第24話 巨獣の墓場
さすがに疲れたので、翌日はのんびりと過ごした。
次の日、ギルドに行くとセリアさんから呼び止められる。
「最近、草原で不審なものを見ませんでしたか?」
「特異体の件ですか。見てないです」
ギルドでは槍トカゲの特異体が三匹も現れた原因について調べているようだ。俺も気になったので、槍トカゲの群れがいる河原へ行ってみた。
相変わらず砂場では多くの槍トカゲが日光浴をしている。槍トカゲどもに見付からないように周辺を調べ歩く。歩き方も上達していた。以前はガサッガサッと大きな音を立てていたが、今はあまり音を立てずに草原を歩けるようになっている。
それに加え、二匹目の特異体を倒し濃密な魔粒子を吸収した頃から動きの切れが良くなってきた。吸収した魔粒子により魔導細胞がかなり増えたらしい。
躯豪術を使った戦闘訓練も続けており、魔力を操る制御力も少しは上達している。
多くの槍トカゲがうろうろしている砂場を左に見ながら、トルタス河を下流へと進んで行く。手にはドリルスピアを持っていた。
この辺にはスライムがよく出没するので、その対応の為である。スライム相手にはホーンスピアの方が戦い易いのだが、ドリルスピアも酸には強いようなのでスライムにも使える。
俺が草原や岩場を探し回っていると人の声が聞こえて来た。
「見付からねえな……チェッ、支部長も何を探したらいいか詳しい情報を教えてくれればいいのに」
「愚痴ばっかり言ってないで、見落とさないように探してくれよ。それに支部長だって、特異体が現れた原因は判っていないんだ」
岩場の向こうから聞こえてくるようだ。どうやらオペロス支部長の依頼で、特異体が連続して現れた原因を調査しているらしい。
俺は近付いて声を上げた。
「こんちは、槍トカゲの狩りかい?」
俺と同年代の少年二人だった。一人は槍、もう一人はショートソードを装備している。
「俺らは支部長に依頼されて、この辺の調査をしているんだ。お前は槍トカゲか?」
「いや、人間です」
「阿呆か、槍トカゲの狩りをしているのかと訊いたんだ」
槍を持つ少年はカルシウムが足りないようだ。まあ、俺がからかったのがいけないのだが。
「ちょっとした冗談だよ。俺はミコト、何かいい獲物がいないか探していたところだ」
槍を持つ少年はダリウス、ショートソードを持っているのはロベルトという名前だった。
「この辺でおかしな場所とか見なかったか?」
ダリウスよりは落ち着きのあるロベルトが尋ねた。
「見なかっ……」
俺がそう言い掛けた時、右に在る岩の上に体長一メートルほどの足切りバッタが姿を現した。
「うひゃ、デカイ」
思わず変な声を上げてしまう。
その声を聞いてダリウスとロベルトの二人が、俺の視線の先に目を向ける。
「うおっ、なんじゃそら」
ダリウスは大声を上げ、ロベルトは剣を抜き構える。
「こいつも特異体なのか?」
俺が呟くように言うと二人が表情を変えた。
突然、巨大バッタが跳躍しダリウスを襲った。ダリウスは横に跳んで避ける。地面に着地した巨大バッタをロベルトがショートソードで斬り付ける。
剣はバッタの足に当たり弾かれた。
「こいつ堅いぞ」
俺はドリルスピアをバッタに突き出す。十分な捻りを加えていたが、魔力は込めていなかった。ドリル刃がバッタの脇腹に食い込み浅い傷を負わせた。
反対側ではダリウスも槍を突き入れていた。その槍はバッタの羽に当たり弾かれた。特異体ともなると普通の剣や槍は通用しないようだ。
「クソッ、駄目だ」
ダリウスが悔しそうに声を上げた。
巨大バッタは狙いをロベルトに変え襲い掛かる。ギチギチと巨大な顎を動かしながら襲って来る姿には、恐怖を覚えた。
ロベルトがバッタに押し倒された。俺は躯豪術を使い魔力をドリルスピアに流し込むと捻り突きをバッタの背中に喰らわせる。
ドリル刃はバッタに喰い込み背中に穴を開けた。バッタはロベルトから離れ、ヨロヨロと逃げようとする。俺は追撃しドリルスピアで仕留めた。
ロベルトとダリウスは血の気の失せた顔をして地面に倒れた足切りバッタの特異体を見詰めていた。
一休みしていると、いつの間にかロベルトとダリウスが近くに来て、ドリルスピアを見ていた。
