15,二日目
偽者探し二日目、五月十四日。
初日がかなり密度の高い内容だったのもあるけど疲労はピークで、正直教室にいるのすら億劫になる。
悠人と蒼は仲がいいようで実際は全然だし、ライに至っては持ち前の空気の読めなさを最大限に発揮してくる。いやそんな、変なとこで発揮されたくないんだけどな。
そんな空間で平常でいられるはずはもちろんなくて。昼休みに限界になり向かった先は、いつもならあまりこない図書室だった。
「へぇ、最近の本も入っている……」
一年生の頃はたまにきていたけど、それも最初の方だけ。しばらくぶりのそこは、記憶の中の空間とはかなり変わっていた。きちんと本はジャンル事に並べられているし、透明の保護フィルムもかかっている。そういえば今年から図書室を管理している先生が変わったって聞いたし、それが理由かもしれない。
「それにしても、本当にきれいに並べられている……」
一つ一つ、指でなぞりながら図書室の中を歩いていく。
人がかなり少ないから聞こえるのは俺の足音と誰かが本をめくる音だけで、なんだかちょっと不思議な空気だ。誰がいるのだろうとふと思って紙の音がする方へ身体を向け、静かに近づく。
本棚の横から、もう一人がどんな人かそっと確認する。
その生徒は此守東中の制服で特有のプリーツの幅が広い紺色がかったスカートを揺らして、新しく入った本達をそっと指でなでていた。
「って、ん?」
待って、このシルエット俺知っているぞ。
わざとらしいなと思いつつも顔を出して、ゆっくりとその姿を確認する。
大人しめなミディアムヘアは結んでいなく肩についていて、窓から入ってきた風にそっと揺れていた。
「あっ」
「あ……」
そこにいたクラスメイトの早川汐莉は俺の姿を確認すると、珍しいねなんていつもと変わらない笑顔をうかべながら一冊の本を手に取る。
「太一くん、本を読むイメージじゃなかった」
「いや、本を読むためにきたのではなくて」
「図書室なのに?」
そうだな、ごもっともだよ。
悠人と蒼がうるさいからだなんて言えなくて顔をしかめると、じょうだんだよと汐莉は笑っていた。なんか、俺にとってはじょうだんに聞こえなかったんだけど。
「そういう汐莉は、本読むのか?」
「もちろん」
楽しそうに笑った汐莉は、持っていた本の表紙を俺に見せてきた。
「この先生の新作、ずっと読みたかったから」
ドラマにもなっていて俺でも知っているくらい有名なその小説がどうやら好きみたいで、嬉しそうに表紙に書かれたタイトルをなでる。
「もう続きは出ないかもと思っていた本だから、絶対一番に借りたくて」
「なるほどな……」
本を読まない俺にはよくわからなかったけど、嬉しそうな顔を見ていると俺もなんだかうれしくなった。我ながら、単純だと思うよ。
「じゃあ俺も、なにか一冊借りてみようかな」
なんだか汐莉と話していたら、俺も本を借りたくなってきた。
そっと手を伸ばしてたまたま手に取ったそれはどこの図書室にでもあるだろう海外の児童文学で、俺も朝の読書でパラパラ見た事がある。
「私もそれ、読んだ事ある。ヒーローとヴィランが仲良くなる話だったよね」
「あぁ、確かな」
正直、細かい内容までは覚えていないけど。
覚えている限りの内容は確か、汐莉の言う通りヒーローとヴィランが世界平和を目指す話。今以上に両者の対立が激しかった頃に書かれたらしいこの話は、当時かなり物議をかましたらしい。
「時代に合わせた本が流行るって聞くけど、俺は内容だけじゃなくて主人公の人間性とかが好きかな」
「私も、他のキャラ達も魅力的だものね」
予想外のところで共通点があったななんて、そんな事を思った。
そんな俺の横で、ふと汐莉はなにかを思い出したように俺が手に持っている本と同じ段に置かれていたのを手に取った。
「じゃあ、これは読んだ事ある?」
その表紙には話題に上がっている児童文学のタイトルが書かれていたけど、描かれたイラストは主人公ではない敵役のヴィランだった。
「これは?」
「スピンオフ、ラスボスさんサイドのお話だよ。どうして本の中で悪事を働いたのかとか事件の前日譚とか、他にも主人公達の作中では書かれなかった話が載っているの」
「へぇ……」
どうしよう、少し読みたくなってきた。
汐莉からその本を受け取って少し中を覗いていく。ちらりと目線を汐莉に移すと借りるのかと聞きたそうな顔で俺の事を見ていて、なんだか本棚に戻しにくい。
「……わかった、借りるよ」
「本当に? 太一くん借りるの初めてだろうし、新しい貸し出しカードもらってくるね!」
楽しげにカウンターへカードを取りに行く汐莉の背中を見ながら、どうしたものかと本へ目をやった。だって俺、活字得意じゃないし。
「まぁ、読んでみるか……」
汐莉には聞こえないようにそっと言葉をこぼすと、目の前に小さな厚紙のカードが差し出された。
「はい、名前書いておいたよ」
「ありがとう、助かる」
真新しく汚れがないカードを受け取りながら、胸ポケットに入れていたシャープペンで本のタイトルを書いていく。自分でも少し不格好だなと思う文字を並べていると、横から楽しそうに俺を見ている汐莉の顔が見えた。
「けど、なんか意外だな、汐莉もこういったアクション系読むんだな」
「そう? 私、小説ならなんでも読むからなぁ」
目を細めながら静かに笑った汐莉は図書カードを見せてきた。わかっていたけど俺には読み切れないほどの本のタイトルが並んだカードに目を通すと、確かにアクション系が多い。それも、ヒーローとヴィラン物が。
「私は好きだな、ヒーローもヴィランも」
「……それは、なんで?」
不意に、無意識にそんな事を言ってしまった。
自分へ向けた言葉ではないって、そんな気持ちはないってわかっている。けれどもやっぱり気になって落ちた言葉は、そこまで彼女は気にしていないようで。
「なんでって――ヒーローもヴィランも、自分達の正義を守っているんだから。誰が正しくて誰が間違っているって事は、本当はないんだよ」
「っ……」
そんな、いとも簡単にヒーローとヴィランの関係をまとめていた。
「だってそうじゃん、ヒーローもヴィランも人間だよ? 間違いだってするし自分なりの正しいが……聞いている?」
俺の顔は、かなりゆるい表情になっていたみたいだ。
あからさまに機嫌が悪い顔になった汐莉は俺にずいと近づくと、太一くん、と俺の名前を呼んでいた。ちゃんと、聞いているさ。
「……そうだな、みんな世界は間違いだらけだもんな」
きっと汐莉は無意識に言った、そんな言葉。
それが俺にはなんだか、背中を押しているようで。
窓から入る風に、俺のそんな考えは消えて行った。
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