第6話 スライムは強敵
ギルドを出ると外は暗くなり始めていた。俺は宿屋を探した。中央広場の周りに三軒の宿屋が在った。右から上・中・下という感じだろうか。俺は迷わず、下の宿屋へ向かう。
不機嫌そうなオヤジが俺をジロリと睨む。
「泊まるのか?」
「部屋は空いてますか?」
「一泊銅貨五枚、飯は無しだ」
この宿屋は素泊まりだけの宿らしい。俺は金を払い、部屋の鍵を貰う。腹は減っていたが、外に食べに行くだけの元気が残っていなかった。二階の角部屋に入りベッドに腰掛ける。
「明日からどうしよう」
異世界に放り込まれて数日、ゆっくりと考える時間もなくドタバタと旅して来た。いい加減基本方針というものを決めるべきだと思った。
第一の目標とすべきは帰還方法の発見だ。それには、あの洞窟を調査する必要がある。
それは容易ではないと理解していた。洞窟の付近は、平地にちょっとした山がポツポツと在るような特徴のない場所だった。洞窟自体は小高い山の麓に在ったが、周りには似たような山が数多く在る。
ワイバーンと遭遇した場所から、洞窟へ戻って来れたのは、目印となる獣道に沿って移動していたからだ。南へ続く獣道は無かったので、藪を掻き分けながら街道へ出た。
洞窟を探すには点在する山を一つずつチェックするしか無い。しかし、魔物の住む森を歩き回るには、自分の実力が不足している。
少なくとも弱小の部類であるポーン級魔物を瞬殺するくらいの実力がなければ、生きて探し出せない。俺は正直そう思った。
「素振りくらい始めるか。色んな角度の斬撃を混ぜながら三〇〇回から始めよう」
翌朝、日が昇る頃に起きた。異世界の夜は短い、碌な照明器具がない世界では就寝時間が早く、目覚めも早い。宿屋の裏にある井戸の脇で柔軟体操をしてから調息を行う。
調息というのは気功を修行する場合の呼吸法である。昔、少しだけ武術を習った時に教えてもらった呼吸法だ。体内の邪気を払い、大気中の気を取り入れると教わったが、理解出来ず教わった通りに繰り返していたのを思い出す。
鼻からゆっくり息を吸い、微かに開いた口から吐き出す。意識は身体の中心である丹田(根源的生命力である『気』を凝集・活性化する体内部位)に置く。
吸い込む時間が長いほど良いと教わった。続けると腹部が暖かくなってるような気がする。調息を行うとリラックスし練習に集中出来ると習った。三分ほど行ってから素振りを始める。
自家製である鉈のバランスはお世辞にもよろしくない。その鉈を使っての素振りは思った以上に大変だった。三〇〇回のノルマが終わった時、肩で息をする俺は全身から汗を流していた。水浴びしてさっぱりしてから、部屋に戻り今日の予定を決める。
「ギルドに行って、いい依頼がないかチェックして、いい依頼が無ければ常駐依頼の薬草採取でもしよう。それが終わってから、魔導寺院へ行って神紋について調べよう」
正式なギルド員になるには、大地の下級神バウル様の神紋を受けるという課題がある。その神紋について調べようと思っていた。
宿屋を出てギルドへ向かう。途中、朝飯代わりの『キャスラ』という食べ物を買って食べた。塩味のチヂミという感じだ。小麦粉と葉野菜の微塵切りを混ぜたものを鉄板の上で焼いた簡単な料理である。味付けは塩だけの残念なものだが、空腹が最高の調味料だと知った。二枚買って小粒六枚だ。
ギルドに入り依頼票のボード前に行く、既に二人のハンターが依頼票をチェックしていた。十三歳くらいの赤毛の男の子と同じ年代の金髪ポニーテールの女の子だ。
「カル、今日はポポン草、それとも
ポニーテールの女の子が声を上げた。鼻の周りにソバカスが少しあるが可愛い子だった。
「両方だな。ポポン草を探しながら、穴兎の巣穴も探そう」
「南の丘? あそこはスライムが出るからヤダなぁ」
「スライムぐらい怖がるなよ。オレたちはハンターなんだぞ」
「だって、酸が顔にかかったら酷い事になるのよ。私たち治療薬なんか持ってないんだから」
「大丈夫だよ。気を付けていれば」
男の子の方は、身長一五〇センチほどで粗末なシャツとズボン、腰はベルトの代わりに紐を締め、武器としてはナイフだけを持っていた。どう見ても一人前のハンターではない。女の子の装備も同じ様なものである。
女の子が諦めたように溜息を吐いた。
俺は二人の横で依頼票を見ながら聞き耳を立てていた。南の丘にはポポン草と穴兎、それにスライムが居るらしい。依頼票は、ノスバック村より種類が豊富だった。常駐依頼は、ポポン草、モシャク草、ゴブリン、長爪狼、穴兎と増えている。
