第14話 舌肉とパチンコ
街に到着した頃には陽が傾き始めていた。ギルドへ急ぎ槍トカゲから剥ぎ取った皮・腹肉・魔晶管を買い取ってもらう。
全部で銅貨一四三枚、三等分して俺の取り分は銅貨四八枚、俺だけ銅貨一枚多いが年長だからとキセラに言われた。
カルバートたちは銅貨四七枚だったが、これでも前よりはだいぶ多いらしい。穴兎やポポン草の依頼を受けていた時は一日銅貨十数枚程度だったのだ。
俺たちはしばらく一緒に狩りをする約束をした。
その日は解散し、宿に戻り水浴びした。この世界にも風呂や石鹸は存在する。但し、庶民には高嶺の花だ。風呂の設備は王侯貴族の屋敷か大商人の家にしか無い。
石鹸も高価で庶民が気軽に買えるものでは無かった。故に庶民は頻繁に水浴びした。寒い時期の水浴びは辛いので、少量のお湯で体を拭くだけの場合も多い。
水浴びが終わる頃には辺りが暗くなっていた。宿屋の部屋は内側から掛ける鍵しか無かったので荷物を持って外へ出る。宿屋には食事を摂る所が無いので近くの料理屋に入った。
テーブルが四脚、カウンターには五席分の椅子がある小さな料理屋だ。薄暗いランプの灯りの下で数人の職人らしい男たちが酒を飲んでいる。俺はカウンター席に座り、店員を探した。
小柄な猫人族の店員が木製のジョッキを運んでいた。
「はい、エールでシュ。他にご注文はありましぇんか」
眼がクリクリした可愛らしい猫人族の娘がテーブルにジョッキを置いた。
「ミーネちゃんさえ居れば、後は何も要らないよ」
酔っぱらいのオッさんの言葉に、猫人族の娘が困ったような顔をする。
「ケチ臭い事言ってないで、注文しやがれ!」
店主兼料理人らしい爺さんが店の奥から怒鳴る。酔っぱらいと店主が怒鳴り合いを始めたが、日常茶飯事らしくミーネと呼ばれた看板猫嬢は、俺の横に避難して来た。
「お客しゃん、ご注文は?」
黒と白の柔らかそうな毛に包まれた顔には短い髭があり、頭部にはピンと立った大きな耳がピコピコと動いていた。―――グッ、か、可愛い。お持ち帰りしたい。捨て猫を持ち帰った前科の有る俺は、猫人族の可愛さには抵抗出来なかった。
「パンとシチューを頼む」
「はい、パンとシチューでシュね。シャラダはいかがでシュか」
頭をコテッと傾けながら、変な訛りが有るしゃべり方で応える。可愛過ぎる……俺の選択に『いいえ』は無かった。
「それじゃあ、サラダも」
注文を貰ったミーネがトコトコと奥へ歩いてゆく。猫人族を近くで見たのは初めてだった。これほど可愛いとは、この世界は侮れない。店は騒々しいが、気に入ったので明日の夕食もここにしよう。
その後、ミーネちゃんとは親しくなれなかったが、ここの店主であるガバナスとは気軽に話が出来るようになった。
「ミコトはハンターか。どんな獲物を狩ってるんだ?」
「今日は槍トカゲさ」
「おう! あいつか。癖のある肉だが旨えからな。俺の店でも偶に客に出すぜ」
「どういう風に料理するんだ?」
「槍トカゲの肉には苦味のある成分が含まれるから、そいつを取り除かにゃならん。方法は二つ、燻製にするか、細切りにして野菜と一緒に煮込むんだ。俺の店じゃあ煮込みにして出すぞ」
「煮込みか旨そうだな。因みに槍トカゲは、腹肉以外食べられないと言うのは本当かい?」
「ああ、背中の肉とかは苦味が強くて食べられん」
俺は持って帰った舌肉を思い出した。
「舌肉を食べた事は有るか?」
「舌肉……ねえな、あんなもの食べられるのか?」
「毒ではないみたいだ。俺の故郷じゃ牛の舌肉を食べるんで、どうだろうと思ったんだ」
「牛の舌肉をか……聞いた事ねえな。どうやって料理するんだ?」
ガバナスは料理人として興味を持ったようだ。
「確か、熱湯に入れて皮を剥いでから、薄切りにして焼くんだ。塩や香辛料で味を整えると美味しいんだ」
「ふーん……一度試してみるかな」
俺は荷物から五個の舌肉を取り出した。
「試すんなら、こいつを使ってくれよ。今日狩ったばかりの奴だ」
ガバナスは舌肉を受け取り、じっくりと見る。
「こいつを持ってるって事は、自分で試すつもりだったのか?」
「ああ、でも宿だと調理出来ないんだよな」
「
宿屋のオヤジはミデルというらしい。まあ、無愛想なオヤジの名前なんぞ知りたくもないが。
ガバナスは熱湯に舌肉を入れ、サッと湯掻いてから硬い穂先と皮の部分を切り離し、肉を薄切りにして焼いた。焼いたものに塩だけを振って、俺の前に出す。
「言い出しっぺが、味見しな」
俺はゆっくりと舌肉を指で持ち上げ口に入れる。コリコリした食感と肉から滲み出る油の甘みが塩と絡んで絶妙な旨味を作り上げている。口一杯に幸せを感じながら咀嚼した。
「旨い、食感がたまらん」
美味そうに食べる俺を見て、ガバナスが舌肉を摘み上げ口に放り込む。
「こいつは旨え、ミーネも食ってみろ」
ミーネが恐る恐る手を伸ばし舌肉を口にする。
「コリコリして美味しいでシュ」
それを見ていた酔っぱらいの客たちが騒ぎ出した。
「そんなに旨いなら、こっちにも寄越せよ」
「そうだそうだ。俺らは客だぞ」
五個の槍舌から取れる肉は少なかったが、客に少量ずつ配るほどの量は有った。煩く騒ぐ客を黙らせる為、俺は客に振る舞うようにガバナスに言う。
「済まねえな、この酔っぱらいのバカどもを静かにさせるにはそれしかねえようだ」
ガバナスが舌肉を焼き、それをミーネが配る。
「何だこれ、すげえ美味え!」
「オヤジ旨えぞ」
「舌肉最高!」
酔っ払いたちに絶賛された。この瞬間、ウェルデア市の新名物である『舌肉焼き』が生まれた。
翌日ギルドへ向かった俺は、カルバートたちと合流した。今日の獲物は双剣鹿だ。ニホンジカより一回り大きく、雄の頭には湾曲した刃を持つ剣であるカットラスのような角が二本有る。
この角は強壮剤の素材であり、ギルドでは銅貨一〇枚で買い取る。他に皮・肉・魔晶管が換金部位となるが、特に肉が高い。
双剣鹿のテリトリーは、南に広がる平原の西部地域を中心とするミュール草が生い茂っている場所だ。そこはスライムと長爪狼も多い地域で警戒が必要だった。
ミュール草は胸の高さにまで成長する植物で、星形の葉っぱが放射状に付いている。その濃い緑の葉を好んで食べる双剣鹿は、群れをなして草原を移動する。
俺たちは双剣鹿を追って平原の西部まで来ていた。ミュール草が生い茂る中に二十頭ほどの双剣鹿の群れが居る。その群れを狩ろうと考えている訳ではない。鹿とはいえ魔物だ。反撃してくれば、あの剣のような角で刺されるのは確実だ。二、三頭ならまだしも二十頭は多過ぎる。
「ミコト、どうする?」
「うーん……飛び道具が有ればな」
「槍を投げてみようか」
「止めとけ、怒らせるだけだ」
槍を投げて一撃で倒せるほどの技量を持っていない。
弓矢を買っとくべきだったか。……ん、あれが使えるんじゃないか。俺は槍トカゲの舌肉を取り出した。昨日料理した残りの分である。
舌肉の皮の部分を剥ぎ魔力を流し込む。びろ~んと伸び、魔力を止めるとバチッと元に戻る。食べられる肉部分より皮の部分が魔力に反応し易いようだ。
俺たちは双剣鹿の群れから一旦離れ、低木の林に向かう。キセラが疑問をぶつけて来た。
「ミコトさん、何をするつもりなの?」
「飛び道具を作るのさ」
「舌肉で?」
「舌肉の皮部分は魔力で伸び縮みするようだ。この特性を弓の力と同じように利用するのさ」
俺は二股に分かれた木の枝を探し適当な長さに切り取る。切り取るのは竜爪鉈が有るので簡単だが、加工するのはナイフしかないので苦労した。
