第8話 緊急討伐(1)

 宿に行く道すがら古着屋を覗く、厚手のシャツとズボンを探しちょうど良さそうなものの値段を訊くとどちらも銅貨二〇枚という答えが返って来た。まだ買えそうにない。


 他のものも値段を聞いてみたが着れそうなものは銅貨二〇枚程度するようだ。古着なのに、状態もそれほど良くないのに高い。


 トボトボと大通りを歩み中央広場を突っ切ってハンターギルドへ行く。扉を押し開け、カウンターの前を通って奥へ。人が少なく、受付嬢が暇そうにしている。


 依頼票ボードの前に行き再チェックする。常駐依頼にスライムの魔晶管が追加されていた。スライムの魔晶管は魔力回復の魔法薬になるらしい。買取価格も銅貨二〇枚と高い。


 ボードに注意書きが貼られていた。

『南の小山付近でゴブリンの群れを発見』

 薬草探しをしていた場所だ。危なかった。ゴブリンの群れと遭遇してたら、まずいことになってた。


「あれっ! 緊急討伐の募集が出てる。見習いでも可となってるぞ。……ん、駄目だ、三人以上のパーティのみになってる」


 今朝会った少年と少女の二人組みだった。俺も緊急討伐の依頼票を見た。ゴブリンの緊急討伐で、パーティ単位で参加になっている。討伐報酬を見るとゴブリン一匹で銅貨五枚となっていた。これは美味しいが、参加出来ない。


 残念そうに依頼票を見ていた俺に、少年が話し掛けてきた。

「ちょっといいか。話が有るんだけど」

「えっ、俺。何だい?」


 俺はミトア語に慣れてきていた。辿々しかった発音が日本語と同レベルに近付いている。

「あんた一人だろ。オレらとパーティ組まないか。もちろん、緊急討伐の間だけでいい」


 パーティを組むのはいい、だけど大丈夫なのか。こいつらの武器はナイフだけだし、俺よりも年下で経験も浅いようだ。……ん、でも俺よりはマシか。なんせハンター見習いになって数日だからな。今回は駄目元で組んでハンターについての知識を増やそう。


「組んでもいいが、お前らゴブリンと戦えるのか?」

 カルと呼ばれていた少年が、もちろんだと言うように頷いた。だが、少年の後ろで少女が不安そうな顔をしている。少年の名前はカルバート、少女はキセラだと自己紹介された。


「俺はミコト・キジマだ」

「ミコトは貴族なのか?」

「違う。何故そう思った?」

「キジマというのは家名だろ。平民は家名なんか持ってない」

「俺の国では、平民も家名を持ってるんだ」

 俺が面倒臭そうに言うと、キセラが首を傾げた。


「へえぇー、そんな国聞いたこと無いから遠くから来たんだ」

 俺は適当に海の向こうの遠い島国だと誤魔化した。

「それより、武器がナイフだけじゃゴブリンは無理だろう」

「心配ない、家に槍が有る」


 詳しく聞いてみると、俺と同じような自家製の槍が有るようだった。

「報酬はどうする?」

「あんたは歳上みたいだから、半分やるよ」


 報酬は、俺が半分、残り半分を二人で分ける事になった。パーティ名は『ミタルカシス』がいいとカルバートが主張した。俺はどうでも良かったので承知した。カルバートが憧れている英雄に因んだ名前らしい。


 受付カウンターでパーティ申請を行い、緊急討伐に参加すると伝えた。相手は栗毛美人のお姉さんだ。

「ミコト君は、この前ゴブリン三匹を倒したらしいから大丈夫だと思うけど、カルとキセラは大丈夫なの?」


 カルバートが心外だというように声を荒らげた。

「セリアさん、見習いになって一年経ってるんだぞ。ゴブリンくらい大丈夫さ」

 栗毛美人がセリアという名前だと知った。


「キセラちゃん、本当に大丈夫?」

 キセラが自信無さそうに頷く。カルバートはあんまり信用されていないようだ。因みに、この二人は幼なじみらしい。家が隣同士で両方共子沢山の貧乏家族だと話してくれた。


「た、たぶん大丈夫……」

「ハアァ、しょうがないわ。ミコト君、この子たちをお願いね」

 セリアさんが俺を見てニコッと笑った。


「はい、ドーンと任せて下さい」

 美人の前で、見栄を張りたがるのは男のさがです。カルバートたちより経験の浅い俺が、ベテランのような言葉を口にした。正直にいうと不安だ。いかん、プラス思考で行こう。気合を入れて頑張れば、何とかなる。


