11,マスケノ

 明らかにヴィランである事を隠していないその表情と言葉に反応したのは、俺ではなく蒼で。なにかに気づいた顔の蒼は、おそるおそる話を続ける。


「お前まさか……マスケノか?」


「どうやら、ハンドレッドは太一様より物わかりがいいようで」

「今のは確実に俺の悪口だろ」

 鈍感でもわかったぞ、今のは傷ついた。

 うらみを込めてにらんでみても、ライにとってはかすり傷にもならないみたいで。すずしい顔で笑い返されたと思えば、おもむろに右手でその顔を隠した。

 

「さて――どんな顔がいいでしょうね?」

 

 次にその手をどけたライの顔は、さっきまでのすずしいものではない……どこかにいそうな熱血系の顔だった。

「って、なんでその顔にしたわけ?」

「最近この顔にハマっていまして」

「俺、時々ライの事がわからないよ」

 なんでよりによってその顔なんだよ、テンプレートすぎて熱い。

 ツッコミを入れたい気持ちをこらえながらも二人を見守っていると、蒼は思った以上にわくわくした表情でライの事を見つめていた。

「これが、マスケノ……!」

「なに蒼、もしかして変身系のレコードははじめて?」

「あぁ、正直……変わる瞬間がわからなかった、とても興味深いレコードだ」

 ここまで楽しそうな蒼の表情、なかなかレアだと思う。まぁ確かに、言いたい事はわかるけどさ。


 これがライのレコード、【マスケノ】。

 顔を自分ではない誰かに変える事でその顔に合った筋力へ強化されるそれは、どちらかというと潜入や情報収集に向いているらしい。

 ただし難点が一つ、どうやらこの力は一度顔を変えると次に変えるまで少しタイムラグが発生するらしい。つまり、連発はできない。


「慣れると問題はありませんがね、それに今回は聞き込みだけなので……この顔でじゅうぶんです」

 熱そうな顔とは反対に感情の読めない笑みをうかべたライは、さて太一様、と俺に話しかけてくる。

「まずはどこから聞き込みをいたしましょうか……私は一般人にうといもので」

「それは、俺だって同じだよ……」

 あいにくだけど、ここにいるのは全員一般人で生きてこなかった四人。無理だよそんな、刑事ドラマみたいな真似事なんて。

「じゃあ、ご主人」

 そんな中で、誰かが声を上げる。

 誰かと言ってもそれは一人しかいなくて、後ろに視線を動かせばおもむろに手を挙げた悠人がこちらをじっと見ていて。


「ここはオレに、任せてくれないっスか?」


 ***


 その言葉の真意がわからないまま、悠人に連れられた俺達三人は此守東中の学区でも南側の住宅街にきていた。

「確かここが、最初の偽者ラグナロクが目撃された場所っスよね」

「な、なぁ悠人、いったいどこに」

 俺と悠人が住むのは学区内でも北側。南なんて、滅多にこない。

 意図が読めずに首をかしげていると、こっちっスよと指をさしていた。あれは――

「世間的に商店街、になりますね」

 屋根の着いたアーケードはないけど、そこは確かに商店街だった。うんん、商店街というよりは商店街の名残だ。

 ほとんど住宅に建て替えられているけど、途中途中には昔のような古いお店が点々とつらなっていて。こんな場所があったなんて、知らなかった。

「昔はもっとお店があったらしいっスけどね、それでも聞き込みにはじゅうぶんかなって……ここは前にヴィランの活動で通りかかった時に知ってさ」

「それは聞きたくなかったなぁ」

 定期的にヴィランの話を挟むな、いや身体に染み付いた事だから仕方ないけどさ。

「けど確かに、近くで事件があったら話題にもなるはずだな……」

 納得したように頷いた蒼は、スタスタと歩き始めて商店街にいた人達に声をかけ始めた。こういうところ、社交的でヒーローだなって思うよ。少なくとも俺は無理だな。

「なにをボサっとしている、早くしろ」

 こういうひねくれた性格は、好きじゃないけどさ。

 言う事はごもっともだからと思いしぶしぶ俺が声をかけたのは、ちょうど木陰で休んでいたおばあちゃん。まだまだ日が高いからか日向ぼっこをしているところに、俺はおそるおそるあの、と話しかけた。

「お話、聞いてもいいですか?」

「あんたは……学生さんかい?」

「あ、えっと、此守東中学の二年生でその、写真部の取材で!」

 我ながら見苦しい言い訳だな、もう少しマシなのはなかったのか。

「ご主人、知らない人と話すのに慣れていないのがバレバレっス」

「うるさいよ、通りがかりに茶化すな」

 しょうがないだろ、事実なんだから。

 怪しまれていないかドキドキしながらおばあちゃんを見ると、どうやら俺の挙動不審な点は気づいていないらしい。けれども、なんだか違う場所に反応をしていて――

「なんだあんた、此守東の二年生なら早川のお嬢ちゃんと同い歳か」

 おばあちゃんはそう言うと、嬉しそうに笑っていた。

「二年生の早川って、あの……」

 ふと頭にうかんだのは、前の席に座る汐莉の顔。

「えっと、汐莉……さんの事をご存知で?」

「ご存知もなにも、早川さんのところは昔から知っているよ。特に汐莉ちゃんは、一人娘さんだから」

「そうなんだ……」

 汐莉はあまり自分の事を話さないから、なんだか新鮮は気持ちになる。

「って、え…………?」

 待ってくれ、普通に聞き流したけど明らかに引っかかる。今の話、おかしいと思うんだ。

「おばあちゃん、ご飯ですよ」

「あぁ、そんな時間かい……じゃあの、汐莉ちゃんの彼氏くん」

「いやちょ、俺は彼氏じゃなくて!」

 必死に止めてみたけど、おばあちゃんは聞いていないようでさっさと家の中に入ってしまう。そんな、あらぬ誤解を与えてしまった。

「……って、そうじゃなくて」

 自分の中にふくらんだ感情を整理するために、ひとまず深呼吸。うん、やっぱりおかしいよ。

「どうです、太一様」

「あ、ライ……」

 俺が固まっていたのが心配だったのか、ライはもちろん悠人と蒼が集まってくる。

「それぞれ、なにかわかったか?」

「オレはさっぱりっス、ご主人は?」

「えっと、俺は……」

 言うか言わないべきか、正直悩んだ。

 けれども三人が俺の言葉に意識を集中させているんだ。そんな、逆に言わなければどう返されるかわからない。

 だから俺は、ゆっくりと口を開いた。


「その、大した事じゃないけどさ」


 謙遜とかじゃなくて、本当に。

 ただちょっとだけおかしいなと思っただけだからと前置きをして、一つ一つ言葉を選んでいく。


「俺達のクラスメイトの早川汐莉、っているんだけど――そいつ、俺達には弟がいるって言っていたのに、本当は一人っ子みたいなんだ」


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