29,結成パーティ!
「私でよければ……」
てっきり怖がっていると思って優しくかけた言葉に返ってきたのは、そんな普段と変わらない声で。もしかしたら蒼がレコードを使ったのかもしれないけどそんな事も聞けないし、俺はそっと首を振りながら話を切り出した。
「その、さっき汐莉を襲っていたあいつ、どんな風に現れたかとか、俺がくる前になにか言っていなかったかとかを教えてほしいんだ」
もしかしたら、なにかを話していたかもしれない。
そんな淡い願いと一緒に投げた質問に、汐莉は少しだけ首をかしげながらうんん、と小さなうなり声をもらしていた。
「三人が帰ってから洗い物をしようとしたらもうその時には背後にいたし、どんな風にかは……あ、けどなんか、場所の話は言っていたかも」
「場所の話?」
顔をしかめながら同じ言葉を返すと、汐莉は少し控えめにうん、と頭を縦に動かした。
「なんか、後はあの廃ビルに行けばしばらくお金は、とか言っていたような」
「廃ビル……」
このタイミングで廃ビルの事を口に出すって事は、なにかしらの理由があるはず。それこそ汐莉をさらった後の引き渡し場所やそもそも拠点として使っている場合もある。
「つまり――その廃ビルを見つければ、この事件を終わらせれるかもしれない?」
「ご主人……?」
そうだよ、きっとそうだ。そうじゃなくても、手がかりはあるはずだ。
三人が心配そうに俺の顔を見ているのがわかったけど、そんな事は気にしていられない。念のため物置に誰も潜んでいない事を確認して、口元をきゅっと結ぶ。
「ごめん汐莉、地図ってない!?」
「ち、地図? 確かあるけど」
「ちょっと貸して!」
物置を飛び出して、大きなテーブルがあるリビングへ行く、胸ポケットに入れていた多色ボールペンを手に、俺は汐莉が持ってくる地図を待っていた。
「ごめん太一くん学区じゃなくてここら辺の大きなのしかなかったけどいいかな?」
「じゅうぶん、むしろ大きい方が助かるよ!」
テーブルいっぱいに広げてもらった地図をにらんで、顔をしかめる。あぁ、思っていたよりも工場は多いみたい。
「おい太一、どうしたんだいきなり」
「オレ達にもわかるように説明してほしいっス!」
物置から追いついて地図を覗き込んだ二人は、意味が分からないと言いたそうに首をかしげてくる。
「さっきの汐莉の話、もし本当ならそこにアルカディアが潜伏しているかもしれない……なら、その場所を見つけて此守から追い出す事もできるはずだ」
「ご主人、汐莉がいるからかマイルドな言葉を選んでいるみたいっスけど言っている事かなりヴィランらしいっス」
うるさいうるさい、言うなバカ。
「けど太一、いくらなんでも僕達だけでは無理が」
「無理でも、あきらめたくない」
それにこのままなにもやらずにいたら、きっと汐莉がまた狙われる。そんな事は、一般人を巻き込むのは絶対にさけたい。
「ここで、終わらせなきゃ……!」
地図にある汐莉の家を指さして、そこを中心の多色ボールペンに付属でついているシャープペンでぐるりと丸を書いていく。だいたいこの商店街に狙いを定めていたなら、拠点だってこの近くのはずだ。
「この丸は……」
「体感でこの家から歩いて無理がない範囲、この中でビルは……っと」
地図にはビルの名前も書いてあったから一つ一つに丸を打っていき、数をざっとかぞえる。
「って、けっこうあるな……」
この辺は食品製造の工場が多いのか、他の学区よりも自社ビルとかビジネスで使用するよううなビルが多い。おまけにビルはわかってもそこが動いているのか、ましてや使用しているのかもわからない。だからこの点は、自分達で調べるしかない。
「ひとまず、この範囲外のビルも考えられるのはこれだけかな」
この中から確実になにかしらで使用しているのがわかっている場所を除くと、ざっと八か所。これが、アルカディアの奴らがいるかもしれない場所だ。
「で、ここからどうする気だ?」
「そんなの、調べるしかないよ」
俺だって、此守で好き勝手されるのはいやだし。
