第13話 魔力

 翌朝、起きると身体が軽いのに気付いた。『魔力袋の神紋』を得た影響なのだろうか。

「魔力って何だろう。誰か教えてくれないかな」


 古着だが、新しく買った服を着て宿の裏に回り、三日目となる朝練を行う。柔軟体操後、意識して呼吸を制御し調息の呼吸法を行いリラックスする。……あれっ、調息の途中で違和感を感じた。


 吸い込んだ大気の中に微かな刺激物が有る。臭いがある訳でも味がする訳でもない。ただ俺の感覚を刺激するものが存在するのだ。続けると腹部が温まってくる。


「何だろう。この感じ?」

 腹の中にカイロでも入れたように温かい。初めての経験だ。『魔力袋の神紋』が何か影響しているのだろうか。取り敢えず害は無いようなので朝練を続ける。


 今日は鉈がないので、手製の槍を使って突きと振り回す練習をする。身体が温まると、昨日のゴブリンとの戦いを思い出し、槍で戦った場合のシミュレーションを行いながら架空の敵に突きを放ち穂先で払う。


 右の敵を払い、左の敵を石突で突く。その時、微かな力の流れを感じた。腹部の中心から右足へ微温湯ぬるまゆが流れたような感触、その右足が普段より強い力を発揮した。バランスを崩し転びそうになる。


「何だ?」

 調息で温まった腹部から何かが流れだし右足の筋肉を刺激したのだ。それを再現しようと身体を動かす。……おっ、また何かが流れて右腕へ来た。槍を振る速度が増す。確かめる中に段々分かってきた。


 俺の意識が丹田に有る時、呼吸と筋肉の捻りが一致すると同じ現象が起こる。俺は夢中でこの現象を繰り返す。腹部に有った何らかのエネルギーが減り、身体が怠くなった。


「エネルギー切れか。もしかして、これが魔力か」

 俺は調息を再び行い大気中の何かを取り込む。後に、これが大気中の魔粒子を取り込んでいるのだと知るが、この時点では正体不明のエネルギーだった。


 再び腹部が暖かくなる。槍を地面に置き身体の動きと未知のエネルギーの流れについて調査する。気が付くと日が高くなっていた。


「腹が減った。一旦中止して鉈を取りに行かなきゃ」

 水浴びして汗を流し宿を出る。広場の屋台で昼食を取り、ドルジ親方の工房へゆっくりと歩いた。身体が少し怠い、夢中で身体を動かした影響が出ているようだ。


 工房に到着するとカウンターに無精髭の爺さんが居た。

「ドルジ親方、俺の鉈は出来てますか?」

 俺の顔を見ると、ドルジ親方が大きく頷いた。

「出来とるぞ」


 ドルジ親方が鉈を渡してくれた。手入れをされた刃の部分はゾクッとするような光を放っている。新しく付けられた柄は、真っ直ぐな棒ではなく刃との接合部分と終端が太く握りも滑り難いように加工してあった。赤茶色の硬い樹木の枝を特殊な溶液に漬け魔導伝導率を上げてあると説明された。


 試しに振ってみると、以前よりスムーズに振れる。バランスが改善されている。刃との接合部分もしっかりとしており、抜け落ちる心配をする必要はなくなった。


「駆け出しハンターには、勿体無い武器だ。まあ、鉈を武器にするような奴は少ないから、高くは売れねえだろうが」


 ……売ろうなんて考えた事もない。でも、その値段には興味がある。

「因みに売るとしたら、幾らぐらいになると思う?」

「売るなら、金貨二十五枚で買い取るぞ」


「うおっ、高い。でも売りませんよ。ハンターに取って最高の財産なんですから」

 ドルジ親方が笑った。

「ぐふふ……いい心がけじゃねえか」


「鞘はどうなりました?」

「知り合いの革細工師に任せたんだが、いい出来だぜ」

 腰に提げるのではなく背負う形の鞘は、無骨だが機能的な作りをしており満足の行くものだ。


「言い忘れたが、鉈は『竜爪鉈』と呼ばれるものだ。大事にしろよ」

「ありがとうございます」

 俺は礼を言って工房を出た。色々散財し懐が寂しくなっている。ギルドへ行って良い依頼がないかチェックしよう。町並みを眺めながらブラブラと歩く。


 町のあちこちで猫人族の姿を見る。広場の掃除、荷車引き、料理屋の裏で皿洗いなどをしている。着ている服は粗末で痩せ細っている者が多い。この国における猫人族の地位は押し並べて低い。商売などで成功している少数の猫人も存在するが、人族の大商人に比べれば規模が小さい。


