第27話 別離

 魔法を使えるミルザスが<火炎弾>を放つ。ソフトボール大の炎が歩兵蟻に向かって飛び蟻の頭に激突する。当たった瞬間、爆ぜた炎は蟻の硬い外殻を焼く。蟻はダメージでふらつくが致命傷では無かったようだ。


「俺が止めを刺す!」

 斧戦士のグレヴァが斧を振りかざし渾身の力で振り下ろす。ギチッと音が響き、斧の刃が蟻の頭に衝突した。


 硬い外殻で斧の刃が滑り浅い傷しか負わせられない。しかし、衝撃は蟻の動きを止める。

「クソッ……どんだけ硬てえんだ」

「俺に任せろ!」


 ブッガが竜爪鉈を動かない蟻の頭に叩き込んだ。鉈の刃は外殻に食い込み、透明な体液が流れ出る。それでも致命傷ではなく、息の根を止めるまで三度鉈が振るわれた。


「さすが竜爪鉈だぜ」

 ブッガが一匹を仕留めている間に、斧戦士と魔導剣士が蟻どもに囲まれるのが見えた。

「ブッガさん、助けて!」


 だが、ブッガの前にも一匹の歩兵蟻が近寄る。二匹目の蟻を倒すのに手間取っている中に、斧戦士が引き倒され蟻どもが群がる。すぐに血飛沫が上がり断末魔の叫びが聞こえた。

 その声を聞いた魔導剣士が慌てて<爆炎弾>の魔法を使う。


【ギシュヌ・バンデロイヨ・イエムセルシュ……変現せよ<爆炎弾>】


 斧戦士が倒れている場所から炎の塊が吹き出す。斧戦士と周りの蟻どもを焼き、それでも収まらず魔導剣士までも炎に包まれる。


 魔導剣士が魔法制御に失敗したのだ。炎はすぐに消えたが、炎を吸い込んだ魔導剣士も息絶える。蟻どもも火傷を負った。それでも強い生命力を持つ蟻は死なない。


 戦闘斥候のダズとムスラは、必死で窪地を抜けだそうと斜面を駆け登る。だが、勾配がきつくなっている地点で力尽き転がり落ちた。


 仲間の断末魔の叫びや悲鳴が聞こえた二人は、恐怖でパニックを起こす。近づいて来る歩兵蟻から逃げようと無闇に走り回り始めた。


「来るな、来るんじゃない」

 魔物は逃げる獲物を追い掛ける習性がある。ブッガと戦っている歩兵蟻以外は、二人を追い駆け始める。パニックに陥った人間は、普段は考えもしない愚かな行動をする。


 ダズが助けを叫びながら、歩兵蟻と戦っているブッガにすがりついた。

「助け……助けてくれぇ」

「邪魔だ、離せ!」

 ブッガが怒声を上げる。


「な、仲間だろ、助けろよ」

 戦いの邪魔になるダズを突き放す。ダズは地面に転がり、唖然とした顔でブッガを見る。その背後には歩兵蟻が迫っていた。ダズの悲鳴が響き渡る。ブッガは血の臭いを嗅いだが、無視して竜爪鉈を振り下ろす。やっと二匹目を仕留めた。


 ムスラが俺の居る横穴を目掛けて斜面を駆け登ろうとしている。背後には歩兵蟻が居る。イチかバチかの賭けに出たようだ。意味不明の言葉を絶叫しながら駆け登り、もう少しの所で足を滑らせた。転がり落ちたムスラは歩兵蟻の餌食となる。


 それを見ていた俺は、気分が悪くなり吐いた。殺したいほど怒った奴らだったが、これはむごい。たった一人生き残ったブッガと歩兵蟻三匹の戦いとなる。


 ブッガは悪人だが、最後まで戦いを放棄しなかった。懸命に竜爪鉈を振り回し、もう一匹だけ歩兵蟻を仕留める。だが、そこで力尽き引きずり倒され断末魔の叫びを窪地に響かせる