 緊急討伐は明日の早朝から始まると告げられた。予定では五パーティ二十五人でゴブリンの群れを掃討するらしい。俺たちの他は、ギルド員になったばかりの序二段9級パーティが三つ、一般兵士ほどの実力を持つ三段目8級のパーティが一つ、序ノロ10級は俺たちだけらしい。


 ゴブリンの群れの規模を聞いたら、二〇〇匹近い群れだと教えてくれた。一つのパーティで四十匹か。……多いな、まあ、序ノロ10級のパーティに多くは期待していないだろうから、他のパーティが頑張ってくれるだろう。


 その日は解散し、屋台で槍トカゲの串焼きとロティを買って食べた。ロティというのは、インドやパキスタンなどで食べられる全粒粉を使った無発酵パンの一種だ。元の世界のロティと同じものかは分からないが外見上は同じだ。飲み物は梨に似た果物のジュースを買った。


 その後、雑貨屋で歯ブラシを買った。こっちの世界の歯ブラシは動物の毛を束ねて短い柄を付けたもの、要するに短い筆だ。何の動物かは分からないが、結構硬い毛を使用しており歯磨きには十分なものだった。歯磨き粉はなく代わりに塩を使う。


 辺りが暗くなり始めたので宿屋へ戻り銅貨五枚を払い鍵を貰う。裏に回って井戸で鉈と槍を洗う。スライムの酸はそれほど強力ではないようだ。表面は焦げたような跡を残しているが、それをこそぎ落とすと綺麗な木目が現れた。


「さて、体を拭いてさっぱりしてから寝よう」

 日本人としては風呂に入りたい所だが、風呂自体がないのだからと諦める。―――寝間着も欲しい。石鹸も、ふかふかの布団と毛布も欲しい。………寝よ。


 翌朝、薄暗い時間に日課にすると決めた素振りを終わらせる。不思議と疲れは残らない。日本にいる頃なら、疲労感が続いているはずなのに。


 俺は武術を習った経験が少しだけ有る。だが、すぐに止めてしまった。あのまま修行を続けていれば役に立ったかもしれないと悔やみ、少し昔を思い出した。


   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 俺は五歳の時から児童養護施設で育った。両親が死んだ訳ではない。育児放棄という奴だ。友達に両親に捨てられたと話したら、可哀想にと言ってくれたが、少し引かれた。それ以来、両親の事も、児童養護施設についても学校の友達には話さなくなった。


 一〇歳の頃、その児童養護施設に面白い職員が来た。樽のような身体をした陽気なオッさんで、子供には優しかった。香月こうづき師範と子供たちは呼んでいた。元々は古武道の研究家で隣町に在った道場で師範をしていたらしい。だが、道場の師範だけでは生活出来ず、コネでこの施設に入ったそうだ。


 香月師範は、子供たちが希望すれば古武道を教えてくれた。俺も半年ほど組討術と剣術を習ったが、興味を無くし中学に入ってからはバイト三昧の生活だった。何か欲しい物が有った訳じゃない。ただ不安だったんだ。


 中学二年の時、ある幼女が来た。栗色の髪、シミひとつ無い白い肌、妖精のような顔、そして忘れられない眼。蒼い海を思わせるような眼、だが、そこには光がなかった。彼女は生まれつき眼に障害を持ち、一度として光を宿した事はない。


 水崎みさきオリガ、四歳、天使のような幼女。彼女の祖母がロシア人だったらしく、その血を強く受け継いでいた。両親は事故で亡くなったと聞いた。オリガは施設に馴染めなかった。急激な環境の変化と両親の死、障害を持つ子供には過酷な現実だ。


 他人には心を開かない子だったが、例外は有った。俺と香月師範だ。香月師範は雰囲気が父親に似ていたらしい。俺は何が切っ掛けだったか忘れたが普通に話すようになった。


 俺が話し掛けると天使のような笑みを浮かべて応えてくれる。俺はオリガの為に色んな事をした。眠る前に絵本を読み、一緒に散歩をし、眼が見えなくても出来る遊びを考えた。俺はオリガを妹のように思うようになった。オリガも俺をお兄ちゃんと呼んでくれた。


 言っておくが、俺はロリコンじゃない。ただオリガの笑顔が眩しくて、とても貴重なものだと思うようになっていたんだ。もうすぐオリガの誕生日だ。バイトした金でプレゼントを買うはずだった。

 オリガは寂しがっているだろうか。帰りたい。


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