第20話 指名依頼
この世界には迷宮というものが存在する。迷宮の正体については、学者や研究者が調査し色々な自説を発表している。その中で一番有力なのが、魔力捕食生命体説だ。
魔力をエネルギー源とする高次元生命体が、自分の体内に魔物を寄生させ、それらが発する魔力を吸収し成長しているというものである。
迷宮内の魔物は、外にいる同種の魔物よりも強い。迷宮が存在する場所が、魔粒子が集まり易い場所だからだと言われている。大量の魔粒子を蓄積した魔物は、魔晶玉を持っている確率が高く、特異体となる確率も高い。
また迷宮に付き物の宝箱の存在だが、迷宮定番の箱型魔昆虫ミミックの仕業である。光物の好きな虫は迷宮内に落ちている金物や魔力を含む道具類を呑み込み、そのまま死ぬ。内蔵は腐り消えて無くなるが、箱型の外骨格は残り宝箱となるのだ。
迷宮に潜む魔物や宝箱を求め、ハンターは迷宮に潜る。大きなリスクを承知で迷宮に挑戦するのだ。五〇年以上前は、ハンターギルドのメンバーなら誰でも迷宮に挑戦出来たが、現在は制限がある。
ハンターギルドの規約で、迷宮に入れるのは
俺は通常依頼を達成しようと方針を決める。カルバートとキセラにも了解を得て、依頼票を選ぶ。薬草の採取、鉱物の採掘、珍しい魔物の捕獲、ギルドからの調査依頼など様々な依頼を九件達成した。
ただ、通常依頼は金銭的に美味しくない依頼が多い。そこでミッション途中で遭遇する魔物を倒し費用に補填する。
そんなハンター生活をしていた時、危険な魔物にも遭遇した。岩塩採掘の帰り道で遭遇した足軽蟷螂である。こいつはダチョウサイズの蟷螂で、達人剣士並みのスピードと鋭い鎌で攻撃して来た。
三人掛かりで漸く倒したが、三人共怪我をして教会の診療所で治療を受けた。
もう少しで
その日もギルドの依頼票ボードの前で依頼を選んでいると、俺の名前を呼ぶセリアさんの声に気付いた。
「セリアさん、何か用ですか?」
長く美しい栗毛をかき上げるセリア嬢。この仕草を美人がやるとたまらん。
「おめでとうございます。初めての指名依頼です」
指名依頼? 誰に指名された。心当りがない。
「依頼票はこちらです」
セリアさんが差し出す依頼票を見る。槍トカゲの特異体を狩り魔晶管を採取する依頼だった。また、特異体が目撃されたらしい。報酬は金貨一〇枚、前回と同じだ。
「また出たんですか?」
「そうなのよ。前回と同じ依頼者から経験者にという希望なの」
セリアさんが困ったと顔を顰めるが、それも可愛い。
「特異体と言うのは、そんなに頻繁に現れるものなんですか?」
「ここは迷宮じゃないわ。異常よ」
特異体が現れる頻度というのは、年に一体くらいが普通だそうだ。
「原因は何でしょう? 草原を調査した方がいいんじゃないですか」
「そうね。支部長と相談してみます」
俺は指名依頼を引き受けた。カルバートたちとは相談していないが、いざとなれば一人でも狩りを行うつもりだ。それからセリアさんに確認すると指名依頼も通常依頼としてカウントされるそうだ。
ギルドで少し待つ。カルバートたちがギルドにやって来た。お揃いのホーンスピアとパチンコを装備し、安物だがちゃんとした革鎧も着けている。一端のハンターという感じだ。
「どうした、ミコト。鼻息が荒いぞ」
ちょっと興奮していたらしい。俺は気を落ち着けるように深呼吸してから話す。
「指名依頼だ。槍トカゲの特異体を狩る」
カルバートたちが驚いた。当然だろう。
「どうして、ミコトに?」
俺はまだ新しい革鎧を指差す。カルバートは首を傾げるが、キセラはなるほどというように頷く。
「その革鎧、何の革だか教えてくれなかったけど、槍トカゲの特異体なのね」
「何っ! いい革鎧だと思っていたが……そうか欲しいな」
カルバート、何でも欲しがっちゃいけませんと言っただろ。……あっ、言ってないや、心の中で呟いただけだ。
「カルバートが怪我して休んでいた時に狩ったのね」
「そうだ、双剣鹿狩りに行って偶然遭遇したんだよ。あの時は死ぬかと思った」
「特異体か、大きかったんでしょう」
「キセラの身長を基準にすると四倍くらいだな」
「で、でかいな。そんな化け物、よく倒せたな」
「俺にはこいつが有る」
背中の竜爪鉈を軽く叩く。その自信有りという仕草を見るとキセラは納得する。この十数日で、ミコトは強くなった。魔力の制御を接近戦で駆使するようになり、瞬発力、威力、回避能力は大幅に伸びた。ポーン級上位のオークでも問題なく倒せるほどに。
カルバートたちの了解を得て、槍トカゲの特異体狩りに出掛ける。今回の目撃情報によるとトルタス河付近の岩場で日光浴をしているのを目撃されていた。門を出て南へ進み、門が視界から消えた時点で東へ方向転換する。一時間ほど進むとトルタス河に到着。
岩場というのは、前に槍トカゲ狩りをした場所より、少し下流に行った所である。大きな岩が水の流れによって削られ洗濯板のような奇景を形成している。
今日は目的の獲物を探し、倒せるかどうか見極めようと話し合っていた。もちろん、倒せそうなら積極的に戦うつもりだ。
