第37話 鎧豚の森(2)

 樹海に入った時から、定期的に『魔導眼の神紋』の<魔力感知>を発動していた。魔力の消費を抑える為に、それほど頻繁には使えないのだが、三十分に一度は索敵するように決めている。


 二度目に<魔力感知>を使った時、後ろに五人の人間が付いて来ているのに気付いた。この道は鎧豚の森へ続く道なので、他のハンターが通るのは不思議ではない。そう判断した俺は、放って置く事にした。そのハンターたちは付かず離れず付いて来た。


 偶然、同じ道を進むパーティにしては、野営する位置が不自然だった。普通なら俺たちに合流するのが、安全だったにも関わらず、少し離れた所で野営したようだ。


 何らかの意図が有って付けていると判明したのは、鎧豚の森へ入った直後だった。俺たちの目的である大剣甲虫が棲息するのは森の北であり、鎧豚の棲息地は南の方だ。


 鎧豚の森へ来るパーティの目的は十中八九が鎧豚なので、森の南へ向かうはず。だが、後ろから来るパーティは相変わらず俺たちを付けて来る。


 俺は、薫を不安にさせたくなかったので二人には言わなかっただが、そうも言っていられなくなり告げた。

「何者かしら?」

「魔力の強さから序二段9級パーティだろうと思うんだが、何故付けて来るのか見当がつかない」

 俺は正直に答えた。


「どうするの、案内人さん」

「斬るか、危険は排除するに限る」

 伊丹さんが物騒なことを言い出した。

 うわっ、思考まで武士化している。日本に戻って大丈夫かな、心配になって来たぜ。


「それはやり過ぎよ」

 薫が伊丹さんの意見を退ける。

「そいつらの意図が分からないのでは、どう対処するか決められない。一旦そいつらをいて、逆に様子をさぐろうと思う」

 俺たちは細かい打ち合わせをしてから行動に移った。


 鎧豚の森と呼ばれる場所は、ガルガスと言う樹が生い茂る森である。ガルガスは特徴的な樹で、マダガスカルに生えているバオバブの木に似ている。太い幹がドーンと天に伸び、天辺から枝が広がっている。見た目は大根に似ているかもしれない。枝が柳のように四方に広がりしなだれている。


 大きい樹になると幹の直径が二メートルを超えるものもある。そして、特異なのはガルガスの根っ子。地面を這うように広がり、土の色が見えないほど地面を覆っている。そして、根っ子からは馬鈴薯じゃがいものようなものが生え、これが鎧豚の食糧になっているようだ。


 鎧豚の森はガルガスの木がほとんどを占めているが、他にも灌木が茂っている場所がある。その灌木の茂みに分け入る。俺は薫たちに合図し、素早く巨大な樹の陰に隠れた。

 しばらく隠れていると話し声が聞こえて来た。


「クソッ! 見失っちまった」

 後ろから現れたのは、迷宮ギルドで出会った少年ディンと一緒に居た『黄金の戦人いくさびと』とか言うパーティの連中だった。一番後ろにディンも居るが、困惑しているようだ。

「何故、あの者達の後を付けるのだ?」


 ニキビ面の男が嫌な笑いを浮かべ、ディンを馬鹿にするように言う。

「あの三人連れの中に女が居ただろ。あれは上玉だ。このまま見逃すには惜しいんだよ。……お子様にはまだ早いか」


 ディンが怒りの表情を浮かべ声を上げる。

「ま、まさか、あの者達を襲おうと言っておるのか」

「当たり前だ。しかし、あいつらはかなり腕がいい。そういう時は、帰り道で襲うのが効果的なんだ。狩りが成功し気が緩んでいるはずだからな」


「この卑怯者」

 怒りで我を忘れたディンが、ニキビ面に殴り掛かる。しかし、ハンターになったばかりディンと『黄金の戦人いくさびと』のメンバーでは実戦経験が違う。


 場馴れしたニキビ面が余裕でディンの攻撃を躱し、カウンター気味にディンの腹に膝蹴りを送り込む。ディンはクタッと座り込んで顔を苦痛で歪める。


「弱っちいくせに偉そうなんだよ」

 ニキビ面の後ろでニヤついていたガテン系の男が、ディンの髪の毛を掴み、力尽ちからずくで立たせる。

「こいつ、ここで絞めちまうか」


 若い魔導師の男が肩を竦めながら口を開く。

「もう少し、こいつの金を引き出してから始末したかったのによ」

「金は欲しいが、こいつウザイから殺っちまおう」

 槍使いの男が、面倒臭そうに言う。

「それなら、身包み剥いでからだ」

 

