第4話 ミトア語習得

 俺は牢から出された。村長宅に連れて行かれ、客室で待たされた。カステアが金属製の台に填められた水晶球のようなものを持って来た。


 水晶の直径は六センチほどか。念話で動かないで立っていろと命じられた。カステアは、その水晶球を俺の額に当てるとブッブッと呟き始めた。何かの呪文らしいが、俺には分からない。


 ……ん…イギッ、激痛が走る。脳を鷲掴みされたかのような痛みだ。逃げようとしたが身体が動かない。あまりの激痛に気絶も出来なかった。


 どれほどの時間、その激痛に耐えていたか覚えていない。気付いたら終わっていた。俺の頭の中にミトア語の知識が存在した。それだけじゃない、古代魔導帝国エリュシスの公用語であるエトワ語、オークが使うジゴル語の知識などが自分のものとなっていた。


「分かりますか、キジマ。返事をしなさい」

「イタかった。シヌかとオモた」


 俺はミトア語で応えていた。俺の頭には完全なミトア語の知識が在るのだが、口の筋肉や喉はその言語に慣れていないので、辿々たどたどしい口調になる。

「知識の宝珠は、ちゃんと機能したようですね」


 魔法だよ、ファンタジーだ。この世界は凄い。俺は興奮した。その興奮も五分と続かなかった。ハゲの村長が出て来て、屋敷から追い出されたんだ。


 背負い袋と革鎧は返して貰ったが、帝王猿の毛皮とクナイ、巾着の中の銀貨三枚は無かった。お日様は中天に登り、昼を少し過ぎている。


「残っているのは、銅貨一四枚、小粒九枚か」

 カステアに確認したら、この国の貨幣制度は次のようになっていた。単位は『ビレ』だが、一四九ビレという代わりに銅貨十四枚と小粒九枚と言う習慣になっており、『ビレ』を使うのは行政府の役人ぐらいらしい。


小粒……銅製の四角い小硬貨、日本円で一〇円相当

銅貨……銅製の穴開き丸硬貨、日本円で一〇〇円相当、銅貨一枚=小粒一〇枚

方銀……銀製の四角い小硬貨、日本円で二千円相当、方銀一枚=銅貨二〇枚

銀貨……銀製の丸硬貨、日本円で一万円相当、銀貨一枚=方銀五枚

方金……金製の四角い小硬貨、日本円で四万円相当、方金一枚=銀貨四枚

金貨……金製の丸硬貨、日本円で二〇万円相当、金貨一枚=方金五枚


 銅貨が二枚も有れば飯が食えるらしいので、食い物屋を探した。宿兼食堂があった。村の建物は木製の柱や桁に土壁、窓は鎧窓で屋根は板に黒いタイルが貼られていた。


「あのタイルは何だろ?……瓦?じゃないよな」

 疑問は持つたが、それに答えてくれるような人物は居ないので、兎に角、宿兼食堂に入る。


「いらっしゃいませ、お食事ですかのぉ、お泊りですかのぉ」

 愛想のいいお婆さんが声を掛けて来た。

「トまりは、イくら?」


「おやおや、お客さん外国の方じゃろか、一泊銅貨五枚だよ」

 俺は銅貨五枚を渡し鍵を貰って、食事は出来るか訊いた。

「もちろんじゃ。どんぞ、空いている席に座って」


 食堂には、大きなテーブルが三脚有り、その右端に座った。

 メニューは壁に板を打ち付けてあった。俺のミトア語の知識は問題なく読み書きできるようだ。


「おススメてえ食を」

「へえ、銅貨二枚だよ」

 俺は銅貨を渡した。前払らしい。


 ちょっと待って出て来た料理は、塩を振っただけの焼き肉と野菜スープ、固そうなパン一切れだった。腹が減っていた俺は、パンに齧り付いた。硬い、しょうがないのでスープに付け、ふやかしたものを食べる。肉は馴染みのある味だ。跳兎の肉らしい。


