第11話 魔力袋の神紋

 駄目だ、間に合わねえ。あいつの目が開き掲げられた掌に炎が生まれた。その炎がヒュンという音を発し、俺目掛けて飛んで来る。俺は慌てて避けた。俺の足元で炎が爆ぜる。


「うわぁーーー!」

 ズボンに火が着いた。バックラーを放り投げ、慌てて叩いて火を消す。


「クソッ、遠距離攻撃が有ったら、あんな奴に好き勝手させないんだが」

 俺は地面を見回し小石を探した。良さそうな小石が二個落ちているのを拾い上げ駆け出す。また、眼を瞑り魔法の準備をしている。


 俺は小石を投げる。ゴブリンメイジは強い集中力を発揮しているようでピクリとも動かない。小石は奴の頭上を越えて消えた。


 ハズレかよ。昔から球技は苦手だったからな。奴の目が開いた。もう一つの小石を素早く投げる。今度は奴の顔面目掛けて飛んだ。緑の掌には炎が生まれている。小石が顔面に命中、炎が奴の足元にポトリと落ちた。


『ギゲギョ!』

 ゴブリンメイジが驚いて跳ね回る。チャンス、俺は一気に距離を詰め鉈を振り下ろす。杖で受け流そうとしたが角度が悪い。杖を切断し胸を切り裂く。ゴブリンメイジは血を流しながらゆっくりと倒れた。


「よっしゃーー!」

 俺は勝利の雄叫びを上げた。この声に驚いたのかしれないが、カルバートたちが相手をしていたゴブリンが逃げ腰になり追い詰められ仕留められた。


「ミタルカシス最強!」

 カルバートが叫んでいる。ミタルカシス? 何だっけ? あっ、俺たちのパーティ名だった。


 ちょっと休憩してから剥ぎ取りだ。まずは普通のゴブリンを剥ぎ取る。六匹分の角と魔晶管を手に入れる。これで銅貨四八枚になる。そして、ゴブリンメイジの角と魔晶管を剥ぎ取り、魔晶管をチェックする。


 ゴム手袋に水を詰めたような感触の魔晶管内部に硬い固形物が有った。慎重に魔晶管から取り出す。赤黒い真珠のような魔晶玉が掌に転がり出た。大きさは銀玉鉄砲の銀玉ほどだろうか。とても小さなものだ。


「す、すげぇーー!」

「ミコトさん、失くさないように早く仕舞った方がいいです」

「そ、そうだな」


 俺は日本から持ち込んだ数少ない品であるランニングシャツに包んで背負い袋に仕舞う。適当な布が無かったんだ。本当に魔晶玉が手に入るとは三人共思っておらず用意していなかったのである。

「そろそろ帰ろうか」

 俺が言うと二人も賛成した。


 俺たちは予想外のお宝を手にして、陽気に喋りながらウェルデア市へ向かった。

「今回は、魔晶玉を抜きにしても凄いよ。ゴブリンの角と魔晶管が二十七匹分だからな。穴兎なんかとは比べられない」


 穴兎の換金部位は丸い尻尾・毛皮・肉だ。どれも銅貨一枚で全部合わせても銅貨三枚にしかならない。言い忘れたが穴兎は魔物ではない。


 それなら何故ギルドで討伐対象になっているかというと、こいつら街道だろうが何だろうが無差別に穴を掘り、人に迷惑をかけるからだ。穴兎の掘った穴に填りひっくり返った馬車も有るのだ。また、その肉は美味いので、穴兎狩りは見習いハンターの人気ある仕事になっている。


「カルバートたちは穴兎をどうやって狩ってるんだ」

 穴兎の素速さと用心深さには手を焼いた俺は、好奇心で訊いた。


「罠だよ。一人が巣穴の前に罠を仕掛けて待ち伏せし、もう一人が穴兎を巣穴に追い込むんだ。紐を使った簡単な罠だけど、五割位の確率で捕まえられるぞ」


 穴兎は罠で狩るのか。そうだよな、槍投げなんて馬鹿な事はしないよな。俺は穴兎狩りの詳しい方法を教えて貰い後日試そうと思った。


 夕方、ギルドに到着すると先輩ハンターたちが既に戻って来ていた。壁に貼られた地図には、それぞれの戦果が書き加えられている。多い山で四十匹ほど、少ない山は十匹。俺たちの担当した山は、平均的なものだったらしい。


「おや、帰って来ましたね。ゴブリンは掃討出来ましたか?」

 待っていたセリアが、今日の結果を尋ねた。俺は頷きゴブリンの角と魔晶管を出す。


「合計二十七匹だ。一匹はゴブリンメイジだった」

「えっ、それは幸運でしたね。三匹目のゴブリンメイジです」

 他にも二匹のゴブリンメイジがいたらしい。序二段9級のパーティ『銀の守り手』と『鬼姫ブリン』が仕留めたと聞いた。三段目8級の『金剛戦士』はゴブリン七十二匹を倒したが魔晶玉は得られなかったようだ。


