第23話 特異体の指名討伐

 ドルジ親方に九本のドリル刃を加工して貰った俺たちは、トルタス河の岩場に向かう。カルバートは小、中のドリル刃は不要だと主張したが、キセラが中は予備として、小は練習用に必要だと言い、九本全てをドリルスピアに付けられるようにした。


 獲物を運ぶ荷車を引いて、俺たちは岩場に到着した。思っていた通り槍トカゲの特異体が、近くの砂場に横たわっている。


「何度見ても大きい……」

 キセラは全長五メートルある化け物に恐怖を抱いているようだ。


「怖いのかい……無理ないよ。だが、作戦通りに戦えば勝てるさ」

 俺たちは岩場を調査し、特異体を迎え撃つのに絶好の場所を探しだしていた。一メートルほどの段差が有る箱状の大岩だ。


 二〇メートル四方の岩舞台は、まるでボクシングのリングのような絶好の決闘場所。ここへあの化け物を誘い出せば、周りの槍トカゲが手を出せない。


 俺たち三人はパチンコを手に、日光浴をしている槍トカゲの集団に鉛玉をバラ撒いた。

『グギェーッ!』『ギャッ!』『ガフッ!』

 急襲された槍トカゲの集団は大騒ぎを始め、原因である敵を探す。


 そして、俺たちを見つけた槍トカゲたちが突撃を開始した。特異体が駆け出したのを確認すると、怒りの叫びを上げて迫る槍トカゲから逃げ出す。


 ジグザグに走りながら岩舞台へと誘導し、その上に飛び上がる。追って来た槍トカゲは、岩舞台に登ろうとするが、短い足が原因で這い上がる事が出来ない。但し、例外はある。特異体だけは、その巨体を利用して岩舞台に上がった。


「作戦の第一段階は成功だ。次行くぞ」

 俺が声を張り上げ、カルバートたちが頷いた。


 間近で見る特異体は、迫力が違う。ボウリングボールほどの大きさがある眼、鈍い金属のような光沢がある皮、頭を丸かじりしそうな口、動く度に振動が伝わる巨体、どれもこれも尋常な魔物ではない。


 カルバートたちが正面で威嚇を開始する。パチンコで特異体の顔面を狙い鉛玉を叩き込む。もちろん、そんな攻撃が通じるとは考えていない。


 特異体が槍舌を放つ、狙いはキセラだ。キセラが悲鳴を上げて身体を横に投げ出す。拳二つ分のやじりのような塊が、キセラが直前まで居た空間を突き抜ける。


 それを見たカルバートが鉛玉を放つ。ガスッと特異体の顔面に当たり少しだけ減り込むが、硬い皮に阻まれポトリと落ちる。目を怒らせた化け物が、槍舌を放つ。このやり取りが数回繰り返された。その間、俺は竜爪鉈を手にジッと特異体の動きを見ている。化け物は、動かない俺を無視するようになった。


「見切った!」

 化け物が槍舌を放とうとし頬を少し歪めた瞬間、躯豪術を使い脚力を強化する。一瞬で化け物の傍まで移動、次の瞬間放たれた槍舌の根本に竜爪鉈を叩き込む。槍舌が両断され、物凄い量の血液が吹き出す。


『グギァーツ!』

 その叫びを聞き、カルバートとキセラが武器をドリルスピアに持ち替える。カルバートの突きが化け物の首に穴を開ける。キセラも肩口にドリルスピアを突き刺す。化け物が狂ったように体を揺すり身悶えするが、容赦はしない。


 竜爪鉈が煌き、首に深い傷を作る。俺たちは暴れる化け物に冷静な攻撃を加え続ける。だらだらと血を流し、暴れていた化け物が急に静かになった。


「ヤッター! 倒したぞ」

 カルバートが構えを解き、不用意に化け物に近付いた時、突然、化け物が口を開けカルバートに噛み付いた。とっさに避けようと身体を捻ったカルバートは尻を噛まれる。


「ギャーッ!」

「往生しろ!」

 竜爪鉈が血塗れの首に深く食い込む。化け物はカルバートの尻を離し、もう一度静かになった。俺とキセラはカルバートを引きずり化け物から遠ざかった。


「こいつを使え!」

 革鎧のポケットから魔法薬を取り出し、キセラに渡す。キセラは、カルバートのズボンとパンツを引きずり下ろす。


「や、やめろ……」

 カルバートが弱々しい声を上げる。だが、キセラは止めない。傷口を水筒の水で洗い、魔法薬を半分ほど振り掛け、残りをカルバートに飲ませる。出血は止まり傷口は塞がったが、化け物の馬鹿力で噛まれた故に骨盤に亀裂が走り魔法薬だけでは完治不能だ。


