23,三人だけの作戦会議

黒板に並んだ無機質な文字達は頭の中に入ってこなくて、俺は真っ白なノートに授業とは無関係な文字を並べていた。

「父さんも、父さんだよ……」

 昨日のライの一件の後、悠人の手当てのために家に帰った俺は父さんに商店街での事を話した。

 商店街がアルカディアの巣窟になっている事。

 そのアルカディアが欠片と呼ばれるものを探しているって事。

 それから、ライの事も。

 その話を聞いた父さんは少しだけ納得した表情をつくると、そうなのかと笑ってなにか行動に移す事はなかった。なんだよあれ、まるでこうなる事がわかっていたみたいで思い出すと腹が立つ。あぁもう、これだからヴィランはきらいだ。

「それにしても、欠片ねぇ……」

 このままではレコードを使うわけでもないのに無意味な感情が溜まると思って考えたのは、昨日のアルカディアやライが言っていた事。

 欠片と言えば、思いつくのは破片とか壊れたもののなにかだ。

 けどヴィランがみんなして血眼で探すものなんて聞いた事がないし、少なくともラグナロクが探しているのは見た事がなかった。

 じゃあなんだよ、なにを指しているんだよ。

「なんなんだ……」

「太一くん、社会史苦手?」

「えっ」

 突然前から飛んできた言葉に目を丸くすると、汐莉がどこか楽しそうな顔で俺を見ながらプリントを差し出していた。

「こう、得意ではないかな」

 それを受け取りながら顔を伏せると、珍しいねなんて事を言われる。

「太一くん真面目だから、どの教科も苦手とかないと思っていた」

「そんな、俺だって人間だよ」

 むしろ逆、一般人になりたいからたくさん勉強をしているだけだ。

 勉強なんてだいきらいだし、正直一生したくない。こういうとこはつくづくヴィランの血を引いているなって思……ウソついた、これは学生だったらだいたい同じ事考えるよな。

「私の弟も、勉強が苦手でね」

「へぇ……」

 いかにも怪しんでいるような声だったなと自分でも思ったけど、そんな事は言えないから。

 俺はわざとらしく頬を緩めて、うなずく事しかできなかった。


 ***


「早川汐莉、君はなにか隠し事をしているのか」

「…………はい?」

「蒼ちょっとこっちこい」


 授業も終わってみんなが帰りの準備をする中で、突然汐莉に蒼はそんな事を言い放った。いや本当に、ちょっと待て。

「どうしてだ、ここでちゃんと話を聞かなければ事も進まないだろう」

「だからって直球で聞いていいってわけじゃない」

 なんだよ隠し事をしているのかって、間違ってもそんな事は俺でも聞かないぞ。

「あ、えっと……」

「ごめん汐莉、なんでもないよ」

「なら、いいけど」

 少しよそよそしく目線を動かす汐莉に申し訳ない気持ちになっていると、横にいた蒼が不服そうな顔で俺の事を見ていた。そんな、何事にも順序ってものがあるだろ。

「じゃあ私、帰るね。弟も待っているし」

「そうか、ごめんな、その弟さんって何歳なんだ?」

「九歳、私達より四歳年下だよ……じゃあね!」

「あぁ、また明日」

 教室から出ていく汐莉の背中を見送ると、横から蒼の深い溜息が聞こえてきた。

「好きなのはいい事だが、肩入れするのはどうかと」

「だから違うし、あれはズカズカ聞く蒼が悪い」

 あんな直球で聞かれたら、俺だって警戒するよ。

 そうは思っても蒼の機嫌は直らないみたいで、どうしたものかと俺達三人しかいない教室で肩を落としているとけどさ、とどこか他人事のような悠人の声が聞こえてきた。

「汐莉の最後に言っていた弟さんの話、ウソをついているようには見えなかったよな」

「それは確かに、僕も思ったよ」

 二人が言っているのは、俺が聞いた弟さんの年齢の話だと思う。確かにその言葉によどみはなかったし、話をしてる汐莉の顔はどこか楽しそうだった。そりゃ、この前までの俺だったらなんの疑いも持たなかっただろうし、今もこんな気持ちにはなっていなかった。

「ご主人、どうしたんスか?」

「まだ早川汐莉の事を考えているのか?」

「いや……そうだけど」

 近くにあった誰かのイスに腰をかけながら、校門へ歩いていく汐莉を見つめる。


「九歳なら、五歳年下だと思うんだよな」


「え……?」

「なんでもない、それより今日はどうしようかなんだけど」

 多分、言い間違いだと思うし。

 無理やり笑顔を作って言うと、蒼がなにかを思い出したように顔を上げそうだ、と小さく言葉をこぼした。

「二人とも、家の方は大丈夫だったか?」

「大丈夫って、なんの事っス?」

「なんの事って、謀反があったのによくもまぁそんな」

 蒼が言いたいのは、昨日別れてからの話だろう。

 悠人を心配して家まで俺達を送ってくれた蒼だったけど、悠人のケガが大した事ないって確認をすると父さんの夕飯の誘いを断りそのまま帰ってしまった。敵の家でご飯をいただくのは申し訳ないなんて理由だったけどそんな、もうヴィランではないのだから敵もなにもないのにな。

「悲しいけど、珍しい事ではないっスからね」

「あぁ、ライみたいに側近に裏切られた事はなかったけど、小さい頃からよくあったよ」

 そんな俺達の話を聞くと、どこか悲しそうな顔でそうか、と言いながら何事もなかったように横に置いたかばんをあさりはじめた。

「今日はここでお話をするんスか?」

「あぁ、あのマスケノの事があったから外だと聞かれる可能性もあるからな」

 確かに、その通りだ。

 どこかで聞かれたら先回りで妨害をされるかもしれないし、それはさけたい。

「今日は二人に、見てほしいものがあるんだ」


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