 俺たちは、セリアさんに角と魔晶管と魔晶玉を換金して貰い、銀貨二十四枚と銅貨十六枚を受け取った。魔晶玉は銀貨二十二枚と査定されたようだ。


「約束通り半分の銀貨十二枚と銅貨八枚が俺の取り分でいいんだな」

「もちろんだ。ゴブリンメイジを倒したのもミコトだったんだから、申し訳ないほどだぜ」

「そうよ。本当にこんなに貰っていいの?」


「ゴブリンメイジを倒せたのも、二人の援護が有ったからこそだ。遠慮無く受け取ってよ」

 カルバートたちは嬉しそうに金を受け取った。


「二人は、明日何をするんだ?」

 カルバートが明るく笑い言い放った。

「もちろん、魔導寺院に行く」


「ははーん、大地の下級神バウルの加護を授かるんだな」

「ミコトさんは、『魔力袋の神紋』を持っているのよね」

 何故、キセラは持っていると思ったんだろ。俺は首を振って否定した。


「俺も魔導寺院へ行こうと思っていたんだ」

 キセラたちが意外そうな顔をする。そこで一緒に魔導寺院へ行くことを約束をした。


「お前ら魔晶玉を手に入れたらしいな」

 二十代後半の不機嫌な顔をした男が話し掛けてきた。微かに見覚えがある。『金剛戦士』のムスラという剣士で、緊急討伐出発前に魔晶玉は俺たちのもんだと大口を叩いていた奴だ。


「ええ、運良くゴブリンメイジと遭遇したので」

 ムスラが怒りを漲らせ始めた。剣士というより下っ端ヤクザという感じの男だ。その様子を見たキセラが怯え始めている。


「てめえ、俺らの運が悪いと言いてえのか」

 ある意味、その通りと言いたいが、そう言ったら益々怒らせるだけだろう。

「そんな事は言ってない」

「何だと先輩に口答えすんのか。見習いのくせにいい度胸じゃねえか」


 魔晶玉を得られなかったという苛立ちを、俺たちにぶつけているだけ。完全な八つ当たりだった。

 口答えするだけ無駄だと思った俺は黙っていた。

「……」


「何とか言えよ。この野郎!」

 切れたムスラが突然殴りかかって来た。その拳を掌で弾く、ボクシングのパアリングという防御技術だ。だが思いの外、拳の威力が強く掌が痛い。三段目8級ランクの剣士であるムスラは、もちろん『魔力袋の神紋』を持っており倒した魔物の魔粒子を吸収し身体全体が強化されている。


 ギルドの職員は、素手の喧嘩には介入しないらしい。職員よりハンターの方が圧倒的に強いのだから無理もない。しかし、武器を使っての戦いは禁止で、厳しい罰則が有る。


「チッ、先輩に逆らいやがったな」

 周りのハンターは、ムスラの仲間以外、序二段9級のハンターばかりだ。ムスラには力で敵わないと分かっているので逆らわずにいる。


 中には顔をしかめている者もいるが、助けようとする者はいない。それどころか、大半の連中は面白がってはやし立てている。


 連続したパンチが俺に襲い掛かった。大半のパンチはパアリングで捌くか躱したが、数発顔や肩に当たる。さすがにまともに命中されるとノックアウト確実なので、以前に香月師範から習った打撃の殺し方を実践してみる。


 これは相手のパンチが当たる瞬間に重心を後ろにずらしたり、間合いを離す、相手のパンチを流す、自ら後ろに飛ぶなどの方法がある。

 これらの方法でパンチを受けると一見派手にやられたように見えるが、実際には殆どダメージを受けていない。


「や、止めてくれ!」

 カルバートが止めに入るが、うるさいとばかりに殴り倒されてしまう。これを見て、俺の中の何かに火が点いた。再び俺を殴ろうとした拳を受け流し右手で手首の関節を極めて引く、次に肘の関節を極め振り回して倒す。


 関節を決めたままムスラの背中に膝を押し付け固定し、自由になった手で首を絞める。絞めは頸動脈を狙ったもので、早ければ数秒で落ちると教わった。


 昔、俺の得意技だったものだ。久しぶりに使ったが身体は覚えていたらしい。

 ムスラの身体がぐったりする。落ちたようだ。俺は立ち上がり、カルバートの様子を見に行く。


「大丈夫か、カルバート」

 カルバートは殴られた頬を押さえ座り込んだままムスラを見ている。意外な結果に驚いているようだ。ハンターの連中も驚いている。


「嘘だろ!」

「おいおい、三段目8級が見習いにやられちまったぞ」

「油断し過ぎなんだよ」


「五月蠅いぞ、何事だ!」

 奥から支部長のオペロスが出て来て、俺は説教を食らった。原因のムスラは医務室に連れて行かれたので、説教されたのは俺一人。納得いかない。ついでに、この事件でギルド職員や下級ハンターには名前を知られるようになった。


