第12話 序二段ランクアップ

 俺たちは腹が空いて胃袋が騒ぐまで広場に居た。雑穀雑炊で昼飯を済ませ、ギルドへ向かう。受付にはオペロスしか居なかった。通称ハゲゴリラは、大剣の手入れをしながら俺の顔を見てニヤリと笑う。


「小僧、何の用だ」

序二段9級へのランクアップです」

「そうか、昨日の緊急討伐で金が出来たか」

「それより何で支部長しか居ないんですか?」

「他の職員は昼食に行った」


 俺が大きく溜息を吐く。

「ハア……じゃあ支部長が手続きしてください」

「面倒じゃ、あいつらが帰ってくるまで待て」

 ……クッ、このジジイ働きやがれ!


 俺たちはセリアたちが帰ってくるまで待ち手続きを始めた。まず銀貨三枚を払い申請書を書く。それから正式な登録証を作成するのに必要な情報を集める為、チェックシートの作成と基本能力・魔法の測定を行う。


「ミコト君の武器は何?」

 今日のセリアさんは、綺麗な栗毛を巻き貝のように纏めている。

「鉈と槍です」

「道場とかで習っているの?」

「いいえ、自己流です」


「鉈で倒した最も強い魔物は?」

「ゴブリンメイジです」

「槍で倒した最も強い魔物は?」

「槍はスライム専用です」

「他に使っている武器は無いの?」

「ありません」

「次は基本か、付いて来て」


 セリアさんに従い訓練場に来た俺は、様々な測定用魔道具を使用して筋力・持久力・俊敏性を測定した。お陰で運動もしてないのにヘトヘトだ。


「最後は、魔力と魔力袋の測定ね」

 ギルドの奥にある部屋に連れて行かれた。その部屋の壁には菱型の九層に分かれた神紋が描かれていた。その神紋の中心に手を置くように言われた。


 言われた通りにすると、神紋の中心から魔力が身体に流れ込む。その魔力は身体を一周して神紋に返り、中心部だけが黄色く光る。この神紋は『魔力解析の神紋』と呼ばれており、ハンターギルドの支部には必ず存在するという。


「お疲れ様でした。終わりです」

 一時間ほど後、手続きも終わり出来たばかりの登録証を貰った。形・大きさはクレジットカードとほとんど同じで鉄板に魔導金属と言われる真銀ミスリルをメッキしたものだ。


【ハンターギルド登録証】

 ミコト・キジマ ハンターギルド・ウェルデア支部所属

 採取・討伐要員 ランク:序二段

 <基本評価>筋力:5 持久力:6 魔力:1 俊敏性:4

 <武技>鉈術:2 槍術:1

 <魔法>魔力袋:1

 <特記事項>特に無し


 基本評価の筋力・持久力・魔力・俊敏性の横にある数字は、成人男子の平均値を基準とし、その何割増しかを数字にしている。筋力のレベル数が24の場合、成人男子平均の二十四割増し、つまり3.4倍の筋力を持つという意味になる。


 また、鉈術・槍術・魔力袋の横にある数字は、武技レベル、魔法レベルと呼ばれている。各能力毎に厳密な基準が存在するが、大雑把な基準を教えて貰った。


 レベル1:初心者 レベル2:駆け出し レベル3:一人前 レベル4:中堅 レベル5:騎士級

 レベル6:凄腕  レベル7:一騎当千 レベル8:超人級 レベル9:覇王級


 但し、騎士級と言われるレベル5は、実際城に勤める騎士とは関係ない。魔物のナイト級下位に挑めるほどの技量が有るというレベルだ。


 カルバートとキセラの登録証を見せてもらったが同じ様なものだった。セリアさんに聞いたのだが、序二段9級に成り立てのハンターは、武技の種類が違うだけでほとんど同じ内容なのだそうだ。


 魔導細胞を得たばかりなので魔粒子の蓄積が無く、筋力や持久力も一般人と変わらない。今後、強靭で強力な魔導細胞が増えるに従い、一般人ではあり得ない力を発揮するようになる。


 その日は解散し、明日一日を休みにすると決めた。ギルドを出ると古着屋に買い物に行く。着ている服がボロボロなのだ。厚手のシャツとズボンを二着ずつ選んだ。合計で銅貨八十枚。下着は仕立屋に売っていたステテコのようなものを三着買う。


 下着を買った後、靴屋に行き靴を注文する。靴屋の店主は頑固そうな爺さんで、俺の足を見て鼻で笑う。

「ふん、軟弱そうな足だ。よっぽど贅沢な暮らしをしていたな」

「贅沢はしてないが、あまり歩き回るような生活じゃなかったよ」


「その格好だと、今はハンターか。足裏の皮の厚さが三倍になるのは確実だ」

 店主が愉快そうに笑う。

「ハンターにとって足は重要だ。その足を守る靴が欲しい」


「ピンからキリまで有るぞ。バジリスクの革製なら金貨が必要だ」

 ……金貨だと、冗談じゃない。

「高過ぎる。予算は銀貨二枚までだ」


「ふん、それだと岩甲蛙と双剣鹿の革を使ったブーツになる」

「丈夫なんだろうな?」

「当たり前だ、誰が作ると思っている」

 俺は足の形や大きさを正確に測定してもらう。

 

