第21話 ソルジュの森

 岩場からの帰り道、俺たちは色々話し合った。

 特異体の恐ろしさを知る俺は、カルバートたちの武器を何とかしないと戦えないと伝える。カルバートたちも同意した。とは言え、カルバートたちに高価な武器を買い揃えるだけの金はない。


 俺の蓄えが金貨二十三枚ほど有る。ただ、あの化け物に通用するような武器となると、ミスリル製の武器や魔導鋼製の武器になるので、それらを買うには足りない。


 ミトア語で『ドルジェ・ガド・ルシルタム』と呼ぶ金属は、ミスリルと俺の脳内翻訳機は訳している。直訳すると『大地の核たる真銀』になる。

 たぶん『真銀』という単語からミスリルと訳したのだろうが、『大地の核』は何処に消えた。


 ミスリル単体の特質は銀に似ている。それほど硬くなく軽く加工も容易だが、そのまま武器にしても使いものにならない。


 通常は鉄との合金にし、軽いが鋼より硬く丈夫な武器になる。ミスリル製、正確にはミスリル合金製の武器は、魔力伝導率が高く、刀身に神紋術式を組み込むと魔導武器となる。

 だが、魔導武器を制作する技術は難解な上に秘匿されているので、魔導武器は桁違いに高価である。


 魔導鋼は、鋼が魔粒子を吸収し変質した物だ。迷宮や地脈の噴出口に放置された鋼が数年後に魔導鋼になると言われている。一番多いのは、迷宮で死んだハンターや傭兵、軍人などの残した武器が変質し魔導鋼製の武器となり、他の者に発見される場合だ。


 人工的に魔導鋼を創り出す試みも有った。鋼のインゴットを迷宮の一角に隠し魔導鋼に変質する数年後に取り出そうという試みだ。


 結果から言えば失敗だった。光り物を好むミミックが鋼のインゴットを探し出し持ち去ってしまった。その後、魔導鋼のインゴットが入っている宝箱が発見されるようになるが、二度と鋼のインゴットを迷宮に持ち込む者は居なくなった。


 魔導鋼は硬く頑強である。武器にするには適しているが、魔導武器の素材としては不向きだ。中に含まれている魔粒子が神紋術式を邪魔するのだ。


 但し、魔粒子の妨害にも負けない強力な神紋術式を組み込んだ魔導鋼製魔導武器は、ミスリル製魔導武器より強力なものになる場合が多い。魔導鋼製魔導武器などという国宝級の武器は、王家にも数本しかないという希少品なので、俺たちには無縁な話だ。


 魔導武器は無理としても、ミスリル製や魔導鋼製の武器が買えるかというと否だ。安くとも金貨五十枚以上が必要だ。結局辿り着いたアイデアは、魔物の素材である。


「あの化け物の皮を貫くような角、爪、牙を持つ魔物というと?」

 カルバートが頭を捻っている。俺も魔物についての知識は疎いので思いつかない。だが、キセラには思い当たる物が有るようだ。


「『稀竜種の樹海』の第一層にソルジュの森があります。そこには投げ槍猿という魔物がいるらしいんです」

 投げ槍か。無責任な魔物なのか。……チッ、心の中でボケても誰も突っ込まないから寂しいぜ。大体責任感のある魔物なんか居るはずはないしな。槍でも投げるのかな。


「投げ槍猿? そいつがどうかしたのか?」

 カルバートは知らないようだ。キセラはギルドの資料室で勉強しているらしいから、そこで知ったのか。


「ギルドの資料の中に、投げ槍猿が歩兵蟻を倒したという記述が有ったの」

 歩兵蟻というのは、戦争蟻の一種で体長二メートルほどの巨大蟻だ。元の世界にも軍隊蟻という蟻が居たが、こちらの戦争蟻は虫形の魔物で、軍隊のような階級制度を持っている。

 一番下っ端が歩兵蟻、その上が軍曹蟻、将校蟻、将軍蟻、女王蟻となる。


 歩兵蟻でさえルーク級下位の魔物でオークよりも強い。鎧の素材としても使われる頑強な外殻と鉄もへし折る顎は脅威である。


 一番下っ端の歩兵蟻といえども、その身体は硬い外殻に守られており、鋼鉄製の槍くらいでは貫通しない。但し遣い手が平凡な者ならばだ。槍の達人ともなると鋼鉄製の槍で将軍蟻を倒すほどの剛の者が居るらしい。

 投げ槍猿が槍の達人とは思えないので、使う槍が特別なのだろう。


「投げ槍猿が持っている槍を手に入れるぞ」

 カルバートが大きな声を出す。それには賛成なのだが、準備する時間が必要だ。


「ちょっと待て、もう少し調べよう」

「調べるなら、直接調べればいい。百聞は一見に如かずだぞ」

「むっ……」


 『百聞は一見に如かず』そのことわざを教えたのは俺だったが、ここで使われるとは思わなかった。

 結局、カルバートに押し切られる形でソルジュの森へ行く事になった。


 翌朝、準備を整えソルジュの森へ向かう。黄色い実を着けるソルジュの森は、『稀竜種の樹海』の第一層にある。樹海は外縁部から中心に向かい六層に分けられている。外縁部の第一層は最も弱い魔物しかいないが、偶にルーク級の魔物が棲み家としている。


