第10話 ゴブリンメイジ

 山麓には雑草と灌木が生い茂り、所々に穴兎の巣穴だと思われる穴が有った。ゴブリンが穴兎を狙って付近にいる可能性は有る。


「雑草が邪魔で、よく分からん。カルバートの方はどうだ?」

「こっちも同じだよ」


 山麓付近と平原とでは、植生が異なっていた。平原は背の低い雑草が主に茂っているが、山麓付近は背の高い草と灌木が多い。緑色の皮膚を持つゴブリンを探すには不利な場所だ。


『ギグェ』

 ゴブリンの声が左の方から聞こえた。俺たちは身振りで合図し静かに移動を開始する。灌木の茂みを抜けると四匹のゴブリンが居た。


 穴兎狩りの真っ最中だ。一つの巣穴を取り囲んで中にいる穴兎を何とか引っ張りだそうとしている。俺は背負い袋を地面に置き鉈を取り出す。カルバートたちも地面に荷物を置く。


 俺たちはじっくりと様子を窺ってから、ゴブリンたちの背後から静かに近付く。先頭は俺、カルバート、キセラの順で忍び寄る。後五メートルほどの距離で気付かれた。弾かれたように俺が駆け出し二人が続く。


 真ん中二匹のゴブリンに、鉈が一回ずつ振り下ろされた。考えていた通りの軌道で鉈が閃き、真ん中右のゴブリンの首が飛び、その隣にいたゴブリンの鎖骨を断ち切る。恐ろしいほどの切れ味だ。


 一瞬で敵を倒した俺は、カルバートとキセラが攻撃しているゴブリンを見る。カルバートの槍は左端にいたゴブリンの腹に突き刺さり悲鳴を上げさせ、キセラの槍はゴブリンの肩に突き刺さっている。


 キセラの敵が槍の刀身と柄の接続部、けら首と呼ばれている部分を握り引き抜こうとしている。キセラは青褪めながら必死で押し込もうとせめぎ合っている。


 俺は数歩で走り寄り、そいつの首に鉈の刃を滑り込ませた。振り抜いた後、ゴブリンの身体がドサリと倒れ雑草を血で汚す。


 カルバートの敵はしぶとかった。腹を刺されながらも手に持つショートソードを振り回しカルバートを攻撃しようとする。カルバートは槍をこじるようにして傷口を広げた。


「あっ!」

 無理な角度で加わった力が槍の刃を折ってしまった。穂先の無くなった槍をゴブリンが払いカルバートに斬り掛かろうとしたが足をもつれさせ転ぶ。そのゴブリンは起き上がらなかった。腹に刺さったままの槍の刃が転んだ拍子に太い血管を切ってしまったのだ。


「はあ、はあ……」

 荒い息をするカルバートをそのままにして、俺はゴブリンたちの生死を確かめた。四匹とも息の根が止まっている。キセラは青褪めたまま、その場に座り込んでしまった。


 俺はナイフを持ち出し小さな角と魔晶管を剥ぎ取った。剥ぎ取り作業の終わった頃、二人が復活。

「ありがとうございます、ミコトさん」

 キセラが助けられた事を感謝する。俺は何でも無いというように受け流した。


 内心では『でへへ……』とニヤけていたが、表はクールだ。この世界に来て、魔物を殺すという行為を当たり前のように感じ始めている。日本だったらネズミを殺すのもためらったはず。現実なんだが現実じゃない、不思議な感覚だ。


「どうしよう。槍が壊れちまった」

 カルバートが穂先の失くなった槍を抱えてオロオロしている。俺はゴブリンの持っていたショートソードを拾い上げ彼に渡す。


「こいつを使え、錆びてはいるけど丈夫そうな剣だ」

 カルバートは剣を受け取ると二、三度素振りをした。バランスは良い、作りもしっかりしている。研いで磨けば、銀貨一枚ほどで売れるだろう。カルバートは、そのショートソードが気に入ったようだ。

 

 今までの経験からゴブリンの動きや攻撃パターンが限られている事に気付いた。後で知ったが、人間とゴブリンの骨格は同じではなく、特に肩の骨はいびつに発達している。


 そのおかげで構造上可動域が狭く、人間のように多彩な攻撃が不可能なようだ。更に予備動作が大きく、次の攻撃を予測し易い。ゴブリンが小柄な割に力が強く器用に武器を使うにもかかわらず、魔物ランクがポーン級中位でしかないのはこういう理由だった。


「次を探そう」

 俺たちは見回りを再開し、程なく五匹のゴブリン集団と遭遇した。中の一匹が面白い装備をしていた。右手に乳切木ちぎりき、左手にバックラーと呼ばれる小さな丸盾という装備だ。


