第30話 転移門

 ベースツリーに戻り枝の上で一泊してから、南の小山を探しながら進む。俺は罠で倒したオーガについて考えていた。ルーク級中位のオーガは、怪力を武器とする魔物だ。


 奴の持っていた棍棒は、重さ七〇キロ以上も有る兇悪なもので、それを軽々と振り回す怪力は脅威と言うしかない。しかも人間なら一発で死にそうな丸太の一撃を受けても平然と戦い続けるタフさは魔物だからとしか言いようがない。……俺だったら、どう戦えばいいだろう。ふと疑問に思う。


 敵の方がリーチは長いので、懐に飛び込むのも一つの手だ。だが、オーガが持っている棍棒に当たれば確実に死ぬ。掠っても大怪我する可能性がある。それを考慮すると隙を突いて攻撃する必要を感じた。隙は攻撃する時に出来易いと聞いた覚えがある。


 児童養護施設の香月師範から、剣術の奥義について聞いた事が有った。師範はハッタリの一種だと言っていたが、喧嘩の時はよく使うとも言っていた。具体的に訊くと間合いギリギリの位置で攻撃するように見せ掛け気合を発する。


 それに反応する相手は三つのタイプに別れると言う。攻撃して来るか、避けようとするか、呆然とするか、その反応を確かめ、攻撃して来るなら躱しながら踏み込みカウンター攻撃、避けようとするなら追撃、呆然としているなら真っ直ぐに踏み込み攻撃する。


 目線の動き、気合のタイミング、ちょっとした筋肉の動き、踏み込む角度など多くの秘伝が有るらしいが詳しくは教えてくれなかった。


「奥義か、俺も欲しいな。修業してみるかな」

 三匹のゴブリンに遭遇したので、早速試してみる。一匹目の間合いギリギリで竜爪鉈を振り上げながら、気合を発する。


「しゃー!」

 ゴブリンはビクッとしたが失敗らしい。取り敢えず前蹴りで蹴り飛ばす。次のゴブリンに気合を発する。この際、思い付きで躯豪術を使い気合に魔力を込めるようイメージする。


「とりゃー!」

 上手く魔力が込められなかった。踏み込んで左腕をゴブリンの首に叩き付ける。プロレス技のラリアットのように使っているが、香月師範から習った本来の技は、首に腕を巻き付け投げる技である。


 だが、その技はコツを習得しないと上手く決まらない技で、俺や施設仲間たちはラリアットとして使っていた。三匹目のゴブリンに魔力を込めた気合を発する。


馬鹿め◆◆◆!」

 魔力が声に乗りゴブリンに衝撃をもたらす。呆然と立ち竦むゴブリンに一歩踏み込み竜爪鉈を振り下ろす。血飛沫が舞い上がりゴブリンがバタッと倒れた。


 蹴り飛ばされたゴブリンが立ち上がり向かって来る。躯豪術で魔力を右足に送り込み、間合いギリギリまで一歩で飛び気合を発する。


馬鹿め◆◆◆!」

 ゴブリンが怯えたような顔をし棍棒を振る。棍棒を躱しながら踏み込む。竜爪鉈を使うには近過ぎるので、ラリアットを首に叩き込む。首を中心にゴブリンの身体が回転し頭から落下、首があり得ない方向を向いている。


 すべての動作に躯豪術を使って魔力を込めようとしたが、成功したのは気合だけ。素の力だけで放ったラリアットだったが、ゴブリンの首は折れていた。


 一発目のラリアットで倒したゴブリンは起き上がって来なかった。倒れた拍子に地面に転がる石が頭に減り込んだようだ。


 俺は奥義習得の為に修業を続け、遭遇する魔物たちを練習相手にして気合を発し竜爪鉈を振り下ろし続ける。練習相手にした魔物は、悪食猿、小刀甲虫、デカ尻狸、赤目熊などで、悪食猿は赤毛の大猿、デカ尻狸は下半身が異様に発達した体長九〇センチほどの狸、赤目熊は真っ赤な眼をした羆のような魔物だった。


 実戦は良い修業になる。ちぐはぐだった躯豪術と攻撃動作が一つにまとまり始め、技の速度が増す。

「単発で行う躯豪術はほとんど習得したけど、連続で使うのは難しい。躯豪術を連続で使う技は難度が高過ぎて完成させるのに時間が掛かりそうだな」


 南の小山に到着した。周りの風景に何となく見覚えがある。山の形、木々の種類、地面に生い茂る雑草も記憶にあるものに似ている。周りの気配に注意しながら周囲を回る。ちょっと違和感を感じて、何がおかしいのか考えてみる。……ん、ああ、そうか。生き物の気配がない、もしかして強い魔物が居るのか。


