第9話 緊急討伐(2)
中央広場には早朝から開いている雑穀雑炊の屋台が有る。この屋台で朝食を済ませギルドへ向かう。ギルドには緊急討伐の参加者が半分ほど集まっていた。カルバートとキセラも来ていた。
「ミコトさん、おはようございます」
「おはよう、キセラちゃん。ついでにカルバートも」
「何だ、オレはついでかよ」
俺たちが雑談しながら時間を潰していると、セリアさんとハゲゴリラの爺さんがカウンターの奥から現れた。その瞬間、がやがやしていた雑音が消える。
「よく集まってくれた。ギルド支部長のオペロスじゃ」
ハゲゴリラはギルド支部長さんだった。
「今回の緊急討伐は、商人ギルドからの依頼である。偵察チームからの報告では、群れの規模二〇〇匹、五匹ほどの集団で獲物を探しておる。厄介なのは中にゴブリンメイジが存在する事じゃ」
一斉に『オオーッ』という歓声が上がる。俺は何故そんな反応が起きるのか分からなかった。
「静かに!」
ギルド支部長の一声で静まる。
「ゴブリン共は新しい棲み家を決めてはおらん。バラバラに行動し穴兎や蛙などを捕食しながら定住先を探しとる。儂らは棲み家が決まり集団となる前に、奴らを殲滅する」
ゴブリンは強敵でないとしても二〇〇という数は脅威である。二十五人で戦ったとして、勝てたとしても犠牲者は必ず出る。各個撃破出来るうちに数を減らすのは戦いの常道。それ故の緊急討伐だ。
セリアさんが壁に南方面の地図を貼った。広大な平原に小山が九つ、平原の端に川が流れている。地図は小山毎に九分割され番号が振られていた。
「担当地域を割り当てる。まずは『金剛戦士』五番と六番にいるゴブリンを掃討してくれ。次『銀の守り手』は三番と四番……」
実力のあるパーティから名前を呼ばれ担当地区が決まる。当然、ゴブリン共が居る確率が高い地域を割り当てられる。当然、最後が俺たちだ。
「『ミタルカシス』は九番だ」
平原の端にある小山だ。ゴブリンの居る可能性は低い。
「川の近くだ。槍トカゲが居るかもしれないぞ」
カルバートが小声で教えてくれる。
ゴブリンの代わりに槍トカゲを狩るのもいいかもしれない。
「準備が終わったら出発してくれ」
ギルド支部長の声でパーティ単位でギルドを後にする。俺たちは中央広場で装備の点検をする。カルバートとキセラは手製の槍を持って来ていた。但し俺の槍のような枝を削っただけのものではなく、先端にナイフが括りつけられていた。
「ミコト、その槍でゴブリンを殺せるのか?」
粗末な槍を見てカルバートは不安になったようだ。
「心配無用、槍はスライム用だ。本命の武器は鉈だ」
背負い袋に入れてある鉈を示した。刃の部分を木の皮で包み背負い袋に突っ込んでいる。袋の口から長い柄が飛び出していた。
「変わったものを武器にしてるな。剣の方が扱い易いと思うんだけど」
確かに扱い易さなら剣が上だろう。だが、ワイバーンの爪に秘められている威力は魅力的だ。カルバートは、俺の鉈がワイバーンの爪だと知らないからな。
「安物の剣より、この鉈の方が威力はある。それより、ギルド支部長がゴブリンメイジが居ると言ったら喜んでいたようだが何でだ?」
「ええっ! そんなことも知らないの」
ム、ムムッ……歳下に馬鹿にされてしまった。
「俺は遠くから来たんだ。この辺の事情には疎い」
キセラは小首を傾げたが、カルバートはなるほどというように頷いた。
「そうか、それじゃあ仕方ない。俺が教えてやろう。ゴブリンメイジというのは、ゴブリンが進化した上位種なんだ。こいつは魔晶管の中に魔晶玉を持っている可能性が高い。魔晶玉は魔道具の素材になるもので、小さなものでも金貨一枚はする」
金貨一枚、すげえぇー。ハンターたちが騒ぐ訳だ。
「よし、気合が入って来た。行くぞ!」
「おうっ!」
出発しようとした俺たちをキセラが止めた。
「ちょっと待って、昼食はどうするの!」
「あっ」「うっ」
俺たちは広場の屋台で硬いが腹持ちがいいロティを人数分買って、本当に出発した。俺たちの中でキセラが一番しっかりしているようだ。
俺たちは南門を出て九番の小山を目指し歩き始めた。遠くに、それぞれの担当地域へ向かうハンターたちの姿が見えた。その姿も一時間も歩くと消える。膝より少し高いくらいの雑草を掻き分け進む。ガサッガサッという大きな音とカサッカサという微かな音。
「もうちょっと静かに歩けないのか? 魔物が気付いちまうよ」
「すまん、慣れてないんだ」
歳下に叱られる俺、ちょっと情けない。
「カル、怒らないで誰にでも不得意なものは有るんだから」
キセラのフォローを聞いて一層情けなくなった。ちょっと落ち込んだ気分を変える為にカルバートに尋ねた。
「この辺には、どんな魔物が居るんだ?」
「ん、そうだな。跳兎に足切りバッタ、
「狼も居るのか。そいつはやばいな」
「長爪狼は、頭の良い魔物だから人間は滅多に襲わないよ。むしろ危険なのは足切りバッタさ。あいつら草叢から、突然襲ってくるんだ」
足切りバッタは体長二〇センチほどの黒いバッタで、集団で襲い強力な顎で人間を噛み切る肉食の大型魔昆虫らしい。俺は周囲を見回す。右前方に黒い奴が居た。
「あれか、見た目が不気味だな。狩らないのか?」
「足切りバッタを……あんなのに何の価値もないさ。魔晶管は小さ過ぎて買取対象にはならないし、肉や外殻が売れる訳じゃない。襲って来ない限り無視だよ」
「緑狐はどんな魔物なんだ?」
「綺麗な緑の毛皮を持つ魔物さ。毛皮だけで銀貨一枚するんだ。だけど見つけるのは至難の業さ」
まあ、そうだろうな。緑の草原に緑の狐じゃ難しいよな。赤い狸だったら簡単に見つかりそうなんだが。
ガサッと音がして黒い物体が飛んで来た。俺は反射的に槍で弾く。ガスッと音がしバッタが地面に落ちる。
クッ、油断も隙もねえな。俺たちは足切りバッタの集団と遭遇したようだ。バッタがバサッと飛んで襲って来る。襲われているのは、俺だけじゃないカルバートもキセラも襲われている。
「集団から抜け出すぞ。走れ!」
俺たちはバッタを払い除けながら走った。三〇メートルほど走ると集団から抜けだしたようだ。
「怪我はないか?」
「ああ」「大丈夫」
自分の足元を見るとズボンの数ヶ所に穴が開いていた。すれ違い様に足切りバッタが切ったようだ。幸いかすり傷で少し血が滲んでいるだけである。ハンターを続けるのならちゃんとした装備が必要だと痛感した。
目的の小山に到着した。トータルで一時間半ほど歩いただろうか。周囲が五〇〇メートルほどの小さな山で、山腹には樹木が生い茂っている。小山の先には幅五〇メートルほどの川があった。
「山の周囲をグルッと回ってゴブリンを探そう」
俺はそう言って小山を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます