第15話 治療院と魔法

 見覚えのある地形が近付いた時、狼の吠え声を聞いた。俺は不吉な予感を覚え荷車を放り出し、カルバートたちの下に急いだ。戦いの音が聞こえ、カルバートの叫び声が耳に響く。


「こっちに来んじゃねえ!」

「きゃあ!」

 竜爪鉈を引き抜き戦いの場に駆け込む。敵は長爪狼の集団五匹、双剣鹿の血に誘われて襲ったようだ。


 俺は狼たちの背後から足を狙って鉈を振り下ろす。二匹の狼に重症を負わせた。キセラは無事のようだが、カルバートは左足から血を流していた。


 シベリアンハスキーに似ていたが、爪が異様に長く兇悪だった。二匹が俺に襲い掛かる。一匹はステップして躱したが、もう一匹の爪が俺の左脇腹に当たった。ボロボロの革鎧が引き裂かれた。一瞬、青褪めた俺は、恐怖で固まる。その時、キセラの心配そうな顔が目に入り、気合を入れなおす。


「狼どもめ!」

 最初に連撃を加えた狼二匹は唸り声を発しているが、襲って来ようとはしないで、遠巻きに睨んでいる。俺が帰って来たのを見てキセラが落ち着きを取り戻し、槍で狼を突き刺す。


 再度、狼が飛び掛って来た。俺は正面から鉈を振り下ろす。鉈は狼の頭を断ち割った。血の滴る鉈を振り上げ、もう一匹の狼の首に振り下ろす。狼が横に飛んで躱す。それを追うように飛び上がり鉈を擦り上げた。今度は躱されず首に鉈が食い込む。


「グウォ!」

 無傷の狼は居なくなった。俺は残りの狼に止めを刺した。反撃して来る狼も居たが、すべての狼を仕留める。


「カルバート、大丈夫か?」

「だ、大丈夫……」

 太腿に大きな傷跡が有った。だらだらと血が流れ出し顔色も悪い。俺は薬を何も持っていないという事実に思い至る。―――後悔した。狩りをすれば傷を負うリスクが有るのは判っていたのに。


「あたしポポン草を探して来る」

 ポポン草は傷薬の素材となる薬草だ。それを磨り潰したものは血止めの効果がある。俺はカルバートのズボンを脱がし傷口を水筒の水で洗った。


 そして、背負い袋から替えの下着を取り出し包帯代わりになるように、切って繋ぎ合わす。キセラがポポン草を採って来た。葉っぱを千切り取り包帯にした残りの布に包んでから石で潰す。それを傷口に広げて包帯で巻く。


「イタタタ……もっと優しくしてくれ」

 カルバートが傷みに悲鳴を上げる。

「俺には応急処置しか出来ない、巻き終わったら街に戻る」


「長爪狼はどうするんだ?」

「金よりも命が大事だろ」

「剥ぎ取れ、治療にも金が掛かるんだぞ」


 カルバートの言葉にこの世界の現実が有った。俺とキセラは手早く長爪狼を剥ぎ取り、荷車に双剣鹿と長爪狼の換金部位を乗せた。カルバートも荷車に乗せ街に向かう。途中、カルバートの具合が悪化しているのが分かった。


 街に到着すると教会へと向かう。教会には治療院があり、怪我人や病人の治療を行っている。但し、治療費が高い、ちょっとした怪我の治療でも銀貨が必要だった。


 白い壁と緑の屋根、鐘が吊り下げられた塔、それらが一体となっているのが教会だった。治療院は教会の庭に別館として建てられており、平屋の建物で中には待合室と入院患者の部屋が並んでいた。


 俺とキセラはカルバートを待合室に運び込んだ。その様子を見た修道女がカルバートを治療室に運ぶように指示した。カルバートの顔色が危険なほど青白くなっている。


「この傷は長爪狼か。結構深いな、傷を完全に治すには魔法薬が必要だが、どうする?」

 治療室には治療専門の司祭である修道司祭が待っていた。治療台に横たわるカルバートの傷口を見て俺たちに確認する。


「ま、魔法薬……いくらするの?」

 キセラが魔法薬と聞いて顔を引き攣らせる。魔法薬は効果が高いが値段も高い。


「治癒の魔法と合わせて銀貨三枚だな」

「金は払う。治してくれ」

 俺は即断した。キセラとカルバートに蓄えがないのは判っていた。俺の蓄えと今日の買取分を足せば何とかなると計算する。


「えっ、私たち……」

 キセラが哀しそうな顔をしている。

「金は心配するな、何とかなる」


 修道司祭が頷き、治療に取り掛かる。カルバートの傷口を高濃度のアルコールで消毒し、魔法薬を浸した布を傷口に貼り付ける。少しの間、瞑目してから呪文を唱える。


『大海に鎮座せしメルダティアの御力をう。傷付きし下僕に大いなる印を与え給え……カシュマイド・ギジェクテオ・ムセルシュマ……<治癒キュア>』


 呪文の終了と同時に修道司祭の手から光が飛び出し、カルバートの傷口に浸透する。数分間、カルバートの傷口付近が痙攣する。その痙攣が治まった時、治療が終了していた。


 正直、凄いと思った。魔法薬を浸した布を取り去ると、傷口に肉が盛り上がり完全に塞がっていた。

「後は傷薬を塗っておきなさい。三日もすれば元通りになる」

 修道女が塗り薬を塗って包帯を巻く。カルバートは血を流し過ぎたので一日だけ入院することになった。


「双剣鹿を換金してくる。キセラは付き添ってやれ」

「ミコトさん、ありがとう」

「礼はいいよ」


 俺はギルドに行って双剣鹿と長爪狼の換金部位を金に変え、治療院に戻り治療費を支払った後、キセラに声を掛けてから帰った。


 翌朝、カルバートを見舞いに行くと完全に回復していた。―――魔法恐るべし。カルバートは一緒に狩りに行く言ったが、二日ほど休むように言い渡した。カルバートは迎えに来たキセラと一緒に家に帰る。