岩場一帯を二時間ほど探し回り、岩場近くの砂場で十数匹の槍トカゲに囲まれ日光浴をしている特異体を発見した。
「どうする?」
俺はカルバートたちに尋ねる。
「普通の槍トカゲなんか、奇襲して蹴散らせばいい」
「カル、真剣に考えてよ。あんな見通しいい場所にいるのよ。奇襲なんか出来るわけ無いでしょ」
キセラに怒られたカルバートはしょんぼりしている。考え無しなのは治っていないが、カルバートも真面目に訓練を続け、ある程度の魔力制御が可能になっていた。
パチンコ、魔力に依る筋肉強化と武器強化は、ミコトには劣るがキセラより優秀だ。キセラも同じように魔力の制御を行えるが、向き不向きが有り近接戦は苦手のようだ。
「あのくらいの数だったら大丈夫だと思うんだけどな」
小さい声でカルバートが呟いている。
「まだ、そんな事を言ってるの。調子に乗ってゴブリンの群れに突っ込み、ショートソードを折って死にそうになったのは誰?」
カルバートが、その場にひざまずいてしまう。肩を落とした姿は、敗残兵といった感じだ。
「……そこまでだ。痴話喧嘩は家に帰ってやってくれ。それより槍トカゲだ」
「ち、痴話喧嘩なんかじゃありません」
キセラが少し頬を赤く染め恥ずかしそうにしている。
「俺たち強くなったと思うんだがな」
立ち直りの早いカルバートが目を輝かせて特異体を見ている。危ない兆候だ。確かに俺たちは強くなったが一流のハンターには程遠い。
魔力の制御は初歩の段階だし、攻撃魔法も一つしかない。その<缶爆>は不安定だし、今回のような素材の剥ぎ取りには向かない魔法だ。あんなもので攻撃したら特異体の魔晶管まで爆砕してしまう。
また、武器も心許ない。俺には竜爪鉈が有るが、カルバートたちはホーンスピアとパチンコだけだ。双剣鹿や長爪狼程度なら問題ないが、あの特異体には歯が立たない。
俺たちは岩場の岩陰から、特異体を監視し作戦を考えていた。
「あの化け物の皮は、そんなに丈夫なのか?」
「強化無しの竜爪鉈では、浅い傷を作るのが精一杯だった」
「俺たちのホーンスピアじゃ駄目か」
竜爪鉈だけで勝負するには地の利が無いと考え、今日は引き返す事にする。槍トカゲの習性として、決まった場所で日光浴をするようなので、獲物を探す目的は達成している。
◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇
ウェルデア市のハンターギルドに
メンバーは、リーダー兼剣士のブッガ、魔導剣士のミルザス、斧戦士のグレヴァ、戦闘斥候のダズ、剣士のムスラの五名である。
「また、槍トカゲの特異体が目撃されたらしい」
細マッチョの戦闘斥候ダズが、飲み仲間から仕入れた情報を告げた。髭面の大男であるブッガが眉を顰める。ギルド内で、そんな情報はまったく無かったからだ。
「おかしいな。それが本当なら魔晶管の採取依頼が出るはずだぞ」
ブッガの疑問に、小柄だががっしりとしたミルザスも首を傾げた。
「これから出るんですかね」
それを聞いたダズが、訳知り顔で告げる。
「依頼は出ているんだ。但し指名依頼だったらしい」
「何だと!」
ウェルデア支部に所属する
故に唯一残った
「今、町一番のハンターは俺たちだぞ。
がやがやと騒ぐ仲間たちの中で、ムスラが沈黙を守っている。そして、何かに気付いたかのようにブッガに視線を向ける。
「奴だ、奴に違いない」
唐突なムスラの叫びに仲間たちが注目する。
「ムスラ、何を言っている。奴とは誰だ?」
ブッガがきつい口調で尋ねた。
「俺をコケにした奴だよ。奴が装備していた鎧に見覚えがある。あれは特異体の革だ」
ブッガは、ムスラを
「馬鹿な、あんなド新人に特異体が狩れるはずがない」
副リーダー格のミルザスが否定するが、ブッガはムスラの言葉も否定出来ない要素があると判断した。もし、ムスラの指摘が真実なら、許せんぞ。俺たちをコケにした新人も、そして、『金剛戦士』の存在を無視したギルドの職員たちも。
その日の夜、『金剛戦士』のブッガとダズは、ギルド職員のロイドを言葉巧みに酒場に誘い出し、大量の酒を飲ませた。元々酒好きのロイドは、ご機嫌で酒を口にする。
酔ったロイドから高級な酒を餌に情報を引き出したのはダズだった。最後には、ロイドが酔い潰れてしまったが、聞きたい情報はすべて聞き出した。
結果、ムスラが正しかった事が判明する。指名依頼を受けたのは、ミコトとか言う新人野郎で、前回の特異体に関する依頼も奴が達成した。
そして、重要な情報として、奴が持つ武器『竜爪鉈』の存在である。
「ド新人には不相応な武器だな」
ブッガがニヤリと笑って言う。その言葉を受けてダズが頷く。
「すぐにでも皆を集めて、奴を絞めようぜ」
ダズの進言にブッガは
「まあ待て、奴を
「ククッ、そういう事かい。けど、ギルドの奴らに知られると、まずいですぜ」
「知られなきゃいい。街の外なら、やりようはいくらでもある」
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