22,裏切り
「…………何者、と申しますと?」
「とぼけるなよ、もうバレバレだよ」
不思議そうに首をかしげたライを鼻で笑うと、蒼は言葉を続けていく。その顔は明らかにライを敵として見ていて、けわしいものだった。
「思えばここにきたのも、ヴィランが太一をそう仕向けたからだ。昨日だってそうだし、お前の言動には矛盾がある……まるで、偽者探しを妨害しているような感じだ。まさかとは思うけど、今の状況じゃ僕達はお前に誘導され商店街でアルカディアと戦わされた……そう思えてならない」
どうなんだ、という蒼の問いかけにライはなにも答えない。それどころかどこかほくそ笑むその表情がライらしくなく、俺の背筋を冷たいなにかが流れていく。これ、俺の知っているライじゃない。
「もう一度聞く――お前は何者だ」
「あぁ、あと少しでしたのに……」
「ライ……?」
おもむろに右手で隠したその表情がわからず言葉に悩んでいると、黒いなにかが湧き出るような笑い声が響き――
「これだから――理論的で勘が鋭いヒーローは苦手なのですよ」
「悠人、太一を守れ!」
「っ!?」
蒼のするどい声に反射的に反応すると同じくらい、ライは右手をどけてこちらに向ける。少しふ抜けたようなその顔は親の顔より見た……いや、まぎれもなく俺の親の顔で!
「と、父さん!?」
「なにぼさっとしているんスか、ご主人!」
俺に向かって飛んでくる黒いなにかをよける事ができずにいると、自分の影がありえない動きをしてコンクリートから剥がれるように俺を守ってくれた。
「ご主人、あれはボスではなくライっスよ! しっかりしてくれ!」
「ご、ごめん……」
いつもよりも言葉が荒い悠人に力なく言葉を返して、ライの方へ視線を戻す。そうだ、あれは父さんじゃない。父さんの姿をしたライだ。
「ライ、なんで……」
「なんで、太一様は面白い事を聞くのですね」
くつくつと笑うライは俺に視線を定めると、やはり甘いですねなんて皮肉たっぷりな言葉を投げられた。
「私は裏切りも争いも当然なヴィラン、こうなるのは当然であり当たり前です」
「そんなっ」
「太一様は、本当にヴィランらしくありませんね」
そもそも俺はヴィランじゃないとか、そんな事を言う空気ではなかった。
どうしてこうなったのか、いつから裏切られていたのか。それがわからず茫然としていると、俺ではなく悠人からなぁ、と声が上がった。どこか怒りを押し殺したような、感情的なその声に視線を向けると、その顔には怒りだけではなく悲しみも入り混じっていた。
「なんでご主人を、ラグナロクを……!」
「主人が甘ければ部下のお前も甘いんだな、悠人。お前もいつか私の気持ちがわかるよ」
「ご主人を、太一を裏切るなんて、いつまで経ってもわかりたくない」
場を支配する空気は重く、ライも悠人もただにらみ合うだけで冷たい風が流れていく。俺も蒼もどうする事もできずその様子を見守る事しかできなく静かに見守っていたが、やがてライの方からゆっくりと口を開いた。
「太一様、私達ヴィランは慈善活動家ではありませんし、ましてや万事屋なんてものは性に合いません。最初は自由で面白いとは思いましたが暴れる事もできず好きにできないなんて、うんざりですよ」
その言葉が本心なのかいつわりなのかはわからない。けれどもその表情はこれ以上言う事がないと語っていて、俺も聞くつもりはなかった。けどやっぱり、ライが裏切るなんてそんな、信じたくないよ。
「そんな時です、欠片の話を聞いたのは」
「欠片って」
「おっと、口がすべってしまいましたね」
まただ、また欠片だ。なんだよ欠片って、なにをみんなして探しているんだ。
「お話はここまでです……私も新しいボスにあいさつをしなければいけないので」
「新しいって」
「申し訳ございませんが、もうラグナロクにはついていけないので」
そう言ったライは父さんの顔のまま手をこちらに向けると、なにか感情を固めているみたいだった。あの構えも姿勢も、俺が持っているレコードだからこそわかる。
「蒼も悠人も下がれ!」
「三人にはこのまま寝てもらいます」
ライの右手に黒い塊が生まれるのと、とっさに感情をかき集めて俺の手から飛び出したのはほぼ同時。悲しいけど今は絶望の感情でいっぱいだから、これくらいどうって事ないはず。
俺の感情と、ライの感情。
ライのそれにどんな気持ちが込められているかはわからはずもなかったけど、それはぶつかるとこの世のものとは思えないような音を出して街を支配していた。
「このまま三人まとめてと思いましたが、やはりボスと同じレコードでは分が悪いですね……!」
そんな弱気な言葉とは裏腹にその感情は大きくなり、その力の思わず顔をしかめた。
「うっ……!」
このままじゃ、負ける。
少ない思考回路で得策を探してみたけど見つからず目を伏せると、ふとライの影が動いたように――動いた?
「まさか……!」
悠人がいない事に気づいたのとその影から頭が飛び出してきたのはほぼ同時。影から顔を出した悠人はそのまま横蹴りの姿勢になっていた。
「せめてもの情けだ、歯を食いしばれ!」
「大口を叩いていますが、歯を食いしばるのは悠人です」
「っ!?」
右手は俺に向けたまま、目線と左手はそのまま悠人に。
左へ思い切り振りかぶった腕はそのまま悠人の腹部に直撃して、コンクリートの床に叩きつけられた。
「今日のところは私もお暇いたします……それでは太一様、ボスにどうぞよろしくお願いいたします」
「待てっ、ライ!」
地面を蹴り上げたライは人間とは思えないくらいの高さに飛び上がり、そのまま民家の上で恭しくお辞儀をしていた。それがどんな意味なのかは、もちろん考えたくない。
悲しげに笑ったライがそれ以上なにも言わず民家の反対側へ落ちていき、それっきり上がってくる事はなかった。
「いててライの奴本気でやりやがった……!」
「悠人!」
「大丈夫か!?」
「オレはなんとか……それよりご主人ごめん、逃げられたっス」
軽い脳震とうでも起こしていたのか、ゆっくりと身体を起こした悠人は情けないなと笑っていた。情けないなんてそんな、俺なんかよりずっとかっこよかったよ。
「ライがまさか、そんな……」
「あいつの事はまた後だ、ひとまず悠人の手当てをするぞ」
「別に、オレはそんなこのままで」
「頭を打ったんだ、だめに決まっているだろ」
悠人に肩を貸す蒼を後ろを追いながら、そっと視線をライが立っていた民家の上へ視線を移す。なんだろう、この感じは。
「本当に、裏切っただけなのかな……」
小さい頃から兄のように慕ってきたからこそ思う、そんな虫のいい話。
それに、なにより気になるのは――
「欠片って、なんなんだよ……」
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