第25話 歩兵蟻の依頼

 翌日一日を休みの日としてのんびりした次の日。

 カルバートが入院しているので、再びソロで活動しようと思う。ギルドへ行き依頼票を確認した。一つ珍しい依頼が有る。『歩兵蟻五匹の討伐』という依頼だ。


 歩兵蟻はルーク級下位の魔物だが、群れをなして樹海を徘徊している魔物なのでパーティのみ引き受け可能な場合が多い。


 だが、この依頼は三段目8級ランク以上ならソロでも引き受けられるらしい。俺は特異体の依頼で三段目8級昇格条件を満たしているので引き受けられる。


 まずは、ランクアップ手続きと登録証の更新を行った。


【ハンターギルド登録証】

 ミコト・キジマ ハンターギルド・ウェルデア支部所属

 採取・討伐要員 ランク:三段目

 <基本評価>筋力:14 持久力:11 魔力:21 俊敏性:12

 <武技>鉈術:2 槍術:1

 <魔法>魔力袋:2 魔力変現:2

 <特記事項>特に無し


 前回と比べ、基本評価の数値は伸びているが、武技、魔法は変わらない。南の平原で狩れる魔物では、これ以上のアップは厳しいのかもしれない。そろそろ樹海に挑戦を始めてもいいかも。


 俺が探している洞窟がある場所は、『跳兎の巣』と呼ばれる広葉樹エリアらしい。魔物はポーン級が多く呼び名通りに多数の跳兎が棲息している。ただ、跳兎を狙ってゴブリンやオークの集団が彷徨いているのでソロでの狩りは推奨されていない。


 一対一ならオークでも勝てる自信がある。しかし、三匹以上なら、俺が死ぬだろう。オークの戦士には手練れも多く剣術や槍術を身に着けている個体も居るという。


 本当にオークは魔物なのだろうか。猫人族のような亜人種なのではないかと思うのだが、魔晶管を持っているので魔物なのだそうだ。


 オークは魔法に弱いという情報も有るが、下層階級に属するオークだけの特徴らしい。中層以上のオークは魔法を使えるから魔法で反撃して来るという情報があった。


 『跳兎の巣』で安全に活動するには、何らかの索敵能力とオークの剣士や槍使いを倒すだけの技量、それに攻撃魔法が必要だ。


 改めて依頼票を確認する。歩兵蟻はオークの棲み家である『瘴霧の森』の手前に広がる蟻塚山脈を中心に活動している。その行動範囲は樹海の南部全域に渡るが、一番近い出現場所はマドジェス草の密林地帯である。マドジェス草から甘い蜜を集めるムイムイ虫が好みらしい。


 依頼の標的は、ウェルデア市の北に位置するクエル村に現れた歩兵蟻であった。村近くの森に迷い込んだと思われる五匹のはぐれ歩兵蟻が村人の安全を脅かしているらしい。

 

