28,誰だよお前

「今の音って……」

「汐莉の家からっスよね」

 二人の耳にもその音は届いていたみたいで、心配そうに俺と同じ方向を見ていた。

「けど、汐莉って今家には誰もいないって」

「ならば、さっき僕達に出していたコップを落としてしまったとかではないか? 別に珍しい事ではないだろう」

 確かに、蒼の言う通りだ。

 俺だって時々皿を落とすし、悠人なんかは落とし物も多い。けどなんだろう――今の音は、それだけじゃ片付かない気がするんだ。

「…………」

「ご主人……?」

 ふらりふらりと、自然と身体は汐莉の家へ向かっている。だって、もしなにかあったら大変

だし。

「ちょっと俺、様子を」

「待て太一、僕も行く」

「オレも!」

 ぐいと俺の両腕を掴むと、そのまま俺の横をトコトコとついてきた。そんな、俺だけでいいのに。

「ご主人一人にするとロクな事ないっスから」

「まったくだな」

「おい」

 信頼がなさすぎる。

 あきらめを込めて肩を落とし、汐莉の家の玄関前で立ち止まる。

 さっきは押さなかったインターホンを鳴らすと、家の中からかすかに呼び出す音が聞こえてくる。

「……あれ?」

 けど、いつまで待っても汐莉が出てくる様子はない。

「出かけたのか……?」

「いや、けどオレ達ずっと家が見える範囲にいたし……汐莉の事だから、それならなにやっているのとか声をかけてくると思うんスよね」

「……」

 すごく、すごくいやな予感がする。

 言葉にならない、正体がわからない不気味な感覚。ここでちゃんと確認しなきゃ、一生後悔する気がして。

「……ごめん汐莉、入るぞ!」

 さっき鍵をかけていないのはわかっているから、叫ぶと同時にそのままドアを勢いよく開けた。

「ちょ、ご主人!?」

「それはさすがに、まずいのでは!」

「そんな事言っている場合じゃない……気がするんだ!」

「気がするって、ちょっとご主人!」

 二人の静止を振り切って、そのままくつを脱ぎ捨てる。

 さっきまで汐莉がいたはずの中はがらんとしていて、まるで最初から誰もいないようだった。けどそんなわけない、だってさっきまで汐莉はいたのだから。

 なにかが、おかしい。

「汐莉、どこだ……!」

 声を張っても返事はない、必ずいるはずなのに。

「……」

「お、おいたいち」

「静かに」

 ならば、なにかヒントはあるはず。

 耳をすまして、そっと目を閉じて。一つの音も逃したくないと思い、全神経をその一点に集中させた。

 キンと耳鳴りだけが俺を包む世界で、人の気配は感じられない。わかるのは外から聞こえる車の音と、少し強い風の音。それから――


 カタンっ


「っ! いた!」

 隠しきれない、誰かの気配!

 さっきまで俺達がいた部屋の、さらに奥。その音がした場所めがけて、俺はワックスがきれいにかけられた床を思いっきり蹴り上げた。

「一人の行動は危険っスよ、ご主人!」

 悠人の声が聞こえた気がしたけど、そんなの気にしていられない。

 さっきまでいたリビングを通り抜けて、二つ目の部屋。ここから、音がしたんだ。

「…………」

 もう音はしないけど、それでも気配は感じる。ここに、誰かいる。

「誰だよ……汐莉の家で土足で入っているのは!」

 力を込めて、閉まっていたドアのぶに手をかける。鍵はないみたいですんなり開いたそこは物置なのか、並んでいたのは段ボールの山やコンテナ。

「太一くん……!」

「ビンゴ!」

 それと、汐莉と汐莉を押さえつけているフードで顔を隠した影だった。

「お前はさっきまでリビングにいた、な、なんなんだお前は!」

 動揺した様子で俺を見たそいつは、汐莉から手を離す事なく俺になにかを向けて……あ、これナイフだ。

「くるな、こいつがどうなっても」

「うるさいよ」

 力を込めて、感情の波に沈めて。

 右手に感情を込めながら、俺は汐莉を押さえつけている影をにらみつけた。ありったけの、怒りと一緒に。

「どこの誰か知らないけど、その手を離してよ」

「ご主人置いてかないで、ってうわ」

「どうした二人とも……あぁ、なるほどな」

 追いついた二人も汐莉の状況で状況はなんとなくわかったみたいで、すぐに姿勢を低くして警戒をした様子だった。

「こいつ、アルカディアか?」

「それはわからないけど……少なくとも、ラグナロクの奴ではないよ」

 だってラグナロクなら、顔見ればだいたいわかるし。

「ひとまず、汐莉を返してもらうのが最優先だなっと!」

 大きく助走をつけながら宙にうき、そのまま右手に溜まった感情の黒い塊を影の頭へ手を向ける。

「こんな部屋の中でやったらこいつにも」

「もちろん、そこまで俺もバカじゃないからな!」

「っ!?」

 俺が狙ったのは、頭ではなくてその背後。感情をブースターに勢いをつけながら背後へ回ると、俺はそのままあいていた足を使い、回し蹴りを入れる。

「ぐあ!?」

「わっ!?」

 影からそんな鈍い声がしたのと、汐莉から手が離れたのはほぼ同じタイミング。

 バランスを崩した汐莉を悠人と蒼で支えたのを確認すると、俺はそのまま右手のレコードを消さずに目深にフードを被ったそいつへ馬乗りになった。

「なにが目的だ」

 とびっきり低い声を作りながらいかくをすると、そいつは焦ったように首を振りながら違うんだ、と言葉をもらした。汐莉の家に不法侵入しておまけに襲っておいて、なにが違うのだ。

「俺はただ頼まれただけなんだ、この家の娘を連れてこいって!」

「ふぅん、誰に?」

「知らない! 金を渡されて、それで!」

「金を……?」

 理由がいまいちわからなかった。

 仮にアルカディアが依頼したとして、それなら狙うのは汐莉ではなくさっき見せてもらった箱のはず。汐莉を連れ出しても、アルカディアにメリットはないはずだ。

「なにか他に、思惑が……?」

「…………から……」

「ん?」

 ふと、下から声が聞こえた気がした。

 なにかと思いそちらを見ると、フードを被ったそいつは俺の顔を鬼のような表情でにらんでいて。

「悪いが俺だって、金はほしいけど死にたくないから!」

「うわ!?」

 考え事をしていたのが一番の原因だけど、その一瞬をそいつは狙っていたらしい。

 勢いよく力を入れると馬乗りに乗っていた俺を払いのけて、そのまま汐莉の横も通り抜けて玄関へ走っていく。

「こんな危険だなんて聞いていなかったんだよ! くそっ!」

「あ、逃げたっス!」

「あいつは雇われただけみたいだし、追いかけても意味はないだろう……それより、大丈夫か早川汐莉」

「うん……けどみんな、どうして」

「ご主人の第六感っス」

「違う」

 そうかもしれないけど。

「それよりさ、汐莉」

 かかったホコリを払いながら立ち上がって、目線を合わせる。


「悪いんだけど、もう少しだけ話を聞きたい事があるんだ……いいか?」

 

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