第34話 迷宮都市の見習い

 翌日、依頼人が慣れない馬車の旅で疲れたようなので、午前中は休ませる事にした。


 俺一人外出しハンターギルドへ向かう。昨日忘れていたハンターギルドの所属支部変更と登録証の更新を行う為だ。昨日も感じたが、迷宮ギルドのカウンターに較べ少し規模が小さいようだ。


 この事は、クラウザ市が迷宮中心に成り立っている証拠である。樹海に面しているのに最大のギルドがハンターギルドでないと言う現状は、他の町や都市では考えられない。


 ハンターギルドの受付で所属支部変更の手続きを済ませ。登録証の更新も行う。クラウザ支部に備えてある最新の測定用魔道具を使って筋力・持久力・俊敏性などの基本能力をチェックした後、『魔力解析の神紋』で魔法関係を解析調査する。


【ハンターギルド登録証】

 ミコト・キジマ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:三段目

 <基本評価>筋力:21 持久力:17 魔力:28 俊敏性:19

 <武技>鉈術:2 槍術:2

 <魔法>魔力袋:2 魔力変現:2

 <特記事項>特に無し


 三ヶ月ぶりの登録証の更新だ。基本能力は着実に成長している。筋力+7、持久力+6、俊敏性+7と伸びていた。案内人になってあまり魔法を使えなかった為か魔法はアップしていなかった。


 だが、武技は槍術が+1アップしている。槍術が上がっているのは、転移門の洞窟から迷宮都市に来る途中、ドリルスピアでオークを仕留めたのが評価されたらしい。


 筋力が7上がったという事は、平均的成人男性の筋力を基準として七割分の筋力が上昇した事を意味している。例えば、元々握力が五〇キロだった人なら、七割アップで八〇キロ以上になる。


 俺の場合、元の握力が平均に近い五〇キロ程だったので、今は二十一割アップの一五〇キロオーバーとなる。ギネスに記録されている世界一の握力の持ち主は、一九〇キロ以上だったから、まだ人間の範疇はんちゅうだ。


 もちろん、こんな筋力が普段から発揮される訳ではない。興奮状態になりアドレナリンがドバドバ出ている時に何かの条件がクリアされ『魔力袋の神紋』が自動的にリミッターを外し怪力が発揮されるようだ。


 とは言え、戦闘においては何時でも興奮状態である。ハンターなら狩りの時は、自分の持つすべての力を発揮し獲物を倒す。そうでなければ生き残れない職業なのだ。


 ただ、魔物の中には『力ある咆哮』を発する化け物が存在する。そんな咆哮に怯え戦う意志を失くしたハンターは、リミッター解除が取り消され本来持つ力も発揮出来ず、冷たい屍となる。


 更新が済んだ登録証を仕舞い、魔導寺院へ向かう。クラウザの魔導寺院にどんな神紋が有るのか確かめたかった。


 迷宮都市の魔導寺院は、ウェルデア市の魔導寺院より三倍ほど大きい。授かれる神紋の数も多く、通路に沿って設けられている神紋の間に通じる扉も多かった。


 その神紋の扉に一つずつ触ってゆく。新しく反応の有った扉は、『紅炎爆火の神紋』『土属投槍の神紋』『治癒回復の神紋』『魔導眼の神紋』『躯力強化くりょくきょうかの神紋』の五つである。


 『紅炎爆火の神紋』『土属投槍の神紋』はウェルデア市の魔導寺院にも有ったので知っているが、『魔導眼の神紋』『躯力強化くりょくきょうかの神紋』『治癒回復の神紋』は初めてだ。魔導寺院の壁に書かれている説明書きを読む。