 翌朝、魔導寺院前に俺、カルバート、キセラが集まった。空は晴れ渡りカラッとした風が心地よい。カルバートは少し頬が腫れているが心配するほどではない。


 俺も身体のあちこちが痛いが問題なし。アーチ型の門を潜り建物内に入る。玄関ホールにはカウンターがあり、魔導師ギルド職員らしい二人が椅子に座って本を読んでいた。太ったオッさんとひょろっとしたおばさんだ。俺たちはおばさんの前に行き、魔力袋の神紋を授かりたいと伝えた。


「はい、分かりました。一人ずつ大地の下級神バウル様の部屋に入りますので順番を決めて下さい」

 順番は俺、カルバート、キセラの順に決まった。おばさんに案内され、大地の下級神バウルの部屋に行く。頑丈な扉の前で、扉に触れさせられた。前と同じように神の名前を記したプレートが光る。


「はい、大丈夫ですね。銀貨二枚をお支払い下さい」

 『魔力袋の神紋』は、ハンターギルドと魔導師ギルドの協定により、他の神紋に比べるとずっと安くなっている。他の神紋並みに金貨が必要であったならば、ハンターギルドの正式メンバーは半分くらいに減るだろうと言われていた。


 俺は金を渡し短い蝋燭を貰った。

「蝋燭に火を灯したら、扉の鍵を開けます。中に入って壁際の蝋燭立てに蝋燭を置いて、壁に刻まれている神紋付与陣を見詰めて下さい。神紋を授かったら、蝋燭が消えるまで静かに待って下さい。時間が来たら、私が扉を開けますので外へ出て下さい」


 俺は分かったというように頷いた。蝋燭に火が灯り扉が開いた。中は真っ暗で蝋燭の灯りがなければ何も見えなかっただろう。


 俺は壁際の蝋燭立てに蝋燭を置き、神紋付与陣というのを見る。あの洞窟の魔法陣みたいなものに似ていた。三重丸の中に幾何学模様と文字らしいものが書かれている。


 一分ほど見詰めていると、身体が金縛りに合う。神紋付与陣が光り、中に書かれている文字が眼の中に飛び込んで来た。


 それは神意文字と呼ばれるもので、神の言葉を真似て作られた魔導言語だと後に知る。最後の文字が眼に飛び込むと身体全体が燃えるように熱くなる。その状態が数分続いた頃、唐突に終わった。


 俺の頭の中に魔力袋の神意文字が刻まれ、身体の細胞の一部が魔導細胞に変化していた。魔導細胞を得て初めて魔粒子を感じ使用可能となるが、それまで俺の身体の中に魔粒子が全く存在しなかった訳ではない。


 魔物を殺した時は、そいつが解放した魔粒子を浴び若干だが蓄積する。また、魔物の肉を食べる事により、魔粒子を含んだ栄養分を吸収し血肉となる。それが魔導細胞に再吸収され新たな魔導細胞が生まれる。


 特にワイバーンが帝王猿を殺した時に解放された魔粒子をほんの少しだけ蓄積していたようで、良質な魔導細胞が発生する。俺は身体の中にある魔粒子を感じ取れるようになった。


 魔粒子が集まると魔導波が発生する。生物が発する生命波動と魔導波が混じり、人間や魔物の意志力で制御可能な魔力となる。これがこの世界の魔法学の基礎となる理論である。俺の頭の中に魔粒子と魔力を感じる新しい器官が発生したようだ。


 俺は未知の力を感じるようになり混乱していた。どれほどの時間、その状態が続いただろうか。蝋燭の炎が消え周りが暗闇に包まれる。しばらく待っていると扉が開き、外に出るように促された。


「はい、終了です。気分はどうですか……大丈夫ですね」

 俺は混乱したまま、玄関ホールに戻りカルバートたちと合流した。


「ミコトさん、どうでした?」

 キセラが尋ねた。好奇心と不安が混じり合う表情をしている。

「ああ……神紋は授かった。不思議な感じだ」


 おばさんが近づきカルバートを連れて行った。キセラが不安そうに見送る。

「心配ない。問題なく神紋は得られるだろう」

「はい」


 俺は大地の下級神バウルの部屋で起きた事を詳しく語った。キセラは大きく目を見開いて聞き入っていた。キセラに話す事で混乱が幾分収まったようだ。


 カルバートが戻って来た。呆然とした様子でキセラが話し掛けても上の空だ。俺はキセラに。

「行って来い。心配は要らないからな」


 キセラがおばさんと消え、残された俺とカルバートはボーッとしていた。たぶん俺たちは今日一杯使いものにならないだろう。しばらくしてキセラが戻って来た。こいつも呆然として眼の瞳孔が開きっぱなしだ。俺は二人を促し広場に向かった。ベンチに腰掛け、好きなだけボーッとさせる。


 これからギルドに行き、正式なハンターになる手続きをする予定だ。だが時間は有る。体の変化に精神が折り合いをつけるまで静かな時間を過ごそう。

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