 警戒を強め、ゆっくりと歩を進める。小山を半周した辺りで洞窟を発見した。間違いなく探し求めていた洞窟だ。洞窟の入口目掛け走りだそうとした瞬間、中から数匹のオークが出て来た。


 身長は百八十から百九十センチほどで、黄褐色のズボンに歩兵蟻の外殻を使った鎧、腰には柳葉刀を吊るしている。手足は短いが太く茶色の剛毛に覆われており、猪をアニメ化したような顔が首の上に座っている。


 奴らの声が聞こえた。ノスバック村で知識の宝珠から得た知識には、オークたちが使っているジゴル語も含まれていたので奴らの会話も理解出来る。


「分隊長、この転移門も稼働した形跡が有りましたね」

「ああ、しかもゲートマスター登録が既に終わっている」


 先頭を歩く片目が潰れているオークが返答する。

 ゲートマスター? 何の事だ。こいつら魔物じゃないのか。それに洞窟に有った魔法陣みたいなものは『転移門』と言うのか。


「洞窟の傍に新しい人間の骨が有りましたが、あの骨の持主がゲートマスターだった可能性がありますよね」

「……くそったれ! 折角壊れていない転移門を発見したと言うのに、ゲートマスターが死んだのでは使えんじゃないか」


「転移門の承認システム? とか言う奴を外せないのですか?」

「あれは古代魔導帝国エリュシスが開発した高度なセキュリティシステムだ。我らでは解析出来ない。そのような技術が有れば独自の転移門を開発している」


「はあ、そうかもしれません。……ふと疑問に思うのでありますが、何故今、転移門の調査を始めたのでしょうか?」


「今更訊くなよ。……まあいい、転移門を開発したのは遠い昔に滅びた古代魔導帝国だ。奴らは多くの転移門を世界各地に設置したが、千年以上昔に起きた大崩壊により、すべての転移門が消失し、開発者であるエリュシスの民も滅んだ。故に大崩壊で転移門の知識は失われたと最近までは思われていたのだ」


「でも、転移門は存在するし、動いているじゃないですか?」

「一ヶ月ほど前までは転移門は存在しなかった。これは事実だ。だが、ある日突然、遺跡に転移門が出現し起動した。これには目撃者が存在する」


「その報告を受けた我らの青鱗帝が、転移門の調査を命ぜられたのですね」

「そうだ。青鱗帝は使える転移門を探しだせと命ぜられた」


「……ん、その目撃者が見つけた転移門は使えるんじゃないですか?」

「目撃者が馬鹿な事をしなければ使えたんだが……」

「何をしたんです?」

「転移門が稼働した時に現れた人間の男を殺してしまったのさ」


「まさか……その人間の男というのは」

「ゲートマスターだったんだ。神紋術式の研究者が調査した結果、現れた転移門は初期化されており、初めて利用した者をゲートマスターとして登録するように設定されていたらしい」


 質問していたオークが洞窟の傍にある木に目を向ける。そこには魔物か動物により食い荒らされた人間の骨が散らばっていた。


 あの時のお客さんか、運のない人だ。あの時、ハンバーガーなんかを食べに来なかったら、死なずに済んだのに。


「分隊長、ここの転移門はどうするんですか?」

「何もせん、記録に載せるだけだ。青鱗帝が欲しがっておられるのは、使える転移門だ。ゲートマスターが未登録のもの、またはゲートマスターが近くに居て捕獲に成功したものが使える転移門だ」


 オークたちはしばらく洞窟の周りを調べてから立ち去った。

「あいつら追放者じゃなかったな」


 樹海に生存するオークのほとんどは瘴霧の森から追放された者たちだ。つまり犯罪者なのだが、今のオークたちは正規の軍人らしかった。オークの社会がどう構成されているのかは知らないが、軍隊が有るのなら最低でも数千、数万単位の軍人オークが存在すると思われる。


「何故オークの軍隊が転移門を探してるんだ? まさか日本を狙っているのか」

 一瞬、変な危機感を持った。しかし、じっくり考えてみると小さな転移門で送り込める人員など高が知れている。事件は起こせるかもしれないが、侵略などというレベルの事態にはならないだろう。


 オークは、魔物ランクにおいてポーン級上位となっている。但し、その強さはまちまちで武術や魔法を何も習得していない普通のオークがポーン級上位と言う位置付けである。


 ハンターはオーク討伐の依頼を嫌う。討伐の報酬はポーン級上位相当だが、実際の強さは未知数だからだ。元軍人や魔導師であるオークは、ルーク級中位以上の強さを持つ可能性がある。

「あのオークたち、絶対ルーク級だな。それが六匹も……戦ったら死ぬな」

 

 オークたちの気配が完全に消えたのを確認してから、洞窟へ近付く。注意深く洞窟を観察すると、人工的に作られたものだというのが分かる。


 洞窟内の高さは一定で三メートルほど、幅も入口付近は二メートルほどだが、奥に行くほど広くなっている。内壁は鉱物を含む火成岩だろう。火成岩はマグマが冷え固まってできた岩石だから、近くに火山が有ったのかもしれない。


 その火成岩を何らかの方法で掘り、これだけの洞窟を作り上げたのには理由が有るはずだ。とは言え数百年単位の昔の出来事だろうから、考古学者でもない俺に分かるはずもない。


 入口付近を調べ終わり奥へと進む。一〇メートルほど進むと洞窟内が暗くなり周りが見えづらくなる。リュックから蝋燭を取り出し、『魔力変現の神紋』の<発火>を発動し蝋燭に火を灯した。


「ゼルチャス・モロニェデ……<発火イグナイト>」


 今使った<発火>は、魔導寺院で借りた『魔力変現教書』に書かれていた付加神紋術式を利用した魔法である。『魔力変現の神紋』を手に入れた日に実験した小型ガスバーナーでも火は作り出せるのだが、<発火イグナイト>の方が簡単だ。


 付加神紋術式は、難解な数学の数式に似ている。付加神紋術式とそれを発動した時に起こる魔法現象を完全な形で記憶する事により、付加神紋術式の魔法を習得する。


 付加神紋術式を習得すると頭の中で『カチッ』という音が鳴り、神紋記憶域にある『魔力変現の神紋』に付加神紋術式が貼り付いた。俺のイメージでは『魔力変現の神紋』という基板に付けられた魔法回路のようなもので、強い意志と起動文言により発動する。


 起動文言は付加神紋術式に組み込まれており、呪文として唱える事で魔法発動のトリガーとなる。使い続けると呪文を短縮出来るようになるらしい。


 蝋燭の灯りを頼りに洞窟の奥に進む。薄暗い中、洞窟の幅が六メートルほどになった時、地面に転移門を見付けた。奥には見覚えのある骸骨が横たわっている。……間違いない。ここが探していた洞窟だ。


 蝋燭が勿体無いので一旦外へ出た。入口付近の岩に腰掛け、どうやったら元の世界に帰えれるか考えてみた。


………………………………

……………………

………………

…………

……


 気付けば、日が暮れかかっている。少なくとも四時間以上は、ジッと考えていただろう。当たり前だが、尻が痛い。それだけ時間を掛け辿り着いた答えは、転移門が起動するのを待つしかないというものだった。どんなに考えても、それ以外の答えなど思い浮かばない。


 自分で言うのも何だが、俺は成績優秀な学生ではない。但し、馬鹿だという訳でもない、じっくりと考えるタイプなのだ。現代社会において、時間は貴重だ。何事も短時間にパッパッと判断し処理する者が優秀だと思われている。だが、俺には無理だ。


 学校の試験でも、答案用紙は時間切れで三割白紙で提出する。時間無制限なら九割位は正解する自信が有るのだが。一度担任教師に時間無制限で試験をやらせてくれと言ってみたが、アホ言うなと怒られた。


 仕方なく転移門が起動するのを待つ事にする。ただ、これには問題があった。食糧が乏しくなっているのだ。オーガ退治などで余計な時間を取られた。残りの食糧は三日分しかない。


 狩りをすれば肉が手に入るのだが、その間に転移門が動く可能性がある。それに肉だけ有っても長期間肉だけという生活は辛い。

「三日だけ待って、何もなければ一旦樹海を離れよう」


 暗くなる前に薪を集め、洞窟の入口付近で火を起こし、洞窟で一夜を明かす為に準備を始める。まず、洞窟内に残っている骸骨を外に運び出し、穴を掘って埋める。やはり骸骨と一緒に眠るのは抵抗が有ったのだ。次に洞窟の入口から危険な動物や魔物が入り込まないように柵を作る。