 残さず食べ、二階の部屋に向かった。藁の上に布を敷いたベッドと毛布、小さなテーブルと椅子。俺はベッドに倒れこんだ。


 起きると夜になっていた。月明かりが窓から差し込み部屋の中が微かに見える。下の方が騒がしい……食堂で酒を飲み騒いでいるようだ。何日も風呂に入っていない俺は何だか気持ち悪い。一階に降り、あの婆さんに風呂はないかと訊いた。


「この村で風呂が有るのは、村長の所だけじゃ。他は行水さ、裏にある井戸の側に水浴び場がある」

 俺は手拭いと下着を持って裏に回った。薄暗い裏庭はロープを使って汲み上げる井戸が有った。桶に水を汲み、板で仕切られた水浴び場で身体を洗う。


 石鹸など無いから、丁寧に擦って汚れを落とす。ステテコのような下着に着替え、服を着る。はあっ、着替えの服が欲しい。


 四つのランプが周りを照らす食堂に戻った俺は、夕食を注文する。一番安いのを頼んだ。出て来たものは昼とあまり変わらなかったが、肉の種類が違った。肉は獣臭く、俺の舌には合わない。


 言っておくが、俺は美食家じゃないし好き嫌いもない。だが、この肉だけは嫌だ。後で聞いたら、長爪狼の肉だった。狼肉は敬遠した方が良いと知る。


 食堂で酔っぱらいに絡まれたが収穫も有った。俺が外国人だと知ると、この国、マウセリア王国について教えてくれたのだ。


 マウセリア王国はバルメイト大陸の南側にある国で、その南はデヨン大南洋と呼ばれる大海、北は最大の軍事国家パルサ帝国、西は『稀竜種の樹海』、東にはデヨン同盟諸国と呼ばれる小国家群があるという。


 バルメイト大陸中央五大国の一国であり、王都は村の東にあるエクサバル、十万人の人口を誇る大きな街らしい。


 産業としては、小麦を中心とした農業が盛んだが、輸出品の代表は魔物から取れる素材や魔晶管、魔晶玉である。魔物は『稀竜種の樹海』から無限に湧いてくるので、それを狩るハンターを育成保護する政策を進めている。


 俺が通った道はココス街道と呼ばれ、南西の始点モントハル港湾市から、中間点のウェルデア市、街道の終点となる迷宮都市クラウザの三都市を結ぶ街道らしい。


 この村は、ウェルデア市の手前にある村で、宿場町としてはウェルデア市に近過ぎる為、これ以上の発展は難しい。


 迷宮都市と聞いて、興奮した。この世界には迷宮も有るのか。血が騒ぐぜ……言っておくけど騒ぐだけ、行こうとは思わない。だって危険が多そうなんだ。


 また、重要な情報が聞けた。この国にはハンターギルドというのが在るらしい。傭兵ギルドというのも在るので、冒険者ギルド的な役割をこの二つで分け合っているそうだ。


 ハンターギルドでは、薬草の採取や魔物の討伐とかが有り、腕に自信が有るなら稼げると聞いた。村にハンターギルドの支部は有るかと訊くと『有る』と答えてくれた。

 但し、ギルドに入るには身分証か、保証人が必要らしい。


「保証人か……無理だな」

 俺は諦めた。知り合い一人いない俺には、身分証も保証人も無理だった。がっかりする俺に、話し掛けて来る者が居た。


「あたしが保証人になってあげましょうか」

 後ろを振り向くと、カステアがいた。黒いローブは夜の暗闇に紛れ、存在感が薄い。


「ナゼ?」

「昼間のお詫びよ。事情に疎いのに付け込んで、あなたから帝王猿の毛皮と牙のナイフを取り上げたわ。あれの価値は、金貨十数枚はしたのに」


「でも、チシキのホウジュは高価なんじゃ」

「ピンからキリまで有るのよ。ミトア語の知識の宝珠はハズレ、希少だけど金貨一枚ほどしかしないわ」


 やっぱり、騙されていたんだ。……悔しい。でも正式な取引だから、取り返すのは無理だという。

「村長に頼まれ、片棒を担いだけど。後味が悪いのよ」

 諸悪の根源は村長か。


 翌朝、ハンターギルド前でカステアと待ち合わせた。三〇分ほど待つとカステアが来た。ギルドの建物は平均的なコンビニほどの大きさで、カウンターに二人の職員がいた。残念ながら、おっさん二人だ。