「何をする。この無礼者!」

 ディンは抵抗したが、殴られ黙らされた。

 『黄金の戦人いくさびと』のメンバーが、ディンの革鎧、ショートソード、背負い袋を奪い、身体を地面に投げ出した。


「よし、俺様の華麗な魔法で決めてやるぜ」

 仲間たちが少し離れるのを確認してから、魔導師の男が呪文を唱え始める。

 ディンは逃げる事も出来ず、恐怖で目をつむり歯を食いしばる。


 魔導師の男は、右手をディンの方へ向け集中している。

「ミルチャフィス・バナゴ……ゲボッ!」


 ディンは、呪文が変な感じで途切れたので目を開けて確かめた。魔導師の顔面に木の実が減り込んでいた。一口サイズの『ラズの実』と呼ばれるものだ。この実は赤くれると甘酸っぱい味になるのだが、顔面に減り込んでいる実は青く食べるには早過ぎる。しかも、けっこう硬いはずだ。


「誰だ! 出て来やがれ」

 ニキビ面が大声を上げた。他のメンバーはそれぞれの武器を構え、ラズの実が飛んで来たと思われる方向を睨んでいる。但し、魔導師の男だけは顔面を手で押さえうずくまっている。


 巨大なガルガスの後ろから、俺を先頭に姿を現す。手にはパチンコを持っている。これで魔導師の男を止めたのだ。殺す気はなかったので、鉛玉ではなく近くに実っていたラズの実を使った。