 ウェルデア市の西門から外に出る。およそ一〇メートル幅の整備された道が南北に伸びている。ココス街道を久しぶりに見ると懐かしい気がする。


 カルバートたちと雑談を交わしながら、キセラから聞いた道標を探す。怯えながら一人ココス街道を歩いていた時には気付かなかったが、この道には多くの道標が置かれていた。


 『蛙沼へ二十三ペス』『鎧豚の森へ十二ペス』『ミンガ茸の森へ十八ペス』などと書かれている道標の横には細い道が樹海の奥へと消えている。


 因みにペスというのは、この国で使われている長さの単位で八〇〇メートルほどになる。道標を確認しながら俺たちは南下し、二〇分後に『ソルジュの森へ十五ペス』と書かれた道標を見つける。道標の横には幅一メートルの道が有った。


「ここから樹海に入るのか」

「ええ、第一層のこの辺りにはポーン級の魔物しか居ないというから、気を付けていれば大丈夫なはずよ」

 キセラがギルドで仕入れた知識を披露する。

「キセラ、荷車を借りなくて大丈夫なのか?」


 カルバートは大物を狩った場合の心配をしているが、樹海の大物なんかには出遭いたくない。

「樹海で荷車は無理よ」


 樹海に入り三〇分ほど過ぎた頃、最初の魔物に遭遇した。ご存知ゴブリンだ。五匹のゴブリンが俺たちを急襲する。背負い袋を草叢に放り投げ、ホーンスピアを構える。


 ゴブリン程度では、竜爪鉈は不要なほど強くなった。一匹だけ錆びた剣を持っている。他は定番の棍棒だけ。俺たちは五分とかからず倒した。


 小さな角と魔晶管を剥ぎ取り、先へ進む。次に襲って来たのは、全長五メートルほどの銀色に輝く大蛇だった。生理的に蛇は嫌いだ。特に魔物の蛇は毒を持ったものが多いので要注意である。


 三人同時にホーンスピアで攻撃するが、浅手の傷しか与えられない。業を煮やしたカルバートが『躯豪くごう術』を使う。


 『躯豪術』というのは、俺が身体強化として使う魔力制御と調息の事だ。キセラが名前を付けた方が良い言ったので、ギルドで同じような魔法がないか調べてから名付けた。


 魔導寺院で手に入れられる魔法にも身体強化は存在する。『躯力強化くりょくきょうかの神紋』である。第二階梯神紋に属する魔法で、ウェルデア市の魔導寺院には無かったが、迷宮都市の寺院には存在する神紋だ。


 この神紋を起動すると身体中を魔力が循環し筋力を底上げする。『躯豪術』との違いは、全身の筋肉か、一部の筋肉かの違いと強化倍率だ。『躯力強化』は全身をバランスよく強化するので初期の倍率は通常の五割増し程度らしい。それに較べ『躯豪術』は三倍ほどになる。


 どちらが優れているかは場合によるだろう。同等以下の複数を相手する長期戦なら『躯力強化』、自分より強い相手と戦うなら『躯豪術』が優れていると思う。

 自動車に例えるなら、燃費の良い軽自動車が『躯力強化』で、燃費は悪いが馬力のあるアメ車が『躯豪術』だ。


 カルバートを丸呑みしようと大口を開けて襲う大蛇。その口目掛け、『躯豪術』で強化した腕力を使いホーンスピアを突き入れる。チロチロする舌を刺し貫き、下から脳に達する。大蛇は痛みで口を閉じ、のた打ち回る。その衝撃でホーンスピアの剣角が折れた。


「げっ! また折れた!」

 カルバートが叫びながら飛び退く。しばらく苦しんでいた大蛇が静かになる。


「こいつは魔物だよな」

 俺はキセラに訊く。通常の蛇なら、ホーンスピアで簡単に仕留められたはずだ。

「ええ、丸呑み銀蛇の小さな奴だわ」


「これで小さいのか?」

「大きな個体は、こいつの倍になるそうよ。双剣鹿を丸呑みしたと言う記録もある」

「うっ、こいつなら人間の踊り食いが出来るな」


 カルバートは折れた槍を手にしょんぼりしている。俺は背負い袋から替えの剣角を取り出し渡す。

「こいつが最後だぞ」


「ありがとう、ミコト。やっぱり剣角で大物は無理なんだな」

「当たり前だ。このホーンスピアはスライム用だぞ」


 剣角は双剣鹿を倒せば手に入るので、費用は考えなくて良いが、手荒く扱うと折れる。特にカルバートは力任せに武器を振るうので、今までに三本も折っている。


「投げ槍猿の槍は折れないだろうな」

 カルバートが剣角を付け替えながら言う。


 丸呑み銀蛇から剥ぎ取りを行う。こいつの換金部位は、皮と魔晶管だけだとキセラが伝える。キセラも蛇は苦手のようで蛇の死骸には近付かない。


 カルバートと二人で皮を剥ぎ、魔晶管を取り出す。『躯豪術』を習得してからは、魔晶管の位置が何となく分かるようになったので、知らない魔物でも問題なく魔晶管を取り出せる。


