けてくる。

「何故案内人をやっているの?」

 ぶっちゃけ、金が欲しかったから。俺にはやりたい事が一つあるのだ。


「運が悪かったのさ。偶然、この世界に飛ばされ、やっと戻ったら政府の奴らに捕まって案内人になるように説得されたんだ」


嫌々いやいややってるの?」

「この世界は割と気に入ってる。だけど毎月二度三度転移する為に樹海を往復するのは正直きつい」

 この世界の大小二つの月は、月に二度ほど直線上に並ぶ。地上から見れば月が重なるように見える。その瞬間、転移門が起動するらしい。


 この事象が何時起こるのかは、この異世界でも研究されており、その情報を元に日本の天文学者が計算式を導き出し案内人に伝授した。もちろん、俺も計算式を覚え計算出来るようになった。


「そうね、危険だし大変な仕事だと思う」

「おおっ……三条さんも分かってくれますか」

 薫が俺をジッと見る。美少女に見詰められると落ち着かない。

「私の方が歳下なんだから、敬語は不要よ」

「ヤッター、敬語は苦手なんだよ」


 伊丹が神紋の間から出て来た。似付かわしくないぼんやりとした表情をしている。

「次は君だ。やり方は覚えているな」

 薫が頷くと、オバさんが火を灯した蝋燭を渡し中へ入れる。


 伊丹さんを外へ連れ出し、公園のベンチに座らせ、ここで待つように伝える。魔導寺院へ戻り、薫が出て来るのを待つ。しばらくして、ふらつきながら薫が出て来た。


「しっかりして、公園に行こう」

 薫の身体を支えながら、公園に連れて行く。……ムフッ、役得です。


 二人は一時間ほどボーッとしていた。

「凄い体験だった。あれが魔法なのね。四千万円の価値が有るわ」

 薫が満足そうに呟いた。伊丹が同意するように頷く。

「それじゃあ、お楽しみのランクアップの手続きをしにギルドへ行こう」


 ギルドでランクアップ手続きを行う。聞き取り調査と基本能力・魔法の測定により新しい登録証が発行された。その登録証を見て薫がニヤニヤしている。


【ハンターギルド登録証】

 カオル・サンジョウ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:序二段

 <基本評価>筋力:4 持久力:5 魔力:1 俊敏性:5

 <武技>剣術:2 槍術:1

 <魔法>魔力袋:1

 <特記事項>特に無し


【ハンターギルド登録証】

 モトハル・イタミ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:序二段

 <基本評価>筋力:12 持久力:9 魔力:1 俊敏性:11

 <武技>剣術:2 槍術:2

 <魔法>魔力袋:1

 <特記事項>特に無し


 薫の基本能力は、俺が序二段9級になった時とほとんど変わらないが、伊丹さんの基本能力はさすがに高い。

 二人が正式なハンターになった機会にパーティを組む。パーティ名は『カモミール』とする。カオル、モトハル、ミコトの最初の文字を並べて『カモミ』この言葉から連想する名詞を選んだだけの安直なものだ。


「パーティ名なんか適当でいいよ」

 と言う俺の言葉に、薫が適当に選んだのだ。

 この時点において、薫と伊丹のミトア語は使い物にならなかったので、凝った名前など付けられはしなかったし、俺にネーミングセンスを期待するのは宝くじで一等を期待するようなものだ。


