16,ひどいとばっちり

「ひとまず今日は、早川汐莉について調べるべきだと僕は思う」

「いやちょっと、待てって」

 今日の待ち合わせ場所である人気の少ない小さな公園で、蒼はそんな突拍子もない事を言い始めた。なんでまた、汐莉の事を。

「どうしてもなにも、今明らかに怪しい動きをしているのは早川汐莉だ。むしろ調べないのか? 今の僕達はささいな事でも確認するべきだと思うが」

「それは、確かにそうだけど……」

 蒼の言う通り、今の俺達は偽者探しの答えが見つかっていない。当然少しでも手がかりがあれば調べるけど、俺はそれが腑に落ちない。

「やっぱり俺……汐莉の事は信じたい」

 だって汐莉、いつも一生懸命で真面目で――笑う時は心の底から笑っているから。

 そんないつだって素直な汐莉が偽者のラグナロクに関わってるなんて、思いたくない。静かにくちびるを噛むと、横から悠人がひょっこりと顔を出した。

「やっぱりご主人、汐莉の事を?」

「言いたい事はわかるぞ、だから違う」

 すぐにそうやって話を変える、俺はただ汐莉を友達として信じたいだけなんだ。

 なんとも言えない空気の中に足音が近づいてくる誰かと思い顔を上げると、そこにはいつもと変わらない人の悪い笑みを貼り付けた影があって――


「いやいや、遅れて申し訳ない……おや、なにかお取り込み中のようで」


「ライ……」

 本当にお前、タイミングいい時にくるよな。

 言葉にはせず目線だけで抗議の気持ちを伝えると、察したように申し訳ない、と笑われた。

「さて皆様、本日はどのようにしましょうか?」

「そうだな……」

 こんな場所で立ち止まっているわけにも、言い合いをしているわけにもいかない。

 ちらりと目線を蒼向けると少しだけ不服そうで、自分は意地でも調べるぞと言いたそうな顔だった。

「……わかった、蒼が元々依頼してきた事だし蒼の言う通りに俺もする」

「話がわかるじゃないか、太一」

「と、言いますと?」

「ご主人の思い人に対する身辺調査っス」

「誤解が誤解を呼ぶような言い方だけはやめろ」

 もうそれはなにがなんだかわからないじゃないか。

「なるほど、太一様の意中の方の身辺調査を」

「ほら見ろ!」

 昔からそうだ、俺の話でどいつもこいつもすぐ盛り上がる。これだからヴィランは苦手なんだ。

「そんな気持ちは全然ないし、ただ本当に俺は、汐莉を信じたくて」

「……」

 絶対的アウェーの中でどうしたものかとあわあわしながら言葉を選んでいると、見かねたように悠人がしかたないっスねぇと首を振っていた。仕方ないもなにも、元と言えば悠人が悪いんだろ。

「ご主人はお優しい方っスから、そうやって汐莉を信じたい気持ちもわかる……けど今の状況は明らかに汐莉を不利にしているものばかりだからこそ、ここはその不利な状況を崩すためにも調べるのが最善ではないっスかね?」

「そ、そうだけど……」

 俺の事をよくわかっている誘導に返す言葉が見つからなくて、俺は降参のポーズを取りながら首を力なく横に振った。

「わかった、わかったよ。汐莉の身辺調査に賛成する……けど、あくまでもこの不利な状態を崩すためだからね」

「そうこなくては」

「さすがご主人、ものわかりがいいようで」

「そのまま告白するのか?」

「頼むから蒼は黙って」

 あぁもう、すぐにそうやって話をすり替える。

 俺が薄目でにらんでやると、蒼は楽しそうに冗談だよ、と笑っていた。どこからどこまでが冗談か、わかったものじゃないよ。

「それでは、どのように調べるかですが……昨日の商店街にもう一度行く、なんてものはいかがでしょうか?」

「なんでまた、あそこに……」

 ライの提案がわからずに、俺は思わず首をかしげた。だって、あの商店街はそれこそ昨日の半グレ集団との騒動があったばかりだ。そんなわざわざ、危険を承知でいくのにどんな意味があるのだろう。

「だからこそですよ、太一様。半グレ集団を使ってでも隠したい事があそこにはある、そしてその場所には嫌疑がかかっている少女が住む……調べるだけで、じゅうぶん意味はあるかと」

「けんっ、えっと……」

「けんぎっス、ご主人。刑事ドラマでよく聞く容疑者っスね」

 こっそり耳打ちするように教えてくれた意味に、一人で納得する。いや別に、知らなかったとかそういうのじゃないから。

「そうと決まれば話は早い、早速向かいましょうか」

 いつもと変わらない薄い笑顔を貼り付けたままライは言葉を続けると、ちらりと蒼に目をやる。

「もちろんあなたもきますよね……ハンドレッド?」

「……行ったら、都合でも悪いのか?」

「そんなまさか、大歓迎です」

「こらそこ、仲良くしてくれ」

 定期的に険悪になる二人を考えると、本当に胃が痛い気持ちでいっぱいだよ。

 ただでさえヒーローとヴィランの関係だから仕方ないかもしれないけど、一般人である俺からすれば二人には外くらい普通に話してほしい。

「あぁもう、行くなら早く行くぞ」

 このまま二人を一緒にさせても、キリがない。

 強引に割り込むように顔を出して、俺はあきらめ半分溜息を落とした。

「……あぁ」

「私は太一様に従います」

 ライの言っている事と顔の表情が一致していないけど、そこに触れるのはやめるよ。

「そうと決まれば、早く行くっス!」

 どこか楽しそうな悠人に流されて、三人で思わず顔を見合わせた。そうだよな、早くしないと俺達時間がないんだから。

 悠人の後ろに蒼とライ、それから俺が続き歩き出す。

 どこかのゲームみたいだななんて思ったけど、今この状況で言うのは野暮は話だからぐっと言葉は飲み込んだ。

「そういえば……」

 ふとそんな時、不思議に思った事がある。

 ライは一昨日の帰り、俺と悠人が心配だからと言っていた。けどあいつ……そんな事を今までやってきた事がない。俺の帰りが遅くなってもうるさいのはどちらかというと父さんで、ライはいつもそんな父さんをなだめて俺に助け船を出してくれていた。

 そんなライが帰り時間の心配だなんて、どうしたのだろう。

「いや、けど俺すぐに深く考えちゃうから――ん?」

 どこかから、視線を感じる。

 正体がわからないそれに、つうと冷たいなにかが流れていく。おそるおそる、伺うように。視線の感じる方向を見ると、そこにいたのは親の顔と同じくらい見慣れた悠人のもので。

「…………」

「……え、えっと」

 なにも言わずにこちらを見る悠人の意図が読めなく言葉を選んでいると、悠人も気づいたように顔を上げなにもなかったかのように首をかしげた。

「どうしたっスか、ご主人」

「どうしたって。お前が俺の事を見ているから」

「なにか考え事しているかなって、静かになったから心配になっただけっス」

「そ、そうか……」

 心配だなんて、してなさそうな顔だけどな。明らかに今から起きる事に対してのワクワクが隠せないって表情だぞ、いつもの事だけどさ。

「ほら、早く行くぞ」

「はいっス!」

 三人の事を考えると先が思いやられるけど、時間がないから。そんな気持ちで迷いは吹き飛ばして、しっかりと前を見る。


もちろん、飛び出しかけた小さな溜息は飲み込んでな。

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