第26話 卑怯なブッガ
「新人小僧のくせに先輩を大事にしねえから、そういう目に遭うんだよ」
言ってる意味がわからない。先輩とは誰の事だ。
「訳が分からないという顔だな」
ザンヴァスの横に、もう一人現れた。金剛戦士のリーダーであるブッガだ。
「俺を馬鹿にした報いだ」
ゴブリン討伐の後に喧嘩したムスラと他の金剛戦士のメンバーが顔を出す。ムスラの顔を見て、この事態を理解した。
「どういうつもりだ。俺への仕返しか?」
リーダーのブッガが嫌な笑い声を上げた。
「ヒャッハハハ……それだけじゃねえ。こいつは商売さ」
ブッガが何か大きな塊を投げ落とす。足元まで転がり落ちてきたものは、血に塗れた跳兎の死骸だった。
「何の真似だ?」
俺の疑問に、ムスラが応えた。
「もう少しすれば分かる」
辺りに血の匂いが漂い出す。窪地の横穴から音が聞こえ始める。何かが近づいて来るようだ。見下ろしている奴らも横穴を注視している。
黒い頭が見えた。ボウリングの玉ほども有る頭、鉄の棒のような足、俺の胴回りより太い身体、歩兵蟻だ。しかも五匹がゾロゾロと穴から出て来る。依頼に有った情報に嘘はなかったようだ。だが、状況が
俺は十分な偵察をしてから、一匹ずつ誘き出して退治する予定だった。五匹同時というのは最悪の状況だ。歩兵蟻たちは、跳兎の死骸に群がり貪っている。俺は窪地の反対側へ後退し、這い上がれないか試したが、無理だった。ザンヴァスの笑い声が響く。
「ザンヴァス、お前はこいつらに雇われたのか?」
「ちげえよ。俺は六人目の金剛戦士メンバーさ、数日前まで怪我で入院してたから、お前とは会わなかっただけさ。残念だったな」
思わず唇を噛み締め、ザンヴァスを睨みつける。
「さて、商売といこうか」
ブッガの声が聞こえた。商売だと……何を言ってるんだ。
「お前の武器、金、防具を渡せ。そうすれば助けてやる」
斧戦士の男がロープを見せる。それで助け上げると言っているんだろう。
「汚い奴め、そんな事をしてギルドが黙ってないぞ」
金剛戦士のメンバーが笑い出す。
「リーダーはエンバタシュト子爵の甥御さんだ。ギルドに何が出来る」
この世界にも法律は有るが、裁判所はない。地方の犯罪は領主が裁くのが普通なのだ。―――クソッ、こいつ権力者の身内なのか。
「おい、考えている暇はないぞ。そろそろ跳兎を食い尽くす」
「本当に助けてくれるんだな」
イチかバチかで歩兵蟻と戦うのも選択肢に有るが、勝率は低い。金剛戦士の奴らに武器や金を渡すのは悔しいが、命の方が大事だ。
「ああ、その気がないならロープなんぞ用意はしない」
「分かった」
俺は持っていたドリルスピアを投げ上げる。ムスラがキャッチする。
「何だ。こんなものを使ってる馬鹿を久しぶりに見たぜ」
「その槍がどうかしたのか」
「投げ槍猿のドリル刃を使った槍だ。棍棒代わりにしかならねえもんだ」
ムスラを始めとしたパーティメンバーが馬鹿笑いする。
「ほら、竜爪鉈を渡しな」
ブッガが催促する。俺は顔を顰め、鉈を放り投げる。
畜生、何故奴らが竜爪鉈を知ってるんだ。ギルドの奴らが喋ったな。俺はカルバートたちが喋ったとは思わなかった。それだけの信頼を築いていたからだ。
竜爪鉈はブッガがキャッチする。
「こいつはいいのが手に入ったぜ。これなら歩兵蟻でも倒せる……次は金だ」
俺は巾着袋を取り出し投げ上げる。巾着袋は斧戦士の真上に飛び、ロープを放り出した斧戦士は巾着袋を追う。そのロープが窪地に落ちた。長さ三メートル程しかないロープだ。
俺は短か過ぎるロープを見て青褪めた。こいつらは初めから助ける気なんか無かったのだ。
「騙したな!」
俺の叫びを聞いている者は居なかった。巾着袋に入っていた金貨を数えるのに夢中になっている。
「金貨十八枚か、思ったより少ないが悪くない」
「ブッガさん、ロープを落としちまった」
「チッ、ドジ踏みやがって。防具を頂きそこなったぜ」
俺は周囲を見回し脱出口がないか探す。蟻どもが出て来た横穴が目に入った。俺は勢いをつけ窪地の斜面を駆け登る。ギリギリ横穴の縁に手が届く。必死に攀じ登り横穴に入った。
「おいおい、あいつ蟻の巣に入ったぜ」
ムスラが喚いている。
「心配ねえよ。あの穴の先は行き止まりだ」
クソッ、行き止まりかよ。まんまと騙された悔しさと怒りが湧き上がる。あいつらぶっ殺す。
俺は封印していた<缶爆>の魔法を使う決心をした。『魔力変現の神紋』により<変現域>を起動し、缶型のガス爆弾を創り上げ、最後にメタンガスと酸素の混合気体を充填する。
「おらおら、何してるんだ。跳兎を食い終わった蟻どもがお前を探してるぞ」
ムスラの声が聞こえた。下を見ると蟻が横穴の下に集まっている。チラッとガス爆弾を蟻どもに使おうか迷ったが、横穴から上に投げ上げた。
「気を付けろ。何か投げたぞ」
ブッガの声。ガス爆弾は金剛戦士の上を飛び越え、その後ろに着弾した。落ちた衝撃でナトリウム金属を覆っていたガラス状の膜が壊れ水と反応し高熱を発する。
『ドォン!』
凄まじい爆発が金剛戦士のメンバーを吹き飛ばし、全員を窪地に叩き込む。一〇メートルの高さから落ちたメンバーは少なからず怪我を負った。俺の場合は斜面を転げ落ちたから
普通の人間なら死んでいるところだ。さすが
蟻どもも爆発には驚いて動きを止めた。だが、目の前に血を流した獲物が居るのに気付くと動き出す。
「ううっ……痛え」
「何が起きたんだ?」
「あの野郎……」
「おい、蟻だ。逃げろ!」
ブッガが立ち上がり蟻どもから距離を取る。彼の仲間は次々と逃げ出すが、ザンヴァスだけは逃げ遅れ、歩兵蟻の顎門に捕らわれた。
蟻どもが群がりザンヴァスの身体がでかい虫の陰に見えなくなった。耳障りな悲鳴が響き数秒で静かになる。
「ザ、ザンヴァス……」
ブッガが横穴に避難している俺を睨みつける。ニヤッと笑ってやった。自業自得、こいつらが俺を逆恨みして馬鹿な事をするからだ。
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