12,ハロー半グレ集団

「弟君……?」

「あぁ……悠人も聞いたはずだ」

「確かに汐莉、母親が入院しているから弟の事を見ているって、ご主人とオレに言ってたっス」

 教室では悠人の言う通り、弟が理由で最近大変だと話していた。けれどもさっきのおばあちゃんが言う話を信じるとすると、汐莉は早川家でやっとできた一人娘さんになる。ならば、彼女の言う弟は誰なんだろうか?

「つまり、早川汐莉はウソをついた事になるな」

「いや、まだそうと決まったわけでは」

「ならば太一が話を聞いた老人がウソをついていると?」

「それも、ないけど……」

 あのおばあちゃんの言う事に、多分ウソはない。

 そもそもウソをつくメリットがおばあちゃんにはないし、理由だって見つからない。けどそれなら、やっぱり汐莉がウソをついている事になる。

「しかしハンドレッドの言う通り、現状怪しいのはその汐莉様という事になりますね」

「ちょっと、俺の話ばかりだけど三人はなにか聞き出せなかったのか?」

 俺が聞いた事ばかり話しているけど、そっちはどうなのさ。

 不機嫌な顔を作りながら三人の顔を見ると、それでは、とライはおもむろに手を挙げていた。

「私は少し気になった程度ですが……どうやらこの商店街、以前より治安が悪くヴィランでなくとも半グレがいるそうです」

「半グレ……?」

「不良集団の事っスよ、ご主人」

 あまり馴染みのない言葉に悠人が補足を入れてくれると、次は蒼がゆっくりと手を挙げる。

「じゃあ次は、僕だね。聞いたのはそこの八百屋さん、なんだか無愛想だけど色々教えてくれてね……そこのヴィランの言う通りここは半グレの集団がいるけど、その中に最近新顔が増えたらしい――明らかに怪しい、レコード保持者がね」

「へぇ……」

 そこはさすがヒーローなのか、蒼の聞いた情報はかなりしっかりしていた。

 その半グレ集団、今までは商店街でも迷惑だなと思われる程度でそれ以上はあまり話題にならなかったらしい。それがどうしたのかこの数日突然人が変わったように暴れ始めて、悪事を働くようになったとか。

 例えば、横断歩道で人の背中を押すとか。

 例えば、商店街でも開けた場所にある銅像に落書きをするとか。

 例えば、警察を呼ばれるくらいの殴り合いをするとか。

 ほとんどが夕方以降に発生するそれはどれを聞いても俺からするとやってはいけない事だらけで、開いた口がふさがらなかった。やっぱり俺、ヴィランにはなれないや。

「それにしても、明らかに人へ危害を出す前提なんだ……」

 生半可なものじゃない、人が命を落とすかもしれない。そんな内容ばかりで、危険ばかり。

 それらはまるで、ヴィランの真似事のようだ。

「それに全部、似ている……」

 冬野先輩が襲われた話と、ひどく似ている。

 下手したら命を落とすやり口も、それから時間帯も。

「しかし、早川汐莉の事は少し気になるな」

「だよな、オレもそれは思う」

 状況を整理していた中で二人が突然話を戻すものだから、目を丸くしながら顔を上げた。

「え、いや、今汐莉の話は」

「していなくても、怪しいのに間違いはないだろ?」

「そ、そうだけど」

 なんでだろうか、彼女の事は信じたいんだ。

 理由が見えない感情と共にあわあわと手を動かして、なんとかごまかそうとする。それも目の前の奴らには逆効果みたいで……むしろ、変なとこに話題を与えてしまったらしい。

「なにご主人、やっぱり汐莉の事好き?」

「なるほど、そういう事か」

「ご安心を、ボスには言いませんので」

「だかっ、そういうのじゃない!」

 なんだよみんなして、何度でも言うけど俺にはそんな下心ないから。

「汐莉は大切な友達だし、別にそれ以上じゃない……友達を信じたい気持ちは、おかしいものじゃないだろ?」

 少なくとも俺は、そうありたいから。

 我ながらめんどうな奴だななんて考えていると、悠人と蒼がどうしてかニヤニヤして俺を見ていた。

「本当……だからお人好しっスよね、ご主人」

「まぁ、これがこいつの普通なら仕方ない、こいつのな」

「お前ら俺の悪口言うのがブームなわけ?」

 いい加減にしろよ、さすがに悲しい。

 最後の砦のライに助けを求めようと溜息まじりに顔を向けると、こっちはこっちで明後日の方なんか向いているし……なんだか、様子もおかしい。

「……ライ?」

「え、あ、すみません太一様、すこし物思いにふけておりました」

 物思いというよりかは確実にどこかへ意識を集中させているように見えたけど、話すのはどうやら野暮な事らしい。

 何事もなかったかのようにライは振る舞うと、突然思い出したような顔をしてぐるりと周りを見回し始めた。

「なるほど……?」 

「?」

 どうしよう、何が言いたいかさっぱりわからない。

「あぁ失敬太一様、大した事ではありません」

 俺の表情を見たからかそんなフォローを入れると、今度は悠人と蒼の顔も見ながらふわりと微笑んでいた。あぁ俺、知っている。この顔のライって、あまりよくない事を考えている時だ。

「時にして太一様と悠人、それからハンドレッド?」

 本人はそんな事おかまいなしに、言葉を続けてきた。その口元は三日月のように上がっていて、こういった表情を見るたびにこいつはヴィランなんだよなと再確認をしてしまう。

「今御三方は、どれほど体力が残っているでしょうか?」

「体力……? 俺はまぁ、体力より小腹がすいたってくらいかな」

「オレは、まぁ普通っス」

「僕もだな」

「そうですか、それはなにより」

 なにを、言っているのだろうか。

「先ほどの大した事ではない内容で……本当に大した事ではないのですが、私一人ではいささか無理がございまして」

「待って、その前置きですでにいやな予感がしている」

 徐々に不穏な空気は増していて、それに合わせてかどこからともなく足音も聞こえてくる気が……気のせいじゃない、誰かいる。しかも、一人や二人じゃない。

「な、なぁ」

「わかっております」

「……ご主人、さがって」

「かなりの量だな」

 建物の中から、木の後ろから、どことなく顔を出した影達を見ながら、ライはさっきまでと変わらない表情で楽しそうに声をはずませていた。正直俺としては、楽しくもなんともないけどさ。


「お仕事の時間のようですね――万事屋ではなく、ヒーローとヴィランとしてのですが」

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