 乳切木という武器は、棒の先に鎖と分銅を付けたものだ。武器としては扱いが難しく、そのゴブリンが振り回すと敵ではなく隣のゴブリンに当る。


 それが切っ掛けで仲間同士の争いに発展するが、その隙に速攻でアホゴブリンを倒した。俺が三匹を倒し、カルバートとキセラが一匹ずつ。

 この頃になって初めて、カルバートが俺の鉈を特別製だと気付いた。


「その鉈、切れ過ぎだろ」

「今頃気づいたか。これは魔物の爪を刃にしてる特別製だ」

 キセラが眼を輝かす。


「その大きさ、もしかして竜の爪なの?」

「ワイバーンの爪だ」

「ええーっ!」

 カルバートとキセラが非常に驚いている。理由を訊くとワイバーンの革、爪、牙は非常に高価だそうで、その希少価値故に金貨二十枚前後で取引されているらしい。


 竜種には様々なバリエーションがある。キング級上位の不死だと言われる亜神龍を筆頭に、一万年生きる万功龍、龍族の覇者である歴帝龍、真龍などの龍種。その下に王竜種・闘竜種・飛竜種・劣竜種などが存在する。

 ワイバーンは飛竜種の中でも最大種で、これを倒せるハンターは大きなギルド支部でも多くは居ない。


「ミコトさん、この事は秘密にしといた方が良いです」

 キセラが心配そうな顔で言う。


「まあ、言い触らしはしないけど。何故だい?」

「私たちみたいなランクの低い者が、不相応な装備を得ると、良くない考えを起こす連中が沢山います」

「盗まれるかもしれないと言うのか?」


「盗まれるだけならまだしも、殺されて奪われるかも」

 俺は背中に冷や汗を吹き出し、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「き、気を付けるよ」


 ちょっとビビった。ノスバック村での出来事が無ければ、べらべら自慢してたかもしれない。そういう意味では危なかった。


 俺たちは休憩を取り昼飯を食った。硬いロティは飲み込むにも苦労する。それでも貪るように食い、水で胃袋に流し込む。一時間ほどの休憩後、活動を開始した。


 俺たちは小山に居るゴブリン集団を次々に撃破した。合計二十匹のゴブリンを倒した俺たちは、角と魔晶管の他にバックラー二つ、ショートソード一本、槍一本をゴブリンから奪っている。

 バックラーは俺とカルバートが装備し、槍はキセラが装備した。


 順調だった。ゴブリンとの戦闘にも慣れ、五匹ほどの集団なら問題なく倒せるようになっていた。そんな俺たちに隙が出来たのだろうか。ゴブリンの奇襲を受けた。


 俺の左側から火の玉が飛んで来た。

「魔法だ、避けろ!」

 カルバートの叫びで気付いた俺は、バックラーを火の玉に向けながら飛び下がる。火の玉はバックラーを掠め、地面に着弾し炎を撒き散らす。

「うおおー……アチッ!」


 クッ、敵は何処だ? ゴブリンの集団が左側の茂みから飛び出し襲い掛かって来た。敵は七匹、剣が二匹、槍が一匹、棍棒が三匹、そして杖を持つ大柄なゴブリンが一匹。俺たちは荷物を放り投げ、武器を構える。


 剣を持つゴブリン二匹をカルバートとキセラに任す。俺は槍持ちのゴブリンに駆け寄る。遠い間合いからの突きを鉈で受け流し強引に近寄ると振り上げた鉈を頭目掛けて振り下ろす。

 ゴブリンが槍の柄で受け止めようとした。鉈の刃は木製の柄を真っ二つにし頭蓋骨を割る。


 火の玉が俺を襲う。わっ、またかよ。横っ飛びに躱し草地で一回転してから、ゴブリンメイジらしい奴に駆け寄る。それを邪魔するように棍棒を持つ三匹のゴブリンが俺の前に立ち塞がりやがった。


 三匹のゴブリンが俺を集中的に攻め始めた。一匹が足を狙って棍棒を振リ下ろす。飛び上がって避け、ゴブリンの腹を蹴り、次に頭を狙った打撃をバックラーで受け止める。棍棒の嵐が俺に襲い掛かった。


 気分はサンドバッグ、俺はひたすらバックラーで受け止め、鉈で弾く。三分ほど敵の猛攻に耐えた俺は、背後でカルバートたちの勝利の叫びを聞く。


「ミコト、左の奴は任せろ」

「右はあたしが」

 援軍が来た。俺は真ん中のゴブリンが放った打撃をバックラーで受け流し首筋に鉈を送り込む。その一撃でゴブリンの首が刎ね飛んだ。


 ゴブリンメイジを見ると祈るように眼を閉じていた。これは……まずい、魔法が来る。俺は魔法が放たれる前に倒そうと駆け出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る