「今日は一人で狩りに行こう」


 ギルドで依頼票をチェックする。報酬が金貨一〇枚という高額報酬の依頼が有った。トルタス河の近くで目撃された槍トカゲの特異体から魔晶管を採取する依頼である。


 特異体と言うのは魔物が大量の魔粒子を蓄積し、その影響で体細胞が変異を起こした個体の事だ。変異した魔物は、種族の限界を超えて巨大化する傾向が有る。今回の槍トカゲも巨大化し、体長が五メートルほどになっているらしい。


「五メートルの槍トカゲか、そんな奴と遭遇したくないな……ん……こいつはフラグか、迂闊な事を口にしない方がいいな」


 そんなフラグが立ったとしても、俺が折ってやる。

 俺は槍トカゲの生息地であるトルタス河とは反対方向である平原の西部地域へ向かう。特異体が居る可能性がない地域だ。


 狙いは双剣鹿、昨日の双剣鹿は銅貨九〇枚に変わった。二頭狩れば、銀貨一枚と銅貨八〇枚の稼ぎになる。 ギルドで荷車を借り、えっちらおっちらと引いて行く。昨日はパチンコを使って双剣鹿を倒した。そのパチンコがもう使えないと気付いたのは先程である。


 ゴム代わりに使っていた槍トカゲの舌皮が傷んでいるのだ。何の処理もしていない生の皮を使っていたのだ。当然腐ってしまう。


「皮だからなめせば耐久性は増すだろうけど、ゴムのような特性が失くならないかが問題だな」


 俺は記憶のメモ帳に『新たに槍トカゲを仕留め舌皮を鞣す』と書き加えた。鞣すのは、竜爪鉈を作ってくれたドルジ親方に頼もうと考えている。


 しばらく進むとミュール草が多くなった。双剣鹿のテリトリーに近付いた印だ。この辺は足切りバッタは少ないがスライムが多い。


 スライムにも幾つか種類がある。一番多いのは緑スライムで、次に多いのが赤スライムだ。他にも黄、青、銀、金と居るらしいが、緑と赤以外は見たことがない。


 どのスライムも体内で生成した物質を飛ばす攻撃をしてくる。ただ物質の中身が色によって違うらしい。緑スライムは酸、赤スライムは毒、黄スライムは凝固液だとキセラから聞いた。他のスライムは知らないらしい。


 草原のあちこちにスライムが居る。スライムの主食は植物だ。それも枯れ草が好みなようで、青々とした草よりも枯れて茶色になった草を食べている。


 そして、特に好物なのが動物や魔物の死体だ。狼の食べ残しや双剣鹿に踏み潰された足切りバッタを食べている姿をよく見る。


「双剣鹿が居ないな。その代りスライムが多い」

 長爪狼にでも殺られたのだろうか、双剣鹿の死体が転がっていた。死体の周りには多くのスライムが群がっていた。ほとんど骨だけになっていたが、剣のような角は残っている。俺は剣角を一つ回収した。根本は湾曲していたが途中から真っ直ぐに伸びている。金属でもないのに、ズシリと重く光沢が有る。刃の部分は鋭く、先端は槍の穂先のように尖っている。


 俺はもう一つの剣角を探す。双剣鹿の剣角は二本なければ、おかしい。

「おっ! あんな所に」

 剣角の上にスライムが乗っている。剣角を体内に取り込み消化しようとしているようだが、消化出来ないようだ。鉄製の剣なら確実に腐食し変質していただろう。


 俺のお手製の槍に金属製の刀身を付けていないのは、この槍が主にスライムを退治するのに使っていたからだ。

「剣角を加工して槍の穂にするか。それならスライムを攻撃しても槍が傷まないだろう」


 剣角の湾曲部分を竜爪鉈で切り取り真っ直ぐな部分だけを残す。長さが四〇センチ程になったものを柄に括り付け易いように削る。最後に雑貨屋で買った丈夫な紐を使って、手製の槍の先端に括り付ける。剣角の槍ホーンスピアの完成だ。


 強度は青銅製の槍と同じくらいだろうか。槍というよりは、槍の穂先を剣状にした長柄武器であるグレイブだが、切断力より貫通力の方が優っているので槍と呼ぶ。

 それでもスライムくらいは切り払える。さらに酸に強いというのは大きなメリットだ。


 俺はホーンスピアを使って緑スライムを攻撃してみた。刃の部分でスライムを切り裂く、核である魔晶管がスパンと二分された。死体に群がっていたスライムが体液を飛ばし攻撃して来る。

 俺は酸や毒を躱しながら、スライムを次々に切り裂く。―――その日、男の『ロマン』である無双を実行する、残念ながら相手はスライムだけど、無双は無双だ。ちょっと俺の羞恥心が刺激された。


 緑・緑・赤・緑・緑・赤・緑・緑・緑・赤・赤・緑……黄……ん?


「黄スライムだ。初めて見た」

 初めて見るスライムは、俺を無視して緑スライムに襲い掛かった。緑スライムは逃げようとしたが、黄スライムから黄色い液体を体内に注入される。


 逃げようとしていた緑スライムは動きが遅くなり完全に身動きしなくなる。黄スライムは動かなくなった緑スライムを飲み込み体内で消化を始めた。


「こいつはスライムを食べるのか」

 面白い、黄スライムは何かに使えるような気がする。しかし、金にならないスライムに関わっている時間が勿体無い。双剣鹿を探そう。

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