【加護神紋】

・魔導眼……第二階梯神紋:大気の中級神レヴァノスの神紋=>魔力を感知しその流れを見る神紋

躯力強化くりょくきょうか…第二階梯神紋:大地の中級神ウシャラスの神紋=>魔力を体内で循環させ身体能力を上げる神紋

・治癒回復…第二階梯神紋:大海の中級神メルダティアの神紋=>怪我や生命力を回復する神紋



 さて、俺は神紋を増やそうと思う。今回の仕事に必要なのは、『治癒回復の神紋』か『魔導眼の神紋』になる。『治癒回復の神紋』が有れば、依頼人が怪我した時に安心だ。


 一方、『魔導眼の神紋』は<魔力感知>という魔法が使えるようになるとギルド職員から教えて貰う。この魔法を使えるようになれば索敵が可能となる。


 迷った末に、『魔導眼の神紋』を選ぶ。この神紋の値段は、金貨一〇枚。蓄えの半分を出す事になるが、依頼人の安全を確保する為の手段として是非欲しい。


 応用魔法についても知っておきたいので、銀貨一枚を払い『魔導眼教書』を借りて読む。レベル2とレベル3の付加神紋術式が記載されていた。


 レベル2の応用魔法は<記憶眼メモリーアイ>、レベル3の応用魔法は<鑑定眼ジャッジメントアイ>である。<記憶眼>は魔法が起動している間、見たものをすべて記憶する応用魔法。<鑑定眼>は<記憶眼>で構築した知識群を元に物品や魔物を鑑定する応用魔法だった。

「<記憶眼>に<鑑定眼>か、無茶苦茶欲しいな」


 昔から不思議に思っていた事がある。ファンタジー小説とかで主人公が鑑定とか解析とかいうスキルを使うと知らない魔物や素材なんかの情報がパッと脳裏に浮かぶという奴だ。あの情報は何処から持って来てるんだろう? あれは魔法だから不思議で当然だと言われると、そういう物なのかもしれないが、俺的には納得出来ない。


 この異世界の鑑定は、自分の持つ知識を元に鑑定するので、元の世界にも居る鑑定家と同じだ。豊富な知識や経験が必要だが、それを<記憶眼>がサポートしてくれる。


 この魔法を日本で使えたら、有名大学にも簡単に入れそうだ。が、残念ながら元の世界では魔法を使えないのは実験済みだった。


 魔導師ギルドの職員に金貨を払い、『魔導眼の神紋』を授かる。三度目ともなると慣れるんじゃないかと思ったが、神紋を得た後はボーッとする時間が必要なようだ。

 魔導師ギルドの前にある小さな公園で休憩してから、宿に戻る。


 依頼人の二人は部屋でくつろいでいた。

「さて、これからの行動方針を決めよう」

 目をキラキラさせている薫が、興奮した声で訊いた。


「すぐに迷宮へ入れるの?」

 俺は、薫の興奮を抑えるように冷静な声で応える。

「駄目です。お二人には迷宮に入る資格がありません」


 迷宮ギルドの規約で三段目8級以上でないと迷宮に入れないと告げた。

「チェッ、どうせ入るのは一番難易度の低い勇者の迷宮なんでしょ。何とか入れるよう手配出来ないの?」

 この我儘娘が。俺は心の中で溜息を吐き応える。


「三条さんは、伊丹さんから古武術を習っているんだよね」

 薫は誇らしそうに胸を張って応える。

「そうよ。二ヶ月も特訓したんだから」


 二ヶ月前に異世界へ行こうと決心した時から、伊丹を雇い訓練を始めたという。

「でも、実戦は一度もないんですよね」

「それはそうだけど……」


「伊丹さん、三条さんの腕前はどれくらいです?」

「薫会長は真面目に訓練し、刀術、組討術も基礎的なものは教えたが、まだ初心者の域を抜け出てはいないだろう。まずは弱い魔物を相手にすべきだ」


 薫は不満そうだが、師匠である伊丹の言葉には従うらしい。

「何をするにも装備を整えてからだな」

 俺の言葉で薫の目が輝き始める。


 ハンターギルド近くの武器屋や防具屋が密集している通称『ギルド通り』に来た。予算的にも最低ランクの防具や武器しか買えないので品数の多そうな大きな店に入る。

 こういう店はピンからキリまでの豊富な品揃えで勝負しているので、依頼人に合った装備も見つかるだろう。


 まずは防具屋に入る。中には革鎧や鎖帷子、プレートメイル、ハーフアーマー、スケイルメイルなどが飾られているのが目に入る。薫は夢中で飾られている鎧や脛当て、手甲などを見ている。