 直径一〇センチほどの若木を六本切り倒し、長さ四メートルの丸太を十二本用意する。その丸太を洞窟の入口に立て掛け、獣や魔物が入れないようにする。完成した頃には月が昇っていた。


 大小二つの月、スカルとマリである。俺は丸太の隙間から二つの月を見上げ、ここが異世界なんだという事実を噛み締める。


 立て掛けた丸太の内側には、赤々と燃える焚き火。その前に座り込んだ俺は、堅パンと干し肉で夕食を終える。一日目の夜は、何事も無く過ぎた。


 二日目の朝、洞窟の外は雨が降っていた。しとしとと降る雨は、北から冷たい空気を運んで来たようで冬の気配を感じさせる。


 こういう日には焚き火に当たりながら哲学的な事を考え、一日をゆったり過ごすのもいいと思っていたのだが、頭の中に浮かんだのは、俺が迷い込んだマウセリア王国という国の現状だった。


 稀竜種の樹海に隣接する国は五ヶ国あると言われている。俺の居るマウセリア王国、北隣りのパルサ帝国、南にある大河の真果江しんがこうを挟んでミズール大真国、樹海の奥に存在するという幻のエルフの国、最後は瘴霧の森に存在するオークの国。


 マウセリア王国と国交が有るのはパルサ帝国とミズール大真国だが、どちらの国とも友好的関係を結べていない。パルサ帝国とは、国境付近の森林資源を巡って五年前に戦争をしたばかりだし、ミズール大真国とは真果江しんがこうに浮かぶ島を巡って領土争いが発生している。


「文明度の低い世界では、国と国との交渉が戦争へと繋がり易いのかな。まあ、世界中がネットワークで繋がる元の世界でも戦争は起こるんだから仕方ないのか」


 午前中は取り留めの無い事を考えていたら、あっと言う間に過ぎてしまった。午後になり雨が止んだ途端、樹海の獣や魔物が活動を活発化させる。洞窟に少しでも光を入れる為に入り口の丸太を片付ける。


 片付け終わり休憩しようと焚き火の傍に座り込む。ボーッと外を眺めていた時、洞窟の前に有る樹々の間を、出目兎デメうさぎが飛び跳ねる。丸っこい体型、長い耳、丸い尻尾、白と黒のまだら模様などは日本のペットショップで見た兎と同じだが、目だけは出目金デメキンと同じで三倍位大きい。


 ペットショップで見た兎は可愛かったのだが、この出目兎はちょっと可愛くない。何というか、ちょっとグレた兎。……ヤクザに転職した兎みたいな。


 出目兎と俺の視線が交差した。二本足で立ち上がった出目兎は、胡座をかいて座っている俺と同じ位の体長が有った。出目兎は『堂々と』と言うより、ふてぶてしい感じで俺の前を横切り、地面に置いてあったリュックに頭を突っ込んだ。


 あまりのふてぶてしさに驚き、追い払う機会を逸してしまう。出目兎は干し肉を一つくわえリュックから顔を出す。そして、俺の顔を見て、フッと鼻で笑う。


 俺は切れた。

「ウサギのくせに干し肉なんか食ってんじゃねえよ……返せ!」

 出目兎は俺目掛けて跳躍し、俺が座っている前に着地するなり顔に不意打ちのキックを放つ。それはプロレスラーも手本にしたいようなヤクザキック。


 隙を突かれた俺は、鼻血を垂らしながら仰向けに倒れた。

「何しやがる!」

 俺が立ち上がった時、干し肉をくわえ出目兎は樹海に消えるのが目に入る。竜爪鉈を抜き出した俺は、その後を追い駆けたが、見付けられなかった。


「ウサ公! 馬鹿ウサ! デメウサ! 出て来い。今日の晩飯にしてやる」

 しばらくの間、俺は怒鳴っていた。樹海の探査行で溜まっていたストレスが一気に吹き出したようだ。


 出目兎は魔物ではない。かなり賢い動物なので、貴族の間でペットとして飼うのが流行した時期もあり、町中でも時々見た覚えがある。一般的に草食なのだが、料理した肉は食べるらしい。


 落ち着きを取り戻してから反省する。魔物でもない兎に不意打ちを食らうなど弁解のしようがない。……と言っても誰かに弁解しようと考えている訳ではない。ただ目的の洞窟を発見し、気を緩めていた自分を反省する。


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