「出来上がりはいつになる?」

「三日後に来い」

「分かった」

 俺は金を払って外へ出た。日が暮れるまでにはもう少し時間が有る。


 街をブラブラして目に止まった店に入る。ウェルデア市最大の武器店だった。店内には剣や槍、斧、短剣、棍棒、杖、弓などが所狭しと並べられている。


「おっ、格好良い剣だな。イルヤ工房製ロングソードか」

 剣身にドラゴンが彫られているロングソードだ。鍔の部分には精緻な花の文様が刻まれ、握りの部分には金糸や銀糸をふんだんに使った装飾が施されていた。


 これは美術品としての価値が高いんじゃないだろうか。ただ剣刃に宿る光が鈍いように感じられた。イルヤ工房製という剣がいくつか並べてあるが、どれも凝ったデザインのもので価格も高かった。


「げっ、金貨三枚、無理無理……ん…銀貨四枚というのが有る、安いじゃないか」

 ドルジ工房製というロングソードが有った。一言で言うと無骨な剣という表現しか思い浮かばない。だが剣刃に宿る光には凄みが有る。ドルジ工房には腕の確かな職人が居るようだ。


 イルヤ工房にもかなりの技量を持つ職人が居るようだが、俺の好みではない。……いや、格好良いとは思うんだけど、美術品のような剣を持ってゴブリン狩りなどには行けない。


 カウンターの後ろにも上下二本の剣が飾られていた。イルヤ工房製のような華美な装飾はないが、その剣刃の輝きは他を圧している。


「ええーっ! 金貨二三〇枚だってぇー!!」

 下に飾られている剣の値札を見て、あまりの金額に驚きの声を上げてしまった。その声に気づいた若い男の店員が俺に声を掛ける。


「お客様、これは魔導剣です。不当に高い訳ではありません」

 ……魔導剣、何か心そそられる響だ。どんな力を秘めているんだろう。

「魔導剣か、詳しく教えてくれ」


「上の剣は、紅炎剣フレイムソードと申しまして魔力を注ぐと炎を纏い切った箇所を焼き追加ダメージを与えます。下の剣は、雷光剣サンダーソードと申しまして雷を纏い敵に麻痺を与えます」


 ネーミングセンスは平凡だが、なかなか凄そうな剣だった。だが、悲しいかな一生掛かっても買えるとは思えない。いつまで眺めていてもしょうがない。遠距離攻撃の武器でも探すか。


 代表的なものは弓、投げナイフ、投槍などだが、投槍と投げナイフは相当な練習が必要だと聞いた。もちろん弓も練習が必要だが、比較的短期間で実戦に使えるようになるらしい。


 弓が並べられている場所まで行き商品を眺める。安いものでも銀貨五枚する。矢は一〇本で銅貨十二枚か。……んん……弓か、どうも自分の戦闘スタイルには合わないような気がする。


 俺は無骨な剣を作るドルジ工房の場所を店員に聞いた。

「ドルジ工房ですか。南門の前にありますが、修理なら店の直営イルヤ工房でも承りますよ」

「いや、イルヤ工房に頼むほどのものじゃないんだ」


 適当に誤魔化して外に出る。ドルジ工房は、南門近くの小さな工房が集まった一角に在った。古い建物で少し煤けた感じがする。入り口にはドルジ鍛冶という小さな看板が有った。入ると古いが綺麗に掃除されたカウンターが有り誰もいない。


「誰か居ませんか」

 俺が大声を上げると、奥から小柄だが逞しい爺さんが出て来た。


「大声を出すんじゃねえ。この工房は狭いんだ十分聞こえる」

 俺はペコリと頭を下げ、用件を切り出した。


「ハンターなんだけど、武器に鉈を使っているんだ。刃は魔物の爪で、柄は自家製なんで。ちゃんとしたものにしたいんだ」


 無精髭を生やした顔がふむふむと頷いた。

「そいつは興味深けえ。実物は持って来てるのか?」

 俺が鉈を取り出して渡した。


「おおっ、こいつはワイバーンの爪じゃねえか」

 驚いてる爺さんが、この工房のドルジ親方だそうだ。昔気質の職人で今流行の装飾とかは苦手だが、刃物を打たせたら町一番らしい。


「素材は一級だが、なんて不細工な仕事なんだ。バランスも悪けりゃ、柄の選び方も最悪だ」

 ……うっ、俺の胸に突き刺さるような言葉だ。そんなこと言っても素人仕事なんだから。


「これをちゃんとしたものにするにはどれくらい掛かる?」

「時間なら、明日の昼には出来る」

「費用は?」

「柄の素材次第だな。普通の樫で良ければ銀貨一枚、魔導加工したものなら銀貨三枚だ」


「魔導加工? 何それ?」

「チッ、今時の若え奴は、これだからな」

 このオヤジ、口が悪い。


「教えて下さい」

「魔導加工した素材は、強靭になるんだ。特にスライムの酸にも強くなる。他にも魔力伝導率が高くなるんで色々使えたんだが、今はそいつを利用する奴も少なくなった」

 スライムの酸に強くなるなら買いだな。


「よし、銀貨三枚でお願いします」

「分かった。それと、こいつを仕舞う鞘は要らねえのか?」

「でも、これを腰に吊るしたら動き難くなる」

「背負うように工夫してみようか?」

「そう出来るならお願いします」


「銀貨一枚な」

「グッ……お願いします」

 ドルジ親方は見掛けより商売上手なようだ。俺は銀貨四枚を払って店を出た。その日は屋台で夕食を食べ宿に戻った。一〇日分の宿代を払い、当面の寝場所を確保する。



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