 血の臭いと戦いで興奮している歩兵蟻は、ハンターたちの死骸を放置し横穴の俺に向かって来る。俺は唯一残った武器であるパチンコを取り出し鉛玉を放った。


 カツッという音がして硬い外殻に弾かれた。

「やっぱり、パチンコじゃ無理か。あの魔法を試そう」


 俺が歩兵蟻用に準備していた魔法は、『魔力変現の神紋』を使った<炎杖>と名付けた魔法だった。本当は<炎槍>と名付けたかったのだが、『灯火術の神紋』のレベル5で使える付加神紋術式に<炎槍>というものが有ったので、仕方なく<炎杖>という名前にした。


 『魔力変現の神紋』により<変現域>を起動し全身から集まる魔粒子でバルブとノズルが付いた小型ボンベの様なものを作る。但し、中身が違う。入っているのはガソリンのような可燃性の液体と圧縮された空気だ。


「発射!」

 バルブを開くとノズルから勢い良く可燃性の液体が吹き出し燃え上がる。長さ三メートルほどの炎の棒が歩兵蟻の頭を焼く。高温の炎は硬い外殻をも焦がし体液を沸騰させた。


 炎に包まれ身悶えする歩兵蟻は、斜面を転がり落ちた。転がり落ちた蟻に代わりもう一匹の蟻が斜面を這い上がって来る。


 襲い掛る歩兵蟻の頭を<炎杖>で焼き斜面から落とす。二匹の蟻は、窪地の底で藻掻もがき苦しんでいた。俺は斜面を下り、竜爪鉈を拾い上げると蟻の頭をかち割り止めを刺した。


 魔導剣士も魔法を使い歩兵蟻を攻撃したが、致命傷を与えられなかった。なのに<炎杖>は容易く歩兵蟻を退治したのは何故か。それは使った魔法特性の違いだ。


 『紅炎爆火の神紋』の<火炎弾>や応用魔法である<爆炎弾>は高温の炎で一気に敵を攻撃するが、炎は一瞬で消える。それに較べ<炎杖>は相手が死ぬまで炎で焼き続ける。


 体力的には問題なかった。しかし精神的に疲れた俺は、しばらくボーっとしていた。


 気持ちが落ち着いてから、ドリルスピア、巾着袋を回収する。次に、歩兵蟻から魔晶管や外殻、討伐証明部位である右の触覚を剥ぎ取った。ここで一休みしてから、窪地の脱出方法を考える。


「足場さえ有れば登れそうだ。使えそうなものは……」

 俺は歩兵蟻の足を二〇本ほど切り取り、斧戦士の斧を使って斜面に打ち込んだ。一時間ほどで足場が完成した。斜面に蟻の足が突き出ているだけの簡単なものだ。脱出ルートを確保した俺は、剥ぎ取った蟻の外殻やリュック、ドリルスピアを上に運び上げる。


「ムスラたちの遺体をどうするか……ここで見つかるとヤバイかな。ブッガの奴は子爵の甥だと言ってたしな」

 遺体から登録証を回収しギルドに報告しようか迷った。結局、登録証は横穴に放り込み金剛戦士の事は報告しないと決めた。


 窪地の上で、ある魔物を探し見つけた。緑色のスライムたち、こいつらをドリルスピアを使って窪地に放り込む。十数匹ほど放り込んで、窪地の底を見ると死骸に取り付き、その肉を溶かし始めていた。

「これで金剛戦士だと分からなくなるだろう」


 俺はクエル村へ寄らずにウェルデア市に戻った。あの村長がブッガたちとグルだったんじゃないかと思えたからだ。ギルドで報告を終え、換金部位の代金と報奨金を貰う。およそ金貨四枚が俺の手に。