二人はどういう考えだろうかと、そこまで調べるのはいやとかだったらどうしようかと視線を動かしてみると、悠人はやる気満々に屈伸運動をして蒼も蒼で地図を見ながら回るルートを考えているのか口の中で言葉を転がしていた。あぁ、よかった。少なくとも二人も俺と同じみたいだ。
「本来ならこの八か所を手分けして調べるべきだが……残念ながら今の僕達には協力をしてくれる大人がいない。もし襲われたらを考えると厄介だ、まとめて三人で回ろう」
「確かに、そうだな……」
蒼の言う通り、頼みの綱だったライがいない今バラバラになるのは危険だ。
それこそ、そんな事をしたら相手の思うつぼになる。
「けどご主人、行くとして汐莉はどうするんスか? このままオレ達が行くとして、それなら汐莉が一人になる。もしそこをアルカディアやさっきみたいなのに狙われたら……」
「そうなんだよ、そこがネックでな……」
さっきの奴だってどこから侵入してきたかわからないのに、こんな場所に汐莉を一人置いてはいけない。ましてやついさっき襲われた場所で一人残るなんて、俺だったらたまったものじゃないよ。
「そうだな……なぁ汐莉、今ここに一人で残るのは危険だし、いったん俺の家に避難なんてどうだ? 一応ヴィランだけど元だし、パンドラの欠片も追っていないから一人でいるよりは安全だと思うんだ」
家の奴らは、かなりうるさいけどさ。
それでも確実に一人にさせるよりは俺達も安心だ、今考えられる一番の策だろう。
そう思って出した提案に、汐莉は不思議そうに首をかしげながら顔をしかめて。
「え、なんで?」
とまぁ、心底理解できないと言わんばかりの声をあげた。
「って、なんで!?」
今のは素直に聞いてもらえる流れだと思ったけど!?
「だって、私だけ守られているのはいやだから――私も一緒に行く」
「っ……」
まっすぐ、迷いがない表情で。
反論は許さないと言わんばかりのその反応に、俺も悠人もなにも言えず顔を見合わせた。確かにそうだけど、だからと言って狙われている本人を連れていくのはリスキーだと思うんだ。
「それに、その人達は私を襲った。私があの箱を持って突っ込んだら完璧なおとりになるんじゃない?」
「ストップ、ストップだ汐莉」
「それは考え直すっス!」
あまりにもぶっ飛んだ理由に、俺も悠人も思わず汐莉の提案を止める。いや、あまりにも突拍子もない計画だ。それにその計画なら、一番危険なのが汐莉なのに変わりはない。それだけは絶対だめだ。
「なぁ蒼、お前もそう思う」
「うん、早川汐莉の意見がいいな」
「っておい!?」
なんでお前も賛成しているんだよ!
想定外の答えに目を丸くすると、まぁ落ち着けなんて言いながら蒼が言葉を続けてきた。
「相手はかなり警戒心が強い、今の状況じゃ近づいてもなんらかの方法で逃げられるか返り討ちに合うのが関の山……しかし早川汐莉がいる事で、あいつらも態度を変えてくるかもしれないからな。それこそ、飛んで火にいる夏の虫と思って」
「なんとなく、蒼が家族にヒーローが向いていないって言われる理由がわかったっス」
「心外だな」
だってヒーローなら、一般人を巻き込むような作戦に賛成しないだろ。
あまりに素っ頓狂な理屈に肩を落とすしかないけど、現状だとその素っ頓狂な理屈が通ってしまう。
俺と悠人は反対だけど、蒼と汐莉は賛成。おまけにその話の中心である汐莉が言いだしっぺだ。そんな、本人がここまで強い意志で言っていると否定もできない。
「けど、それでも危険だよ……もしなにかあったら」
「もしなにかあったら、太一くんが守ってくれるんでしょ?」
「っ……」
あまりにも自分勝手で、傲慢だと思った。
けれどもその自信は俺に対しての信頼なかなと考えるとなんだか嬉しくもなって、自然に頬がゆるんでしまう。
「あぁ、まぁ、確かに……」
「ちょ、ご主人! 甘すぎっス!」
そう言われてもそんな、悠人だって俺の立場なら同じ反応をすると思うけどさ。
なにはともあれ、汐莉がついてくるのが確定したわけで。
「けど汐莉、約束してくれ……危ないと思ったら、すぐに逃げろ」
「もちろん、わかっているよ」
そう答えた汐莉は、普段と変わらずやわらかい笑みをうかべていた。
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