「仲間を殺すつもりか?」


 ニキビ面が薄笑いを浮かべている。

「他人のパーティの揉め事に首を突っ込むな。理由が有ってやっているんだ」

 地面に倒れ青褪めた顔でこちらを見ている少年を見た。


「理由ね……ウザイとか、金が欲しいと言うのが理由か」

「てめえには関係ないだろう。引っ込んでろ!」

 槍使いの男が脅すように大声を上げる。


「何が関係ないだ。樹海に入ってから、お前らがずっと付けていたのは気付いていたんだよ。しかも、ご丁寧に目的まで全部話して貰ったんだ。今更、関係ないは通用しないぞ」


 ニキビ面が忌々いまいましそうに舌打ちをする。

「チッ、そうかよ。全部聞かれちまったか」

 槍使いの男が、ニキビ面に声を掛ける。

「どうする兄貴、殺っちまうか?」


 ニキビ面は俺や薫、伊丹を値踏みするように睨む。

「あいつらが、凄え勢いで魔物を狩っていたのを忘れたのか。真正面から戦えば勝てるかどうか分かんねえんだぞ。ここは一旦引く」


 『黄金の戦人いくさびと』にも冷静な判断が出来る奴が居たようだ。ディンを残し去ろうとする。

「待て、ディンの持ち物は置いて行け」

 抜け目なくディンの背負い袋を持って行こうとしたガテン系の男が、悔しそうに背負い袋を投げ捨てた。


 一人残されたディンは、呆然とした感じで俺を見ている。

「ディン、大丈夫か?」

 ディンがハッと気付いたように自分の体を見回す。立ち上がって少し体を動かす。殴られた顔や腹に痛みは有るが大丈夫なようだ。


「僕は助かったのか。ミコト、感謝する」

「あいつら、どうしようもない連中だったな」

 ディンが悔しそうな顔をしている。


「ギルドの職員に言われておったのに、僕が甘かった」

 俺の後ろで見守っていた薫が話し掛けてきた。

「その人、どうするの?」

 正直困った。全く知らない相手なら、ここに見捨てるという選択も有るんだが。


「ちょっとした知り合いなんだ。連れて行こうと思うが良いかな?」

「ミコトの判断に任せる」

「拙者もそれで良い」

 完全に『拙者せっしゃ』が定着している。古武術家だから、これも有りなのか。


 日本語で話していたので、ディンは困惑している。

「ディン、俺達と一緒に来るか?」

 疲れた少年の顔にホッとした表情が浮かぶ。


「いいのか」

「俺たちの狩りに付き合わせる事になるが、それを承知なら問題ない」

「構わん、君らには必ず褒美を与えると約束する」

 俺は苦笑する。やっぱりディンは、何処かのお坊ちゃんらしい。


「褒美はいいよ。それより友達になってくれ」

 ディンが少年らしい屈託の無い笑顔で応える。

「友達……分かった」


 俺は薫たちを紹介していないのに気付く。ミトア語の話せない薫たちは、遠い島国から来た貴族の令嬢と護衛だと紹介した。


 ディンは外国の貴族が、こんな場所でハンターをしているのを不思議に思ったようだ。

「薫の国には迷宮が無いんで、迷宮を調査したいらしい」

「ああ、それでハンターになったのか」


「ディンは、序二段9級になったばかりだろ?」

 ディンが羨ましそうな目をして。

「ミコトみたいに、早く三段目8級になりたいんだが」

あせる必要は無いだろ」


「僕には時間がないのだ。祖父が帰る来月までには三段目8級にならないと」

 ハンターになるのを反対している爺さんか。帰ってくれば自由に狩りには行けなくなるんだろうな。


 革鎧とショートソードを再装備したディンを連れて鎧豚の森を北へ向かう。途中、幸運にもツレツレ草の群生地を発見し、採取依頼の四倍ほどを採取した。


 北部は森の入口付近より大きなガルガスの木が密集している。陽光もガルガスの枝葉により遮られ、地表には届かない。薄暗い森にむせるような甘い香りが漂っている。


 大きく成長したガルガスの樹皮がひび割れたようになっていた。そのひび割れから甘い樹液が溢れだしている。それを狙って集まるのが、大剣甲虫である。


 俺は『魔導眼の神紋』の<魔力感知>を発動し、大剣甲虫の魔力を探した。すぐに魔物の魔力を感知する。<魔力感知>は何度も起動しているので、その精度も上がり、探査範囲も広がった気がする。レベル2になれば、<記憶眼>が使えるようになる。迷宮都市に帰ったら情報収集を始めたいものだ。


「見付けた。ガルガスの幹に貼り付いている。ひび割れの有る大木一本に一匹の割合で大剣甲虫が居るようだ」

 頭上を見上げると、黒光りする巨大なクワガタが樹の幹にへばり付き樹液を吸っている。全長二メートルほどの巨体に二〇センチほどのクワガタ特有の長い顎、そして、頭の部分が盛り上がり剣のような角が突き出ていた。


 大剣甲虫の硬い外殻は防具の素材として使用される。鉄よりも軽いが同等以上の硬さを持つ為だ。それに加え剣角部分は、武器としても使用されるので、大剣甲虫一匹を仕留めると金貨二、三枚の価値になると言われる。


 それだけの価値がある獲物だ。他のハンターも狩ろうと狙ったが、硬い外殻と活動する場所が木の上である事から狩りは難しいと気付かされた。


「大剣甲虫とは、このように大きい魔物であったのか」

 ディンが感心したように言う。薫と伊丹も大きさに驚いている。

「これがゴキブリだったら……うっ……寒気がしてきた」

 薫が変な想像をしている。


「あれほど高い位置に居る敵を、どうやって攻撃するんだ?」

 伊丹が上を見上げながら尋ねる。

「取り敢えず、パチンコで狙ってみます」


 皆には少し離れているように伝えてから。パチンコに鉛玉をセットし、魔導ゴムを引き絞る。大剣甲虫の背中に狙いを定め放つ。鉛玉は空気を切り裂き一直線に飛翔し、魔昆虫の背中に命中する。