「この子の新規登録をお願い」

 カステアが用件を告げる。保証人の問題が解決しているので、手続きはすぐに済んだ。


「ハンターギルドの説明をする。ギルドにはランクというものが有る。登録したばかりのお前は、序ノロ10級だ。序ノロ10級序二段9級三段目8級幕下7級十両6級前頭5級小結4級関脇3級大関2級横綱1級という具合にランクアップする」


 げっ……何だこれ、相撲の番付かよ。知識の宝珠から得たミトア語の知識と俺の脳細胞に溜め込まれていた知識が融合した時、不完全な翻訳が成立してしまったらしい。


 原因は俺の知識に有る。確かに相撲中継はよく見る方だと思うが、これはないと思う。まだ、アルファベットの方がマシだ。


「さて、序ノロ10級ランクは見習いだ。正式なギルド員とは違う。見習いから卒業するには、三つの事をなさなきゃならん。一つはポーン級中位の魔物を倒す事。もう一つは、金だ。見習いになる時は無料だが、正式なギルド員になる時は、銀貨三枚が必要だ。最後は、大地の下級神バウル様の神紋を授かる事」


 俺は戸惑った。

「シンモン?」

「魔導寺院に在る神紋の間で大地の下級神バウル様の加護を受けるのさ。見習いは一年位で卒業するもんだ。お前も頑張れよ」


 おっさんは依頼の受け方やオークションについても教えてくれた。部屋の隅に有るボードに依頼票が貼ってあり、それから選んで受付に渡せばいいらしい。


 但し、赤い依頼票は、常駐依頼と言って受付は不要らしい。俺は赤い依頼票をチェックした。ポポン草という薬草採取に、ゴブリンの討伐、跳兎の肉が序ノロ10級ランクが受けられる常駐依頼だった。オークの討伐とかも常駐依頼だが、ランク制限があった。


 オークションについては、高価な素材を入手した時に、オークションハウスに出品し換金する手段だと言う。地球のオークションと同じ制度らしい。大きな街にしかオークションハウスはないが、そこでは金貨が飛び交っているそうだ。


「因みに、帝王猿の毛皮はオークションに出すと、村長が言っていたわ」

 ……許すまじ村長、コノウラミハラサデオクベキカ。


「高価でない素材は、ここの買取受付に持って来な。適正な価格で買い取るから。……おっとそうだ。いい忘れていたが、討伐報償という制度が有る。人間を害する魔物を倒すと報奨金が出る。例えば、長爪狼だ。こいつを倒し右耳を持ってくると報奨金が支払われる」


 俺は見習いの登録証を受け取った。名刺大の木の板に氏名『ミコト・キジマ』、ランク序ノロ、ノスバック支部発行と書いてあり、ハンターギルドの紋章が焼き印されている。


「そいつは見習いの身分証になる。失くすな。それと村には魔導寺院が無いから、大きな町へ行け」

「ポーン級とかイウのハ?」


 魔物のランクは、ポーン級、ルーク級、ナイト級、ビショップ級、クイーン級、キング級という順番で強くなるそうだ。この国にあるチェスに似たボードゲームの駒の名前から付けられたらしい。


 ポーン級は、下位にスライムや跳兎、中位に長爪狼やゴブリン、上位にオークや双剣鹿なんかが居る。スライムや跳兎なら、ハンターギルドの見習いたちでも倒せるけど、上位以上の魔物は正式なギルド員にならないと無理だと言われているという。


 俺は礼を言ってギルド支部を後にした。

「キジマ、登録氏名が違ったけどどうして?」

 カステアが尋ねた。俺はミコトが名前で、キジマはファミリーネームだと応えた。


「そうなの、まあいいわ。それより、これからどうするの?」

「ウェルデア市へイく」

「それがいいわ。せこい村長が居るここより、大きな町の方が暮らし易いはずよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る