 伊丹さんは、カウンター近くに飾られている魔導鋼製のスケイルメイルを眺めている。魔導鋼で鱗のような部品を作り、それを何十枚も縫い合わせて作られた鎧である。価格は金貨二三〇枚。


「これは無理ですからね」

 俺が声を掛けると、分かっていると言うように頷く。伊丹は身長一八〇センチほどで鍛え上げられた身体の持ち主だ。動きに隙がなく背筋がピンとしているので、実際より大きく見える。大人になるなら、こういう渋い大人になりたいものだ。


 熱心に鎧を見て回っている薫を呼び、店員に声を掛ける。

「二人の鎧と脛当てを購入したいんだ。予算は全部で金貨一枚」


 二〇代前半の赤毛ニキビ面の青年が、薫と伊丹の寸法を測りいくつかの革鎧と脛当てを持って来た。黒大蜥蜴くろおおとかげの革鎧、鎧豚の革鎧、オークの革鎧である。どれもポーン級魔物の皮を使った鎧だ。


「あっちの赤い鎧は駄目なの?」

 薫の声に赤い鎧を探すと、サラマンダーの鎧だった。価格は訊くまでもなく金貨数十枚はするだろう。


「予算が無いんで無理」

「どうせ経費として、こっちに請求書が回って来るんだからいいじゃない」


 日本政府は異世界の金を持っていない。異世界で活動している案内人たちが所持している金を買い取るという方法で少しなら所持しているらしいが、マウセリア王国で活動している案内人は、俺一人らしいので政府から支給された金は銅貨一枚たりとも存在しない。


 よって防具や武器を買う金は、俺のポケットマネーから出している。日本に帰れば、依頼人に請求された経費分の金が円で支払われる。レートは金貨一枚が三十万円である。需要供給の問題で円安設定にされていた。


「手持ちの予算が少ないんで、こっちの革鎧で我慢して下さい」

「うーん、しょうがない」

 薫は黒大蜥蜴くろおおとかげの革鎧、伊丹は鎧豚の革鎧を選んだ。脛当ては鎧に合わせて購入する。鎧は店の職人が少し調整してから、身に着けた。


「なかなか良いじゃないか。二人共」

 薫はそのまんま見習いハンターという感じだが、伊丹さんは歴戦の戦士という風格を感じさせる。


「次は武器屋に行こう」

 隣の武器屋でも薫は興奮しながら、高そうな剣や槍をチェックしていた。特に魔導剣が気に入ったようで、高い位置に飾られている数振りの魔導剣に見入っている。


「この剣は幾らなの?」

 店員のオバさんが、薫の指差す魔導剣の値段を応える。

雷光剣サンダーソードですね。金貨二六〇枚です」


 薫はガッカリする。それでも諦めきれないのか、魔導剣の前を離れない。

 俺がポツリと呟く。

「厨二病か」


 凄い勢いで俺の方に視線を向け強く否定する。

「ち、違う! 絶対に違うわよ」

 厨二病決定だな。


「伊丹さんは、やっぱり剣ですか?」

「ああ、本当は刀がいいんだが」

「刀は難しいですね。特注で製作も出来ますが、予算オーバーです」


「仕方ない。このロングソードにする」

 鉄製の直剣でかなりの重さが有る。斬るというより重さで切り裂く剣だ。

 薫はショートソードを選んだ。鋼鉄製のものでロングソードよりは質がいい。


「お買い上げありがとうございます。初めてのお客様ですので、お二人には剥ぎ取り用のナイフをサービスしますね」


 買い忘れたナイフを店員がサービスしてくれた。―――ラッキー!