ポポン草は傷薬、モシャク草は解毒薬の素材となる。どちらも一〇本で銅貨五枚。長爪狼は討伐報酬が銅貨五枚で、毛皮は銅貨三枚が相場らしい。穴兎は討伐報酬が銅貨一枚、毛皮と肉が銅貨一枚だとメモ書きされていた。
通常依頼の中で
俺はギルドに在った魔物図鑑と植物図鑑で念入りに調べ、それぞれの特徴を頭に叩き込む。
その頃になると先ほどの二人の姿はなく、代わりにゴツイ兄さんたちがボードの前に
「俺も南の丘に行こう。狙いはポポン草とモシャク草だ」
あの二人はポポン草と穴兎を狙うようだったが、穴兎の報酬は安い。俺はモシャク草を探す事にした。ギルドを出る前にカウンターで所属をウェルデア支部に変えた。門を入る時に毎回入街税を支払う必要がなくなるからだ。俺は中央広場から南へ行き、南門から外へ出た。
ウェルデア市の南側は、広々とした草原が地平線まで続く起伏に乏しい地形だった。点々と小山があるが、あの洞窟の在る森とは違い樹木が少ない。そのお陰で遠くがよく見え、右前方にココス街道が確認できた。
ギルドに居た見習い二人が丘と呼んでいたのは、この小山の中の何れかだろう。俺は左手の方にある小山に向かう。何となく選んだ山だった。モシャク草はタラリの木の傍に生えていると植物図鑑に書かれていたので、タラリの木を探す。タラリの木は柳に似た木で、夏に赤い花を咲かせると書かれていた。
「タラリ発見!」
二〇メートル先に柳を小さくしたような木を見つけた。歩み寄り周囲を探す。苦労することなくモシャク草を見つける。四本のモシャク草を採取。
「うっ、スライム発見」
こいつの魔晶管を傷つけずに剥ぎ取れたらいいんだが。スライムが消化液でもある酸を持っていなかったら、スライムの身体に手を突っ込み魔晶管をもぎ取れるのに。
げっ、酸を飛ばしやがった。俺はステップして避ける。スライムは緑の身体をくねらせて移動する。そして、横にプルプル震わせるのは、酸を飛ばす予備動作らしい。
鉈を振り上げ魔晶管目掛けて斬り付ける。スライムの身体をスパッと両断した。魔晶管から体液が零れ、スライムが形を失くす。
「あっ! 酸が鉈の柄に付いた」
酸の付いた柄の部分が変色する。俺は酸を雑草に擦り付け綺麗にする。スライムは嫌われている。攻撃すると武器がダメージを受ける場合が有るからだ。ワイバーンの爪自体は何とも無いが、木の柄は酸に弱いようだ。
「失敗した。また、槍を作っとくべきだった」
前に製作した槍は、鉈を作った後捨てた。その時は不要だと思ったのだ。適当な木を探しながら小山を目指す。
真っ直ぐな灌木があったので、切り倒して槍にする。鉈が有るので楽だ。また、タラリの木を見つけた。その下にはスライムが三匹いる。左端のスライムに忍び寄り槍を突き出す。
何度か失敗し、繰り返すうちに、俺はスライムを狩るコツを会得した。
コツを会得した俺は三匹を倒し、モシャク草を探す。八本見つけた。更にポポン草も二本見つける。何だか運がいい、この調子で行こう。小山に到着。斜面は雑草が生い茂っていたが、所々に穴が開いていた。
「ははーん、あれが穴兎の巣か」
右手の方で何かが動いた。ガサッ、雑草が鳴り穴兎が素早い動きで巣穴に飛び込んだ。大きさも形も普通のウサギだが、爪だけがモグラのように長く伸びていた。
「素早い、弓でもないと仕留められないぞ」
俺は試しに穴兎を狩ろうとした。身を低くして穴兎にそーっと近づき―――逃げられた。槍を突き出す暇もなかった。もう一度、息を殺して近づき槍を―――逃げられました。
次はある程度近付いてから槍を投げた。ハズレ。大きく狙いを外した。それから数匹の穴兎に目掛けて槍を投じたが、一匹たりとも倒れた奴はいなかった。……クソッ!
「こんな槍じゃ無理なのか。今日は予定通りポポン草を採取しよう」
小山の周りを一周するとポポン草が十八本採取できた。その間、スライムが六匹現れ、酸を飛ばされた。全て倒したが、一回だけ避け損ねて腕を掠めた。
シャツが変色する。俺は慌ててシャツを脱いで水筒の水をかけた。
「今のは危なかった。疲れで動きが鈍ってるのか……戻ろう」
ポポン草やモシャク草は、それほど珍しい薬草ではない。それでもハンターギルドで常駐依頼となっているのは、生えている場所が魔物の生息地でも有るからだ。
薬師にしてみれば、安い料金で薬草の採取をやってくれるなら助かる。見習いは、薬草採取をしながら危険に対処する術を学べる。両者に利点があるのだ。
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