「ミコトさん、投げ槍猿の槍が駄目だったら、ドルジ親方に強化剣か強化槍を作って貰うのはどうかしら?」

 キセラが一考に値する提案を俺に投げ掛ける。


「躯豪術が有るから強化剣を使えると思うけど、高いんじゃないかな」

「ドルジ親方に訊いたら、剣なら金貨二十五枚、槍の穂部分なら金貨五枚で作ってやると言っていたわ」


「槍の方なら買えそうだけど、今回の依頼には間に合わないだろう?」

「そうか……普通の槍じゃないんだから、きっと製作にも時間が掛るわね」


 カルバートとキセラは子沢山の貧乏一家に生まれ、親兄弟を助けるためにハンターになったと言っていた。やっと正式なハンターとなり依頼も順調に熟せるようになったが、懐具合はそれほど余裕が無いはずだ。金貨五枚というのはキセラたちが出せるぎりぎりの金額だろう。


「今回の依頼をやり遂げれば一人金貨八枚くらいは手に入るから、強化槍はそれから考えればいい」

「でも、あの特異体を仕留めるには武器の強化は必要でしょ」


「竜爪鉈が有るから大丈夫だよ。仕留めるだけの威力を持つ武器は有るんだ」

 カルバートたちの武器を何とかしないと戦えないと言ったのは、俺だ。しかし、冷静に考えると強力な武器が一つ有れば、特異体を仕留められる。カルバートたちには、俺のサポートをして貰えば戦いやすくなるはず。


 カルバートが話に割り込んできた。

「気に入らないな。ミコトだけ危険な目に遭わせるのは反対だ」

「俺だけ戦うという意味じゃないぞ。君たちにはパチンコとかで攻撃し特異体の注意を惹き付ける役目を担当して貰う事になるだろう」

「パチンコか、大玉ならダメージは通らなくても注意くらいは惹けそうだな」

「ああ……でも、投げ槍猿の槍が歩兵蟻を仕留めたという記録が有るんだ。今から悲観する必要はないんじゃないか」

 キセラとカルバートは黙って頷く。特異体という強敵がターゲットだと不安になるらしい。俺も不安だが、前回討伐した時よりは上手く戦えると思う。


 その後、ソルジュの森に到着するまで、ゴブリンと跳兎に襲われた。すべてを仕留めたが全部ポーン級なので、死後に放出される魔粒子は少ない。


「そろそろギルドで登録証の更新をしようかな」

 俺の呟きを聞き取ったキセラが助言する。

「更新はランクアップの時にする方がいいわ。銀貨一枚が必要なんでしょ」


 しっかり者のキセラらしい助言だ。俺が頷くとキセラは、俺の登録証を見せてと頼む。俺が取り出して渡すと、基本評価の数値が大幅に上がっているのに驚いている。


「ランクは上がらなくとも定期的に更新した方がいいのかしら?」

「余裕が有れば、定期的に更新すべきだよ。自分の能力を数値で知る唯一の方法なんだから」


「あっ!」

 いつの間にか近寄ったカルバートが、キセラの手から俺の登録証を取り上げる。

「何だ、ミコトの登録証か。……げっ、いつの間にこんなに強くなったんだ」


 俺とキセラは顔を見合わせ溜息を吐く。

「何を言っているの。私たちだって強くなっているわ。ただ違うのは、登録証を更新しているかどうかだけよ」

「ふぅん、でも『魔力変現』がレベル2になってるじゃないか。俺たちも授かろうぜ」


 カルバートらしい言葉だが、キセラが反対する。

「止めなさい。『魔力変現』に向いている者は少ないと聞いたわ。カルバートなら『紅炎爆火の神紋』や『土属投槍の神紋』の方が向いてると思う」

「ん……それもいいな」

 

 ソルジュの森に到着した。楕円形の大きな葉を茂らせた木に黄色い実がたわわに実っている。一見、枇杷びわの木に似ている。しかし、ソルジュの実はレモンほどの大きさで、味は梨に似ている。


 見渡す限りソルジュの木である。地面には厚く落ち葉が積もり、下草は少ない。樹の幹には洗面器並みに大きい赤い昆虫、落ち葉の陰にはでかい黒鼠の姿を見た。


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