 報酬は金貨三枚、そこそこの値段である。ルーク級下位の魔物が五匹だから妥当な報酬額だと思う。依頼票を手に取って受付に持って行く。セリアさんが笑顔で迎えてくれる。


「ミコトさん、決まりました?」

「ええ、この依頼にしようと思います」

 手に持つ依頼票を渡す。セリアさんの表情が僅かに暗くなる。


「どうかしましたか?」

「この依頼を選ばれたのですか。これ、ギルドでも問題になっているのですよ」


「何故です?」

「ミコトさんの前に、二組のパーティが受けたのですが、帰って来ないんです」

「えっ! 歩兵蟻五匹ですよね」


「そうなんです。序二段9級のパーティだったので、何か失敗したのかもしれません」

 序二段9級でもソロでは難しいが、パーティなら倒す方法は幾らでもある。


「受けない方がいいんでしょうか?」

「ギルドとしては、十分な技量を持つハンターに受けて欲しいです。ミコトさんなら大丈夫だと思いますよ」

「分かりました。受けます」


 歩兵蟻は頑強な外殻を持つので、武器で倒すのは苦労する。だが、火に弱く火系の魔法なら確実に倒せると聞いた。


 俺は火系の魔法を持っていないが、魔力変現を工夫すれば火炎放射器みたいな魔法を使えるだろう。この依頼を受けたのも、その実験台にちょうどいいと考えたからだ。

 駄目だった時は、竜爪鉈で頭をかち割ればいいだけだ。


 ココス街道を北上し、クエル村へ向かう。およそ歩いて三時間の距離だ。道中、ゴブリンや小刀甲虫に襲われたが難なく返り討ちにした。


 小刀甲虫は直径三十センチほどのてんとう虫に似た魔昆虫で、頭に小刀のような角を生やしている。高速で飛んで来る小刀甲虫は、その羽音で気付いた。ドリルスピアではたき落とし、その背中にドリル刃を突き立てる。


 小刀甲虫の魔晶管は小さ過ぎて売り物にならないが、小刀状の角は売れるので剥ぎ取る。小刀甲虫には三つの種類があり、てんとう虫種、タマムシ種、大カブトムシ種の順で小刀角の硬度が上がるので、それに従い値段が上がるらしい。……ん、クワガタは居ないのか。個人的には好きなんだが。


 クエル村に到着した。住人が一〇〇人も居ない小さな村で、みすぼらしい家々、貧弱な畑、例外なのは広い果樹園だけだった。


 リコの実の果樹園、白い葡萄に似た果実でリコ酒の元になる。この村はリコ酒という特産物で成り立つ村であるらしい。


 この村はノスバック村より低い壁で囲まれている。近くに魔物が住み着けば安心して暮らしていけないだろう。依頼人である村長の家に行く。


 村長の家はすぐに分かった。門から声を掛けると五〇代後半小太りのオッさんが現れた。何故か俺の顔を見るとビクッとする。老け顔だと言われるが、厳しい顔だとは言えない俺。

 もしかすると、修業や魔物との戦いで戦士の威厳みたいなものが身に付いたのだろうか。


「ハンターギルドの方ですかな?」

「ええ、村長さんが出された依頼を見て来ました」

「それは有難い。あの蟻どもには困っとるんです」


「詳しい話を伺えますか」

 村長の話によると、歩兵蟻は村の南にある窪地くぼちを中心にうろうろしているらしい。あまり村には近寄らないらしいが、時に果樹園近くの林に出て来るので、果樹園で働く村民は安心して仕事が出来ないと言う。


「窪地まで案内する奴を一人付けるから、あの蟻どもを何とかしてくれ」

「任せて下さい」


「本当に一人で大丈夫なのか?」

 村長が小柄な俺を見て、心配そうに言う。

「ハハ……これでも三段目8級のハンターですから」


「それならいいが……ザンヴァス!」

 村長は、一人の村人を呼んだ。俺より一〇以上歳上だろうか、逞しい身体、日焼けした肌、赤髪の農民にしては鋭い目を持った青年だった。


「この人を、南の崖に案内して下さい」

「分かったぜ。村長」


 ザンヴァスと呼ばれた青年は、俺を値踏みするような視線を向けてから、

「案内してやる。こっちだ」

 そう言って歩き出した。


 俺はザンヴァスを追って歩き出す。村を出て南の荒れ地を突っ切り、深さと直径が一〇メートルほどあるお椀のような窪地が見える場所に到着した。どんな自然現象がこのような地形を創り出したのか分からないが、時折自然は不思議な事をする。


「ここだ。下に穴があるのが見えるか?」

 窪地の縁から下を見る。窪地の底から三メートルの地層に大きな穴が開いていた。


「あの穴に歩兵蟻が居るのか?」

 ザンヴァスが穴を指差した。

「よく見てみろ」

 俺が身を乗り出してよく見ようとした時、背中を押された。呆気無く穴を転がり落ちた。

「うわっ!」


 お椀のような形状であったのが幸いし、大した怪我もなく底まで落ちた。俺は素早く起き上がり、上を見上げる。俺の背中を押したザンヴァスが、ニヤけた顔でこちらを見下ろしている。

「何しやがる!」

 俺の怒鳴り声が窪地に響いた。


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