31,素人作戦
ずず、ズズズ
影はもぞもぞと動いていき、ゆっくりと路地から道路の方へ抜けていく。
「本当に、上手くいくのか?」
「まぁ、汐莉の案はやった事がないわけじゃないって話だったし……」
「なら、なおさら完璧ね」
完璧かどうかは、俺達ではなく悠人の力量だけど。
不安で後を追ってみると悠人の影はどんどん動いていき、問題のビルに続く角を曲がっていった。
そこから先は気づかれないように、人の影や建物の影を伝って奥へ奥へ移動していく。
「問題は、ここからか……」
奥にいくだけじゃ、それはただの潜入。今回の目的は、見張りの二十人ほどを騒がせずに中へ侵入する事で――
「んぐっ!?」
「お、はじまったか」
鈍い音が聞こえたのに合わせてそちらへ目線を移すと、一つの人影がバタバタと暴れながらこちらに引きずられてくるのが見える。引きずっている犯人はもちろん、悠人のレコードである影。
「じゃあ次は、僕と太一の番だな」
「あぁ……なんとかなってくれよ!」
俺達の声に合わせたのか、悠人の影は待ってましたと言わんばかりに自分が引きずっていたそれをさっきまでいた路地に放り込み、次の奴に狙いを定めるためズルズルとまたビルの方へ向かっていく。
一方、不幸にも一番最初の標的になったアルカディアの奴は――
「ぷはっ! な、なんだ!?」
とまぁ、いかにもな反応をしていた。いや確かに、突然こんな風になったら俺も同じ反応していると思うよ。
「なにって、しばらく寝ていただくだけだよ……っと!」
「ぐあ!」
「うわ、痛そう……」
俺が考え事をしている中で蒼が先に回し蹴りをしたと思うと、そのまま意識を失ったのか目を回してその場に倒れこんでしまった。
「ひっ、一発で」
こいつ絶対にレコードがなくてもこれから先やっていけるよ、ご両親認めてあげてくれ。
「ヴィランのくせになにをおびえている、次々くるぞ」
「だか、俺はヴィランではあるけどヴィランでは……あぁもう!」
もうどうにでもなれと思いながら地面を蹴り上げて、悠人が投げ捨てた次の人影に備えて右手に意識を集中させた。
そう、これが汐莉の言っていた作戦。
まず人数が多いうちは悠人がレコードで影に入り込み、誰にも気づかれないようにゆっくりと近づく。背後を取った後口を影でふさいで、そのまま他の奴にバレないように俺達のいる路地まで連れてきて、そこからは俺のレコードと蒼の力技で倒す。
これを何回か繰り返して、さすがにこれ以上減っては気づかれるという人数になったところで悠人が影で口をふさぎ、その間に奇襲をかける……という、少し原始的で地道な作戦だ。
「本当、上手くいけばいいけどさ!」
世の中そんな簡単じゃないんだよな、なんて口には出せないけど。
悠人が次から次へと投げてくるアルカディアの奴へ感情をぶつけて、意識を飛ばす。なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、こっちだって汐莉やこの街を守りたいんだ。それにそっちが悪いのには変わりないんだ、だからこれは、正当防衛。
「太一、今何人だ!」
「わからないけど、少なくとも三人は倒したかな」
「俺は四人、あと十三人か」
「途方もない……」
けど一番大変なのは、紛れもなく悠人だ。こっちだって、頑張らなきゃ。
「次で、四人目!」
「ぐは!」
飛んできた俺の二倍は身長がある男に右手を突き出して、無機質な黒い塊をぶつけていく。乱発したらいざという時にエネルギー切れになりそうだし、量は調整しながら慎重にだけど。
「こっちも、二人だ!」
「悠人の奴投げる速度上がっていないか?」
そろそろこっちも手が足りなくなってくるんだけど。
「けど、今ので十人だったから」
「残りは十人……そろそろ突っ込んでも問題はなさそうだな」
「そうっスね、そろそろあっちも人が減っているのを不思議に思っているみたいだったっスから」
「情報は嬉しいけど俺の影から突然顔を出すな」