 俺たちは南門を出て雑木林に入る。そして、獣道を南へと進む。南門の近くには魔物が少ないので雑談しながら歩いていると。


「ミコトさん、私、魔法を使ってみたいんだけど」

 薫が唐突に言い出した。

「突然だな。いったいどうしたんだ?」


「魔導寺院で、生まれて初めて魔法を実感したでしょ。何か魔法というものに対して凄い興味が沸き上がってきたのよ。こんな事、一〇歳の時にパソコンを弄り始めた時以来よ」


 確かに、初めての魔法体験は転移門だと思うが、魔法を実感したのは神紋の間が最初だろう。転移門は意識を失くしてしまうので実感出来ないのだ。


「魔法を使うには、新しい加護神紋が必要だ。それを得るには魔粒子の蓄積と金貨を何とかしないと」

 薫の表情が暗くなる。


「魔法も金次第なの。何か元の世界と同レベルの世知辛せちがらさね」

「魔法は、魔導師ギルドが管理しているからね。組織を運営するのに金が必要なのさ」


 伊丹が珍しく質問してくる。

「ミコトは、魔法を使えないのか?」

 俺の恐れていた質問だった。魔法が使える事を政府の奴らには知られたくないが、迷宮を一緒に攻略する仲間ならば、知られるのも時間の問題である。


「こっちの世界だけの秘密にして欲しいんだけど、実は使える」

 薫が不審に思ったようだ。

「何故、秘密にしているの?」


 俺は、政府が魔法を使える帰還者を人体実験しているという噂や拘束して数ヶ月単位の調査を行っているらしいという話をした。


「人体実験は無いと思うけど、調査はやってそうね」

「だろ、怖くて魔法が使えるとか報告出来ないよ」

 薫が真剣に考え込んでいる。魔法を習得すべきかどうか悩んでいるんだろう。


「リアルワールドでも魔法が使えるの?」

 日本では、地球が存在する世界をリアルワールドと呼び始めているらしい。

「使えないよ。多分、魔粒子が存在しないのが原因だと聞いてるけど。……世界中の異世界研究機関が魔法について研究しているが、成果はほとんど無い」


「魔法を使える人と使えない人を見分ける方法もないのね」

「有難い事に、言わなきゃばれないよ」

 薫が頷く。そして、ミコトを値踏みするように見る。


「何?」

「ミコトさんは、どんな神紋を持っているの?」

 どう答えるか悩んだ末、一つだけ教える事にした。

「ハンターは、自分が持つ神紋を他人に言わないのが普通なんだけど、同じパーティだから特別に教えてあげるよ。俺が持ってるのは『魔力変現の神紋』だ」


 俺たちの間に微妙な沈黙が広がった。薫が困ったような顔をして言う。

「リアルワールドで魔法の説明を受けたけど、不人気な神紋だって聞いたわよ」

「この世界の人たちには向いていない神紋だけど、リアルワールドの人間には最適なものだと思うよ。例えば……」


 俺は足元に落ちている枯れ枝を拾い上げ、<発火イグナイト>を使う。枯れ枝が燃え始めたのを見て、薫と伊丹が少し驚いた表情をしている。

 次に<湧水ファウンティン>を使って水を創り出す。指先から如雨露じょうろで水を撒くくらいの勢いで水が出て枯れ枝の火を消す。


 『魔力変現の神紋』の応用魔法を見て、薫がポツリと言う。

「しょぼいわね」

 しょぼいと言われて、ちょっと傷付いた。


「『魔力変現の神紋』の応用魔法は、攻撃魔法じゃないからね。でも取って置きが有るんだ」

「えっ、どんな魔法?」

 <拭き布ワイピングクロス>を使い、手拭いほどの大きさのちょっと湿った木綿の白い布が俺の手の上に現れた。薫がジッと手の上の布を見ているが、腑に落ちないという顔をしている。


「唯の布じゃない。それが取って置きなの?」

 俺が胸を張り誇らしそうに言い放つ。

「こいつはトイレットペーパーの代わりだ。『ソド』なんかに較べられないくらい快適なんだぞ」

 それを聞いた伊丹が呆れたような顔をしている。一方、薫は何か苦悩しているようだ。


「盲点だったわ。<拭き布>にそんな使い方が有ったなんて」

 この世界でトイレットペーパーとして使われている『ソド』という樹の葉は、イチョウの葉を大きくしたような葉っぱで、ある程度柔らかいのだが、新聞紙と比べても肌触りが悪い。


「攻撃魔法より先に『魔力変現の神紋』を取るべきかしら」

 取って置きと言うのは冗談だと言おうとしたが、薫が真剣に悩んでいるので言い出せない。まあいいか。<炎杖>や<缶爆>を使えば『魔力変現の神紋』の有益性を見直してくれるだろう。


 その日はゴブリンを数匹狩り、魔粒子の吸収を体験させる。この体験にも薫は興奮する。

「凄い、凄い! これが魔粒子なのね」

 俺は周りを警戒しながら伝える。


「獲物を倒したら、なるべく近くで魔粒子を吸収する。それがハンターの鉄則だ」

「どれくらい魔粒子を吸収したら、魔力袋以外の神紋の扉が反応するようになるんだ」


 伊丹が尋ねる。難しい質問だ。

「通常なら半年ほど狩りを続けると反応するようです」

 薫が驚いた顔をする。伊丹は表情を変えない。

「通常と言うからには、特別な方法も有るんだな」


「その通り、魔粒子を多く溜め込んでいる魔物を狩って、その魔粒子を吸収すればいい」

「何だ……簡単ね」

 伊丹がきびしい顔をして薫を睨む。


「ち、違うの?」

「魔粒子を多く溜め込んでいる魔物というのは、強い魔物のことだよ」

「ムッ、そうか。簡単だったら、誰でも狙うか」

 伊丹が俺に視線を向ける。


「案内人として何かプランが有るんだろ。強くなって三段目8級ランクにならないと迷宮に潜れないんだから」

 俺は困ったように後ろ手で後頭部をポンポン叩く。

「『もちろんです』と言いたいんですが、それほど画期的なプランじゃないんですよ」


 俺は考えていたプランを説明した。

 二人には、俺が考案した躯豪術を習得してもらう。その後、鎧豚の森に棲息する大剣甲虫を狩る。


 大剣甲虫は、体長一八〇センチほどのクワガタ系魔昆虫である。クワガタ特有の大きく強力な顎の他に頭から金属のような光沢のある両刃の剣が生えている。ルーク級下位の魔物だが、強靭な外骨格を持っているので、ルーク級上位並に物理攻撃が効き難い。


「その大剣甲虫が、魔粒子を多く溜め込んでいる魔物なのね」

「そうだ、大剣甲虫は防御力が高いので長生きしている個体が多い。そんな奴を三、四匹倒せば、かなりの魔粒子を吸収出来る」


「その大剣甲虫は、躯豪術を習得すれば倒せるようになるの」

 俺はドリルスピアを持ち上げた。

「躯豪術とドリルスピアの組み合わせは強力。大剣甲虫の腹側なら十分貫けると思う」


 伊丹が少し驚いたようにドリルスピアを見る。

「そのドリルスピアは、予備が有るのか?」

「私のドリルスピアを薫さん、予備を伊丹さんに使って貰おうと思っています」

「承知した」

 伊丹が簡潔に返事する。


「今回はそれでいいとしても、迷宮に潜るなら、私たち専用の強力な武器が欲しいですね」

 薫が俺に注文を出す。

「大剣甲虫から大剣角を剥ぎ取り、ホーンスピア改を作ろうと思っている」

「それは強力な槍になるの、それに何で改?」


「大剣甲虫は、その剣角でサラマンダーを殺す事も有ると言うから強力なものになる。そして、『改』なのは、双剣鹿の剣角を使ったホーンスピアを前に作ったからだ」



 いつの間にか雑木林を抜け、跳兎を仕留めた空き地に着いた。ここなら人目がない。

「それでは、我が秘伝の技である躯豪術を伝授してつかわそう」

 おどけた言い回しに、薫がぷぷぷっと笑う。伊丹は真剣な表情で応える。


「よろしくお願い申す」

 そんな真剣な顔で言われると怖い。


 俺は躯豪術について説明し、手本を示しながら教える。

 実際に躯豪術を使いドリルスピアで樹の幹に穴を開けた時は、二人の眼が丸くなる。

「これも魔法なのね」

 薫が感心したように呟く。


 伊丹は短時間で調息をマスターし、魔力制御に手間取っている。薫は調息において魔力を溜め込む段階で苦労している。調子に乗って頑張り過ぎたのだろう。魔力が尽きたようで二人共グッタリしている。


「魔力の使い過ぎには注意しましょう」

「判っていたなら、こうなる前に注意しなさいよ」

 俺は苦笑した。


「こういう体験も必要なんだよ。言葉で何遍言っても、一回の経験には敵わないのさ」

「このだるさは、いつまで続くの?」

「一晩寝たら治るよ。逆に調子が良いくらいだ」


 その日は街に戻り、薫と伊丹は早めに寝た。


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