 その日は宿に戻り寝た。


 翌日、カルバートの見舞いに行き、昨日の出来事を話した。

「ミコトさん、ウェルデア市から離れた方がいいわ」

「何故だよ。ミコトは悪く無いだろ」


 カルバートは俺をかばってくれたが、キセラは眉を顰め暗い顔をしている。

「もう少し経てば、ブッガの行方が知れないと子爵一族が探し始めると思うの」

 それには俺も同意する。


「そうしたら、歩兵蟻と一緒に死んでいるブッガたちを見つけるわ」

「でも、死骸から身元は分からないはずだ」


「クエル村の村長は、ブッガたちの所業を知っていたと思う。ミコトさんの前にも二つのパーティが依頼を失敗してるんでしょ。きっとミコトさんと同じ目に遭ったのよ」


 カルバートが激怒する。

「何だと! あいつら」

「村長が子爵一族にブッガのやっていた事を話せば、当然、俺が疑われるか」


「ええ、だからミコトさんは、ウェルデア市を離れた方がいいわ」

「分かった。……さて、何処に行こう」

「それはミコトさんが一人で考えて。私たちは知らない方がいいと思う」

 キセラは賢い娘だ。子爵一族の追求に遭っても切り抜けられるだろう。


 治療院を出た俺は、ドルジ親方の工房へ行き頼んであった品物を受け取った。篭手と陣羽織、それとリュックである。篭手は肘から手の甲までをカバーする丈夫なもので、なまくら剣なら弾き返すほどの強度が有った。


 陣羽織も注文通り腰の部分が特異体の革で出来ており防具として十分なものだ。リュックは肩と腰で固定するタイプで俺の身体にしっくり来る。


「クルツさん、ありがとう。気に入ったよ」

「いやいや、こっちも勉強になったよ」

 俺はドルジ親方とクルツにウェルデア市を出る事になったと告げる。


「お前もか」

 ドルジ親方が残念そうに言う。腕利きのハンターは、必ずと言っていいほど近くに在る迷宮都市に移ってしまう。迷宮都市の方が金が稼げるし、強くなるための環境が整っているからだ。

 その辺の情報に、俺は疎かったので、ドルジ親方に詳しく聞いた。


 それによると、迷宮都市の近くには、三つの迷宮が存在する。五〇〇年前に魔王を封印した勇者が修業時代に発見した『勇者の迷宮』、古代魔導帝国エリュシスが魔導秘術の隠し場所として建造した『魔導迷宮』、三つの地脈が交差した地点に出来た魔粒子溜りが原因で巨大な地下空間が迷宮化した『迷宮帝国』。


 難易度で言えば『勇者の迷宮』<『魔導迷宮』<『迷宮帝国』の順で強力な魔物が発生しているようだ。『勇者の迷宮』は別名『初級者の迷宮』と呼ばれポーン級からルーク級までの魔物しか現れない。


 そして『魔導迷宮』にはルーク級からビショップ級の魔物が現れ、『迷宮帝国』にはポーン級からクイーン級までの雑多な魔物が現れる。


 高価な換金部位を持つ魔物が必ず現れる迷宮はハンターにとって最高の稼ぎ場所なのだ。それに加え迷宮都市には、クラウザ研究学院がある。あらゆる学問や技術を学べる最高クラスの学校で、試験さえ受かれば誰でも入学可能だ。


 学生である俺は、クラウザ研究学院というのに興味を惹かれた。だが、元の世界に戻りたい気持ちが強く、縁のないものだと考えた。


 俺はドルジ親方たちと別れ、ギルドに寄り街を離れると告げる。

「仕方ないわ。頑張ってね」

 セリアさんは明るく送り出してくれた。ギルドを出ると食料を補給する。干し肉や保存食用堅パン、乾麺と調味料を一〇日分ほど買い込み、野営用に薄い毛布と毛皮の敷物を買った。


 毛皮の敷物は双剣鹿の毛皮で、丁寧に処理してあり手触りが良かったので買った。本当は寝袋のようなものが欲しかったのだが、この世界に寝袋は普及していないようだ。


 雑貨屋で木製食器とカップ、小さな鍋、蝋燭、丈夫な紐、ロープと紙・インク・ペンなどの筆記用具を買う。紙が思いの外に高かったので、この世界、紙は貴重品なのだろう。


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