『カチッ!』

 双剣鹿の首なら貫く事も出来る鉛玉が、あっさりと撥ね返された。大剣甲虫は鉛玉が当たったのに気付いてもいないように樹液を吸い続けている。


「駄目じゃない。無視・・されてるわよ」

 俺が非難するような視線を向けると。

「ち、違う。駄洒落だじゃれじゃないわよ」

 薫が慌てたように否定する。伊丹がニヤリと笑う。


「薫会長の笑いのセンスは、お父上譲りなのですな」

 伊丹の一言で止めを刺された薫が肩を落とす。


「さて、しょうがない。取って置きの魔法を使うか」

 俺の言葉に、薫が瞬時に反応し顔を向ける。

「どんな魔法なの?」


「閃光弾に似た魔法だ。俺が魔法を使ったら、眼を閉じて手でガードしろ」

 同じ事をディンにも伝えた。


 俺は『魔力変現の神紋』の<変現域>を発動し、ジュース缶サイズの閃光弾を創り出した。中身はマグネシウム粉と酸化剤の混合物、起爆には魔力感知型雷管が使われている。<缶爆>で使っていたナトリウム金属の起爆では誤爆の恐れが有るので、改善策を色々考えた。そして、この世界独自の起爆装置に辿り着いた。


 使用者以外の魔力を感知した場合のみ、高熱を発し爆発する魔系元素を創り出すのに成功したのだ。地球の科学知識にこだわり過ぎ、魔法という要素を無視していたのに気付いたのが切っ掛けだ。


 閃光弾を大剣甲虫の頭目掛けて投げ上げる。狙いは少しれ顎に当たった。その瞬間、魔力感知型雷管が反応し雷管が爆発する。


 小さな爆発だったが、マグネシウム粉と酸化剤に激しい化学反応を起こさせる。二百万カンデラの閃光が大剣甲虫の眼を焼く。閃光弾の效果はそれだけには収まらず、強烈な光の洪水が森を占領した。


「うわーっ、眼がぁ~!」

 ディンが指示を守らず眼を開けていたようだ。俺は溜息を吐き、周りを見回した。



「なんじゃこりゃ!」



 あまりの光景に叫び声を上げてしまった。大量の大剣甲虫が地面に落下していたのだ。

「何これ!」「こ、これは……」

 薫と伊丹も驚きの声を上げる。その声を聞き、ディンが不安になったらしく状況を尋ねる。


「何が起こった? 眼が見えないんだ。教えてくれ」

 俺は治癒魔法薬をディンに飲ませる。ディンの眼は一時的なものだと思うが念の為だ。


「驚いていないで、さっさと止めを刺すんだ」

 大剣甲虫は、腹を上に向けピクピクしている。

 伊丹が躯豪術を駆使しドリルスピアを突き入れる。ドリル刃が大剣甲虫の頭に減り込み、小さな脳細胞を破壊した。ピクピクしていた大剣甲虫の動きが止まり、魔粒子を放出する。


 薫もドリルスピアを手に持ち、大剣甲虫の頭を目掛けて突き入れる。グッとドリル刃が減り込むが、致命傷とはならなかった。もう一度突きを放つ、そして、もう一度。それでやっと止めを刺せた。


 大剣甲虫の急所が頭の脳であるのは、ハンターギルドの資料室で調べ判っていた。俺も竜爪鉈を持ち上げ、ピクピクしている足を避けながら一撃を与えた。


「何事だ、これは……」

 ようやく目が見えるようになったディンが驚きの声を上げる。

「眼が見えるようになったのなら、止めを刺せ!」


 俺はディンに指示を出す。ディンは慌ててショートソードを抜き、地面に横たわっている大剣甲虫に突きを入れる。だが、その攻撃は弾かれる。それから何度も突きを放つが、大剣甲虫の外殻を突き破れなかった。


「ショートソードじゃ。無理なのか」

 ディンが伊丹の方を見る。伊丹は正確な一撃で止めを刺している。薫も伊丹ほどではないが、槍を使って仕留めている。圧倒的なのは、ミコトだった。鉈で大剣甲虫の頭をかち割っている。


 周りの空気が熱い。全身の皮膚がチリチリと刺激される。大剣甲虫を仕留める度に魔粒子が放出され、空気中の魔粒子濃度が高まっている。物凄い勢いで魔粒子が俺たちの体内に蓄積されていくのを感じた。


 十一匹の大剣甲虫を仕留めた時、一番大きいガルガス樹の後ろから異様な大剣甲虫が姿を現した。通常の個体より二倍ほど大きく、全体が玉虫色に輝いている。

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