「その変わった槍は何なんだ?」
ダリウスは自分の槍が通用しなかったのに、ドリルスピアが巨大バッタを仕留めたので興味を持ったようだ。
「投げ槍猿のドリル刃を使って作ったドリルスピアだ。使い方にはコツと魔力が必要だけど、歩兵蟻とも戦える武器だよ」
歩兵蟻と聞いてロベルトも驚いたようだ。若いハンターで高価な武器を持つ者は少ない。精々が鋼鉄製の剣や槍なので歩兵蟻と戦っても勝ち目がない。但し、歩兵蟻にも弱点が有るので、パーティを組んで戦えば勝てる方法はいくつか有る。
「いいな。高いんだろうな」
俺は首を振った。投げ槍猿のドリル刃さえ自分で用意すれば高くはない。その事を二人に教えると。
「俺もドリルスピアを作って貰おうかな」
俺は肝心な事を言い忘れたのに気付いた。
「言っておくけど、ドリルスピアの本当の威力を引き出すには魔力を流し込まなきゃならないんだ。つまり躯ご……じゃなかった。『魔力発移の神紋』が必要なんだ」
「……そんな。でも……歩兵蟻を倒せるのか」
『魔力発移の神紋』は金貨三枚である。そして、歩兵蟻三匹を倒し素材を換金すれば、金貨三枚以上の収入になる。金銭面で考えると『魔力発移の神紋』は買いなのだが、神紋記憶域の問題が有る。
金を貯め『躯力強化の神紋』を手に入れた方がいいのではないかと考えてしまう。二人は依頼の事を忘れ悩み始めたようだ。
俺は二人の意識を依頼に向けさせようと。
「なあ、特異体が出たって事は近くに何か有るんじゃないのか?」
二人に声を掛けると依頼を思い出したロベルトとダリウスは周りを探し始めた。ロベルトが何かを発見して声を上げる。
「ここに穴が有るぞ」
岩場と草原の境目辺りの地面に直径三メートルほどの大きな縦穴が開いていた。穴の周りに足跡が残っていたので、巨大なバッタが穴から這い出て来たのは間違いないようだ。
その穴は自然に出来たものではなく野生の動物か魔物が掘ったようで、穴の周りには掘り返した土が散らばっていた。
「この穴を調べなきゃならないようだな」
ロベルトが告げるとダリウスが顔を顰めた。狭い穴の中で魔物に襲われれば、危険な状況になると考えたのだろう。
「ビビったのか。将来は迷宮に挑戦すんじゃなかったのかよ」
「五月蝿えよ。誰がビビるか」
ロベルトは背負い袋から細いロープを取り出し、端を岩に結び付けると穴の中に落とした。穴の深さは四メートルほどで、底には横穴があるようだ。
「俺たちは穴に潜って確かめて来るけど、ミコトはどうする?」
ダリウスが確認する。ここまで来て確かめずに戻るのもスッキリしないので付いて行く事にした。
ロープで下に降り底まで到達すると薄暗かった。ダリウスが背負い袋からカンテラを取り出し明かりを灯す。こういう準備をしてくる所は見習わなくてはならない。
縦穴の側面に直径一二〇センチほどの狭い横穴が開いていた。ロベルトとダリウスは腰を屈めて入って行く。二人に続いて横穴に足を踏み入れる。その中はジメジメしており、何か嫌な臭いがした。
狭い横穴を抜けると斜め下に向って伸びている直径二メートルほどの洞窟に辿り着いた。横穴と異なり奇妙なほど同じ大きさの穴が続き、しかも洞窟には冷気が漂っていた。
「ここは何だと思う?」
俺が二人に質問すると二人とも首を振る。分からないようだ。確かめるには洞窟を進むしかない。下へ下へと歩いて行く途中、呼吸している空気がおかしいのに気付いた。
躯豪術を使っていないのに身体の中に魔力が溜まり始めたのだ。
「ここの空気は何か変じゃないか」
ダリウスの野生的な勘が働き、俺が気付いた異変に勘付いたようだ。
「たぶん、ここの空気は魔粒子の濃度が高いんだ」
俺が気付いた事実を口にすると、ロベルトがハッとした顔をする。
「特異体の発生には魔粒子が関係していると聞いた事がある」
やはり、この場所で大量の魔粒子を吸収した魔物が特異体となったようだ。
「何で魔粒子が濃いんだ」
ダリウスが独り言のように呟いた。
「先に進んでみよう。そうしないと何も分からない」
ロベルトの意見に同意し、俺たちは先に進んだ。進むに従い冷気が強くなっていく。
「寒い。何で、こんなに寒いんだ」