俺が作ったのはシンプルなパチンコだった。言っておくが『ちんちんじゃらじゃら』の方じゃなく、スリングショットの方だ。二股に分かれた枝の先に舌肉の皮を紐状に切って括り付けた簡単なものだ。弾をセットする部分は、キセラが持っていた穴兎の革の切れ端を使った。
「よし、試し撃ちだ」
「大丈夫なのか。そんな武器見た事ないぞ」
カルバートが不審そうにパチンコを見ていた。俺は地面に落ちていた小石を拾うと、パチンコにセットし魔力を流し込む。
パチンコを引き絞り四メートルほど先にある灌木の幹に狙いを定め魔力を止める。空気を切り裂く鋭い音がして小石が飛ぶ。小石は灌木の傍を飛び抜け草叢の中に消えた。かなりの速度が出ていたと思う。
「飛んだけど、ハズレたな」
「ええ、飛んだけど……」
二人の視線が痛い。
「もう一度だ」
なるべく丸い小石を選んでパチンコを構え、慎重に狙ってから発射した。
ビシッと小石が灌木の幹に減り込んだ。ゴムを使用したパチンコより、メチャメチャ強力なようだ。
「おおっ!」「うわっ!」
カルバートとキセラが驚きの声を上げた。その後、何度か試すと十分な威力があるのが分かった。もちろん、どんな魔物にも通用するというような威力ではない。双剣鹿なら急所を狙って倒せるというほどの威力だ。
カルバートたちにも手伝ってもらい弾となる丸い石を探す。二〇個ほど集まった所でミュール草の茂みに戻った。双剣鹿の群れはのんびりとミュール草を食べている。俺たちは気付かれないように近づき、群れの端にいる奴から七メートルほどの地点に到達した。
狙うのは端にいる雄だ。ボス争いに敗れ次の機会を狙いながら小さくなっている若い雄は、正式な群れの一員とは見做されない。こいつを攻撃しても群れ全体で反撃される事はない。
双剣鹿の急所は首と胸だ。胸は分厚い筋肉で保護されているので首を狙う。慎重に狙いを定め小石を発射。小石は銃弾のような速度で双剣鹿から一〇センチほど左を通過して消えた。狙われた双剣鹿はビクッと反応したが、自分が攻撃されたのかどうか分からず周囲を見回してから食事に戻る。
カルバートが身振りでよく狙えと言ってくる。俺は頷いて小石をセットする。前回は気付かなかったが、横風が吹いているようだ。俺は風を計算に入れ狙いを定めた。引き絞ったパチンコへの魔力を止める。小石は大気を突き抜け双剣鹿の首に減り込んだ。
双剣鹿が体を震わせ、助けを呼ぼうと群れの方へ視線を向ける。そこで力が尽きたように倒れ、口から大量の血を吐き出した。危険を感じた他の双剣鹿たちは一斉に逃げ出す。俺たちは倒れた双剣鹿に近付き放出される魔粒子を吸収する。
「ミコトさん、凄いわ」
「頼む、やり方を教えてくれ」
「調息を習得してからだ。魔力を制御しないとこいつは扱えん」
俺はパチンコを突き出して見せる。二人には調息の基本については教えていた。この地点まで来る間に詳しく説明したのだ。ただ、すぐさま習得という訳には行かないだろう。俺だって習い始めて三ヶ月ほどは基礎練習を続けたのだ。一日位で習得されてたまるか。
「それよりどうやって運ぶ。少なくとも一〇〇キロはあるぞ」
「血抜きと内蔵を処理しておくから、ギルドに戻って荷車を取って来てくれ」
ギルドでは獲物を運ぶ荷車の貸出も行っているらしい。
「分かった。なるべく早く戻って来る」
段取りが悪いと言われても仕方がない。初めから荷車を借りて来るべきだった。俺は急いで街に戻り、ギルドから荷車を借りて引き返した。一時間半ほどで狩場に戻った。
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