 装備するための備品、ベルトや紐なども買い揃える。伊丹は腰に差し、薫は背中に背負う。ハンターは武器を背負っている者が多い、逆に警備兵や騎士は腰に差す者がほとんどだ。


 衣料雑貨の店で背負い袋や採取用の袋、水筒、手拭いや小物、下着や着替えを買った。漸く狩りに行く準備が整ったので、最後に魔導寺院へ寄る。


 魔導寺院に寄ったのは依頼人二人に『魔力袋の神紋』を試して欲しかったからだ。残念ながら『魔力袋の神紋』の扉は反応しなかった。この二人は異世界に来たばかりで、魔粒子の蓄積がゼロなのだろう。


 日は高く昼を少し過ぎているだろう。屋台で雑炊を食べ、迷宮都市の南門から外へ出る。南門の外に広がるのは、落葉樹を中心とする雑木林である。


 ここにはポポン草やモシャク草が多いので、それらを採取しながら、スライムや跳兎を狩って貰う予定だ。スライム対策として手製の槍を作って渡す。


「こんな槍が必要なの?」

 薫が不満そうに、手製の槍を持っている。

「そいつはスライム用だよ。スライムの酸は金属製品を溶かすから、ショートソードで攻撃なんかしないでくれよ。それからスライムを倒すには、真ん中に浮かぶ白い魔晶管を突き刺せ。いいな」


 雑木林を歩いていると、定番の緑スライムを発見した。

「スライムだ。酸を飛ばすから気を付けろ」

 俺は手本を見せようと前に出る。俺たちに気付いたスライムが、俺に向かって酸を飛ばす。


「おっと!」

 ステップして躱し、ドリルスピアを突き入れる。魔晶管を貫くと形を失ったスライムが溶け始める。

「こんな具合だ」


 そのスライムの後ろに二匹のスライムが続く。丁度いい。

「次の奴は、二人で倒して」

 薫がショートソードを抜こうとするが、伊丹が止める。


「落ち着け!」

 伊丹が前に出て酸攻撃を躱しながら、スライムに突きを放つ。一撃目は魔晶管を外すが、二撃目で見事スライムを仕留めた。


 薫が槍を構えながら前に出る。緑スライムが酸を飛ばすと大慌てで避ける。そして、へっぴり腰で槍を突き出す。スライムには突き刺されるが、仕留められない。何度も酸を避け槍を突き出す。そして何度目かの突きでスライムが溶け始める。


 薫が大仕事を終えいい汗かいたという様に爽やかな顔で汗を拭う。

「スライムもなかなか馬鹿にできないのね」

 伊丹が大きく溜息を吐く。俺は肩を竦め苦笑した。苦言を口にしそうになったが、薫の楽しそうな顔を見て止めた。依頼人が楽しんで貰えればいいのだ。


 薬草を採取しながら林の奥に進む。足切りバッタの群れと遭遇した。普段なら相手にしないんだが。

「ウォーッ、なんじゃこりゃ。デカ……デカ過ぎる」

 薫がショートソードを抜き足切りバッタの群れの中で踊るようにして剣を振るっている。伊丹が心配そうに見ているが、大丈夫そうだ。


きりがない。もう行くぞ」

 俺たちは群れから抜け出し、ちょっとした空き地に辿り着いた。空き地の中心には湧き水が有った。こういう場所には、あいつらが居るはずだ。


 俺は授かったばかりの『魔導眼の神紋』を試す。頭の中を覗くと<魔力感知>という魔法のトリガーがある。強い意志を込め、そのトリガーを引く。自分を中心として意識を持った風が広がる。


 四方に広がった『感知の風』は、まず二人の依頼人を捉える。次に空き地に潜む虫や小動物を捉えるが、それは微かな感触で危険とは思えなかった。


 更に広がる『感知の風』は空き地の端で魔物と思われる魔力を感知する。そこまでが限界だった。『感知の風』は消滅し魔物と思われる感触だけが脳裏に残る。


 その方向に目を向ける。跳兎が雑草に身を隠しながら、こちらを窺っていた。

「二時の方向に跳兎、二人に任せます」


 これ以降、俺はサポートに徹し跳兎の処理は二人に任した。薫は大喜びでショートソードを振り回し、伊丹は薫を見守りながら、跳兎を相手に自分の武術を試す。


 この日、ポポン草の常駐依頼二回分、モシャク草の常駐依頼一回分、それに跳兎五匹を仕留め迷宮都市に戻った。銅貨数十枚ほどの収入にしかならなかった。異世界の中だけで考えると完全な赤字だ。

 それでも依頼人二人にとって貴重な経験となり、思い出に残る一日となった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る