我慢出来なくなったのか、ダリウスが愚痴を溢す。無理もなかった。吐いた息が白くなり、足元も霜が降りたようにサクサクと音を立てている。気温は氷点下になっているようだ。
二〇〇メートルほど続いた洞窟が突然途切れた。前方には谷のような深い裂け目が見える。冷気は裂け目の底から立ち昇って来るようだ。
ダリウスがカンテラを裂け目の上に突き出す。カンテラの光は弱く、裂け目の底までは届かないようだ。
「どうする。これ以上は進めないぞ」
ダリウスが声を上げ、俺とロベルトは真っ黒な裂け目の底を覗きながら考える。
「そうだ、〈明かり〉の魔法を使ってみようか」
「そんな便利な魔法を持っているなら、早く使えよ」
短気なダリウスがブツブツと文句を言う。
俺は精神を集中し呪文を唱える。
「ヴァレウス・ミルタリア……〈明かり〉」
『魔力変現の神紋』の応用魔法の一つである〈明かり〉が発動し、一メートルほど前方に炎の玉が出現し周りを照らす。
裂け目の底を見ると、何か巨大なもののシルエットが浮かび上がっていた。
「何か薄っすらと見えるんだけど、分からないな」
「もうちょっと下の方に火の玉を作れないのか」
ロベルトとダリウスが声を上げた。
「無理……〈明かり〉は自分の近くにしか明かりを作れないんだ」
ロベルトが唐突に声を上げる。
「アッ、カンテラに紐を結んで下に降ろしたら見えるんじゃないか」
「それだ」
ダリウスはカンテラに紐を結び付け釣り糸のように繰り出す。カンテラはゆっくりと降りていった。紐を限界まで繰り出した。下の方でカンテラが揺れている。
だが、カンテラの光は弱く〈明かり〉と同じ程度にしか底に有るものを浮かび上がらせる事は出来なかった。
「駄目か。いいアイデアだと思ったのに」
ロベルトが残念そうに呟く。
「しょうがない。一旦帰って支部長に報告しようぜ」
ダリウスが帰ろうと言い出した。
俺も同意しようとした時、もう一つアイデアが浮かんだ。
「最後に一つだけ試したい魔法が有るんだけど、いいか」
そう言うと俺は裂け目に向って手を突き出し精神を集中する。
これは『魔力変現の神紋』を授かった時に、広場で試し騒ぎとなった魔法である。
『魔力変現の神紋』の基本魔法である〈変現域〉を起動し、魔粒子を貯蔵する缶と魔粒子をメタンガスに変化させるガスバーナーのようなものをイメージして火炎放射器のようなものを作り出すとメタンガスに点火する。
二メートルほどの火柱が発生した。その火柱から放射する光は裂け目の底まで届き下にあるものを浮かび上がらせた。
それは氷漬けとなった巨大な魔物だった。
「竜なのか?」
「違う……巨大ワームだ」
巨大ワームは一匹だけではなく数匹氷漬けとなって裂け目の底に横たわっていた。それらの巨大ワームからは冷気と少量だが濃密な魔粒子が放出されているようだった。
地球では有り得ない神秘的な光景を見て呆然とした。それは数秒の出来事だったが、俺の脳裏に焼き付いた。火柱が消え裂け目の底は闇に戻る。
「凄え、凄え発見だぞ。あれから剥ぎ取って素材を売れば、俺たちは大金持ちになれるぞ」
ダリウスが興奮して叫ぶ。
「無理だよ」
ロベルトが冷静な声で反論した。俺も同意見である。裂け目の底は巨大ワームが凍り付くほどの低温となっている。その中で剥ぎ取り作業なんか出来るはずがなかった。それをダリウスに伝える。
「そんな……」
ダリウスはガックリと肩を落とした。
俺たちは来た道を地上へ戻った。
「あの巨大ワームたちは、何故あんな場所で凍りついていたんだろ」
特異体の謎は解けたようだが、また新しい謎が増えてしまった。街に戻りハンターギルドで二人と別れた。二人は支部長に報告に行くそうだ。一緒に行けば報奨金が貰えるかもしれないぞとロベルトは言ったが遠慮した。
オペロス支部長は自分の目で巨大ワームを確かめに行き、あの穴は埋めて封鎖する事にしたようだ。
裂け目に降り巨大ワームの素材を回収する方法も検討したようだが、上手い方法が見付からず諦めたらしい。
穴は特異体の発生を防ぐと言うより、馬鹿なハンターが裂け目に降り危険な素材回収に挑戦しないよう埋めようと決断したと聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます