14,いやな予感

「太一様、ご無事で」

「まっさきに俺を置いていった奴がなにを」

 ぐるりと半グレ集団を感情の塊で縛り付けると、ゾロゾロと集まってきた三人に冷たく目線を送った。本当にさ、あれだけ大口叩いておいて最後にまとめたの俺じゃん。

 あの時感情が溜まって使えるようになった俺のレコードは、ここにいる四人では比較的応用が効くものだ。今もこうやって一度も手を上げる事なくまとめ上げて、ぐるりと縛り付けたってわけだ。

「それにしても、太一は優しいのだな……あのレコードがあれば、縛るだけでなくこてんぱんにやるのも難しくなかったと思うが」

「俺はそんな、力任せな事しないよ」

 蒼と話していると、どっちがヴィランかわからなくなる時がある。俺はヴィランでもなんでもないけどさ。

「さてと……」

 そんな蒼はおかまいなしに顔を半グレ集団に向けると、わざとらしく笑いながら首をかたむけながら身体をゆっくりと近づける。

「どうして、僕達を突然襲ったのだい?」

 ぐりぐりと半グレ達の頭にげんこつを押しつけながらそう蒼が問いかけると、その一人が怯えたように肩を揺らして声を震わせていた。いやそりゃ、俺だって同じ反応するよ。

「おれたちはただ、シマを荒らすガキがいるからって聞いて!」

「ラグナロクのシマを荒らしているのはどちらでしょう」

「ライ、真面目な話だから静かにして」

 そもそも、此守に誰のものとかないから。

「あの、その話って……誰に聞いたのですか?」

「あ?」

「俺達が、シマを荒らしているって話」

 荒らすもなにも、俺達四人は商店街について話を聞いていただけだ。ただそれだけだし、それ以上でもそれ以下でもない。

 だからこそふと疑問に思って言葉を投げると、半グレの中でも肩を揺らしていたそいつが不思議そうに俺の顔を見てきた。

「誰って、そこのばあさん家の姉ちゃんだよ……ほら、玄関先でいつも日向ぼっこをしている」

「それって、俺が聞いた……」

「おい太一」

「なるほど、太一様が原因と」

「ご主人、そういうとこ抜けるっス」

「頭ごなしに俺のせいにするな」

 そんな、わかってたら声なんてかけないから。

 けどこいつらに俺達の事を話したのはおばあちゃんではなくてその娘さん、そういえばさっき女の人の声が聞こえた。

「けどなんで、そんな事を……」

「ちょっとオレ、見てくるっス」

 どぷん、と音を立てながら俺の影に入ると、そのまま悠人はどこかへ行ってしまう。なにを、見てくるのだろう。

 いつ戻ってくるかも、なにを目的に行ったかもわからないから三人で静かに待っていると、そいつは案外すぐ戻ってきた。

「ぷは……ご主人、聞きたい事があるっス」

 まるで海から上がったかのように顔を出した悠人は、まっすぐに俺の目を見てきた。

「な、なに」

 有無を言わせいその目から顔をそらす事ができなく困惑しながら返事をすると、まるで言葉を選ぶようにゆっくりとそのさ、と前置きをしてきた。


「本当に、その娘さんはおばあちゃんって呼んでいたっスか?」


「本当って、もちろん……」

 そんなウソをつく理由なんてないし、メリットが見つからない。悠人の言いたい事がわからなくてあからさまにきょとんとした表情を作ると、いやその、と頬をぽりぽりとかいている。なんだよ、はっきり言えよ。

「いや、ご主人は娘さんがいるって言っていたけど……家の中には、そんな人いなかったんス」

「え……?」

 どういう事だよ、だってあの時確かに声は聞こえたのに。

「あのおばあちゃん、お手伝いさんを頼んでいたみたいなんだ……契約の書類とかがあったし」

「ならなおさら、なんでそんなウソを」

「だからご主人に聞いたっス、本当にそうやって呼んでいたのかって」

「…………」

 本当だよ、そんなウソはつかない。

 けれどもそれは悠人も同じで、こんな真面目な時にじょうだんを言うタイプじゃないから。だからこそ話が理解できずに目を丸くしていると、蒼がなるほど、と小さく呟く。

「早川汐莉の話をした家に出入りしてる奴が情報を流した……やっぱりあの早川汐莉というのが、怪しいんじゃないか?」

「そんな事は……!」

 ないって、言いきりたかった。言いたいけど、今の状態だと根拠がない。

「そんな事は、ないと信じたい……」

 だから少しだけ弱く言うと、それがかえって蒼の興味を引き出してしまったみたいで。

「なんだ太一、やはり早川汐莉が好きなのか?」

「だかっ、違う! 違うけど、信じたいんだ!」

「へぇ?」

「絶対、信じていないだろ」

 本当に心外だ、俺は純粋に信じたいだけなのに。

 しばらくは聞いてくれないなとあきらめて肩を落とすと、話が終わるのを待っていたかのようにライは控えめに手を挙げた。

「どうした?」

「こちらの方々の処遇について、ご相談したく」

「あっ……」

 ライが指をさしたのは、ぐるりと俺のレコードで巻かれた半グレ集団。そうだよな、このまま解放しちゃったら、また同じ事の繰り返しだ。だいたいこの人達、やっている事は犯罪だし。人の事は言えないけどさ。

「いかがされましょう」

「ううん……とりあえず、この人達は蒼に任せたい。俺達三人だと、警察にも顔が知られているかもしれないし」

「なるほどな、それは賢明な判断だ。僕はかまわないよ」

 いくら解体した後でも、ヴィランは警察からもうとまれている存在だ。そんなラグナロクの主要メンバーがこぞって半グレ集団を警察に突き出したら、ただのけんかと思われても文句は言えない。

「今日のところはこれで終わらせよう、さすがにこれ以上動くのは、リスクが高い」

「確かにそれは、ご主人のおっしゃる通り」

「……あぁ」

 そこについては少しだけ不服そうな蒼が少し気になったけど、そんな事は言っていられない。偽者を探して自分になにかあったら、本末転倒だからな。

「……けど」

 それでも、俺だって納得いかない事はたくさんある。そしてそれよりも、俺の中でなにかが腑に落ちなくて。


「なんだろう、この胸騒ぎ……」


 小さく呟いてみたけど、返事が返ってくる事はもちろんなかった。


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