にゅるりと顔を出す悠人を影に押さえつけながら視線を路地から道路の先へ動かして、肩を落とす。ここからが、勝負だ。
「汐莉は、俺達が合図するまでここで隠れていてくれ」
「うん、わかった!」
念のため汐莉の隠れている場所を大きなバケツで隠して路地に連れ込んだアルカディアの奴らは目が覚めた時のために縄で縛っておく。
「じゃあ、行くっス!」
そんなかけ声と一緒に影に潜りこんだ悠人はそのままズルズルとビルの方へ向かっていく。今回は俺と蒼もその後ろを追いかけて角で待機していると、ちょうど悠人が影を使って残っていた見張り全員の口をふさぐ瞬間で。
「んぐ!?」
「なんだこれっ、うわあ!?」
「行くか……!」
「あぁ……!」
全員が気づいたのと同時に飛び出して、蒼は近くにいた奴に対して回し蹴りを入れていく。俺もそんな蒼を見ながらも乱発は危ないと思い拳を握りながら、そのまま一人一人と沈めていく。あぁなんだか、こういった乱闘をやっていると改めて俺はヴィランなのかなって実感するよ。だって普通の生活をしていれば、こんな乱闘経験する事がないでしょ。
「最後だ、太一!」
「オッケー、任せろ!」
蒼が飛ばしてきた最後の一人を、そのまま拳を入れる。鈍い音を出しながら沈んだのを確認して、俺はそっと肩を落とした。あぁ、もう一年はけんかしたくない。多分無理だけど。
「汐莉、もういいぞ」
「うん、ばっちり見てた!」
「隠れていなかったのか?」
こいつ、自分が狙われている立場ってわかっていないのかもしれない。
けどこれで、ひとまずは安心だ。そこまで大きな騒ぎにはせず終わらせる事もできたし、中から他に人も出てこない。このまま、ビルへ入れるはずだ。
「じゃあ、中に行くか」
蒼のそんな一言に合わせて、俺と汐莉は後に続く。悠人はまだ俺の影から出てきていないようで、もぞもぞと影が動いているのがわかった。
「悠人そろそろ出てきていいぞ」
「……まだっス」
「まだ……?」
なにが、まだなのだろう。
よくわからずにそのまま進み、少しだけ錆びたドアに手をかけた。
ビルは入ってすぐがホールのような広いつくりになっていて、なんだかひんやりしている。それが気味が悪くも感じて、薄暗く静かで。まるで最初から誰もいないようなそこには、俺達三人の足音だけが響いていて――
カツン
「ん?」
ウソついた。今、なんか音がした。
立っている場所から見てさらに奥、その音がした方へ視線を向ければ、なにかが光ったように見え。
「ご主人と汐莉、伏せて!」
「っ!?」
「ひっ!?」
反射的に汐莉をかばいながら姿勢を低くしたのと、俺の影から出てきた悠人が目の前に黒い壁を作ったのはほぼ同時。なにが起こったかわからずそっと覗くと、影には小さなナイフが刺さっていた。
「これは……」
「やっぱり、中から殺気がするからおかしいと思ったんス」
まるで知っていたような口ぶりで、俺の理解が追い付かない。なんだよ、誰かいるのか?
「蒼も、少し下がってほしいっス」
一方悠人と言えば完全にナイフが飛んできた方に集中していて、俺達に説明をする余裕はないらしい。蒼もわかっていないようで首をかしげながらゆっくりと下がって、本当にこいつは誰を警戒しているんだ?
「なぁ悠人、いったいなにが」
「お見事――さすがは悠人です」
「っ!」
そんな中で響いた一つの声に、俺も蒼も肩を揺らした。俺、この声知っているよ。うんん、知っているどころじゃない。忘れるはずもない、大切な声。
「おや、よく見ればお一人多いようですが……まぁ、いいでしょう」
その声はゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
一歩一歩確実に、窓からさす光で見えた顔に俺は無意識に声を震わせた。
なぁ、なんでだよ。
「昨日ぶりでございますね――太一様」
なんでライが、ここにいるんだよ。
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