 カルバートが苦しみながらも恥ずかしそうにしている様子を見た俺は、死ぬ危険はないと感じホッとする。化け物の方も本当にくたばったようだ。


 カルバートの奴、これでもうお婿にいけなくなったな。観念してキセラに責任を取って貰え、このリア充男。心の中で毒を吐く俺には気付かず、キセラが礼を言う。


「ミコトさん、ありがとう。魔法薬が無かったら、この馬鹿死んでるところよ」

「万一の用心に、安物だけど魔法薬を用意しとくように心掛けてるんだ。金が手に入ったら君らもそうした方がいい」


 魔法薬は使う原料によって効き目と値段が違う。俺が用意したのは、一番安いポーン級魔物の魔晶管から採れた体液と数種の薬草で作られたもので、安い割に効き目はそこそこある。


 特異体から魔粒子が放たれ始めた。俺たちは出来るだけ魔粒子を吸収し身体を強化する。


 死ぬ危険は無くなったが、重症のカルバートは休んでいて貰う。俺とキセラは岩舞台の周囲に居る槍トカゲに鉛玉をバラ撒く。十数匹居た槍トカゲの半分を仕留めた頃、一斉に逃げ出し始めた。俺は残った死骸を岩舞台の上に運び上げ、剥ぎ取りを開始する。


 キセラと二人で剥ぎ取りを行ったが、三時間以上も掛かってしまった。予想通り、特異体の魔晶管には魔晶玉が含まれており、キセラと顔を合わせて満足そうに笑う。


 剥ぎ取った全てとカルバートを荷車に乗せ街に向かう。ガタゴト揺れる荷車の上でカルバートが呻き声を上げるが、速度を緩めない。


 街に到着する。一番にカルバートを教会の治療院に運び修道司祭に診て貰う。

「ヒビが入っていますね。このまま入院して下さい。全治まで五日は必要でしょう」

 カルバートが頭を抱える。治療費を考えて悲観しているんだろう。


「おい、金の事は心配するな。ギルドで換金すれば報酬と合わせて金貨二十数枚ほどになるはずだ」

 カルバートが顔を上げる。報酬の事を忘れていたらしい。


「そうだった。三人で分けるんだよな」

「そうだ、一人金貨八枚にはなるだろう」

「ちょっと待って、皮も全部売ってしまうの?」

 横たわるカルバートを見て、キセラが何を言いたいか分かった。ちゃんとした防具を装備していれば、カルバートもここまで酷い怪我をせずに済んだかもしれない。俺が作った革鎧以上の防具を用意したいのだろう。


「皮は売るのを止めよう。先を考えれば、こいつで防具を作るのがいいだろう。俺も篭手こてが欲しかったんだ」

 もう一度カルバートを見る。―――尻の防具も必要だろうか。腰の周りに防具を着けると動き難くなりそうだしな。そうだ、陣羽織みたいな衣装を作って、腰の周りだけ革製にするのもいいんじゃないか。


 取り敢えず、皮は売らない事にして他の換金部位をギルドで買い取って貰う。金額は前回の特異体より幾分か少なく金貨二十五枚程になった。その中から槍舌の皮を鞣す費用を差し引き、一人金貨八枚になる。


 治療院でカルバートとキセラに金貨を渡す。受け取ったキセラたちの手が震えた。

「こんな大金見た事もなかったのに」


 キセラは治療院に残るというので、一人ドルジ親方の工房へ行く。特異体の皮と槍舌の皮をクルツに預け、篭手と陣羽織、それに加えボロボロの背負い袋に替え、新しい革製の背負い袋を発注する。


 ただの袋ではなく小物いれのポケットが数ヶ所付いた大型のリュックサックである。素材は槍トカゲの腹部分の革だ。この革は撥水性があり、水に強い。側面には竜爪鉈を入れる細長い物入れを付けるよう注文する。


「こんな贅沢で変わった背負い袋の依頼は初めてだよ。この小物入れは何に使うんだ?」

 注文を聞いた革職人のクルツが尋ねる。


「両脇の物入れは、一方に竜爪鉈を入れ、もう一方に水筒を入れる。真ん中の小物入れには、手拭いや歯磨き、紐の束なんかを入れておく」


「そいつはいいな。流行るかもしれんぞ」

 数年後、クルツはリュック型背負い袋で一財産を築く。その切っ掛けをくれたハンターを終生忘れなかった。


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