 ハンターにも猫人族は居るが、大概が『序ノロ10級』止まりで正式なハンターとなっている者はほとんどいない。小柄な為大きな武器を持てず、臆病な性格の者が多い猫人族は、基本的にハンターには向いていないらしい。だが、見掛けによらず力が強く素速い猫人族は、迷宮では荷物持ちとして重宝されている。


 ギルドに到着し依頼ボードを眺める。ランクが序二段9級に上がったので受けられる依頼が増えている。常駐依頼のオーク討伐、岩甲蛙皮の採取。通常依頼では魔法薬の素材であるシモロズ草の採取、青縞闘魚の空気袋の採取、岩塩の採取などが引き受け可能だ。


 オークは、魔物の領域である『稀竜種の樹海』の南西部に在る山脈を越えた土地『瘴霧の森』を棲み家としている。ゴブリンより大柄で、成人男性と較べても同等以上に逞しい。


 知能も高く、剣や槍などを自分たちで作り上げるほどの器用さも有る。そして、二足歩行の猪という姿は、亜人の一種だと考える人々も居る。

 だが、猫人族などと違い、体内に魔晶管を持ち、人間に根深い恨みを持っており遭遇すれば戦いとなる。


 瘴霧の森に住むオークは、ある程度文明的な社会を営んでいると思われている。そして、その社会で問題を起こした個体や集団を稀竜種の樹海へ追放する。それらの追放者が、マウセリア王国の旅人や商人を襲う。


 討伐対象となっているのは、追放されたオークたちだ。討伐報償は銀貨一枚、魔晶管は銅貨二〇枚、毛皮は平均して銅貨二〇枚ほどで取引されているので、合計すると一匹銀貨一枚と銅貨四〇枚になる。現在、追放オークは数百匹が活動していると推測されているが、誰も正確な数は分からない。


 ギルドでオークについて調べたが、オーク討伐をしようと思っている訳ではない。俺が狙っているのは岩甲蛙だ。高級靴の素材となる岩甲蛙の皮は、高値で取引されている。一匹分の皮は銀貨一枚ほどでギルドが買い取る。


 問題は、岩甲蛙がオークの好物だという点だ。今までにも岩甲蛙を狩りに行ったハンターが、オークと鉢合わせして殺されるという事件が数多く発生している。岩甲蛙を狙うハンターはオーク対策が必要なのだ。


 オーク対策として有効なのは第一に魔法だ。『紅炎爆火の神紋』か、『土属投槍の神紋』を持っていると大概のオークに対処できるという。


 駆け出しの序二段9級には無理な話だ。第二階梯神紋どころか第一階梯神紋の『灯火術の神紋』すら持ってないのだから。


「オークがどれくらい強いのか分からん。当たって砕けよでは、死んじゃうしな」

 駆け出しの鉈術では、オークに通用しないかもしれない。まして防具はボロボロの革鎧と古ぼけたバックラーのみだ。オークの一撃を喰らえば、この世とおさらば……いやいや……縁起でもない。ここは堅実にシモロズ草の採取でもしながら腕を磨くか。


 翌朝、朝練を終えギルドへ向かう。カルバートとキセラが来ていた。

「おはようございます」

「キセラ、おはよう。ついでにカルバートも」

「また、ついでかよ」


 俺は挨拶を交わしてから、今日の予定を聞いた。

「槍トカゲ狩りに行こうかと思っている。皮や肉が少しだけ高く売れるからな」

 カルバートが明るい声で応えた。


「ミコトさんは、どうするんです?」

 キセラの問に俺は応えた。

「シモロズ草の採取でも受けようかと思っていたんだが、槍トカゲでもいいな」

「それだったら一緒にやろうぜ」

 

 俺たちは街の南に広がる平原に居た。ゴブリンを退治した小山が少し先に見える。膝まである雑草が足切りバッタの姿を隠してしまうので注意が必要だ。一時間ほど南へ進んでから東に方向転換した。しばらく歩くと河が見えて来た。―――トルタス河だ。


