第22話 投げ槍猿

 襲って来る赤兜人面虫をホーンスピアでなぎ払いながら進む。ソルジュの実を求めて集まる魔物の虫が、自分のテリトリーを守るために突撃して来る。


「この虫、鬱陶しいぜ」

 虫の魔晶管は小さ過ぎて金にならない。ハンターにとって邪魔でしかない虫だが、投げ槍猿にとっては貴重なタンパク源である。置き去りにされた虫の死骸を見つけた投げ槍猿が、その死骸を食べ始める。ミコトたちが通った後には、多数の投げ槍猿が集まり始めていた。


 姿はリス猿に似ているが、体長は大きい。頭から足までは百二十センチほどである。但し、その左腕は奇妙に変形している。盛り上がった肩、太い二の腕、その先には長さ三十センチほど、細長い円錐形の物体に刃が螺旋状にとぐろを巻いている。つまり左腕がドリル刃となっているのだ。


「なかなか見つからないな。投げ槍猿は何処に居るんだ」

 また、魔昆虫が襲って来る。俺はホーンスピアで突き刺し後ろへ放り捨てる。


『ギキャ!』『キャッキャ!』

 後ろの方で争う音がした。振り向くと捨てた虫の死骸を取り合い二匹の猿が争っている。大柄な猿が闘う姿は迫力がある。帝王猿には遠く及ばないが、大きな手で虫を奪い合い、鋭い牙を剥き出しにして威嚇する。最後は左手に持つ兇悪な槍で殴る。―――えっ! 槍が左腕から……。


「腕から槍が生えているぞ」

 思わずギョッとする。カルバートたちも驚いている。三人の中で最初に驚きから覚めたのはキセラだった。


 ベルトに差してあったパチンコを取り出し、投げ槍猿に狙いを付ける。それを見た俺もパチンコを取り出す。キセラが鉛玉を放った直後、俺も発射。


 鉛玉が猿の顔面に減り込み致命傷を与える。キセラも仕留めたようだ。近付いて猿の死骸を確認し、特に左腕の槍を念入りに調べた。左腕の肘の部分より先がドリル刃の槍と化している。槍を叩いてみると硬い質感で鉄製の槍ほどの重さが有る。


 何故ドリル刃なんだろう。普通の槍の方が扱い易いだろうに。それに呆気なさ過ぎる。鉛玉一発で死んでしまうなんて、本当に歩兵蟻を倒すような魔物なんだろうか。


 取り敢えず竜爪鉈で左腕を切り離す。『ガスッ!』一振りでは左腕を切り離せなかった。骨に食い込み半分ほどで止まる。


 竜爪鉈で断ち切れないとは、呆れるほど頑丈な骨だ。三度鉈を振るい切り離しに成功する。ドリル刃を持ち上げるとやはり重い。続いてもう一匹の腕も切り離す。


「その奇妙な槍は、剣角より威力が有るのか?」

 カルバートが尋ねる。それは俺も知りたいが、使ってみなければ分からないだろう。

「さあな。試し……うわっ!」


 木の上から猿が降って来た。殺した猿の仲間らしい魔物が、真上から突撃してくる。ドリル刃の左手を頭上に掲げ逆落しに俺を目掛けてフライングアタックを敢行する。頭上に危険を感じた俺は、大慌てで飛び退く。


 ドリル刃が左肩を抉り、そのまま地面に突き刺さる。刺さった槍を素早く抜き取った猿は近くの木に駆け上がる。もう一度同じ攻撃を仕掛けるつもりだろう。


「ミコト、大丈夫?」

「かすり傷だ。それより上に気を付けろ!」

 俺は治癒魔法薬の壜を取り出し、中身を少量傷口に振り掛けてからグッと飲み干す。


 自然治癒力を強化する魔法薬は一壜で銀貨一枚するが、傷口が開いたまま戦えば出血多量で命を失いかねない。效果はすぐに現れ、出血が止まり傷口が塞がり始める。竜爪鉈を握り直し上に注意を向ける。


 猿の群れが、俺たちを取り囲んでいる。一〇匹ほど居るだろうか。中の一匹が枝を蹴って空中に踊り出る。器用に空中で体を捻り、クルクルと回りながらカルバートへ向け落下する。


 ドリル刃と身体が一直線となり目標を貫こうとする。回転する一本の槍の如く、カルバートに襲い掛かった。何か喚きながらカルバートが避ける。


 危なかった。落ちた猿を見ると消えている。すでに木を登り始めている猿を目にし頭上に注意を戻す。今度は二匹の猿が同時に空中に浮かび上がる。狙いは俺とキセラだ。


「キセラ、避けろ!」

 横に身体を投げ出すように飛ぶキセラが目に入ると同時に、俺も横に飛ぼうとして靴先が倒木に当たる。一瞬、飛び退くタイミングが遅くなった俺は、力任せに竜爪鉈を振るい、槍の軌道を逸らす。


 ギィンという音がして、軌道を逸らすのに成功する。俺を目掛けていたドリル刃は、倒木に突き刺さる。直径三十センチの倒木に半分ほど槍が減り込んでいた。


「クッ……半端じゃねえ貫通力だ」

 変な角度で突き刺さった槍を引き抜こうとしている猿の首に鉈を送り込む。左腕に比べるとあっさりと刎ね飛ぶ。やはり左腕は特別なようだ。


 キセラはホーンスピアではなくパチンコを手にしている。猿が飛び上がった瞬間、鉛玉を放ち猿を仕留める。カルバートと俺はキセラを援護しながら、カウンター攻撃を仕掛ける。


 猿の槍攻撃は、驚くほど威力が有るが単調でカウンターを取るのは容易だ。三人で七匹の猿を仕留めた頃、残りの猿が逃げた。


 静まり返った森を見上げながら警戒して竜爪鉈を構えていたが、しばらくして大きく息を吐き緊張を解く。

「終わったようだ」


 キセラが、落ち葉の上に座り込んだ。恐怖と緊張で疲れたのだろう。

 一つだけ分かった事がある。この猿が槍投げ猿ではなく、投げ槍猿と名付けられた理由だ。あの攻撃方法を見た先人は、猿自体が槍に見えたのだろう。


 仕留めた猿の数は、最初の二匹を加えると九匹。一人三本の槍が確保出来た計算だ。十分だろう。

 俺たちは急いで槍と魔晶管を剥ぎ取り、ソルジュの森を出る。デザート用に何個かの実を背負い袋に放り込んだが、時間を惜しんでそれほど多くは集めなかった。


 急ぎ足でココス街道へ戻る。街道に辿り着いた時には、三人共くたびれ果てていた。剥ぎ取ったドリル刃を確認する。二五センチほどの物が二本、三〇センチが四本、三五センチが三本有った。


 ドリル刃は左腕の骨が途中から変形しているようだ。魔物だから普通の動物とは違うのだろうが、誰かが意図的に魔改造したように思える。


 街に戻り、武器工房のドルジ親方にドリル刃を持ち込みホーンスピアの替え刃として取り付けられるように加工を依頼する。


「また妙なものを持って来やがったな」

 相変わらず無精髭を伸ばした爺さんが、ドリル刃を手に取って調べている。


「投げ槍猿のドリル刃か。こいつは丈夫なんだが貫通力が弱いからな」

「そんな、こいつの貫通力は凄かったぞ」

 俺の訴えに、ドルジ親方は『うんうん』と頷く。


「投げ槍猿はどうやって使っていた?」

「身体ごと回転……そうか、ドリル刃だから回転させないと駄目なのか」


 九本有るドリル刃を見ながら、考え込んでしまう。一本一本を見比べていると、螺旋状に渦巻いている刃が、それぞれで異なるのに気付いた。大きなドリル刃ほど螺旋の角度が緩くなっている。


 ドルジ親方に大中小三本のドリル刃を加工して貰いホーンスピアの刃と取り替える。差し詰めドリルスピアという名称がしっくりする槍となった。


「何をするつもりなの?」

 キセラが尋ねる。俺は簡潔に応えた。

「貫通力の実験さ」


 親方に的となる丸太を貸してもらい、小のドリルスピアを真っ直ぐ突き入れる。丸太の表面に小さな傷が出来るが、ほとんど貫通力はないようだ。


「言った通りだろ」

 ドルジ親方のドヤ顔が目に入る。ちょっとだけイラッとする。次を見ていろ。

 次に的に当たる瞬間槍を捻るように回転させて突き入れる。グッと槍の先が丸太に潜り込む。


「おっ!」

 ドルジ親方が少し驚いたような声を上げる。だが、穂先が二センチほど減り込んだだけだ。次に槍を捻ると同時に魔力を流し込む。


 ガツッと鈍い音がしてドリル刃が五センチほど丸太に埋まった。ドルジ親方は黙り込んで目を見開いている。

「躯豪術を使ってこの程度だと、剣角と同じじゃないか」

 カルバートが不満そうに言い出す。


「実験を最後までやってから意見を聞くよ」

 中のドリルスピアに替え、同じ実験を繰り返す。躯豪術を使った突きで穂先が一〇センチほど丸太に突き刺さる。


「どうしてだ。このドリル刃、なかなか使えるじゃねえか」

 ドルジ親方が呟く。カルバートたちも感心したように見ている。


 最後に大のドリルスピアに替え、同じ実験を繰り返す。躯豪術を使った突きで、二〇センチほどある丸太を貫き反対側に突き出る。


「うおっ! 何じゃそら」

 ドルジ親方が大声を上げた。親方は俺の手から槍をひったくり丹念に調べ始めた。


「こ、これならあいつにも通用しそうだ」

 カルバートが興奮して声を上げる。

「それよりドリルスピアを扱うには、コツが必要なようだからカルバートたちは大丈夫か」

「任せろよ。躯豪術と捻りだろ」


 カルバートの言葉に嘘は無かった。カルバートは二、三回の練習でコツを掴み、キセラは少しだけ苦戦したがコツをものにする。


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