 槍トカゲは砂場を好む。河川が大きくカーブした地点に出来る砂場や中洲で日光浴をしている姿を見かけると聞いた。俺たちは河沿いに下流へ向かう。


 河幅は五十メートルを超えるが、水深はそれほどでもない。河岸はゴツゴツした岩が並ぶか背の高い雑草が生い茂っている場所が多い。


 茶色い物体が視線を横切る。穴兎だ。俺たちに気付かず草を食んでいる。そこに灰色の爬虫類が近づく。体長一四〇センチほどで背中にカジキのような背びれが有った。顔はカメレオンに似ており特徴的な眼がギョロギョロと動いている。


 槍トカゲだ。俺が想像していたトカゲとはちょっと違っていた。コモドオオトカゲのような奴を想像していたんだが、カメレオンを大型化したものに近い。


 槍トカゲは穴兎の背後に忍び寄り、大きく口を開け、鋭い舌を撃ち出した。弾丸のような速度で撃ち出された舌は、二メートルほど伸び穴兎の胴体を貫いた。


『キキュッ!』

 穴兎が血を流して倒れる。その胴体を貫いた槍トカゲの舌は、瞬時に口の中へと消えた。

 槍トカゲの『槍』と言うのは舌の事だったのか。ギルドに有った魔物図鑑に、槍トカゲを狩る時には背後から襲えと書かれていたが、実物を見て意味が分かった。


 槍トカゲと正面から対峙すれば、あの舌槍で穴だらけになる。俺たちは囮役と攻撃役に別れ移動する。囮役のカルバートとキセラが槍トカゲの正面では有るが遠間から威嚇する。俺は背後に周り竜爪鉈を構える。


 槍トカゲがカルバートたちを攻撃しようと動き出した瞬間、俺は飛び出し槍トカゲの首に鉈を振り下ろす。ググッという手応えで爪刃が首を断ち切る。槍トカゲの四足が痙攣し動かなくなった。


 魂を失った槍トカゲの身体から目に見えない魔粒子が放出される。魔物の体細胞は、人間の魔導細胞と同じで魔粒子を蓄積する。死と同時に蓄えられていた魔粒子の一部は放出され大気に溶け込む。


 だが、近くに魔導細胞を持つ人間が居ると、その一部は魔導細胞に吸収される。槍トカゲの傍に居た俺たち三人はチクチクとした刺激を感じ身体が熱を発した。


 朝練の時に行う調息とは違い腹の中心部が熱くなるのではなく、身体全体が熱くなる。とは言え、それは微かな温もり程度だ。槍トカゲが蓄積している魔粒子は、それほど多くない。


「おい、感じたか?」

 カルバートがキセラに尋ねた。

「ええ、これは『魔力袋の神紋』ですね、ミコトさんは?」

「ああ、俺も感じた。これで何か別の神様の加護が得られるかな?」

 カルバートが溜息を吐く。

「無理に決まってるだろ。槍トカゲ一匹で神様の加護を得ようなんて」


 槍トカゲの剥ぎ取る部位は三箇所。血抜きをしてから皮を剥ぎ腹側の肉を切り取る。食用になる肉は腹側の一部だけなので一匹から多くの肉は取れない。そして、最後に魔晶管を取り出す。


 それから下流へ狩場を移し、河岸の砂場で多数の槍トカゲを見つけた。今度はカルバートとキセラが仕留める番だった。俺が囮となり槍トカゲの注意を引き付けている間に、二人が背後に忍び寄り同時に攻撃した。


 カルバートはショートソードの突きで首を狙い、キセラは槍の穂先で頭を殴る。カルバートのショートソードは槍トカゲの皮に阻まれて浅い傷だけを残した。キセラの一撃は槍トカゲに脳震盪を起こさせたようでフラフラしている。


 二人が失敗したのを見て、俺が仕留めようと回り込もうとした時、槍トカゲの舌が撃ち出された。俺が動いたのに気付き攻撃を行ったのだと思うが、見当違いの方向に舌槍は突き出され近くに生えている灌木の幹に突き刺さる。


 次の瞬間、槍トカゲの姿が消えた。『ドガッ!』灌木が大きく揺れる。舌槍の先が灌木の幹に突き刺さり抜けなくなったようだ。舌が縮んだ拍子に槍トカゲの身体が灌木に引き付けられ自爆したのだ。


「あの舌、まるでゴムだな」

 キセラが首を傾げる。

「ミコトさん、ゴムって何?」

「そんな事より、止めを刺すチャンスだよ」

「そ、そうだった」


 灌木にぶら下がっている槍トカゲをカルバートとキセラが攻撃し止めを刺す。一匹目と同じように魔粒子を吸収する。剥ぎ取りを行った後、俺は槍トカゲの舌を切り取った。


 先端は円錐状で石のように硬く、途中はピンク色のゴムのような外見をしている。大きさは拳よりちょっと大きいほどだ。


 長さ一〇センチほどの肉の塊を試しに引っ張ってみるが伸びない。ゴムとは違うようだ。俺が舌を引っ張ったり捻ったりしているとカルバートが声を掛けて来た。


「何やってんだ?」

「こいつが、どうやって伸びたり縮んだりするんだろうかと思って試している」

「そいつは魔物の一部だ。魔力でやってるんじゃないか」

「なるほど」


 俺は調息を行ない腹の中心に未知のエネルギーを集める。集まったエネルギーを何とか右手に流し出す。昨日から始めた未知のエネルギーを制御する訓練が成果を発揮した。右手に有った槍トカゲの舌がググッと伸びた。


「おおっ!」

 驚きの声を上げた拍子に未知のエネルギーが途切れた。伸びた舌肉が瞬時に収縮し元の長さに戻る。その縮む力は強く、しっかりと持っていた右手から舌肉がもぎ取られる。

 バチッと鋭い音がして舌肉は元の姿に戻っている。やはり未知のエネルギーは魔力だったようだ。


「えっ! 今何をした?」

 カルバートとキセラが不思議そうな顔でこちらを見ている。槍トカゲの舌が魔力を使って伸び縮みしているんじゃないかと言ったのはカルバートだったのに。


「何って、カルバートが言ったように舌肉に魔力を流して伸びるかどうか試したんじゃないか」

「ミコトさんは魔力を操れるの?」

「操れるという程じゃないよ。手足にちょっとだけ流し込めるだけさ。『魔力袋の神紋』を授かってから色々試しているんだ。なかなか面白いよ」


 カルバートとキセラは、おかしいと思った。魔力の制御を行なうには、専用の神紋を授かり、魔導師や武術家に弟子入りして習うか。魔法学院のような場所で学ぶかする以外、方法が無いはずなのだ。


 それも一日二日で出来るようになる訳ではない。厳しい修行をして、やっと覚えるものなのだ。二人だって学びたいが、弟子入りするにも学院に入るにも大金が必要なので諦めている。


「どうやって覚えたの?」

 キセラが目を輝かせて訊いた。もしかしたら自分たちも魔力の制御が出来る様になるかもと考えると学びたいという欲求が湧き上がる。その一方で金貨以上の価値のある情報を教えてくれるはずがないという諦めも脳裏に浮かぶ。


「どうやって? 俺にも分からないよ。何となく出来るようになったんだ」

 それが俺の正直な答だった。昔習った呼吸法を試したら魔力が集まり、身体を動かしたら魔力が流れ出した。そんな偶然の産物である魔力制御を羨ましそうに見ている二人に、調息のやり方だけを教えると約束した。


 それから、俺たちは九匹の槍トカゲを狩った。通常の剥ぎ取りとは別に、舌肉も切り取り背負い袋の中に仕舞う。何かに利用できるんじゃないかと考えたんだ。


「その舌肉、どうするんだ?」

「もしかして食べるの?」

 カルバートとキセラの疑問に苦笑した。

 でも、牛タンは美味かったよな。もしかすると美味いかも?


「言っとくけど、槍トカゲの腹肉以外は苦味が有って食べられないんだぞ」

 カルバートが教えてくれた。

「……舌肉を食べた奴は居るのか?」

「そ、それは分からないけど」


 俺は周囲を見回し目的の奴を見つけた。足切りバッタが雑草を強力な顎で切り取り、食べている。このバッタは雑食で動物の死骸も食べるらしい。


 俺は舌肉の一部をナイフで切り取り、足切りバッタに投げ与えた。最初は警戒していたが、ゆっくりと近寄り舌肉に噛み付いた。小さな肉片だったので瞬く間に食べ尽くす。しばらく様子を見ていたが、また草を食べ始めた。


「毒では無いみたいだぞ」

「でも、態々わざわざ舌肉を食べなくても」

 キセラが複雑な表情を浮かべている。


「試して不味かったら、捨てればいいさ」

「ミコトが試すのは勝手だけど、オレは嫌だからな」

「私も遠慮します」

 俺は肩を竦めると街に戻る為に、西へ歩き始めた。

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